欧州で戦う現役日本代表が主導する、フロアボール普及への道

2015.11.26 竹中 玲央奈

高橋由依

小学生の時からフロアボールを始め、高校1年生で日本代表に選出された高橋由依。フロアボールの本場・スウェーデンに渡り、3シーズン半に渡りプレーをし、現在はプレーヤーとして活躍をしながらも「T3 FLOORBALL PROJECT」を立ち上げ、フロアボールの普及と競技力向上に向けた活動をしている。

 

高校1年生の春に日本代表へ選出される

-高橋さんがフロアボールを始めたきっかけを教えてください。

私は川崎市で生まれ育ちました。川崎の学童保育ではフロアボールをもっとレクリエーション化したミニホッケーというものがすごく盛んで、学童へ行ったらミニホッケーか一輪車かけん玉しかやることがなかったですね。それでミニホッケーを始めて、楽しくてすぐハマってしまったんです。小学校2年生になってからは、たまたま当時のフロアボール日本代表だった方が職員として私が通っていた学童に来ました。そこで「もっとちゃんとやらない?」と声をかけて頂き、フロアボールを本格的に始めたという流れです。

 

-日本代表に入ったのはいつごろでしょうか。

高校1年生になって選ばれました。代表は年齢の下限があって、15歳以上という規約がありました。中学生の時に一度、今後に向けて試しに代表の選考を受けさせてもらったことはありましたが、初めて正式に選出されたのは高校1年生の春頃のことです。 周りは皆年上でしたし、大学生以上の社会人の選手が多かったので、大変でしたね。 まだ若くて世間も知らないので社会人の選手たちとどうやっていけば良いのか、悩んだこともありました。ポジション争いがある中で、自分がそこを勝ち抜いて上がっていった時に周りの人達とどううまくやるのか、という人間関係におけるテクニックもありませんでしたからね。そういう部分は大変でした。あとはただ、がむしゃらにやっていただけです。

 

-日本代表に高校在学中に選ばれて以降も、ずっとフロアボールをやっていこうとは思っていたのでしょうか。

当時はフロアボールが本当に楽しくて、やめることなんて考えられなかったです。一番受験で忙しい高校3年生の冬にも日本代表の選考があって、ちょうどその時期は入試と重なっていました。なので、その時は学校が終わったらすぐにジムでトレーニングをし、走りながら単語帳を見て、それが終わったら予備校で勉強する…というような生活をしていました。代表選考の発表の3日後に大学の合格発表だったので、12月はすごく忙しかったですね。

 

-大学選びはどういった形で行ったのですか。

教員になりたいというのがあったので、教育学部にいこうと思っていました。でもフロアボールはマイナースポーツなので、遠征があるとすごくお金がかかるんですよ。基本的に全部、遠征にかかる費用は自費です。連盟が参加費を払ってはくれるんですけど、個人の旅費や向こうでの滞在費は全て自分で負担する必要があります。競技にお金がかかることは分かっていたので、受験における親との公約では国立大学に入ったらそれは支援してもらえることになっていました。なので、国立大学で教育学部という風に絞って、候補に出てきた横浜国立大学を選びました。

 

-遠征の費用は海外に行くときも当然必要ですよね。今まではどこに行くことが多かったのでしょうか。

フロアボールは北欧やヨーロッパで盛んなスポーツなので、だいたい大会はヨーロッパでやるんですよね。そうなると1回の遠征で3,40万はかかります。私は今年で代表選手としては11年目になるので…トータルでかかった金額については計算しないようにしています(笑) 遠征では今まで十数ヶ国行きました。ヨーロッパ以外でもアジア大会でシンガポールやオーストラリア(オーストラリアはアジアの連盟に加盟)にも行きました。

高橋由依

2015年世界選手権アジア予選のオーストラリア戦

 

本場のフロアボールを肌で感じるためにヨーロッパへ

 

