葦原一正が語るB.LEAGUEが「コア層」をターゲットにした理由
2020年1月23日、株式会社フロムスクラッチが主催する「b→academy」が開催されました。データマーケティングの集合知を作るマーケティングスクールというコンセプトのもと、12回目を迎えた同セミナー。今回のテーマは「Bリーグ 飛躍の秘密」です。日本の男子プロバスケットボールリーグ「B.LEAGUE」の立ち上げに尽力した葦原一正氏が登壇しました。
フロムスクラッチ
https://f-scratch.co.jp/
b→academy
https://bdash-marketing.com/seminar/b-academy/
B.LEAGUE参画は「自分の理想を叶えるため」
2014年、日本バスケのトップリーグにはJBLとbjリーグというふたつのリーグが存在していた。「ひとつの国に2つのトップリーグ」があることなどを問題視した国際バスケットボール連盟(FIBA)が、日本に対し、国際活動禁止処分という重い処分を下した。
トップリーグが統合されない限り、日本バスケはオリンピックの予選に出場できない状態だった。これをきっかけにプロリーグの統合が進み、2016年に開幕したのがB.LEAGUEだ。
新リーグ立ち上げに伴い、経営戦略やマーケティング戦略で重要な役割を担ったのが葦原氏である。2015年にB.LEAGUEに参画する以前は、オリックス・バファローズや横浜DeNAベイスターズなど、野球球団で活躍していた。
葦原氏がバスケ界に移行したのは、二つの理由があるという。一つは、Jリーグの生みの親である川淵三郎氏とともに働くこと。もう一つは、自分の中にある使命感だった。
「僕の中の『もっとリーグはこうあるべきだ』という理想を叶えるため。例えばデータ分析一つとっても、各球団が各々やる必要はなく、リーグが一元化して分析すればいいし、むしろ全体でやるべきことです。放映権料にしてもマーケティングにしても、リーグ側が変わらない限り、バスケ界全体も変えられません。その成功事例を作りたいというのが、一つ目の理由です」
B.LEAGUE発足以前は、基本的に各クラブが独自にチケットプラットフォームを構築し、チケットを販売していた。それをB.LEAGUEでひとまとめに管理し、B.LEAGUE全体の売り上げを底上げさせることが、葦原氏の最初のミッションだった。
「私が参画した時から1年後にB.LEAGUEが開幕することは決まっていて、その中でも特にリーグの売り上げ基盤を作ることが私のミッションでした。旧リーグが3~5億円の売り上げで、川淵三郎さんが『20億くらいが目標かな』と言っていたので、僕はどうやって20億を作るかを必死に考えました」
そのための具体的な施策のひとつが、リーグが統一するチケット購入システムの導入だった。しかし、これまでの仕組みを刷新するのは、やはり一筋縄ではなかったようだ。
「もう全部しんどかったです(笑)。中でも特に辛かったのは、リーグが全チーム共通のチケットシステムを作り、すべてのチームに『使ってください』とお願いしたことです。各チームがすでに持っているシステムをすべて手放して、新しい仕組みを取り入れてくださいと。それをB1、B2の全36チームにご理解いただかないといけないのですが、36もの組織があれば必ず疑問に思ったり、いぶかしがったりするチームがあります。その説得には非常に苦労しました」
今のB.LEAGUEではすっかり浸透し、当たり前に使用されているシステムだが、当時の各チームはそのシステムを取り入れる必要性が全クラブから100%理解されなかったという。
「従来のスポーツ団体は、『バスケの競技人口が増えれば競技レベルも上がり、日本代表も強くなって人気が上がって、お客さんもたくさん見に来てくれる。そうすれば売り上げも増えるだろう』という考えでした。しかし、実は全くそうではないんです。バスケをプレーしている人が多いからと言って、簡単に代表が強くなるわけがなく、男子は40年以上も五輪に出場できていません。仮に強くなっても、例えば女子サッカーのなでしこジャパンはW杯で優勝するほどの強豪国になりましたが、運営基盤はいまだに固まっていません」
つまり、システムの整備よりも先に、競技的な強化を優先したいという事情が各チームにあった。しかし葦原氏は、何よりも先に稼ぐ仕組みが必要だと説いた。
「もっとも大事なのは、稼ぐ仕組みを作ることです。稼ぐことはテクニカルにできる場合も多く、これが最初に僕に課されたミッションでした。稼いだ上ではじめて、そのお金を普及や強化に投資するんです」
現場の説得は“らしくない方法”だった
稼ぐために、なぜ共通のチケットシステムが必要なのか? それは、リーグがすべてを管理することで、顧客データが蓄積ができ、そのデータに基づいた施策を打てるようになるからだ。
「アメリカは、スポーツ産業がものすごく成長している国です。彼らが成功しているのは、それぞれのスポーツのリーグが統制を取っているからです。放映権もホームページも、リーグが統一して管理しています。
NBAはマーケティングチームを持っていて、リーグが統制してチームにフィードバックするシステムが整っています。支店がそれぞれで頑張るよりも、本店が全体をコントロールするほうが上手くいくというのが、今日のスポーツマーケティングのスタンダードな考えです」
とはいえ、現場のチームへの説得は簡単ではない。そこで葦原氏が行なったのは、デジタルマーケティングに関わる人“らしくない”方法だった。
「特別に変わった手法をとったわけではないんです。全チームのみなさんの前で、普通の仕事と同じようにプレゼンしただけ。『将来B.LEAGUEはこういう姿になりたい』という姿を説明させていただきました。またチケットプラットフォーム構築に限らないですが、重要な案件は、全国のクラブを訪れて地道に一つずつ説明していっただけです」
