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「えとみほ」は、なぜ栃木SCに入社したのか? 橋本大輔社長が語る秘話

2018.09.04 / 竹中 玲央奈

江藤美帆氏、橋本大輔氏
 
今年の5月、ある女性がJクラブ・栃木SCの職員となったことが話題になりました。その女性とはユーザーが撮影した写真素材を自由に売買できるサービス「Snapmart」の元代表取締役である江藤美帆(通称:えとみほ)さんです。
 
Twitterのフォロワーを3万人以上かかえ、様々な発言を積極的に行いそれがインターネット上で話題になる、いわゆる“インフルエンサー”の1人です。
 
もともとJリーグが好きで様々な試合現場にも足を運んでいた彼女が、いちファンの立場からスタッフへの道を選んだ経緯とは?そして、なぜ栃木SCは彼女を招き入れたのでしょうか。江藤さんと、彼女の採用に携わった栃木SC社長である橋本大輔さんにお話を伺いました。
 

マラドーナと望月重良

――橋本社長の略歴をお伺いしたいのですが、音楽の大学を出られて、その後に海外の会社に入られてから、新朝プレスの代表になられて。そして栃木SCの取締役ということでかなり異色なのかなと。
 
橋本:渡米をしていて、どういった形態の大学に進むかを考えている中で、音楽の専門学校に進学行こうと決めたんですよ。もともとすごく人見知りをするタイプで、あまり表に出ることが好きではなく、家の中にこもっているほうが好きだったので、音楽のエンジニアの学校を選んだんです。
 
その後、そのままシアトルマリナーズの本拠地であるセーフィコフィールドで、飲食関係をやっている知人の会社に入社しました。スタジアムで働く期間は、シーズン中の春から秋だったんですが、年俸制なのでオフシーズンでも給料は12分の1が入ってきていました。それで、そのオフシーズンの時間ももったいないなと思っていたら、卒業した専門学校から連絡があったんです。
 
BEHRINGERというドイツの音響メーカーから、日本語の翻訳ができる人を探しているという問い合わせが来ていたので、自分のところに話が回ってきたと。それを受けて、冬はそこでマニュアルの日本語化をしていました。 
 
そこから日本に戻ってきて、インディーズの小さなレコード会社に入りました。大手で何かやるよりも、アーティストを見つけるところからやりたいなと思ったので。ただ、1年くらいでそこの社長の投資が外れてしまって、会社もなくなったんです。その次は新朝プレス(https://www.monmiya.co.jp/)の社長になったのですが、もともと自分の父親が4代目でした関係もあって誘いを受け、28歳の時に社長になりました。
 
――その3年後に役員になられていたんですね。
 
橋本:もともと栃木SCは教員のクラブで、70年くらいの歴史があったのですが、Jリーグに加盟できる体制を整えようとしていた時期に「発起人の中に名を連ねてくれないか」と頼まれたんです。そこではんこを押したのが、そもそもの関わりの最初ですね。
 
それから非常勤で役員をやったりその役職を外れたり、ボランティアとして手伝いをしたりということをしていた中、2015年にクラブがJ2からJ3に降格した段階で、社長への打診を受けたという流れです。
 
――えとみほさんのお話を伺いたいです。そもそもサッカーやスポーツビジネスに関心が芽生えたタイミングはいつでしたか?
 
えとみほ:サッカーとの最初の関わりは、アメリカに留学していた時に見たドーハの悲劇です。もともとサッカーに興味はなかったのですが、学生寮でみんながテレビで見ていたのに乗っかった感じです。
 
ルームメイトには韓国人が何人かいて、日本がW杯出場を逃して大喜びしていて(笑)。また、本大会はアメリカで開催されていたので、ロスのスタジアムに見に行きました。アルゼンチンvsルーマニアの試合を見に行きました。
 
アメリカ人はW杯に全く興味がなく、開催されていることすら知らなかったですね。たまたま日本から来ていた留学生が静岡出身で、W杯をやっているから見に行こうと言われたのですが、「チケット持っていないよ」と話したら、『なんとかなる』と言われて。
 
実際に定価割れみたいな値段でメインのかなり良い席を買えたんです。目の前にマラドーナがいたのを覚えています。
 
そこで初めてサッカーを見て、面白いなと思いました。そりゃそうですよね、最初に観たのがW杯の優勝候補ですから(笑)。それで日本に帰ってきたら、Jリーグが始まっていたんです。当時はJリーグバブルの真っ只中で、当時高校生だった妹に試合を見に行きたいと言われたんです。
 
江藤美帆氏
 
――そこで初めて見たのがジェフ千葉だったのですか?
 