-今回、高橋さんが出場される世界選手権はどういった形で行われるのでしょうか。

2年おきにあって、出場するためには地区予選を勝ち抜く必要があります。今年1月に行われたアジア予選で日本は優勝したので、来月にフィンランドで行われる世界大会に出場します。現地には11月30日に入るんですけど、試合は12月4日からですね。世界選手権に出られるのは地区予選を勝ち抜いた16ヶ国です。本戦はまずA,B,C,Dの4チーム毎の予選グループリーグがあって、日本が入っているグループはCになります。世界ランクベスト8以上の国は予選A・Bグループに組まれていて、そこの上位2チームは無条件で準々決勝へ進みます。予選C・Dグループのチームは、予選2位以上になり、さらにA・Bグループの3位と4位のチームとのプレイオフがあって、それに勝つと準々決勝に進めます。今回の日本代表の目標は、そのプレイオフに進むことです。

 

-これまで日本はどのような成績を収めてきているのでしょうか。

16チーム中、毎回どうしても15位・16位決定戦に回りますね。全部順位を決めるので、そういう試合もあるんです。しかし、今回の大会は、私が代表でやってきた中で最もチャンスがあります。日本と同じ予選グループに何故かアジア3ヶ国が固まったんですよ。抽選した結果、日本を含むアジア3ヶ国が同じグループに入って、残り1つはデンマークが入りました。地区予選と同じように行くかは分からないですけど、自分達はアジアで優勝しているので、勝てない相手ではないですよね。他のアジアの2ヶ国に2つに勝てれば上には上がれるわけです。日本は今の世界選手権のシステムになってから、予選を突破したことがないのですが、今回はベスト8に行けるチャンスなので、選手達は気合が入っています。今はさらにデンマークにも勝つことを掲げてやっています。

 

-大学を卒業する時期にはフロアボールを続けていくのか、普通に働くのかという部分で悩んだのではないでしょうか。

迷いましたね。まず、今後ずっと競技をやっていくなら、選ばれている間は代表を大事にしたいという思いがありました。でもそうするとどうしても長期の遠征が入ってくるので、そこで休みが取れるのかというのが大きな問題になってきますし、仕事を定時で終わらせて練習に参加できるのか、というのもあります。私は就きたい職業が教員しかありませんでしたが、仮になったとしたらフロアボールを続けるのは無理だというのがあったんですね。それで学生のうちに本場のフロアボールを肌で感じるため、大学2年生の夏休み頃からヨーロッパのクラブにお邪魔して、体験でやらせてもらっていました。

 

-ヨーロッパにはどのようにして行ったのでしょうか。

日本に留学に来ていて、フロアボールをやっているヨーロッパ人を見つけ、お願いして夏休みに行かせてもらったりとか、男子の世界大会は女子とは別の年で、男女交互に行われるので、男子の世界大会の応援のついでにその国のクラブにお邪魔させてもらったりしていました。色々な人と繋げてもらい、全部自分でアポイントをとって参加をさせてもらいました。そういうことをしているうちに、一度本気で本場でやりたいという気持ちも大きくなったんです。もし卒業してすぐに教員になったら、競技を止めなければいけなくなってしまうので、それだったら海外でやってみたいという気持ちを実現させておいたほうが良いと思いました。将来的に子供達に夢を持ちなさい、と話す機会があった時にも説得力が出ます。みんなが就活とか教員採用試験をやっている中で、私はどうやってビザを取るとか、そういうことばかり考えてやっていました。

 

-スウェーデンにはどのくらいの間行っていたのでしょうか。

私は初め、1年間のビザしか持っていなかったんです。でも、向こうで何とかして延長してやろうと思っていました(笑)それが本当に上手く行って、結局3年半くらい、スウェーデンにいました。一応ビザ無しでも3ヶ月は居られるんですけど、それだけだと向こうの1シーズンは終わらないんですよね。せっかく行くんだったらどこかのチームに所属して、1シーズン通してプレーしたいと思っていました。

フロアボール

 

-スウェーデンの大学に通った、という形をとったのでしょうか。

 

本当は大学に行きたかったんです。スウェーデンは福祉国家なので、元々留学生も含めて皆、学費がかかりませんでした。ただ、ちょうど私が行く頃に制度が変わって、ユーロ外の学生は学費を払わなければいけなくなってしまったんです。それも0だったのが年間200~300万円かかることになってしまいました。それでどうしようかと悩むことになります。

