リオ五輪での飛躍を誓うトライアスリート・細田雄一。彼を奮い立たせる、ある強い想いとは

2015.03.16 AZrena編集部

細田雄一

 

今回は、トライアスロン選手の細田雄一さんをお迎えし、インタビューをさせて頂きます。徳島県三好市出身の細田選手は2012年ロンドン五輪に出場、2010・2014年はアジア大会に出場し、2大会連続の金メダルを獲得するなど輝かしい実績の持ち主で、来る2016年リオデジャネイロ五輪でもご活躍が期待されている選手です。

 

家族の影響で始めたトライアスロン

 

-まずは細田さんのスポーツ経歴を教えてください。

小学校3年生でサッカークラブに入りました。そこからずっとサッカー少年だったんです。中学でもサッカー部に所属していました。

 

-トライアスロンを知った最初のきっかけは何だったのですか。

私が小学校5年生の時、大洲ジュニアトライアスロン大会という愛媛県で行われる大会に姉に誘われて出ました。そこから、毎年トライアスロンの大会に行くことが家族行事のようになりました。なので、きっかけはその大会からです。姉と同じタイミングで始めたんです。

 

-家族の影響でその競技を始めたという方は多いですよね。

その後僕は中学2年からオーストラリアに留学をしました。ここもきっかけは姉です。姉は高校から真剣にトライアスロンを頑張りたい、という理由でオーストラリアに留学したんです。ただ、半年でホームシックにかかってしまいました。今思えば15歳の女の子には過酷な環境でもありましたね。ただ、自分で決めた道ですし、当然帰ってきても入る高校が無いということで母親と一緒に私が半強制的に付いていくことになりました(笑)

 

-お姉さんがトライアスロンを選んだのは、どういう理由だったかご存知ですか。

大会の女子の部で1位になったことがあるんです。姉はトライアスロン以外にもクラシックバレエなど、色々なことをやっていました。その中でも明確に順位が出るトライアスロンでの成功体験がこの競技を選んだ理由だと思います。

 

-細田さんご自身がトライアスロンに真剣に取り組み出したのもその頃ですか。

いや、それが当時は全くでした(笑)姉の通っていた学校に僕も入ったのですが、姉がトライアスロンで凄いなら、きっと弟も凄いのだろうという目で見られましたね。最初の頃トライアスロンは遊び程度で、遊びでするバスケットボールなどと同じ感覚でした。友達に誘われたら行く、くらいでしたね。

 

-トライアスロンに対しての心境の変化はどのあたりから始まったのでしょうか。

やはり僕も成功体験からだと思います。たしか16歳の時ですが、オーストラリアのトライアスロン大会で勝つことが出来たんです。人間には誰にでも伸びる時期があると思うのですが、ちょうどその時期に当たったのでしょう。勝てば気持ちが良いですし、またそれを味わいたいから練習する、といった流れができていきました。通っていた練習場も世界のトップクラスの選手が集まる場所だったので、恵まれた環境でトレーニングをし、能力を伸ばすことが出来ました。今思っても当時の練習量は本当に多いのですが、その頃は無知だったので楽しみながらやっていましたね(笑)

細田雄一

 

自分自身の体や心を見つめ直すことができる

 

-トライアスロンの魅力はどこだと感じますか。

うまくいかないことが多々あることです。

 

-種目が3つあるというだけでもなかなか難しい部分がありそうですね。

トライアスロンは結局全て自分次第です。例えば、スイム・バイク・ラン全ての機材準備や、遠征での飛行機予約も基本的に自分で行います。精神的な部分でも、個を思い知る機会が多いです。天候や自然と向き合ったりするので、自分は本当にちっぽけだな、と感じる瞬間もたくさんあります。でもそれで自分を見つめ直せます。当然、私が今戦っているのは非常に順位に重きが置かれるフィールドですが、トライアスロンに身を投じている人の中では、他人ではなく自分と戦っている人も多いです。今の自分自身の体や心を見つめ直すことができるところがトライアスロンの魅力なのかもしれません。

 