えとみほ:妹が名古屋グランパスにいた望月重良選手のファンで、望月さんが市原に来るから観に行こうと言われたので市原へ見に行ったんです。その時、サッカーのレベルどうこうより、ゴール裏にいて応援が楽しいと感じたんです。
 
それからなんとなく繰り返し市原に行くようになって、友達もできてきたんです。それが20年くらい前。Jリーグのサポーターになった経緯です。
 
スポーツビシネスに興味を持ち始めたのは、ジェフを応援していたことが大きいですね。ジェフはJ2クラブにしては恵まれた環境だと思うんですが、なかなか思うように結果が出なくて。「どうやったら勝てるのだろうか?」ということを突き詰めて考えているうちに、クラブの経営、お金周りのことに興味を持ちはじめました。
 
それで、ジェフだけでなくいろんなクラブを見ているうちに、Jリーグクラブといっても、親会社のあるクラブと市民クラブというのがあって、経営の仕方が違って、みんながJ1に上がって優勝したいと考えてやっているのかと思ったら、そうでもないのかなということを知ったんです。
 
ジェフがJ2に降格してから、J2やJ3といった下のカテゴリーも見るようになったのですが、そっちを見ているほうが面白いと感じるようになりました。下のカテゴリのほうが集客に苦労しているので、いろんなことにトライしてるんです。
 
私はアウェイ遠征に行くのが好きなのですが、その遠征では必ずどんなイベントが催されて、どんなグッズが売られているのか、スタジアムグルメはどんなものがあるか、待機列はどうか、というのをずっと見ています。
 
やはり、そういうところがきちんとしているところはだんだんと経営も安定してきて、徐々に強くなってきているんです。それは面白いなと思いましたね。大変だとは思うのですが、地道にやっていれば成果が出ていくんだろうなと思いました。
 
――というと栃木にも来ていたんですね。
 
えとみほ:行っていました。ジェフのサポーターとしてもだし、入替え戦や最終節も見ていました。グリーンスタジアムはピッチが近いし、ヨーロッパの地方のスタジアムみたいだなと思っていましたね。
 

栃木SCのスタッフとなるまで

――本題に入りたいのですが、えとみほさんと橋本社長が一緒に活動を始めた経緯と、彼女に期待する点はどこにあるのでしょうか。
 
橋本:彼女は僕ができないことをできるし、僕よりもいろいろな経験を積んできています。それはまず履歴書からも伺えました。彼女の経験と、クラブの課題もすごくマッチしていましたから。
 
彼女が得意とする分野に関しては、一番重要だと思っていたのにも関わらず、求人もほとんどかけていませんでした。それは体力的な問題でもあるのですが。ただ、そこで応募が来て話をしていて、この人に栃木に来て活躍してもらいたいという思いが芽生えたのと、この人が来れば何らかの化学反応が起きるだろうという期待を持ったんです。
 
一番期待しているのはマーケティングの部分で、あとはクラブの課題である集客やチケット収入をどう上げていくのか、どういう付加価値を付けていくのかというところ。To BというよりTo Cの分野で期待しています。
 
橋本大輔氏
 
――集客のお話が出ましたが、えとみほさんはどのような層をターゲットにしていきたいとお考えですか?
 
えとみほ:今のクラブの課題として、はっきり数字に出ているのは女性なんですね。栃木SCの女性ファンは、Jリーグの平均よりもおよそ10%くらい少ないんです。基本的にサッカーのファン層は、とくに何もしないと男性ファンばかりになってしまうものなので、女性ファンを増やすにはクラブ側の努力が必要です。うちはおそらくリソース不足もあってそういった施策をまったく打ってこなかったのだと思うので、ここは施策を集中的に打てばすぐに改善できるのではないかと思っています。
 
――そもそもえとみほさんはいつJクラブで働きたいと思ったのでしょうか?
 
