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尾崎惇史は、どうやってインラインアルペン代表に上り詰めたのか?

2016.07.22 / 森 大樹

尾崎惇史

2018年に世界選手権が日本にやってくるインラインアルペン。インラインスケートを履いて、街中の舗装された道の斜面を滑る競技だ。途中に設置されているゲートを通過しながら進み、ゴールまでのタイムを競う。スキーのアルペン競技の陸上版だ。
 
今回はそのインラインアルペンの日本代表、尾崎惇史選手に話を伺った。実は尾崎選手、大学入学までほとんどスポーツ経験がなかったという。また、世界との壁を感じ、一度は現役を退いている。それでも再び選手として活動を始め、世界と戦い続ける理由とは。
 

 

始めても続かない。スポーツとは縁のない子供だった。

――まず、スポーツ経歴を教えてください。

小学校までは週1回くらいのサッカーと体操をやっていました。また、母親の影響で年1,2回くらいスキーもやっていました。ただ、中学と高校はほとんどスポーツを何もやっていなかったんです。中学1年の2ヶ月くらいだけサッカー部に所属していて、高校ではテニス部に入りました。ただ、どれもこれも練習はサボってばかりで、月1回もやりませんでした(笑)
 
――スポーツとは縁のない生活を送っていたんですね。
 
そうですね。高校ではテニス部のほかに、1年だけ軽音部に所属していました。ドラムをやっていましたが、全然練習もしていなくて、簡単な曲しかできなかったです。
 
――インラインアルペンとはいつ出会ったのでしょうか?
 
大学でスキー部に入って、3年生の時に練習メニューを考える立場になりました。その時に、インラインアルペンをスキーのトレーニングとして取り入れることになったのが競技との出会いです。彩湖道満公園で活動しているチームaQuaにお世話になるようになりました。
 
――なぜスキーのトレーニングとして、インラインアルペンを取り入れることになったのですか。
 
インラインアルペンもスキーと同様、滑走する物の上に乗って体を動かすので、慣性力がかかっている状態に慣れることができるんです。ターンの動きがあったり、似たような筋肉を使ったりと、スキーに非常に近い競技だと思いますね。一方で、使っている道具がまったく違いますから、技術的、感覚的な違いはあります。
 
――スキーには当然専用の板とストックがあるわけですが、インラインアルペンにも専用の道具があるのでしょうか?
 
現時点ではほぼないです。なのでインラインスピードスケート競技用の靴を使ったりしていました。でもそれだけだとスピードは出ますが、横の動きに限界があるので、今年からはフィットネスブーツの上位機種を代用しています。
 
でも実はストックはスキー用なんですよ。ただ、ストックの使い方がスキーとはそもそも全く違っています。スキーのスラローム競技だとストックはバランスやリズムを取るのに使う一方で、インラインアルペンではストックを持った手を事前に前に出し、束の部分でゲートを倒した上でそこを自分が通過するために使用します。毎回自分の体でゲートの衝撃を受けてしまうと減速してしまいますから。
 
そういった違いなどがスキーヤーの人を戸惑わせてしまう部分でもあり、インラインアルペンをする上で抵抗を持たれてしまうことがあるので、残念です。
 
インラインアルペン インラインアルペン
 
専用の道具はない。ストックは激しい練習により、1日で曲がってダメになってしまうことも。
 
尾崎惇史
 

競技転向と選手としての挫折。一度指導者になって見えてきたもの。

 
――なぜ尾崎さんはインラインアルペンを、競技としてやり始めたのでしょうか?
 
今はもうないのですが、当時はインラインアルペンジャパンカップという大会がチームの練習場所でたまたま行われていたので、スキーができない夏場はその大会に向けてトレーニングを積んでいました。そうしているうちに、スキーよりインラインアルペンのほうが面白いと感じてきたことがきっかけです。今もスキーは遊びで楽しくやっていますよ。
 
――競技としてインラインアルペンに向き合って行く上で、苦労したことを教えてください。
 
実は2012年途中から1年間選手をやめて、コーチに専念していた時期があるんです。2010年に初めて世界大会に参加して、世界とのレベルの違いを痛感したんですが、そこからさらに2年間練習を積んで再び2012年の世界大会に臨みました。今度はそれなりに準備して行ったんですが、結局全然思うようにいかず、これは選手としてはもう無理だな、と。
 
その中に日本人で1人、世界に通用した選手がいたんですが、彼は子供の頃からずっとスポーツをしており、自分とは違っていました。それ以外にもチームで子供の指導をしていて、やはり、小さい頃からスポーツをしている選手は違うなと感じていました。海外の選手も当然子供の頃からスポーツをしているわけで、自分は世界に行くと通用しないと感じて、指導者の道を歩むことにしました。
 
――それでも2013年には選手として復帰を果たしています。
 
コーチをしている時に40歳を超えている選手に教える機会があったんですが、その方はモチベーションが高く、毎週僕のところに教わりに来てくれました。指導を通してどんどん上達していくその人の姿を見ているうちに、自分もまたやりたいなと思ったんです。
 
そのシーズンは日本代表のコーチとしてワールドカップにも帯同したのですが、せっかくだからレースにも出ようと思い滑ってみたら、結構良いタイムが出まして(笑)まだまだいけると思い、選手としての活動を再開しました。勝手に自分で限界を決めていたということですね。 
尾崎惇史
 

