兄弟Fリーガー・久光邦明の目標は”闘病中の兄とピッチで戦うこと”

2015.12.03 森 大樹

久光邦明

 

久光邦明氏は大学までサッカーをプレーしていたが、Fリーグ発足と同時期にフットサルへ転向。ペスカドーラ町田、ステラミーゴいわて花巻、パサジィ大分、湘南ベルマーレ、そして現在所属するヴォスクオーレ仙台と計5クラブを渡り歩いてきた。がんと闘病しながら現役を続けている、湘南ベルマーレの久光重貴選手は実兄であり、兄弟共に Fリーグで活躍している。

 

サッカーからフットサルの世界へ

 

-今までのスポーツ経歴を教えてください。

小学校1年生の時から地元のチームでサッカーを始めました。小学1年生の時にヴェルディの下部組織のセレクションを受けて合格し、小学5年から中学3年までそこにいました。

 

-サッカー選手のエリートコースですね。

実際にその時セレクションを受けた中には現在、柏レイソルGKである菅野選手などもいて、そこから何人かはJリーグに入っています。※玉乃淳さんがチームメイトだったりもしました。

※玉乃淳氏:Jリーグ・東京ヴェルディなどで活躍した元サッカー選手。ヴェルディ下部組織での活躍が認められ、スペインの名門、アトレティコ・マドリードのユースに加入した経験を持つ。2009年に引退。

 

-高校は名門・桐光学園に進学しています。

どうしても高校サッカーに出たいと思っていたので、セレクションを受けて入りました。3年生になってようやく試合に出られるようになり、インターハイ予選まではメンバーにも入っていたのですが、本選の選手選考からは漏れてしまい、そこからは選手権(高校サッカー)予選にすら出られませんでした。僕はサイドバックだったのですが、当時一緒にやっていた2人や上下の学年にもJリーグクラブに行った選手がいましたからね。

 

-なぜサッカーからフットサルに転向しようと考えたのでしょうか。

僕ももちろんJリーグを目指して高校時代までサッカーをプレーしてきました。でも、高校でJリーグのチームと試合をした時に自分は目立てなくて、トップ選手との差を感じ、結局どこのチームのセレクションも受けずにその道は諦めていました。しかし、その後大学4年の時にFリーグができるということで、自分ももう一度挑戦してみたいと考えました。それでカスカヴェウ(現・ペスカドーラ町田)にいた兄に練習に参加させてほしいとお願いしましたが、お前には無理だ、と言われて練習にも行かせてもらえませんでした(笑)結局そのまま半年間行かせてもらえなかったのですが、ある日声をかけてもらい、初めは練習生として入ることになりました。

 

久光邦明

 

-兄である重貴さんとは普段からFリーグへのチャレンジ含め相談や連絡をしていたのでしょうか。

そもそも、普段は全く話さなかったですよ。練習に行く時もバラバラでした(笑)

 

-そうなるとお兄様が病気になってから会話するようになっていったのでしょうか。

そうですね。特に僕が湘南にいた約1年半の間はそれまでの人生になかったくらい兄と一緒にいて、会話をしましたし、凝縮した時間を過ごしました。そこから連絡も頻繁に取るようになりました。

 

-久光さんはいろいろなチームでプレーされていますが、今までどのようなことを心がけて続けてきましたか。

今5チーム目にいるのですが、移籍してすぐは空気になることです。そのチームの色や雰囲気、選手の特徴などを見てから自分の色を少しずつ出していきます。大抵移籍するチームには知り合いがいることが多いので、まずはその人と話し、そこから輪を広げていくようにしています。

プレーに関してはディフェンスの面で前からプレスをかけたり、左利きなのでそれをうまく活かしてボールを回したりするようなことは意識してきました。

 

-何よりもチームのために、という久光さんの姿勢が伝わってきます。

僕は特別ドリブルができるわけでもないし、シュートがうまいわけでもないですが、それでも自分がチームを勝たせるためにできることはあると考えています。ドリブルやシュートなどに関してはもっとできる人がチームにはいますから、そういう選手が活きるために自分はうまくプレーするのがいいと考えてやっています。