当時私は大学の副専攻で日本語教育というのを取っていました。日本語を外国の方に教えることですね。その実習の時に、普通はアジアの学生が多い中に、たまたま滅多に来ないスウェーデン人がその年の留学生で来たんです。すぐにその人に事情を説明したところ、スウェーデンにも日本で言うところのいわゆる職業訓練校みたいなものがあって、そこは授業料が無料だと教えてもらいました。それで一緒にいろいろ調べてもらったところ、ストックホルムに全寮制の学校があって、そこがスポーツ教育専門学校でした。その学校にちょうどフロアボールのコーチになるというコースができていたんです。ここだ!と思いましたね。全寮制なので住むところも気にしなくていいし、食事も全部出るし、かかる費用も月に5万くらいでした。すぐに「日本代表でフロアボールをやっていて、ぜひスウェーデンでプレーしたい。そのためにビザを取りたいのでそちらの学校に行きたいです」と連絡しました。スウェーデン語は全くできないとも書いてメールを送ったんです。すると、「スウェーデン語ができなくてもサポートをするから是非来てくれ』と返信が来ました。その後、入学許可証をすぐにくれて、ビザの申請もできることになりました。それで最初はその学校に1年間行きました。

 

-1年の学生ビザの後は、どういった形で滞在を?

1年経ってからも、もっと向こうのリーグで自分はできると感じていましたし、まだやりたいと思いました。それで仕事を探したんです。最初の1年間は日本で大学生だった時に生活費として貯めていたものがあったのですが、さすがに次の年からは働かないと生活ができなくなると思って、仕事をすることにしました。ただ、仕事でビザを出してもらうとなると、条件が凄く厳しくなるんです。まず、なぜスウェーデン人でなくて日本人を採らなければいけないのか、という話になるんですよね。スウェーデン国内での雇用率も下がっているので、まずはスウェーデン人から採らないといけないというのがあり、外国人は明確な理由がないと仕事に就けないわけです。あとは、日本人にしか、私にしかできないような特別な仕事でないと就労ビザは出ません。

そのような中で就活をしていて、気に留めたくれたのが日本食レストランのオーナーさんだったんです。そこで色々と事情を話しました。フロアボールが一番やりたいことですが、練習以外の時間は全部働けます。しかしプレーを続けていくためにはビザが必要なんです!という話をしました。するとどうやら熱意が伝わったらしく、応援をしてくれることになり、そこの会社から就労ビザを申請してくれることになりました。それで(ビザを)切り替えてもらったという感じです。以降はその会社でお世話になりながら、競技を続けました。

 

-スウェーデンに行くにあたり、所属チームも決まっていたのですか?

全く決まっていません。スウェーデンに行く時は国際移籍の手続きが必要だったりするんですけど、とりあえず現地に行けば何かあるだろうと思っていました。とにかくまずは向こうに行こうということです。スウェーデンに着いてからはフロアボールがやりたいと伝えて、そこから色んな方に手伝ってもらい、中には直接クラブに電話をかけてくれた人もいました。それで色々なクラブにトライアウトに行けたんです。

高橋由依

 

-やはりレベルは高かったのでしょうか。

そうですね。スウェーデンは日本と違ってリーグが5部まであるんです。各リーグに12チームくらいあって、トップリーグがスウェーデンスーパーリーグ、そこから1部、2部、3部…とあります。1部の中にもスウェーデン南,中央,北といった具合で地域毎にチームが別れているんです。星の数ほどチームがあります。私はそれにびっくりして、日本人のレベルだとどこのレベルリーグで通用するのかも良く分かりませんでした。なので、色々なクラブのトライアウトを受けました。その中で一応、受けた全部のクラブから入団の許可は出たのですが、トップリーグになると試合に出られる保証はありません。これから練習を一緒にやって、ポジション争いをすることで、試合に出られるかもしれないし、出られないかもしれない、ということでした。その年はビザの関係で1年しか期間がなかったということもあったので、個人的にはより上のカテゴリに挑戦したかったんですけど、試合にもたくさん出たいと考え、話がうまくいった1部のチームで1年間お世話になりました。

 