仕事と競技の両立に苦労しながらも、練習拠点をイタリアに移す。

――競技の魅力を教えてください。
 
スピーディーで興奮しますし、道路という日常空間でやるというのは面白いと思います。普段通っている道を時速40kmを越えるスピードで人が駆け抜けていくわけですからね。スピードスケートと違って筋力もあまり必要としないですし、坂道でやらなければいけないわけでもないので、競技でなくても平坦な道にコーンを置いて滑るだけでも楽しいと思いますね。
 
インラインアルペンはターンだけでなくスケーティングの要素もあるので、スキーとスケートの両方の面白さがありますし、河川敷に行けば誰でもできるハードルの低いスポーツです。
 
――インラインアルペンの強豪国はどこなのでしょうか。
 
最も盛んな国はドイツですが、チェコ、ラトビアなども強豪国といえます。近年はスペインやポーランドなども盛んになってきております。実はスキーで有名な国が必ずしも強いわけではないんです。
 
――その中で尾崎さんは今、イタリアのチームに所属しています。
 
2013年に選手として復帰する時に、せっかくだからもっと面白いことにチャレンジしたいと思いました。そこで海外に目を向け、当時破竹の勢いで順位を上げていたイタリアで練習したいと思い、現地の人に話して練習参加をさせてもらって、チームの一員にもなれたんです。
 
尾崎惇史
 
――活動資金に困るスポーツ選手も多いですが、尾崎さんはどのようにして仕事と競技を並行させてきたのでしょうか。
 
僕は当初、IT企業のエンジニア・研究者として週5で働いていました。当時の会社の先輩からは“低いレベルで考えて、高いレベルでプログラミングを書け”と教わりました。この考え方は競技でも何にでも当てはめることができると思います。レース前の段階ではより低い、細かいレベルのことまで考えたとしても、本番ではそれをまとめて高いレベルの考えを持って臨むということですね。
 
その中で、水曜だけ早めに帰って練習をする以外は土日にトレーニングに打ち込む生活を送っていました。
 
ですが、もっとスポーツと仕事を両立したいと思い、早稲田大学大学院のスポーツ科学研究科に行くことにしたんです。大学院に入ってからはある程度余裕ができたので、練習に重点を置くことができましたね。
 
――それでも収入は得ていかなければなりませんよね。
 
以前は研究助手や、ランニングや自転車競技の分析の仕事などを通して収入を得ていました。現在は研修講師の仕事や、短期のシステム開発の仕事などで収入を得ています。
 
――道具はご自身で購入しているのでしょうか?
 
はい。所属しているイタリアのチーム経由などで購入しています。スポンサードして頂いているわけではないので。ストックはスキー用のものを使うので、普通に買います。
 
インラインアルペン日本代表
 
インラインアルペン日本代表(左から2番目が尾崎選手)
 

時速40kmで転倒!その時起きた、衝撃の出来事。

――かなりスピードが出る競技ですが、思わぬハプニングが起こることもあったのでは?
 
40kmもスピードが出ているので、クラッシュすると大変です。私自身もたくさんえらい目に遭ったことがあります(笑)例えば脇腹の肉が取れて、血だらけになったことがあります。転んだ時にゲートの台座に当たって削れたんです。その時は止血剤を使って練習を再開したんですが、その日のうちにまた反対の脇腹を打ってしまって、両方の脇腹の肉が取れてしまいました(笑)。
 
僕のように競技となると車と同じくらいのスピードが出るので危険も伴いますが、一般の人でしっかりと全身プロテクターを付けていればそんなことはまず起きませんので安心してください!
 
――コース取りも当然会場となる道路によって変わってくると思うのですが、どのように決めているのでしょうか。
 
以前は海外のトップ選手を参考にして決めていました。ですが、私と似たタイプの技術や体格を持つ選手は少ないので、最近は周りを気にせず自分の滑りに集中しています。
 
――試合の時は自分の順番が来るまでにすごく緊張しそうですね。
 
緊張しないタイプだったんですが、スキーを初めて数年後にひざの怪我をしてからは緊張するようになってしまいました。それまでは試合前に、「もしかしたら表彰台に立っちゃうんじゃないか」というようなポジティブなことしか頭に浮かんでこなかったんですが、怪我をしてからは「失敗したらどうしよう」と考えるようになりましたね。
 
――緊張に対処する方法はありますか。
 
緊張感と向き合うのも必要ですが、結局のところ最後は自分の技術が大切だと思っています。「心・技・体」の中でも「技」が一番重要で、「心」も「体」も技術を出すための要素でしかないと考えているんですよ。たとえ心がボロボロな状態でも、筋力がない体でも、テクニックでカバーできるはずだ、と。だからとにかく技術力を高めていくしかないですね。
 
――今後の目標を教えてください。
 
ワールドローラーゲームズで結果を出すことを第一目標としています。私は超一流アスリートとは違って子供の頃から培ってきたものはないわけですが、その壁を破りたいですね。別のスポーツをやっていてもトップレベルになれるような、本格的なアスリートがインラインアルペンには世界で15人くらいいるので、その中に入れたらもう満足だと思っています。
 
昨年、一昨年とイタリアで練習を積んできて、インラインアルペンの基礎的な部分を学んで、完走率を上げることができました。タイムも徐々に上がってきてはいます。でもそれだけで届く世界ではないので、もっといろいろなことにチャレンジしていきたいと思います。
 
――最後に、読者へメッセージをお願いします。
 
まだまだ知られていない競技ではありますが、日常的な空間で行われていて、見てもやっても楽しいスポーツだと思います。2018年には世界選手権が日本で行われるので、ぜひ会場に足を運んでみてください!もしかしたら今から始めれば出場にも間に合うかもしれません。なので選手の方にも興味を持って頂ければと思います。
 
<了>