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レスラーとして、経営者として。丸藤正道はプロレスに人生を捧ぐ

2015.12.14 森 大樹

丸藤正道1

幼少期からプロレス好きで、プロレスラーになるために高校からレスリングを始め、卒業後には全日本プロレスに入門。そしてその後は舞台をプロレスリング・ノアに移し、数々のタイトルを獲得するなどの活躍を続けている丸藤正道。12月23日(水・祝)にはノアの消滅を目論む鈴木みのる(鈴木軍・※GHCヘビー級王者)と団体の存続を賭けたタイトルマッチに挑む。

※GHC:プロレスリング・ノアに創設されたGHCタイトル管理委員会が管理するタイトルのこと

高校の卒業式の2日後に全日本プロレスの門を叩く

-丸藤さんがプロレスを始めるに至るまでの経緯について教えてください。

僕は子供の頃からプロレスが好きで、進路について真剣に考えた時には自分もその世界に入りたいと思うようになっていました。それが中学2年の時で、卒業した後、プロレスの世界に入るためにはどこの高校に進むべきか考えていました。

意味もなく高校に行ってもしょうがないですし、勉強も好きじゃなかったですからね(笑)お金を出してくれるのは親なわけですし、しっかり目的を持って高校に進むべきだと思っていました。自分なりにプロレスラーになるためにはどんな選択をすべきか考え、レスリングができる高校に進学した方がいいだろうと判断して、それを中心に学校選びをすることになります。

 

-早い段階で将来何になりたいかしっかり自分で考えられていたんですね。

ただ、全く大学に行くつもりはなかったにもかかわらず、高校は進学クラスに入ったんです(笑)だからみんなが受験のために模試を受けている中でも僕だけは受けませんでした。

 

-元々丸藤さんは中学生まで体が細かったんですよね。

高校に入るまではもやしっ子でしたよ。だから高校でこの世界に入るための基礎体力を付けることができたのは大きかったです。

 

-そうなるとレスリングを始めるにあたって、体力面で周囲との差を埋めるのも大変だったのではないでしょうか。

一緒に入った部員の中にはちびっこレスリングからずっと続けている経験者もいたので、そことの差は感じました。構えなど一からレスリングについて教わっている自分がいる一方で経験者は既にスパーリングをやっているわけですからね。それでも彼らとの差をとにかく埋めていかないといけないという気持ちでやっていました。

 

-特にレスリング部の練習はきつかったそうですね。

プロレスラーになりたい、という考えを少し頭の片隅に移動させておかないと続けられないくらい厳しかったです。そのくらいでないとレスリングに対応しきれないと思いましたね。

年間でも部活が休みの日は数日しかありません。練習で覚えているのは1周200mの体育館をずっとダッシュで5~6周走らされるメニューです。タイムが測られていて、決められた時間内に戻って来られないと追加で罰が待っています。このトレーニングもあくまでただのアップ代わりでしかなく、その後にしっかり練習が待っていました。

監督は今の自分より背も高く、ごつい体をしていましたね(笑)スパーリングでもボコボコにやられていました。練習があまりにきついので、中には辞めていってしまう人もいたくらいです。

丸藤正道2

 

-レスリング部で3年間部活動をして、卒業後に全日本プロレスに入団しています。

 

高校3年の時に全日本プロレスに仮入門する機会を頂き、そこで雑用や練習も含めた生活を1週間耐えられれば、入れてもらえることになっていました。無事に1週間を耐え抜くことができたので、高校の卒業式の2日後に全日本プロレスの門を叩くことになります。その1週間を耐えられたのは高校3年間のレスリング部のおかげですね。

反面今まで経験したことのなかった社会の上下関係に馴れるまでが大変でした。高校までも上下関係はありましたが、それとはまた違います。部活のように1つや2つ歳が違うのではなく、いくつも年齢が離れた、しかも選手として実績のある三沢(光晴)さんや小橋(建太)さんなどの先輩方がいて、次元の異なる上下関係がありました。

 

-丸藤さんは三沢光晴さんの付き人をされていました。気を遣う場面も多くあったのではないでしょうか。

三沢さんは自分のことは自分でやるタイプだったので、仕事は多くなかったです。もちろん荷物持ちやシューズ、コスチュームなどの片付けはしますが、そこまで大変だと思ったことはありませんでした。

むしろ1ヶ月間、シリーズなどで三沢さんが試合に出ていると僕の財布の中身がどんどん増えていくんですよ(笑)洗濯代や弁当代として渡されたお金のおつりを全部くれるんです。例えば弁当屋におつかいを頼まれるじゃないですか。だいたい頼まれるのはチキン南蛮弁当か幕の内弁当なので、本来なら1000円にも満たないはずなのに1万円を渡されて、残りは全部頂けていました。

 