-それはプロ契約なのですか。

違います。スーパーリーグでもプロの選手はほとんどいないんです。男子は少しいますが、女子でフロアボールだけをやって、それでお金を稼いでいる選手はほとんどいないです。スポンサーからお金をもらったり、フロアボールショップで働きながら選手をやったり、という方はいるのですが、競技だけやって給料をもらうという人はいません。私の場合は道具を全部提供してもらい、練習地への交通費も頂いて、遠くの遠征の時には食事が出る、という形でしたが、それだけでもだいぶ恵まれている環境だなと思いました。

 

-スウェーデンではどの程度フロアボールが普及しているのでしょうか。

スポーツとして一番盛んなのはサッカーですね。そして最近ではその次にフロアボールが来るようになってきました。アイスホッケーもあったんですけど、それを抜いてフロアボールが上にきたという形です。フロアボールのほうがより手軽なんですよね。防具もなく、スティックだけなので。雪が積もる国ということもあって、室内の運動場もたくさんできています。それでさらにフロアボールが盛んになっていったんです。

 

フロアボール

-スウェーデンで生活をしていた中で、大変だったことを教えてください。

色々ありますね。まず食事がちょっと私には合わなかったです。寒い国なので塩分が高めだったり、何にでもクリームソースがかかっていて、脂肪分が高めだったりもします。あとは、日本のお米がなくて、タイ米を食べたりしていました。学校にいる時は寮で食事だったんですけど、向こうの昔からの古い文化なのか、木曜日はパンケーキとスープと決まっている日があるんです。そのパンケーキも私達が知っている一般的な分厚いものではなく、クレープを重ねたようなもので、それを何枚か取って、大量のイチゴジャムやクリームを載せて食べるんです。それに加えて、魚か何かのスープですね。私にはパンケーキもスープも合わなくて、木曜日は食べ物がなかったです(笑)ただ、日本食レストランで働いてからは全部解消されて、日本のお米も食べられるようになりました。

最初は言語の問題でも苦労しました。試合中はめまぐるしく状況が変わって、「次はこうするぞ!』というのをスウェーデン語でバッと言われるんです。練習の時はみんな優しいから英語にして説明をしてくれるんですけど、試合中はそうもいきません。瞬時に分からなければ、試合に出られなくなってしまうので、そこは苦労しましたね。

 

リハビリをしつつ日本でフロアボールの普及活動に励む

-負傷をしたということで現在、日本に戻ってきていると聞きました。いつ、怪我をなさったのでしょう。

1月のアジア予選です。そこで前十字靭帯を切ってしまいました。全治まで8ヶ月かかると言われたのですが、そうなると次のシーズンのトライアウトやレギュラー争いの時期にいられないことになります。シーズンの開幕は9月で、そこから次の年の3月までやるんですけど、途中から行って簡単にレギュラーを取れるものでもないです。

スウェーデンに居る私は日本代表として活動する際もいつも現地で合流という形を取っていました。でも普段一緒にできない分、日本代表にかける思いは私の中で強くなっていました。そこで今回は国内でリハビリをしつつ、日本代表でみんなと練習してみたいという気持ちが生まれました。今回の世界選手権はいいグループに入りましたし、メンバーも揃っているので、みんなで一緒に長くやるのが良いと考えたんです。だからこのシーズンは日本でやることにしました。国際移籍のやりとりが大変でお金がかかったりするので、一応所属は向こうのクラブにあります。12月の世界大会が終わった後にクラブの人と話をし、私のパフォーマンスが怪我する前と同じかそれ以上になった時にはまた向こうで挑戦できるとは思います。ただ、それも含めて、まずは世界大会が終わってから判断しようかなと思っています。

 

-現在日本ではどういったことを中心に行っているのでしょうか。

リハビリをしつつ、T3  FLOORBALL PROJECTというものを立ち上げて、フロアボールの普及に励んでいます。フロアボールがメジャーなスウェーデンに行こうと決めた2011年と、怪我で帰ってきた今年の2015年で、普及の速度が一緒で国内でのフロアボールの広がりに変化がないと感じたんです。これはなんとかしないといけないと思いました。今一緒に活動をやっている(※)田島達朗さんはフロアボールのお店を東京に持っているんですけど、彼も同じように思っていたので、せっかく私も日本に長期でいるから、何か一緒にやろうということになりました。

