menu

スポーツ界を稼げる産業に!千葉ジェッツを躍進させた“働き方改革”

2017.12.07 / AZrena編集部

Embed from Getty Images
2016年、日本バスケットボール界の最高峰であるBリーグが開幕した。その中で最も“商業的”に成功したクラブはどこか?という話になった際、間違いなく名前が上ってくるのが千葉ジェッツふなばしである。Bリーグ初年度でクラブ史上最高の売上となる9億円を達成し、6期連続の黒字化にも成功。平均入場者数でも4,503人と、リーグ唯一の4,000人台を記録した。そんな“好調”のクラブを支えるのが、島田慎二社長だ。彼はいわゆる“スポーツ畑”でない世界を生きてきたのだが、島田氏が千葉に訪れたことで変化が生まれ、ジェッツは倒産寸前だった過去を乗り越えいまやリーグを代表するクラブとなった。そして、その実績が買われ、2017年度よりいちクラブの社長でありながらもリーグの副理事長も担うこととなった。

島田氏は組織内にどのような変革を起こし、今の千葉ジェッツを創ったのか。この過程で彼が行ったことの中には、スポーツ界にとらわれず、一般的なビジネスの世界においても必要なマインドが散りばめられている。そして、スポーツ界をどう変えていきたいと考えているのか。前後編に渡り、彼のマインドを探っていく。

 

日本一労働時間が短く日本一給料の高いスポーツクラブへ。

-Bリーグの1年目、千葉ジェッツは数字の面で良い成績を出せたと思います。そこの要因はチームの強さだったのか、会場の作り方だったのか、それともイベントだったのかというと、どこにあると感じていますか?

全てにあると思いますが、その中でも大きかったのは"Bリーグ効果"ですね。日本のバスケ界に新しいBリーグというものができたというのはインパクトがありました。また、勝率が前年度の2割5分から7割ぐらいに伸び、勝ちゲームが増えたという部分も大きいと思います。あとは、ある程度利益が出るのを見込んだ上で会場作りや演出に投資をしていった成果とも言えるのではないかなと。そもそも私達はジェッツを人気球団だと思っていないので、集客するという努力を、経営としての努力をどこよりもやってきたと思っています。前の年は1人しか担当者がいなかったのを3,4人の体制にし、観客動員を増やすというところに経営資源、人員資源を投入したんです。

 

-プロクラブでも人を増やしたいけどお金がないから増やせない、という現状がありますが。

人を増やしたいけどコストがかかるとか、人を増やしても売上が上がらないかもしれないしそのリスクが怖いから増やすのをやめよう、という議論があると思います。

お客さまを集め、収益を上げたいのであれば、人を増やすしかない。お客さまのターゲットを見ただけでも、コアファンやライト層のファンがいれば、市民や行政、後援会や選手・スタッフの友人知人がいる。このように多くの集客に繋がる資源があるのに1人で全てできるわけはないんです。票田がくまなくあるのに選挙活動を人員なしで行っている、と例えれば伝わるのかなと。人海戦術を取らない集票活動は存在しないと私は思っています。経営者がその事業にフォーカスして人員を投資し、計画と実行のPDCAを回していけば、少なくとも成長スピードがどうであれ結果は出てくると思うんですよ。

島田慎二氏

-そう考えると、基本的に会社経営とスポーツクラブの経営は近いものと感じます。

基本的には同じです。お客さまに喜んでもらうサービスを提供し、その中でお客さまの声を聞いて、そこから改善をしてブラッシュアップをし、どんどん良いものを作っていく。更に、新しいサービスを同時進行で作っていき、ビジネスの芽を作っていく。ただし、それを回すのはスタッフなので、そのスタッフたちのマネジメントをしっかりすることが大事です。働きやすい職場環境や頑張りたくなるような人事評価制度を作り、社内の一体感と成果主義を同居させる仕組みを作ることが重要だと感じています。

ステークホルダーの多さに翻弄されて、他の産業と違うという思い込み、難しいというのを正当化しているのが今のスポーツ界の風潮として少なからずあると思います。しかし、整理すれば“経営は経営”だと思うんです。多種多様なステークホルダーがいる中でしっかりマネジメントする体制を作ることが重要です。
無理をしてできないことにどんどん手を出すと、結果として手が回らなくなり地域から悪い評判しか出てこなくなる。こういうチームもあると聞きますが、話を聞くとやることが多すぎる中で社長も休む暇もなく、忙しさのあまり手がつけられない。その中でマネジメントもできなくなって人が抜けていき、クレームがあっても対応ができない。様々な方面からの返事も遅れて、悪いイメージがつく。そういう悪循環に陥るパターンが多いと私は思っています。

 

ライバルは他クラブではない

-負のイメージが流れると仰っていましたが、スポーツ業界で働くということに対して悪いイメージができていると思います。土日も働くけど平日に休みがあるわけではない。そして、給料も高くない。そういったイメージが蔓延しているのではないかと。これは業界の課題でもあると思うのですが、千葉ジェッツさんにはそこを改善していこうという姿勢が強いと聞きました。

どの業界にも言えることですが、経営者が「本気で取り組まないといけない場所」であるということに気づかないといけないです。良い人材が来てこそ産業の発展が出来るわけであり、良い人材を集める努力もインフラも整備してないのに『良い人材が来ない』『良い人がどんどん辞めて行ってしまう』と嘆いていても仕方ないんです。産業としてしっかりした状況を作らないといけません。それを作るには人ありきで、その人がどういう風にしたら良い人材が来て、どうやったら稼げるようになり、その人に向けてどう投資をしていけるのか。そういうことをちゃんと考えるべきです。