-入団後、活躍していく中で様々なニックネームが付けられたり、偉大な先輩方と比較されたりする場面もあったと思います。プレッシャーを感じることはありませんでしたか。

そこは大丈夫でした。むしろプレッシャーが大きくなればなるほど、それを乗り越えられた時に気持ちいいですよね。いろいろなフレーズを言ってもらえるのは嬉しいですが、僕自身がそう思っているわけではありません。僕はただこの世界が好きで入って、やらせてもらっているわけですから、周囲がどう思っていたとしても気にしません。

 

-プロレスの魅力はどこにあると思いますか。

自分も小さい頃に観て憧れたような強さ、格好良さ、リング上だから許される非現実的な光景などを皆さんに提供できるところです。実際それを観てお客さんは喜んでくれています。よく痛くないのか、危なくないのか、と聞かれることがありますが、そういうことは僕がプロレスに対して感じているものの中ではすごくランクが低いものです。それ以上に楽しさや格好良さ、周囲の人への感謝や喜んでくれるお客さんに対する想い、伝えたい夢や希望、そういうものの方が圧倒的に大きいので、痛みや恐怖心というのは感じられないんです。

格闘技における秒殺の瞬間が観たいのであれば、そういう種目を観てくれればいいと思います。一方で僕がそうだったようにこのプロレスラーの入場シーンが好きだとか、こういう動きが観たいと思っている人はたくさんいるはずです。そこに夢や希望、格好良さを見出している人もいると思います。だから僕はそれを表現していくだけです。相手の技を引き出しつつも、自分の良さを出していくことがプロレスなのではないでしょうか。

別に他の格闘技を否定しているわけではなくて、無駄な比較は必要ないということですね。他の格闘技の選手と関わる機会もありますが、極めた人はそれぞれの違いを受け入れて尊重しあっているように感じます。できるのであれば他の競技とも刺激し合えるといいですよね。

 

丸藤正道3

 

 

 

-プロレスリング・ノアの格闘技団体としての魅力はどこにあると思いますか。

いろいろな人を喜ばせることができる要素がたくさん詰まっています。言葉にするのは難しいですが、僕はプロレスの全てがあるところだと考えています。試合を観てもらえれば僕の伝えたいことが感じてもらえるのではないでしょうか。ノアは古き良きものを大切にしつつ、変わり続けていくものだと思います。だからまだ完成形にはなっていないのではないでしょうか。

 

-丸藤さんが今までで一番印象に残っている試合やタイトルを教えてください。

それぞれのタイトルに深さがあるので、一概には言えませんが、敢えて挙げるとすればこの団体に入って一番初めに獲ったタイトルですかね。キャリアとしては3年目、他団体に流出していたGHCジュニアヘビー級のタイトルを奪還した時です。

あとは自分がGHCヘビー級のタイトルを持っていたところに三沢さんが挑戦してきた試合です。数年前まで一プロレスファンで試合を観る側だった自分からすると三沢さんが挑戦者として挑んでくるなんて、ありえないことでした。チャンピオン・三沢光晴に僕が挑戦するならまだ分かりますが、タイトルを持っている自分のところに三沢さんが挑んでくるというのは不思議な感じがしました。…結局(タイトルを)獲られちゃったんですけどね(笑)いろいろなことが起きるのがプロレスのリングだと改めて実感させられた出来事でした。

 

-今後は丸藤さんに憧れてプロレスの世界に入ってくる人もいると思います。

自分の試合を観て、プロレスラーになりたいと思ってくれる人を増やしていくのはベルトを獲るのと同じくらい大切なことだと思っています。

 

-以前は丸藤さん自身も一プロレスファンだったわけですが、その頃に観て印象に残っている試合を教えてください。

全く僕とファイトスタイルは違うのですが、※アンドレ対ハンセンの試合です。とにかくデカイ人間のぶつかり合いで僕では表現しきれない戦いですね。同じプロレスの世界であっても自分に表現できないものがあるということは嬉しくもあり、悔しくもあります。また、同時にプロレスにはまだまだ可能性の幅があるとも感じています。

※アンドレ対ハンセン:1981年9月23日に田園コロシアムで行われたアンドレ・ザ・ジャイアント選手(223cm)とスタン・ハンセン選手(195cm)のプロレスの試合。

 

丸藤正道4

リング上で自身のプロレスを表現をし続ける丸藤

 

-現在は選手として活躍しながらプロレスリング・ノアの副社長、そして個人で会社の経営もされています。

ノアの副社長になったのは前社長である三沢さんが亡くなって、推薦して頂きなっただけで、会社というのがどういうものなのかは全く分かっていませんでした。だから個人で会社を立ち上げる時の手続きは勉強するために全て一人でやりました。本当は士業の人にお金を払えばやってもらえるものを全部自分でやったので、手続きの不備がある度に何度も法務局に行ったりしましたね。会社に入ることも難しいのかもしれませんが、つくるのはそれ以上に大変なんだと学びました。当然プロレスラーとして活動している以上、ノアに迷惑をかけるわけにはいきません。逆に自分の会社で生み出したものをノアに還元したいと考えています。

 

