国内最高峰の大会を制した村上・庄司ペア。目指すは五輪の舞台!

2015.08.10 森 大樹

庄司憲右、村上斉

 

今回はビーチバレーボール、村上斉選手・庄司憲右選手ペアにお話を伺います。お二人は先日行われたビーチバレーボール国内最高峰の大会の1つであるJVAビーチバレーボールシリーズA南あわじ大会において優勝を飾りました。目標とするリオデジャネイロ五輪に向けて着実に歩みを進めています。

 

村上斉選手:1989年4月5日生まれ、滋賀県出身。188cm86kg。

庄司憲右選手:1990年2月13日生まれ、鳥取県出身。183cm80kg。

 

バレーボールからの転向で感じたビーチの難しさと二人の出会い。

 

-まず初めに、スポーツの経歴を教えてください。

庄司:小学生の時はバレーボールではなく、硬式テニスをやっていました。父の影響で、テニススクールに通っていたんです。当時はすごく華奢な体をしていて、スマッシュも全然打てなかったので、父の知り合いのところに肩を強くする目的でバレーボールを習いに行ったことが競技との出会いになります。

 

-バレーボールを始めたのはテニスのための体づくりの意味合いが強かったんですね。それはいつ頃ですか。

庄司:小学校5年生の時のことでした。小学生の間はバレーボールとテニスを並行してやっていましたが中学生になってバレーボールを選択し、中学・高校・大学と一筋にプレーすることになります。大学4年時にはキャプテンも務めさせて頂き、個人賞も頂くことができました。

 

-バレーボールと共に青春を過ごしてきた感じですね。

庄司:はい。ただ、自分としては大学まででバレーボールを終えるつもりだったので、大学卒業後は地元・鳥取に戻り、教員をやっていたんです。ただ、家の近くにビーチコートがあって、休みの日にはビーチバレーをすることはありました。そこにたまたま来ていた人からユニバーシアード(U-22)の代表選考会に誘われたので、参加することにしたんです。同年代の選手とやる中で、三次選考辺りからビーチバレーボールを本気でやりたいという気持ちに徐々に変化していき、他の人に負けたくないと思うようになったので、上京してくることを決めました。これがビーチバレーと真剣に向き合うことになったきっかけです。

 

-一方村上選手はどのようなスポーツ経歴をお持ちなのでしょうか。

村上:小学校1年の頃に一番仲の良かった友達と1年間だけ水泳をやっていました。その後は兄の影響でサッカーを始めたのですが、兄が6年生になった時に始めたので、1年後卒業していなくなったと同時に僕もサッカーを辞めてしまいました。

兄は中学ではバレーボール部に入ったので、その応援に行ったところ、ちょうど兄のチームメイトの弟が小学生バレーボールをやっているらしく、誘われて僕も1度練習に行くことになりました。そのチームの監督さんが既に身長が大きかった僕に目を付けて、バレーボールチームに入ることになりました。比叡平という最近では全国大会でも優勝するような強いチームです。

 

-競技選択において、お兄さんの影響を強く受けているんですね。

村上:はい。それで僕は小学校4年生からずっとバレーボールしかしていません。

 

-ビーチバレーとの出会いを教えてください。

村上:ビーチバレー(ボール)に出会ったのは高校3年の時です。僕は京都の洛陽工業高校出身で、そこでのインドア(バレーボール)を引退後に、ビーチバレーの全国大会の予選があることを知り、部活から許可をもらって出場することにしました。その時に初めてビーチバレーをやったのですが、インドアでは余裕で勝てるような高校の選手にそれはもうボコボコにやられました。それでも何とか準優勝することができ、ビーチバレーの全国大会へ出られることが決まってから、ビーチバレーの強豪校・福知山成美高校の監督さんと仲良くなって練習に通わせてもらい、全国大会に臨みました。ちなみに、その全国大会で初めて庄司と出会ったんです。

 

-全国大会での成績はいかがでしたか。

村上:全国大会前日に5試合ほど他のペアと練習試合をやらせてもらったのですが、全て負けてしまい、当時ペアを組んでいた選手と「ビーチバレー、半端じゃない!!」と話をしていたのを覚えています(笑)それでもなんとか大会は勝ち進むことができ、最終的には準優勝できました。

僕は高校時代の部活がすごく厳しいところだったので、本当はもうバレーボールを辞めようと思っていたんです。なので、高校卒業後はものづくりを専門とする学校に進学しました。ただ、先ほどお話した全国大会での経験もあったので、改めてビーチバレーを始めることにしました。そこからアンダー世代を含めて、ほとんどのカテゴリで代表に選ばれてきていたのですが、(※)最後のユニバーシアードの年に出てきた庄司が選ばれ、僕が落とされてしまいました。

ユニバーシアード:国際大学スポーツ連盟が主催する競技大会のこと。「学生のためのオリンピック」とも呼ばれる。

 

