五輪のボランティアはブラックなのか?過去3大会に参加した日本人が明かす

2018.10.04 島田 佳代子

写真提供:西川千春さん

イギリスで28年間暮らし、企業コンサルタントとして活躍していた西川千春さん。ある理由から、今年になって会社を畳んで日本へ帰国しました。それは「東京五輪のため」だと彼は言います。

もともとスポーツや五輪が大好きだった西川さんは、2012年に地元・ロンドンで行われた五輪にボランティアとして参加し、“人生最高の2週間”を過ごします。彼にとって人生がガラっと変わる体験でした。

 

2年後に控える東京五輪において、日本では「ブラック」なイメージもある五輪ボランティアの魅力、批判の声に対する意見などをお聞きしました。

 

収入が3分の1になりながらも帰国を決断

―イギリスで企業コンサルタントとして起業し、ビジネスマンとしてのキャリアを築いていた西川さんが、五輪ボランティアになったきっかけを教えてください。

1990年、30歳の時に機械部品メーカーの駐在員としてイギリスに赴任しましたが、イギリスが気に入ってしまい、現地の会社へ転職してロンドンへ留まりました。その後、何社かを経て、2005年に経営コンサルタントとして独立・起業しました。

ちょうどその頃、2012年の夏季五輪の開催地がロンドンになることが発表されました。その瞬間、ボランティアになることを心に決めたんです。

 

子供のころから、自分とは違う言葉、文化を持つ人達が、ひとつの目標のもとに集まって開催される五輪が大好きでした。その大好きな五輪が自分の住んでいる街で開催されるなんて、一生に一度あるかないかのことです。

自分も参加してみたい!とは思ったものの、選手として出場するのは無理なので、ボランティアだったら確実に参加できるのではないかと考えました。

 

独立した直後はクライアントを獲るのが難しく、保険として通訳業も行っていました。ビジネス経験がある通訳は重宝されて、仕事も豊富にありました。だから、通訳には慣れていて自信もあったので、主に競技会場のミックスゾーンでのインタビュー通訳を担当する言語サービスに応募しました。

 

―イギリスは国民の約4割がボランティア活動を行っていると言われるほどの“ボランティア先進国”です。西川さんも何かボランティア活動をしたことはありましたか?

スポーツボランティアはロンドン五輪が初めてでしたが、ロンドンの日本人社会でのお祭りの実行委員や、日本人起業家フォーラムなどの活動はしていたので、ある意味そういった土壌はあったのかもしれません。

実は一般市民がボランティアとして五輪へ初めて参加したのが、第二次世界大戦が終わって間もない1948年のロンドン五輪でした。そういった歴史もあるので、イギリスは五輪ボランティアのパイオニアとしての自信もあったし、ボランティアが大会を成功させるために重要な役割を果たすことも認識していました。

―五輪ボランティアは「人生最高の2週間」だとおっしゃっていますが、その中でも最高の思い出はどういったものでしょうか? 

「言語サービス」の活動は、ミックスゾーンでのインタビュー通訳が8割を占めました。私は中学・高校時代は卓球部にも所属していた卓球好きなので、日本卓球界の悲願のメダル獲得という歴史的な瞬間に立ち会えたことが最高に嬉しかったです。

リオ五輪では福原愛選手、石川佳純選手、伊藤美誠選手の公式メダル記者会見の通訳を務めました。会見が終わると、福原選手がさっと手を伸ばしてきて、「本当にありがとうございました」と言ってくれました。

 

写真提供:西川千春さん

元卓球少年からすると、信じられないほど光栄な瞬間でした。水谷選手も「言語サービスのボランティアが選手の本当の気持ちを引き出してくれます。ありがとうございます」と言ってくれました。選手だけではなく、メディアや観客など、色々な方から「ありがとう」と言ってもらえただけでも嬉しいです。

ロンドン五輪が終わった後に、ロンドン市内で行われた祝勝パレードも忘れられない思い出となりました。パレードの前日、組織委員会から「明日はユニフォームを着てパレードの沿道に来てください」と連絡がありました。