-ありがとうございます。次の2016年リオデジャネイロ五輪に対しての目標はありますか。

実は、当初は五輪に出るというモチベーションはそんなにありませんでした。2006年に千葉から大阪に活動拠点を移したのですが、大阪のスポーツ文化発展と子供達に夢を与える活動を企業様からご支援頂きながら達成しようと思うようになりました。そして五輪に出られれば、より多くの方にこの活動を知ってもらえるようになるというところが、モチベーションになりました。なので初めから自ら本当に五輪に出たいという意思を持っていたわけではありません。

残念ながら2008年の北京五輪では補欠でした。期待して頂いた方たちを裏切ってしまったという思いが強かったです。

 

-このままでは終われない、という気持ちになったということですか。

まさにその通りで、次の五輪へ向けては近くで本当に応援してくださった方に絶対に恩返しをしたい、という想いをモチベーションに再出発しました。拠点も再度大阪から千葉に移し、次の2012年ロンドン五輪に向けて、相当トレーニングしました。2008、9年シーズンは怪我等もあったのですが、2010年シーズンからは順調にコンディションを上げて行くことが出来ましたね。オリンピックに出るには、当然日本人には負けられないので、その旨を手帳に日記にカレンダーにと、至るところに書いていました。選考レースでは負けないと心に決めていました。

 

-そして、ついに五輪への出場権を掴んだわけですね。

でもオリンピックへの出場権を掴んだところで、終わってしまいました。目的がオリンピックに出る、というところだったので、目標を達成してしまったんです。そこからは逆にオリンピックまでモチベーションを保つのが大変でした。僕はオリンピック本番が終わった後に、もっとしっかり準備しておけばよかった、他にも出来たことがあった、目標をもっと上にあげておけばよかったと思いました。

 

-なるほど。モチベーションという意味でも目標の決め方は本当に大事ですね。

本当にそう思います。僕は2012年のロンドン五輪が終わったタイミングで一度スポーツから離れて地元徳島に戻ったり、子供の相手をしたりと色々なことをしていました。2013年には籍を入れたりもしました。アスリートだけでなく、奥さんを含めた色々な方と話す機会をもうけることができ、2013年7月頃からリオデジャネイロ五輪で金メダルを目指すという目標を立ててトレーニングを始めました。考え方も少し変わってきて、今まではトレーナーに体を見られても、自分の体は自分が一番分かっているし、とか思っていたんです(笑)そういった考え方もいまでは、専門家の方にしっかり映像を見て頂き、客観的に見て頂くことで分かる部分もたくさんあり、アドバイスを抵抗無く聞くことが出来るようになりましたね。

 

細田雄一

 

-トライアスロンは3つの種目(スイム・バイク・ラン)から構成されていますが、細田さんが得意な種目はありますか。

結構得意な種目を聞かれることは多いのですが、僕は3つ合わせて1つの競技だと思っています。分かりやすく言うと、バイクが得意だと言う人は、スイムが終わってからバイクに乗ると遅いです。バイクより得意ではないスイムで力を使い切ってしまうからですね。だから力の使い方も非常に重要なんです。中に3つの種目があるというより、1つの流れとして捉えているという感じです。

 

-トライアスロンをしている中で見て欲しいシーンはありますか。

ゴールシーンですね!もちろん僕が勝つ試合です(笑)

 

-たくさん勝って、より多くそのシーンを見せて頂けるように期待しています。

-細田さんがご自身で考える自分の魅力はどこだと思いますか。

競技者は、とてもわがままで自己中心的という言葉がぴったり合うと思うんです。特にトライアスロンの場合はそうで、もっと言うと、自己中心的でなければ弱くなってしまう部分もあるという感覚です。うまく言えませんが、わがままなフリをしている自分もいるというか、それが通るような環境を作り、自分に流れが来るような振る舞いをしている感じですね。実は僕は意外と普通ですよ(笑)

 

-最後に一言お願いします。

スポーツをすると身も心も健康になり、それが人生を豊かにします。ぜひ、何か夢中になってみてください!