えとみほ:そもそもJクラブで働きたい、働けるものとは思っていませんでした。Snapmartを辞めるというのは去年の暮れくらいから決めていて、正式に決まったのが年明けくらいですね。
 
とりあえず辞めるのを決めてから、次はどうしようか漠然と考えていて、その時にたまたまサッカークラブの求人を見つけたんです。
 
――橋本社長はえとみほさんのことをご存知でしたか?
 
橋本:全然知らなかったんです。今の求人の件も本当に人が足りなかったから出したんですよ。昨シーズンも最終節までJ2昇格なのかJ3残留なのか決まらなかったので、2018年の事業規模がはっきりせず、採用をかけるにもかけられなかったんです。
 
そこでどうしようかと迷っている中、昇格が決まって仕事も増えてきて、人が足りないという社員の声が聞こえてきたんです。
 
実はチームがJ3に降格した時に、幹部職の人が自分たちからほとんど辞めてしまいました。2015年はフロント内でも色々あったので…。僕が入った時には、他の業界でのビジネス経験がある人はほぼいないという状況で。今の営業部にも営業経験のある人間は誰もいないんです。
 
なので、本当にビジネスを分かっている人がいないと、その子たちを教えてあげることはできないなと。ただ、僕だけでは不十分ということで、良い人を招き入れたいと思い、履歴書を見て江藤に電話をしました。
 
えとみほ:最初は人事の人かと思って普通に話していたんですけど「社長の橋本です」と言われてびっくりしました。
 
橋本:人が足りないというのもあるのですが、僕が全部電話をして自分で面接をしたほうが早いと思っていたんです。あとは、会う前日に栃木のあるライターさんと話していたら、「有名なブロガーの女性の投稿に、橋本さんの名前が出ていましたよ」と言われたんです。 
 
えとみほ:応募する前の話だと思うのですが、(橋本社長に)注目しているというツイートをしました。
 
橋本:なんというブロガーか聞いたら、『えとみほさん』と言われて。明日会う人も江藤美帆さんだな…と思って調べてみたらジェフのサポーターで、Snapmartの代表さんだと。来ていただいた時に、面接する部屋のドアを開けて、第一声で「千葉さんのサポーターさんですよね?何しに来たんですか?偵察ですか?(笑)」と聞きました(笑)。
 
最終面接にはもう1人、のちに営業部長になった人も同席していました。
 
えとみほ:一緒に採用された方が、同世代で、同業の会社の方だったんです。
 
橋本:2人を会わせた時に、同業でライバル会社だということを知ったんです。まずかったかなと焦りました。
 
えとみほ:スナップマートからいなくなることも漏れたら困るので、黙っておいてくださいと伝えました(笑)。
 

カテゴリが上がれば給与が上がるわけではない

――ちなみに気になるのですが、給与の話はどのタイミングでしたのですか?
 
橋本:最後のほうですね。失礼で言えないなと思っていて。
 
えとみほ:オファーが来た時に、すごくいろいろな説明を1時間くらいされたのですが、たぶん言いづらいんだろうなと(笑)。
 
橋本:応募はして頂いたんですが、クラブとしてもお願いしたいということで最後は東京に出向いて、話をさせてもらいました。
 
――えとみほさんの中では金銭面というよりは、やりがいがメインだったんですよね。
 
えとみほ:あんまり「お金は関係ない」っていうと給料上がらなくなっちゃうのであれですけど(笑)、第一条件ではないですね。
 
――気になるのですが、J1に上がればスタッフの給与も上がるのでしょうか?
 
