【前編】なでしこのエースである妻を支える大儀見浩介。その出会いの経緯と、「守」時代の苦労とは?

2014.05.11 AZrena編集部

大儀見浩介

 

本日は、株式会社メンタリスタ代表のメンタルトレーニングコーチ、大儀見浩介さん(以下:大)をお迎えしております。女子サッカー日本代表FW大儀見優季さんの旦那様でもいらっしゃいます!今回のインタビューでは、メンタルトレーニングとの出会いについてから奥様との裏話まで幅広くお答えいただきました。

 

元々はサッカーの指導者を目指していた

 

-本日はよろしくお願い致します。

よろしくお願い致します。

 

-早速ですが、色々と伺わせて頂きたいと思います。そもそも、大儀見さんの専門であるメンタルトレーニングについて詳しく教えてください。

私の専門分野は、スポーツ心理学というものです。もう少し細かく言うと、応用スポーツ心理学メンタルトレーニングというものです。メンタルトレーニングというのは様々な目的がありますが、スポーツ選手がしっかり実力を発揮することであったり、練習の質を上げたり。もう少し大きな視点ですと、人間的な成長にもつながるものです。

普通、トレーニング。というものを考えると、大体「技と体」を鍛えることはするのですが、そこに心が無い。きつい思いをすれば強くなる。といったものはあっても、本当に心を強くするトレーニングでは無い。「心・技・体」全てをしっかりトレーニングすることが大切なんですね。

 

-大儀見さんがスポーツ心理学を学ぼうと思ったきっかけは何だったのでしょうか。

大学2年の夏休みにスポーツ心理学特攻という1日6Hを2日間行う授業に出ました。その時の先生が、師匠の高妻容一先生、当時近畿大学の助教授で、東海大学に特別講義に来ていたのです。そこで、心はトレーニングで強くなることを知り、目から鱗が落ちるようなインパクトでした。それがきっかけです。

 

-スポーツ心理学に出会う前は別の目標があったのでしょうか。

実は元々、サッカー指導者になりたい。という思いもありました。ただ、サッカーを教えるにはライセンスが必要なんです。で、少し前に整備された今の仕組みですと、Jリーガーとして活動した選手は、引退するとB級ライセンスを貰える。という仕組みになってるのです。もし私が大学卒業後にライセンスを取ろうと思ったら、準指導員→C級ライセンス→B級ライセンスと上がるのに時間がかかる。ですので、元Jリーガーという肩書とキャリアに対抗する自分が持てる武器を探していました。その模索した時に、メンタルトレーニングに出会い、「これだ!」と思いました。

なので、メンタルトレーニングを学ぶためにすぐに高妻先生のいる近畿大学に編入しようと思いましたが、半年待って結論を出せ。と言われました。そうすると、その半年間に高妻先生が東海大学のサッカー練習にちょくちょく顔を出すようになっていた。で、結論としては、半年後に高妻先生が東海大学に来ることになりまして。それが、始まりですね。

 

-高妻先生が東海大学に来てからは、つきっきりでメンタルトレーニングを学ばれたんですね。

それが、コースが違うんです。私はアスリートコースで高妻先生はコーチングコース。ゼミに入れない。となったのです。で、相談したアスリートコースゼミと高妻ゼミ両方頑張るなら良い。ということになりました。蓋を開けてみると、授業もレポートも2倍、卒論も2回書きました。

 

-凄いですね!

その後28歳まで研究生として学んでいるうちに、サッカーの指導者よりメンタルトレーニング指導の比重が大きくなり現在に至っている。というわけです。

 

-それで今は心技体の心を鍛えることに比重と置いている。ということですね。

その通りです。

守破離における「守」時代の苦労

 

-メンタルトレーニングの一番の魅力を教えてください。

血液型とか身体的違いとか生まれた場所、年齢、何にも関係無く誰でもトレーニング出来る。ということです。また、メンタルトレーニングは競技力向上にもなりますが、それだけではなくビジネスにおいても、普段の生活においても応用がききます。日本でも鬱の問題が多数ありますよね?そこで、メンタルヘルスとメンタルトレーニングをセットで行って、心にビタミンを与えることが出来るようになればと考えています。

 

-なるほど。今日本でメンタルトレーニングってどれくらい知名度があるんですか?

10人中3,4人知っているくらいだと思いますよ。その3,4人の中でも半分くらいは、私のことをスプーンを曲げる人だと思っていますので(笑)実際正しい解釈が浸透していないところも大きいと思います。もっとメンタルトレーニング自体を知って頂いて、心がトレーニングで強くなることを知ってもらいたいと思います。

 

-心の持ち方はパフォーマンスに大きな影響が出てきますよね。オリンピックのような大きな大会でも、種目によってはメンタルトレーニングコーチの存在は必要不可欠だと聞きます。是非、私も色々なところでこの話が出来ればと思います。

-話を戻しますが、10人中3,4人知っている。という状態だと、苦労されたことも結構あるのではないですか?

大学の時に、メンタルトレーニングを専門で学びたい!という人間が、私を入れて3人いたんですね。ただ、「将来就職はないぞ」と言われ、私以外の2人がいなくなってしまいました…。やっぱり少し寂しかったですよね。私自身は誰もやっていない分野を開拓できる、というところで凄く面白さを感じていたのですけどね。

大学を卒業し、非常勤講師を2つの場所でやりました。非常勤で食いつないでいくのは非常にしんどかったです。周りが就職したり家族を築いていく中で、自分の将来を考えた時に、一筋の光も見えなかった。それが28歳です。

 

-パイオニアならではのつらさでもありますよね。そこからの転機となる出来事は何だったんでしょう。

29歳の時に現メンタリスタ取締役の鈴木と出会い、クリスティアーノ・ロナウドの本「クリスチアーノ・ロナウドはなぜ5歩下がるのか」を出すことになって、少しずつメンタルトレーニングが広まっていきました。そんな中で結婚をしまして、妻の大儀見優季と2人で頑張っていこう!となりました。

 

-女子サッカーのドイツW杯(2011)前くらいですよね?

そうです。で、カミさんが調子悪かったんですよね。怪我があって、中々自分の思い通りプレー出来ないW杯があって。なんで、W杯が終わってからの1年は彼女の怪我や葛藤を間近で見て、なんとか力になってあげたい。という思いもありましたし、自分自身ももっともっとメンタルトレーニングを応用して色々なところで使えるようにしたい。と考えていました。今でもそれは考えていますが、この頃は本当に試行錯誤していましたね。常に追求し続けてきた感じはします。

また、仕事の面でも守破離、というところの守。の時代は少し大変でした。自分の中では、色々とやりたいことがある。でも、守っていかなきゃいけないこともある。この葛藤が大変でした。

 

-それでは、ようやく今少しずつ楽しくなってきた。というところですか?

そうですね!ようやく楽しいと感じてこれた段階だと思います。

 

-少し話は変わりますが、大儀見さんご自身もずっとサッカー経験者ですよね?幼少の頃から。

はい。幼稚園の年中からサッカーを始めてずっとサッカーです。日本中からお山の大将が集まる東海大一中という中学に入り、僕らの年はサッカー・野球共に全中で優勝を経験しました。グラウンドもサッカー一面取れない大きさなのに、サッカー部と野球部がいりまじって練習していました。それで両方優勝したんですから、ある意味面白いですよね。環境だけじゃないということだと思います。

 

-その頃からメンタルトレーニングされていたんですか?

いや、もうその頃は必死に練習していただけですね(笑)

 

【後編】へ続く