そういう意味では、ジェッツでは生産性を上げるために“働き方改革”をしています。これは世の中でそう言われるようになって始めた訳ではありません。スポーツ界といえば毎日22時、23時まで働くのが当たり前で、薄給で残業手当もないような産業でした。それが良いか悪いかではなく、私はこれを"生産性が低い"と思っています。

だからこそ、19時まで帰るようにして、残業はさせません。ただ、23時と19時の4時間の差を埋めましょうと。それができればちゃんと家に帰れて労働生産性も上がるし、その分ボーナスや基本給を増やしていけば良い。そして“短い時間でやらなければいけない”という組織風土を作ることによって無駄を省いていきたいんです。そうすれば各自の頭の中でイノベーションが起こるわけじゃないですか。

 

-18時や19時以降に残ることが許されないと、就業時間内での取り組みを考えるようになりますよね。

長時間労働の職場というのは、9時に出社したら23時に帰るという前提で仕事を進めると思うんですよ。弊社は18時半〜19時には帰るというルールがあるので、当然仕事のやり方も考えるようになる。何よりも千葉ジェッツが他所と異なっているのは働く人の意識改革が進んでいるということですよね。

『好きなことだからお金もこだわらず、働かせて欲しい』と言ってこの世界に入ってくる人は多いんです。ただ、そんなことを言っているから他の産業に勝てないのだと思います。ライバルは競合している他のクラブではありません。スポーツ界としては普通の産業、他のエンターテイメント産業に勝っていかないといけない。他のバスケチームに勝つことが目標ではないと言いながら、組織を作っています。かつ、そこで日本一労働時間が短く日本一給料の高いスポーツクラブを作ろうと思って私は動いています。

 

-なかなか出てこない発想です。

日本一勤務時間が短くて、日本一給料が高くて、日本一売り上げがあって日本一強いチームを作れたら最高じゃない?と。千葉ジェッツを取り巻く全ての人が幸せになって欲しいという理念でやっています。だからこそ、関わるスタッフの家族も幸せになって欲しいし、やりがいも持って欲しい。そして、当然経済的に恵まれる状況にしたいです。

 

島田慎二氏

 

会社員の仕事の3割は“サーチ”すること

-具体的な取り組みはあるのでしょうか?

仕事中の喫煙を禁止にしたり、残業しないように無駄話を禁止したり、会議は15分で終わらせる、など色々と制限をかけています。スタッフからすれば『お客さまを楽しませるために会議をしているのに、なんで途中で切られなきゃいけないんだ』と最初は思っていたでしょう。ただ、短い時間で利益を上げてスタッフの家族も養っていかなければいけないという思いもある。これは難しいことだし、普通にやったらうまくいきません。だから弊社は革新的なチャレンジをしていくんだ、と社員へずっと話をしてきました。だから今は無駄話も少ないし、会議がちょっと長かったら私が入っていきます。「意味がないから中止!」と。あとは、整理整頓についても強く言っています。

よく言われるのが、サラリーマンの1日の30%くらいは“サーチ”の時間だと。だからこそ、サーチさせない整理整頓が重要になります。システム上の中のメールフォルダーとかも全部整理して、必要なものがすぐに見つけ出せる状態にしておく。そうすれば、サーチする時間は短くなります。8時間の30%だと2時間40分になりますし、それだけで無駄な残業が消えます。

こういったことの積み重ねで、時間が圧縮されるんです。時間にシビアになっているから、メールとかもすぐに返さなければいけないという意識が働く。そうすると自然と即レスをするようになり、即レスをすると顧客満足度も上がるわけです。結局、圧縮した方が企業価値も上がると思っているので、やらない手はないんですよね。

 

バスケのルールも知らない状況からチームへ参画

-仰られたようなメソッドを他のチームに伝えることはあるのでしょうか?

島田塾というものを開いているのですが、B1、2で36チームあるうちの21チームが参加しており、ジェッツでの取り組みについてを話しています。意志があってこそ経営は動くので。まず経営者が強い意志を持たなければいけません。

今だと極端な話『給与は高くないけど、やりがいあるスポーツ界で働いてみませんか?』と言って優秀な人を雇用しようとしているような状況。それでは優秀な人は来ません。他の業界のほうが稼げますから。

『給料が安くても頑張ってくれるからうまく使い倒さなきゃ』なんて思っていたら、革新的なことは起きません。満足できる給与を社員に払い、労働の生産性を高めて、産業としての価値を高めようと考えています。

 

-意識改革はトップから降ろしていかないとダメですからね。

昔は経営者同士で“いかに安い給料で抑えてるか”という自慢をし合うような風潮もあったそうです。ただ、「あの選手をすごく安く獲ったんだ」とか、「うちのスタッフはこんな額で休みなく働いてくれてるから」なんて会話がされるのはおかしいんです。私は異業種から来たので、それを聞いたときに『バスケット業界を全否定して全く逆のことやってたら成功するんだろうな』と思いました。スポーツ業界では、一見、普通じゃないことが普通になっている。こんな状況では誰も幸せにならないし、そういう場所に優秀な人材は来ないと思いました。

 

-こういった状況はバスケ業界に入って知ったことなのでしょうか。

]私自身、バスケット業界もスポーツ業界も全く興味なく、ルールすら知らなかったんです。ですから、入って見えてきたものばかりです。もともとチームの経営を助けるコンサルとして来ていたのですが、『社長をやってくれないか』とお願いされ、就任することになりました。「島田さんが引き受けてくれなければ(チームを)潰します」と言われたんですよ。2ヶ月ほど関わり、スポーツチームでファンが盛り上がってるところを見て、引き受けずにチームが潰れたらそれこそ自分のせいみたいになりますよね。だから、当初は1年だけという条件で受けることにしました。

(後編へ続く)