橋本:そこはカテゴリーではなく、業績だと思うので。もちろん昇格してカテゴリーが上がれば売上も業績も上がる可能性はあります。『昇格したから給与が莫大に上がるのではないか』という話も年末に社内で出回ったのですが、そうではないという説明をして、社員も理解をしてくれました。
 
逆に言うと、「降格したからといって、あなたの給与は下がっていないよね」と。できるだけ社員の給与は昇降格に左右されないように運営したいという考えはあります。
 
えとみほ:サッカークラブの経営で難しいのは、強くなったら強くなったで、トップチームに多額の投資しないといけないんです。そうすると、フロントスタッフの給与を上げるのも容易ではないんですね。
 
橋本:正直、降格したら少し業績が悪くなる可能性があるということは2016年に感じました。初めてのカテゴリーで、どれくらいお客さんが来るのかも開幕前は分からなかったですし、1,000人くらいは減ると言われていたので。その中で2年やってみて思ったのが、トップチームに投資をする人材が重要だなと。
 
投資する側もフロントが冷静にビジネスを分かっていて、成績だけでなく、これくらいまで収益が上がるというのを分かる人がいなければいけない。
 
そういう人がいないと、お金を無駄に使ってしまう可能性があると思ったんです。そういう意味でいうと、江藤がいることによって、僕の仕事はかなり楽になりました。
 
橋本大輔氏、江藤美帆氏
 

IT化が進んでいないJクラブの現状

――えとみほさんは、Jクラブでこういうことができるだろうと思っていた部分と実際にやってみて、ギャップはありましたか?また、一企業の代表からクラブスタッフになってのギャップもありますか?
 
えとみほ:なんとなく想像していた通りだなと。ただ、思ったよりもIT化されていないとは感じました。私の前職が渋谷のスタートアップで、日本の中でもかなりIT化の進んだところにいたので、比べたら遅れているのは当たり前なんですけど。地方の会社の中でも少し遅れているところもあるなと。
 
うちだけかと思ったんですが、いろいろなクラブに聞いてみても、スポーツ系のところはIT化が後回しになっているところが少なくないみたいです。あるJ1クラブのスタッフの方に聞いた話では、チャットツールを入れようとしたら全力で阻止されたこともあった、と。
 
橋本:そういった社内のインフラをどんどん整備してほしいとも思っています。
 
えとみほ:Slackを入れて、サイボウズにサプライしてもらって、サイボウズでいろいろな共有を行っています。
 
橋本:僕も入った時に、カレンダー共有やメーラーをGoogleにしようと言った時に、すごく拒否されてしまったんです。それもあって、当時はここはハレーションを起こすよりも、まずは我慢して昇格する為にもフロント内を同じ方向を向かせるほうが優先だと考えを切り替えました。
 
今は江藤に入社してもらってかなりのスピードで変化を起こしてくれるので、すごく助かっています。
 
えとみほ:入社したときに気になったのは、メールの多さです。よく見ると半分以上が社内の連絡や日報で。だから、Slackを入れてなるべくメールをなくそうと考えました。メールって、社内でも「お疲れ様です」とか無駄な挨拶入れないといけないので。
 
Slackはもうみんな使いこなしてますね。あとは採用にWantedlyも使い始めました。
 
橋本:もう言われるがままですよ(笑)。『Wantedlyに登録してください』と言われて、「はい!」と。
 
えとみほ:誰もWantedlyを知らなかったですからね。IT業界では知らない人いないと思うんですが。特に何も説明せずに、とりあえず登録して、応援して!と(笑)。
 
橋本:こういう行動はすぐに成果が出なくても、必ず何か出てくると思うんです。今後、もしITに強い人が入ってきた時に、こういうことをやれている会社なんだと思ってもらえるかもしれないですから。マーケティングだけでなくインフラのところも整備されていっていますね。
 
――Wantedlyはリクナビやマイナビとは違うユーザーが居るので、新たな人材の獲得に繋がりそうです。
 
えとみほ:スポーツ業界は採用が独特だと思っています。あまり公募をしないし、いろいろな人にどうやって入ったのかを聞いたら、インターンを数年続けていた中でポストが生まれて社員に昇格するというような。ほとんど縁故で、他クラブから引っ張ることもわりとあるみたいですよね。
 
公募することの良い点は、色々な業界の人が『自分も入れるかもしれない』と思って門を叩いてくれること。給与面で合わない可能性もありますけど、それも来てもらわないと分からないですし。
 
そもそもなぜ公募をしないのかと思っていたのですが、一つ思うのは、採用に労力をかけなくて良い業界なんですよね。やりたいと思っている人は山ほどいるし、とりあえずやりたい人は集まる。だから、ホームページに出しておくだけでも良い、という発想ですね。
 