 

※田島達朗氏:フロアボール元日本代表で、現在はフロアボール用品を取り扱うSANNO SPORTSを運営している。

田島達朗氏インタビュー

 

-具体的にはどういった活動をしているのですか。

子供たちへの普及活動です。体験会という形で子供達にフロアボールを知ってもらう、というところから始めています。学童保育や小学校からお話を頂いて、体験会をするという形です。場所は、大学の友達の繋がりで行っているので、横浜が多いですね。

また、2週間に1回、外でやるフロアボールというのも企画しています。体育館を取るのが大変なので、もうちょっと手軽に公園などの屋外の場所を使ってできるようにやっています。人数も3対3で、小さいゴールでやっているので、「3人仲間を集めればできるよ」という気軽な感じでやっています。毎回30人くらい来てくれて、かなり盛り上がっていますね。この前、第1回目の大会を開きました。東京の砧公園の横に大蔵運動公園というのがあって、そこにインラインスケート場があるんです。いつもそこでやっているんですけど、定例化してきています。毎回子供達も色々な人と来てくれます。

 

-どういう形で参加する子供たちを呼ぶのでしょうか。

人との繋がりですよね。1回やったところで隣の小学校の人を紹介してもらいます。ただ、体験会をやってほしいというお声がけを頂くこともありますね。フロアボール自体が珍しいですし、そうやって子供が集められる場所ももうネタが尽きているみたいで(笑)1つの例として面白いのが、座間の米軍基地です。この前、フロアボールをやっている子供達を連れて行って、基地内のアメリカ人の子どもと、英語を使ったフロアボールの交流会をやりました。スウェーデン大使館の方も私達の取り組みをすごく応援して下さっていて、取材もして頂きました。まだ話は途中なんですけど、大使館に集まるスウェーデンと繋がりのある子供たちと交流が出来たら良いね、とお話を頂いております。

 

高橋由依

 

-今後は団体としてどういったことをやっていきたいとお考えでしょうか。

 

今年の5月、GW後に初めてスウェーデン人のGKのコーチを招待し、国内のフロアボールチームのGKだけを集めて、合宿をしたんです。今までそういうことは一度もありませんでした。GKは専門職ですが、独学でしか学ぶ方法がなかったんです。そういった状況下でちゃんとしたコーチを呼び、今まで自分がやってきたプレーに対して、『これは正しかった』とか『こういう動きが正解なんだ』というような気付きが生まれるキャンプをやりました。今後もそれを1年に1回くらいはやりたいと考えています。次に講師として呼ぶ方とも連絡を取っています。そのように海外の有名な選手や大物コーチなどを呼び、日本国内のプレーヤーを集めて合宿をすることで、少しでも考え方やプレーについて本場のフロアボールから吸収していけるといいですね。それが国内でやっていく人達への普及活動に繋がるとも思っています。その中からヨーロッパに日本人選手を派遣したいです。日本でやっていても限界があるので、本場を知る選手を増やしたい。それに加えて、体験会を通じて新しくフロアボールに触れる人を増やしたい、と考えています。

 

-最後に高橋さんの今後の目標を教えてください。

まずはこの世界選手権で予選リーグを突破すること。それができたら他はもういい、と思えるくらい大事な目標です。それを達成した後に何を感じるかは分からないんですけど、やはりもう1回、スウェーデンのスーパーリーグに挑戦して、試合に出られたらいいな、とは思います。もっと長期で見るとオリンピックにどうしても出たいですね。私がフロアボールを始めた小学校2年生の時に言われたのが『大人になるまでにはオリンピック種目になっているから、頑張れ』という言葉でした。それを信じ、オリンピックに出ることを目標にしてやってきたんです。一度、無理だと諦めたかけたこともありました。ただ今回、五輪種目の第一候補(※東京オリンピックの開催国が決める追加種目の第一候補)に入ったり、国際連盟が動いていたり、色々と動きがあったんです。もし2024年のオリンピックがヨーロッパで行われるとしたら、種目として入る可能性がかなり高いです。私も1回そこで出られたらいいと考えているので、そこまで頑張りたいですね。