【後編】かつて日の丸を背負った望月重良。選手時代の経験を糧に、100年続くクラブづくりに挑む

2015.03.13 森 大樹

望月重良

 

【前編】はこちら

 

Jリーグの百年構想と同じように、100年続くクラブづくりを

 

– SC相模原を今後どのようなクラブにしていきたいとお考えですか。

元サッカー選手が自分でクラブを立ち上げて、プロチームを目指すという初めての試みがこのSC相模原から始まったわけです。そういった今までなかったチャレンジをするという意味では他のJリーグ52クラブにはない違いを出していきたいと考えています。観ている人がワクワクできて、応援したい、スタジアムに行きたいと思えるようなものをクラブから発信していきたいですね。

 

-今シーズンの新体制発表会を外からガラス越しにサポーターも見ることができるスタジオで行っていることからもその様子が伺えました。

今までどこのクラブもやったことがない試みだったと思います。やはりよりファンになって頂くということが大事ですし、僕らも気持ち良くやらせてもらっています。根本は地域クラブなので、市民の皆さんに愛される必要があります。そうでなければ活動できませんからね。だからこそ距離感を縮めていきたいと考えています。

 

-サポーターの皆さんもこれからの取り組みやチームの飛躍に期待していると思います。

自分が決めた道なので、やるからにはこれからも全力投球していきますよ。チームも8年目になって、ある程度実績を出したことでJ3に参入できましたし、信頼もできてきたと思います。ただ設立当初はJリーグを目指すと言っても周りの反応は薄かったですが、僕はできると信じてやってきましたし、ここから先もJリーグの百年構想と同じように100年続くクラブづくりをしていきたいですね。

 

望月重良

取材当日はガラス張りのスタジオで新体制発表会が行われ、多くのサポーターも見つめる中、辛島新監督と新加入選手、望月代表が挨拶

 

-相模原という土地の魅力を教えてください。

これからの街だと思っています。日本の中でも地方は特にこれから衰退していくことが予想されます。しかし相模原は今後成長していくポテンシャルを持っていると考えています。リニア中央新幹線が通り、圏央道が開通して交通の便が良くなること、それに伴って人口も増えていくことが予想されています。

ただまだ知名度が低く、場所もどこにあるか知らない人がほとんどだと思います。今後「相模原」という地名が取り上げられ、人々の目に触れる機会を増やしていく、その役割をSC相模原が活躍することで果たしていきたいです。

 

-サッカーを通して知名度が上がれば観光客も増えて、街にお金が落ちるようになりますよね。街が潤えばスポンサード頂ける企業も出てくる可能性が増えます。

Jリーグでも例えば鹿島アントラーズのある茨城県鹿嶋市や、ジュビロ磐田のある静岡県磐田市などはクラブがあることで知名度が上がったと思います。スポーツにはそういった力があり、ポテンシャルがあると痛感させられた一例ではないでしょうか。

相模原SCを世界に出ていけるチームに

 

-SC相模原のクラブの魅力を教えてください。

私達は県の3部リーグからスタートして、昨年J3に参入するまでになりました。なので「勝つチーム」だと思っています。勝つことでチームの価値が上がってきたと実感していますし、一番の源だと考えています。もちろん愛されるチームでなければならないですが、根本は強さがあることが大切です。

 

SC相模原の新ユニフォーム発表会

新ユニフォームの発表には元日本代表・高原直泰選手も参加(右から2番目)

 

-サポーターの皆さんも新体制発表会で新入団選手や新ユニフォームを見たことで期待を寄せていると思います。

見て頂いた方の期待やワクワク感に応えるということが次のステップとして必要ですね。

 

-チームとしての今後の目標を教えてください。

もちろんJリーグクラブになったことがゴールではなく、通過点だと考えているので、今後はさらに上のカテゴリや世界に出ていけるチームにしたいと思います。ただ直近の課題としてスタジアムの規模などJ2ライセンスの基準を満たす必要があります。これは我々クラブだけではどうすることもできない問題で、行政や市民のサポートが欠かせません。私達はまず、地域や企業から支えて頂けるように信用と信頼を作っていきたいです。

 

-ここまでは望月さんのサッカー人生とSC相模原についてお伺いしてきました。少し趣向を変えて望月さんご自身についてのご質問をさせて頂きます。

 

-趣味を教えてください。

家に帰ってからも海外サッカーを観たりしますね。サッカーと共に人生を歩んでいる感じです。

 

-現役時代を変わらない体型を維持されているように見えますが、トレーニングを続けられているのでしょうか。

もう全然していませんよ。さすがに現役時代とは違います(笑)

 

-試合で緊張をする場面も多くあったと思いますが、意識して続けているゲン担ぎがあれば教えてください。

現役時代はよくあるものですが、左足からピッチに入るようにしていました。自然とそうするようになりましたね。引退してからは特にありません。

 

望月重良

 

-もしサッカーをしていなかったら何をしていたと思いますか。

間違いなく清水に残って、実家のみかん農家を継いでいたと思います(笑)

 

-清水の街にはやはり愛着がありますか。

そうですね。いろいろな街のクラブに所属しましたが、気候や人柄などを含め故郷が一番です。

 

-影響を受けた選手を教えてください。

高校時代から徐々に僕の名前も全国に知られるようになる中で、先輩である名波浩さんや藤田俊哉さんの背中を見て、自分も成長していきました。お2人の存在は僕のサッカーレベルを上げ、その後プロ選手として生きて行くための原動力になったと思います。

 

-プロサッカー選手でなければ知り得なかったエピソードがあれば教えてください。

プロ選手=お金というイメージを皆さんお持ちだと思いますが、選手同士で実際にその話をするのはタブーです。自分がいくらもらっているのかを言うのも、相手に額を聞くのもそうです。でも意外とみんな知っているんです。それもかなり事細かに知っています(笑)

 

-最後に読者の方にメッセージをお願いします。

今の時代は周りからいろいろ言われることも多く、不安や迷いが生じることもあると思います。でも決断するのは自分しかいませんし、責任を持つ必要があり、納得することが大切だと思います。自分の人生なので、皆さん納得する形で歩んでいってほしいです。

 

【前編】はこちら

 

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