橋本:募集をした時はリクナビで出したんですけど、リクナビに広告を出すことには反対されたんですよね。クラブの公式サイトに出すだけでそれなりに数は来るので、そこから選べば良いという発想なんだと思います。
 
できるだけ支出を抑えようという使命感で言ってくれたと思うんですが、僕はとにかく違う業界から欲しいから、リクナビも出したいと、少し強引にやりました。結果としてそこに出して良かったと思います。クラブの公式サイトに出しても、サッカー好きしか来ないんですよね。
 
えとみほ:クラブの公式サイトを見てるのは、基本サポーターだけですからね。
 
――サポーターはクラブスタッフにならないほうが良いのでは、とも思うことがあります。
 
えとみほ:それは職種によると思います。たとえば広報やマーケはクラブの歴史や選手のことを知っていたほうが良い職種ですし、サポーターだった人が中にいた方が良いと思います。ただ、クラブ愛が強いだけの人ばかりでも難しいのかな、と。
 
――即戦力の選手を獲得することも重要ですが、例えば営業成績が優秀なクラブスタッフに投資したほうが良い面もあるのかなと。そこについてはいかがでしょう?
 
橋本:それはクラブの方針によると思うので。僕も3年目で手探りなところはあるのですが、これ以上チームを強くするためには、業績を伸ばしてくれる人がいないと無理だなとは感じます。
 
サッカーは野球と違って昇降格があるのが大きいんです。降格がなければ、5カ年計画の作り方も変わってくる。野球はシーズン終盤で最下位でも、面白い企画を打てばお客さんは来てくれることもあります。
 
ただ、降格があると変わってくると思います。やはり僕もどこかで「降格してしまうかも」という危機感は常に持っていますし、降格がなく、興業・産業として徹底しているほうが伸びていくとは思います。
 
えとみほ:降格がなければ、もっと面白いサッカーができる部分もあると思います。私はJ3もよく観ているのですが、J3のほうが降格がない分、アグレッシブなサッカーをしているなと思います。
 

サッカーに興味のない層にどう発信するか

――栃木のスポーツの盛り上がりはいかがですか?
 
えとみほ:宇都宮市だけで50万人以上もいるので、ホームタウンの規模としてそれは十分すぎますよね。ただ、そのわりに認知が低いというのは感じています。サポーターも固定化している印象があり、新規の人にどう広めるかというのは常々考えています。少し聞いてみたら、栃木には他県からの流入が多いみたいです。
 
橋本:栃木は二次産業がすごく盛んなので、大手の工場があると外からも来ますね。
 
えとみほ:現状のスタジアムのアクセスを考えると、中高生がふらっと来るような環境ではないんですよね。工業団地で、公共のアクセス手段がないので、中高生に無料招待をかけるだけでなく、バスも無料にしてそこをPRするということも大事かなと。
 
ターゲットのユーザーになりきって「カスタマージャーニー」を組み立てていかないといけないと思っています。
 
女性に関しては、よく言われるのは屋根がないことです。サッカーを観に行かない友だちに聞くと、夏の時期に3時間日傘もさせないのは絶対無理だとか、ありえないとか言うんですよ。これは男性にはない視点ですね。
 
栃木県グリーンスタジアム
 
写真提供:栃木SC
 
――屋根がなくて雨でも来る人は本当に好きだから来ているので、天候に関係なく来るという部分はあるのかなと。
 
橋本:本当に新規の人は、屋根があっても雨だったら来ないと思います。スタジアムに行ったことがないので、自分がどういう状態に晒されるのか分からないですから。
 
えとみほ:そうなんですけど、連れていくほうとしては、雨の日に初観戦の人を連れて行くのはためらっちゃいますね。前に三ツ沢かどこかで付き合いたてみたいなカップルが雨の日に来ていて、女の子の靴がもうぐちゃぐちゃになってて、ものすごく気まずい感じで帰っていったのを覚えています(笑)。
 
スコアレスドローで、熱心なサポーターからしたら「よっしゃ、勝ち点1!」っていう感じだったと思うんですが、初観戦じゃそれも分からないですよね。「点入んなかった、つまんなかった」で終わってしまう。下手すると「二度と行きたくない」ってなりかねませんよね。
 
――その中で新規の方にアプローチするには、どうすれば良いと思いますか?
 