-その頃から、ライバル関係でもあったわけですね。それからどのような経緯でペアを組むことになったのでしょうか。

庄司:昨年11月に行われたリオ(リオデジャネイロ)五輪を目指す日本代表候補選手のトライアウトで一緒にメンバーに入ったことがきっかけです。

 

-ペアはどのように決めるものなのでしょうか。

村上:代表メンバーは監督が指示を出します。それ以外は自分が選手を選んで、ペアを組んでもらえるように口説くという形です。

 

村上斉

庄司憲右

 

競技の魅力とこれからの目標

 

-お二人が思う、ビーチバレーの魅力を教えてください。

庄司:2人しかいないので、どちらも必ずボールを触ることになります。インドアの場合は3回で相手コートにボールを返す中で触らない選手が出てくるので、そこが大きな違いです。ビーチバレーはボールにタッチする機会が多いので、自分がうまくなればなるほど、勝ちに繋がるという面白さはあります。

 

-2人しかいない中で、どのような役割分担があるのでしょうか。

庄司:一応(※)レシーバーとブロッカーの2つに分けられていますが、両方できる人もいます。僕らは分けてやっています。

レシーバー:主に相手からのボールを拾い、攻撃する役割。身長の低い方が務めることが多い。

ブロッカー:主に相手のスパイクをブロックする、レシーバーが拾ったボールをトスして繋げる役割。身長の高い方が務めることが多い。

 

庄司憲右

 

村上:僕の考えるビーチバレーの魅力は、外でやる開放感です。会場には音楽が流れていますし、スタンドのお客さんはお酒を飲みつつ、みんなで盛り上がりながら競技を楽しむことができます。この前横浜でグランドスラムが開催されていましたが、僕は競技性が日本人に合わないのではないかと思っていました。日本人は声を出しにくい人も多いですし、盛り上がらないかもしれないと心配していたんです。でもたくさんのお客さんが入っていて、皆さんすごい歓声を上げていたので、ビーチバレーは日本でも広まりそうだと感じました。

 

-お二人の今後の目標を教えてください。

庄司:今回の横浜でのグランドスラムを観ていても思ったのですが、やはり五輪の舞台で勝つということが僕のビーチバレー人生における目標です。そのためには1つずつそれまでのステップを踏んでいかないといけないと考えています。

村上:自分は北京五輪の代表選手のプレーを見て、自分もこの舞台で試合をしたいと思ったのがプレーを始めたきっかけの1つにあります。今回のグランドスラムでは勝てませんでしたが、決して無理ではないという手応えはあって、その想いはより強くなりました。

 

-外でやる競技なので、環境面に左右される部分もあると思います。どのような環境がプレーしやすいですか。

庄司:選手によって違いはあると思います。砂の深さでいくと日本人の小さい選手は深くなればなるほどより跳ばないといけないので、不利です。反面その分日本人は手先が器用で風に強かったりもします。僕は脚力に自信があるので、深いところでも動けて跳べるというのが長所だと思います。

村上:相手が日本人であれば深い砂の方がいいです。でも必ずしも外国人が相手の場合はそうではありません。少し前までは砂が深くて風が吹いていれば日本人が有利だと言われていましたが、今は外国人選手のサイズが全然違うからです。

 

-海外選手はもっと大きいということですか。

村上:僕(188cm)がギリギリレシーバーになれるくらいです。ブロッカーの場合は210cmの選手などがいます。

 

-もはや跳ばなくてもブロックできてしまいそうな身長ですね。

村上:でもすごい高さで跳ぶんですよ(笑)

庄司:真っ向勝負しても勝てないので、他の部分でカバーします。

村上:スパイクを打たれてしまったらどうしようもないので、打たせないためにどうするかが重要です。

 

村上斉

 

-かけひきが非常に大事だということですね。お二人がペアと組むことで生まれる強みを教えてください。

村上:今まで様々な選手に後ろを守ってきてもらいましたが、庄司はすべてのボールを拾いに走ることができます。「それ、拾いに行っちゃうの!?」と思うこともあります(笑)

基本的にブロッカーは数多く跳ばなければならず、相手の攻撃に合わせて動き続ける必要があり、体力的にしんどいんです。一方のレシーバーはサイン通りのコースを拾いに行くことが基本です。ブロッカーが体力的にしんどい中で、相手が打ってきたボールに反応できずに目で追われて終わると、絶対拾えないと分かっている球でも不満に思ってしまうことがあります。でも庄司の場合は隙があれば拾いに行って届かせてしまうわけで。それが僕としては楽しいです。

 

-村上さんは男子のポイントランキングでも1位ですね。(2015年8月5日現在)

村上:前は一番良かった時で9位だったので、嬉しいです(笑)ポイントランキングは国内ツアーや世界大会の順位によって決められています。ただ僕はシリーズAの試合に2つ出られないので、また抜かれてしまうかもしれません。

 

【後編】へ続く