-選手をやりながら、会社を設立するのは大変ですね。

その頃は頭の中がパンクしていました(笑)それまでパソコンも使えませんでしたが、勉強しました。ただ、あくまで本業はプロレスラーなので、東京にいないことも多々あるんですよ。そうなると会社設立の手続きのタイミングなどが難しかったです。でも会社設立や経営に関して全くのど素人だった自分にできたくらいなので、目的を持って本気でやればどんなことでも実現できるものであるとその時に感じました。そもそもプロレスにしても僕は一ファンだっただけで、実際にすることに関しては全くの素人だったわけです。でもこうしてプロレスラーになることができています。

何より失敗して後悔した方がいいですよね。行動しなかったら失敗にもならなくて、ただの『諦め』です。『諦め』は何もプラスにならないですが、『失敗』はプラスを生み出します。

 

-丸藤さんご自身で思う自分の魅力を教えてください。

好奇心旺盛なところですかね。成立した会社も『キュリオシフト』という造語を名前にしています。これは“キュリオシティ(curiosity:好奇心)”+“シフト(shift:移り変わる)”という意味が込められています。好奇心を持って、いろいろなことにチャレンジしてステップアップしていこうということです。これが自分のスタイルであり、プロレスを通して学んだことです。俺は好奇心の塊です!

 

丸藤正道5

-名刺にある絵はご自身で描かれたそうですが、絵を描くことが好きなんですか。

前から絵は好きです。プロレスのことも会社のことも考えず、無になりたい時に絵を描きます。絵を描く時は夜中に突然始めることが多いです。実は兄貴(丸藤広貴氏)はアニメーターをやっていて、マクロスFなどの作画監督を務めています。そういう兄弟の活躍は刺激になります。うちは4人兄弟なのですが、各々が別の職種に就いて活躍しています。

 

-分野は違いますが、それぞれ第一線でご活躍されているわけですね。

それぞれがここまでやって来られたのも、素晴らしい親がいたからだと思います。自分がやりたいと思うことをやらせてくれましたし、可能性を広げさせてくれました。僕がプロレスをやると言った時も全く反対されませんでした。その代わりにやるからには本気でやりなさい、とは言われましたね。頑張るということは共働きで育ててくれた親の背中から学んだかもしれません。とても感謝しています。

 

-プロレス選手だからこそ起きたエピソードやプロレスラーあるあるがあれば教えてください。

プロレスラーは大抵自分の入場曲が流れているのにシューズの紐を結べていないなど、準備ができていなくて焦る夢を見るんですよ。元々他の選手から話は聞いていて、まさかそんなこと起きるわけがないと思っていたら実際に自分もその夢を見ました。自分もその時は尋常じゃないくらい焦りました(笑)、

 

-それぞれの選手がいろいろな必殺技を持っていますが、名前はどのようにして決めるんですか。

自分で付けます。『不知火』(丸藤さんの必殺技の名前)も自分で名付けました。僕は刀の『不知火』をイメージしています。その頃横文字の技が多かったので、ちょっとひねくれている自分はあえて漢字にしました。技の名前を決めておかないと試合で使って取材などで聞かれた時に答えられません。そうしないと変な名前を勝手に付けられてしまうんです(笑)もちろん技は練習の段階から動きを考えて作っています。

 

-登場曲はどのようにして決めているのでしょうか。

それも自分で決めます。昔はスタッフに勧められたものから選んだりしていましたが、ノアになってからはそれぞれの選手が使いたい曲を流しています。自分のテンションが上がる、試合に入り込める曲を選んでいます。僕の登場曲はブックオフに行って、一番初めに手に取った中古のダンスミュージックCDの1曲目(HYSTERIC)です(笑)

 

-普段聴いている曲ではないんですね(笑)

それまで全く聴いたことなかったです!版権の関係でリミックスをかけて使っています。

 

-大切にしている言葉があれば教えてください。

『難が無いのは無難な人生、難が有るのは有り難い人生』という言葉です。どっかの飲み屋で会った人に言われただけなんですけどね(笑)でも確かにそうだな、と思ったんです。古いかもしれませんが、そういう飲みニケーションは大事だと思いますよ。僕の後援会の会長も飲みの席で出会った人です。しかもその人は当時、全くプロレスを知らなかったんです(笑)

最近は人の縁の大切さを改めて感じています。何か困った時に手を差しのべてくれている人がいるのは本当にありがたいことですね。

丸藤正道6

12月23日(水・祝)にはノア存続を賭けて鈴木みのると対戦予定

 

-最後に読者の方にメッセージをお願いします。

様々な職種や業種がある中で、本当に自分が好きで、目標を持てるものを探すことが素晴らしい人生を歩むための第一歩だと思います。僕の場合は逃げ道を自分でなくしてきました。それが何かを叶えるには必要なことなのではないでしょうか。

プロレスには一般的な痛い、怖いなどのマイナスなイメージ以上のプラスの魅力がたくさんあるので、ぜひ会場に足を運んで頂ければと思います。