えとみほ:やっぱり10〜20代くらいがターゲットならSNSは外せないな、と。ただ、SNSって意外に新規獲得には向いてない側面もあるんですよ。
 
以前、Milieu(ミリュー)というメディアを運営している塩谷舞さんが、AKB総選挙の話をしていたんです。AKBの子が、『ファンの人たちがこんなに一生懸命応援してくれているのに、それが一般の人に伝わっていない。『自分たちのせいで先輩たちが作ったAKBを盛り上げられなくてごめんなさい』というようなことを言っていた、と。
 
でもそれは彼女たちのせいではなくて、SNS社会がそうしているんだ、ということを塩谷さんが言っていたんです。なぜかというと、ファンの人たちは専用アカウントを作るわけですよ。その中ですごく濃い話で盛り上がるんですけど、一般の人はフォローしていないので、その熱は広がっていかないと。
 
[参考]


 
これはJリーグでも同じなんですよね。ほとんどの人はサッカーの話を「サッカー専用アカウント」でしてるんです。そうなるといくらSNSで「試合が面白かった」「グルメがおいしかった」っていうツイートをしてもまったく新規の層には広がっていかないんです。
 
そういった意味で、私はやはりハブとなるインフルエンサーの存在は重要だと思います。いかに、あまりサッカーに興味なさそうな人たちにサッカー観戦の楽しさを投稿してもらうかが大事じゃないかと。
 
ただサッカーって、素人の人が口出ししにくい空気があるというか、不用意に間違ったことを言うと総ツッコミ食らうようなところもあるんで、そこはどうにかしたいですね。
 
――率直に伺いたいのですが、橋本社長はえとみほさんを採用するにあたって、不安に思ったことなどはありました?
 
橋本:僕はあまりSNSはやらないので、フォロワーの数とかは見ていなくて、ただ単に社長だというのと、googleで検索をしようと“えとみほ”と打つと“炎上“が予測変換で出てくるなっていうくらいですかね(笑)。
 
ただ、履歴書を見る限りは勝ち方を知っている会社で経験を積んできていると思ったので。そういう意味では僕に経験がない分、勝ち方を勉強できると感じたので「すごい人が来た」と思いました。
 
とにかく僕の仕事は、キャスティングと活躍してもらう環境を作ること。その中で業績を残してもらって、どんどん給与も上げていきたいと思うタイプなので。活躍してくれれば会社としてはありがたいですし、そこにやりがいを感じて、幸せになってくれれば良いなと。
 
正直、あまりやりやすい人とだけ組むのは好きではないというか。扱うのが難しそうな人が何人かいたほうが、化学反応は起こりやすいのかなと思います。僕もまだまだ何も分からないですけど、基本的にはどんどん自分の強みを生かしてもらいたいと思います。
 
えとみほ:今までの業界であれば自分が全責任を負って好きにできましたけど、地域のサッカークラブは異なる利害関係を持った方々がたくさん関与されているので、各方面に配慮しながらというか、わからないことは相談をしながら進めているところはあります。
 
――一度、アカウントを間違えてツイートしてしまった時がありましたね。
 
[参考]
 
https://www.tochigisc.jp/info/9620


 
えとみほ:あの時もすぐに相談をして、公式のほうでは即座に謝罪をして、個人のアカウントでも謝罪をしようかと思ったんですけど、社長が「なんで江藤さんが謝罪するの?」って感じだったので、私なりの考えを説明しました。
 
そうしたら「うちの会社のバリューに従ったら、オープンで誠実であるべきだと思うので、正直に話しましょう」と。私が謝ることを許可してくださったんですね。
 
その前に、別の運用担当者がが選手がバスから出てくる動画を上げた時に、うちのキャッチコピーが #全員戦力 なんですけど、間違えて #全員戦力外 と付けてしまった事件があったんです。
 