 

その通りに当日、ユニフォームを着て沿道からパレードを観ていたら、「ボランティアは出てきて、選手の後ろに続いて!」と。私たちボランティアも選手の直後を歩き、市民からの大きな声援と祝福を受けました。

選手がスポーツ・エリートのイギリス代表で、ボランティアはまさに一般市民のイギリス代表でしょう。ボランティアをやって良かったと心から思えた瞬間でした。

それから、当時のデヴィッド・キャメロン首相からボランティア全員に感謝の手紙も届きました。決して事務的ではなく、とても人間的な文章でした。本当に嬉しかったですね。

 

―長年イギリスに暮らしていた西川さんが、東京五輪のために日本への帰国を決めたのはなぜでしょうか。

自分が住んでいる国、街でのオリンピックは特別です。それはロンドン五輪で経験しました。私は幼少期や大学院をアメリカで過ごした期間も含めると、58年の人生のうち、35年も海外に住んでいました。

海外に長くいたから、日本の良いところも悪いところも見えていて、ある意味で客観的に分析もできます。世界に対する貢献や、日本人が成し遂げたものなど、私の場合は英語ができるから薄っぺらいところだけではなく、本音が聞けるわけです。この15年は経済だけではなく、文化的なものも高く評価されています。

 

自分が日本人であるということのプライドもあります。だから、いつも日本のために何かをしたいと思っていました。オリンピックは国の一大行事です。そういった意味では、やるしかないなと会社を畳んで日本へ帰国しました。

正直にいうと、収入は3分の1になってしまいましたが、それでもやりますよ。

 

東京五輪のボランティアはブラックなのか

―東京五輪のボランティアの募集が開始されています。日本では“無償”ということで「やりがい搾取」「学徒動員」「ブラック」といった批判も出ていますが、そのことについてどう思いますか?プロとして通訳も行っている方が、無償で行うことに抵抗はなかったのでしょうか?

批判勢力の中には、もともと五輪・パラリンピックに意義を感じていない、商業イベントで腐りきっているといった考えを持っている人が多いかと思います。確かに世の中、綺麗ごとだけではないので、おかしなことはあるかもしれません。私もそういった意味では、いくつか同調できる点もあります。

私は非常に責任のある、難しいところを任されたので、仕事として受けられたらと思ったこともあります。しかし、それとこれとは切り離した方が良いでしょう。ボランティアとして参加し、自分の今までの色々な経験を活かして、集まってきた若い子たちのリーダーとなるなど、自分のノウハウを社会に還元することも重要だと考えています。

 

五輪の基本概念(※)として「スポーツを通して、体と心をきたえよう、世界のいろんな国の人と交流しよう、そして平和な社会を築いていこう」というものがあります。

(※:https://www.joc.or.jp/olympism/education/20080801.html参照)

私はスポーツの力を信じています。スポーツとは楽しいということがきっかけであって、労働ではありません。スポーツには「する」「観る」「支える」という3つの楽しみ方があると言われています。五輪ボランティアは、まさにスポーツを「支える」楽しみがあります。

そもそも、日本ではボランティアに対する意識がイギリスとは違うと感じます。イギリス人は自分が自由になる時間はとても貴重なもので、日本人は時間に対する価値観が低すぎます。イギリスでは、自分が自由になる時間を、公共のために犠牲にしてくれる人たちに対するリスペクトがものすごくあります。

 

ボランティアは「志願兵」という意味から始まっています。有償・無償は関係なく、徴兵で引っ張ってこられたわけでもなく、自らの意思で駆け付けた兵士のことです。

日本の場合にはどうしても、自分の意志というよりも、町内会の活動や学校のPTA活動など、社会のプレッシャーの中でやらなくてはいけないものが多いのではないでしょうか。だから、動員だとか、無理矢理の安い労働力ということになってしまうのだと思います。

我々は出発点が違うんですよ。楽しいから行くんです。スポーツを観戦に行ったり、やりにいったりするのと一緒なんです。