 

-多くのチームを渡ってくる中で、当然他の選手との相性もあったと思います。久光さんはどのような選手がやりやすいですか。

プレーに関しては合わせられるので特に問題ないとは思いますね。ただ、特徴のある選手の方が一緒にはやりやすいかもしれません。自分と同じタイプだと当然ドリブルやシュートなどを求められるシーンも多くなるでしょうから。

ベテランの選手はそういうことが分かっている人が多いです。小野さん(湘南・小野大輔選手)なんかはボールを持つと本当にいろいろなことを考えられる人ですよね。今まで一緒にやってきた中ですとイチさん(元日本代表・市原誉昭氏)やケンタさん(元日本代表・藤井健太氏)、ユウキさん(町田・金山有紀選手)がすごくうまかった印象はあります。

特にユウキさんの場合、僕がフットサルを始めたての頃に一緒にやっていたので、よく怒られていました。当時はなぜ怒られているのかも分からず、ただ苦痛なだけでしたが、自分もフットサルを長く続ける中で、それがだんだん理解できるようになってきています。若い選手はそういった方から学ぶべきことがまだたくさんあるのではないかと感じています。

 

久光邦明

 

スタッフとしても働くことで感じた裏方の苦労

 

-フットサルの魅力を教えてください。

フットサルはコートが狭いので、考えることが多いことですね。サッカーよりも頭脳的なプレーが多いです。そこは非常に面白いポイントだと思っています。

もしかしたら、今サッカーをプレーしたらまた違う感覚でできるかもしれません。町田時代は年末の蹴り納めでサッカーをやることもあったのですが、やはり狭い中にスペースが見えたりするんです。海外だと小さいうちはフットサルをやらせるという話を聞きますが、それが理にかなっていることがよく分かります。

 

-今の久光さんの目標を教えてください。

兄と対戦したいです。この前までは同じチームでしたが、敵として戦ってみたいです。

 

-これまでフットサルをしてきて、一番印象的だったことを教えてください。

大分に移籍した時は特にチームの雰囲気の良さを感じたことを覚えています。

逆に花巻にいた時は震災やチームの消滅という大変さを経験しました。ただ、その中でいろいろな人の力を借りて、今までフットサルを続けてこられたのだな、ということを感じる機会にもなりました。ちなみに今所属している仙台には花巻からそのまま入ってきた選手も多いです。

 

-ヴォスクオーレ仙台の雰囲気はどのように感じていますか。

すごくチームに入っていきやすかったです。花巻時代に一緒で、今の仙台を支えている渡邊一城選手や清水誠選手といった選手を知っていたということで、チームメイトとの信頼関係もすぐに築けました。だからこそこれから僕にはすべきことがあると思っています。

 

-現在はどのような生活をしながら選手としてご活躍されているのでしょうか。

平日は月曜日と水曜日にスクールを行っています。木曜日と金曜日はクラブ職員として営業や広報活動をしています。営業をするからには当然、名刺の渡し方や言葉遣いなどについて学ぶわけですが、全然知らなくて、いかに自分が社会に溶け込めていなかったのか、痛感しましたし、勉強にもなりました。

 

-選手でありながら、スタッフとしても働くことで、今改めて何か感じていることはありますか?

裏方やスタッフの方が試合や遠征の準備、スポンサー獲得などについてどれだけ必死にやってくれているのか、ということをすごく感じています。あとは選手とクラブが一体になってやっていくことがチームを大きくしていく上で求められますね。

 

久光邦明

 

-最後に読者の方にメッセージをお願いします。

サッカーばかり観ていた自分がフットサルを始めて感じているように、2つの競技の違いというのを見てほしいです。

また、観戦時にはいいプレーには拍手をし、悪いプレーにはブーイングをして、勝った時には一緒に喜びたいです。

このクラブを作る上で本当にたくさんの方が関わってきたと思うので、その人達が自分の手でヴォスクオーレ仙台を立てたということを誇れるようなチームにしていきたいと思っております。応援よろしくお願い致します!