それがかなり広まってしまった後に、私がこういうミスをしてしまったので。立て続けだったので黙ってるのもどうなのかな、と。
 
橋本:(ハッシュタグを間違えたときは)天皇杯で徳島にいて、サポーターと選手のバス待ちのところで話をしていたんですけど、「社長、これどうしたの?間違えてるっぽいですよ」と言われて、広報と連絡を取り合って対応していましたね(笑)。
 
次の試合で #間違いなく全員戦力 というハッシュタグにしたら、機転が効いているということで、ある大学からこれを事例として取り扱いたいと言われました。もちろんあってはならないことなんですが、起こってしまったものはしょうがないので。どういうふうにリカバリーするかを考えました。
 
――最後になりますが栃木SCを今後どう変えていきたいか、また読者の層にはJクラブで働きたいと思っている方も多いので、どういう人材がこの世界に向いているかを教えてください。
 
橋本:とにかく、栃木SCがあって良かったと思えるクラブにしていきたいです。それはサッカーだけでなく、スポンサーをやっていて良かったと思ってもらえるようにどうしていくかとか、お年寄りの方に体操教室をやっているのですが、それも栃木SCもサッカーも知らないような人を対象にしていて。
 
ただ、街で応募していたからという理由でそれを始めただけでも、栃木SCがやることによって、地域との接点が生まれていく。なので、とにかく接点を増やしていきたいなと。そうすれば『栃木SCがあって良かった』と思ってもらえて、気にかけてくれると思うので。そこからスタジアムにも来てもらいたいですね。
 
そういった循環を作っていきたいですし、それはJ1に行こうが、どのステージでも終わることはない永遠のテーマだと思います。こういうことを続けていく先にJ1の舞台や、スタジアムに1万人が足を運んできてくれるという世界があると思っているので。まずはそこをベースにクラブを成長させていきたいと思います。
 
ビジネス的にいえば業績も上げていきたいですし、栃木SCは面白いぞ!という部分を出していきたいです。その中で業種は関係なく、自分の持っている経験や技術が、市民クラブには役に立つと思っている人がいれば、どんどんチャレンジしていってもらいたいと思います。
 
えとみほ:やりたいこと、やるべきことはすごくいっぱいあります。ひとまずやりたいのは、サッカービジネスを経済合理性のある「普通の商売」にすることです。
 
今までのサッカーのビジネスは、地域の方々の善意に支えられてやってきたところはあると思うんです。スポンサーにお金を出してくださいというのも、寄付を募っているような感覚で、ビジネスとして成り立っていなかったと感じます。
 
なので、もっとクラブそのものの価値を上げて、『栃木SCにお金を出すことで得られるものがある』と思ってもらえるように商品設計をしていきたいなと。もっともっと魅力的なクラブにしていきたいです。
 
もちろん興業の部分はまだまだ改善できますし、プラスアルファで新規事業ではないですけど、本業に近しいところでお金が稼げるような事業を立ち上げるとかも良いのかなと。将来的にはいろいろなところをやっていきたいと思います。
 
この業界に入ってみて感じるのは、かなりやりがいのある仕事だなと思うんです。この前、ガイナーレ鳥取の高島さん(https://twitter.com/takashima475)と話をしたのですが、スタートアップが好きな人や、やっていた人にとっては、かなり面白い仕事だと。
 
なぜなら、やろうとしたことがだいたいできないことなんですよ。外から見てサポーターはこうすれば良いのにと思いますけど、入ってみると何らかの事情があってそれができない。
 
でも、スタートアップの人間はそれが大好きで、“できないからどうにかしてやろう”ということに生きがいを感じるので、そういうマインドの人がたくさん業界にが入ってきてくれたらなと思います。思いついたことがスムーズに実現するのであればとっくに誰かがやっていますからね(笑)。
 
橋本:そういう人が入ってきてガツガツやってくれて、僕が何かあったら謝りに行くくらいの感じだったら面白いと思います。「お前それだめだと言ったじゃん!」と伝えてももう交渉が始まっていて。それで僕がしぶしぶ謝りに行くとか(笑)。この世界にはいろいろな業界の人に来てもらって、働いてほしいと思いますね。
 
江藤美帆氏、橋本大輔氏