「現場で働いている人からすると『データなんか見るより、気合いでチケットを売った方が確実だ』と思う方も当然いるわけです。正論でデータの有用性を押し付けても、感情論になってしまい解決しません。それは僕の望むところではないし、現場が持っている文化や風土を壊してまで取り入れたくはなかった。
『将来、データがお金よりも価値を持つ時代がやってくるので、まず今はデータを貯めましょう』と説明させていただきました。最終的には、全チームが受け入れてくれました」
マーケティングには、地上戦と空中戦がある
ここからは具体的な話になる。チケットサイトを統一し、顧客のデータを集められるようになったら、実際にどんな層にどんな施策を打てるのか? 葦原氏は、まずターゲティングの重要性を説いた。
「バスケは世界で一番競技人口が多い競技で、女性のプレイヤーも多いです。その特徴も踏まえて、最初は『B.LEAGUEを1億人に愛されるコンテンツにしたい』と思っていました。
ですが、ターゲットの規模を広げすぎるとだいたい失敗するんです。『バスケを会場で見てみたい』と思っている人の人数を調べてみると、およそ700万人いることが分かりました。ところが、その中で実際に会場まで観に行く人は当時だいたい30 〜50万人程度です。
つまり、『観てみたい』と思う人はたくさんいるけど、実際に見に来るのは10%未満なんです。そこで僕が考えたのは、バスケに興味がある人を1億人に増やすよりも、『バスケを会場で見てみたい』と思っている人の中から、実際に会場まで来てくれる人を増やすことでした」
「となると、『バスケを会場で見てみたい』けど実際には来ない700万人は、一体どんな人たちなんだろう? と分析し、ペルソナ(1人よりも集団観戦を好み、スマホや雑誌をよく見る10~30代男女)を作って各チームに共有しました。
スマホをよく使う若い人で、SNSで情報収集と同時に発信も積極的に行う人。そしてアリーナに来るとしたら、1人ではなく誰かと一緒に来る集団観戦型と想定し、そういった人たちへ向けてプロモーションしていこうと方針を決めました。
そう考えると、当然スマホでチケットが買えなければいけませんし、グッズも同様です。同時に重視したのが、1回あたりの購買枚数です。1人がいかに多い枚数を買ってくれるか。枚数を買うためには友人や同僚を誘う必要があるので、その勧誘の糸口になるようなシェアしやすい設計になっているかどうか。当時、その開発に重点を置きました。」
ここで興味深かったのが、マーケティングにおける「地上戦」と「空中戦」の話だ。地上戦は、手売りや店頭などのリアルな場でチケットやグッズを販売していく方法。空中戦は、主にブランディングのことだ。葦原氏は横浜DeNA時代の話も交えて戦略を説明した。
「僕は、マーケティングには地上戦と空中戦があると思っています。オリックスに勤めていた時は地上戦がメインで、みんなひたすら汗を流しチケットを売る努力をしていました。横浜DeNAの時はブランディングを重視して、見せ方を考えた空中戦でした。どちらもいいところがありますし、どちらも大事です」
「特に空中戦については、ブランディングが非常に重要です。横浜DeNAがうまくいった要因は、少々盛り上がっていなくても『盛り上がっている』と言い続けたことです。満員試合数〇〇試合、などです」
「興味がない人に最初の一回を来てもらうのは、一番難しいことです。スタジアムに初めてきた人に『なぜ来たんですか?』と聞いてみたことがありましたが、ほぼ『友だちに誘われた』『職場の人に誘われた』『家族に誘われた』の3つでした。本人にある程度『来てみたい』という思いがあるのは前提としても、最終的には誰かに誘ってもららわないと決定的な動機にはならないと分かりました。
となると、ライト層がどこにいるかではなく、コア層がどこにいて、コア層にどんなタイミングで情報を与えるとライト層を誘いやすくなるのか、と考えるようになり、そのメカニズムを作っていきました」
「プレーしている人は、見に来ない」問題
示唆に富む話が続くセミナーも終盤に。葦原氏は、B.LEAGUEの今後の展開について語った。
「今後はバスケ日本代表や高校バスケ、はたまたアマチュアでプレーしている方との連携を強めて、いろいろな展開をしていきたいですね。これは競技者人口の多いバスケの強みだと思います。
難しいのは、『バスケをプレーしている人はバスケを見に来ない』ということです。それは他の競技でも同じで、僕も野球経験者なのですが、思い返してみると野球を観に行くのはあまりなかったなと」
「ただ見るだけの人を増やすのは違うと思うんです。バスケを見てすごいと思ったら自分でもプレーしてみてほしいし、いま現役でプレーしている人もたまには本物を見に来てほしい。その好循環を作ることこそが、スポーツ団体の使命です。それをやらずして、お金の計算だけのために人生を捧げることは、僕個人もやりたくありません」
データやマーケティングを主な活躍分野としている葦原氏も、心の底にあるのは熱いパッションだった。
「現代社会ではバスケをプレーしている人も減っているし、学校の体力測定も全体的に数値が非常に落ちているようです。スポーツが文化として国に定着することで、こういった問題も回り回って解決できるのではないかと感じています。そのためにデータを連携させてB.LEAGUEを発展させたいんです」
「自分がスポーツに関わる理由は、コミュニケーションをより豊かにするためのツールとしてスポーツを使いたいからです。今の時代は決定的にコミュニケーションが欠落していて、いくらSNSでつながってスマホの画面上でやりとりをしていても、それはつながった気になっているだけだと思います」
「僕はリアルコミュニケーションが大事だと思っていて、『キャプテン翼』の大空翼が『ボール1個あれば友だちになれる』と言っているように、スポーツは知らない誰かでも話しかける最初の一歩になるじゃないですか。
それは観戦者も同じです。同じ趣味の人たちが集まっているわけだから、コアファン同士はなんとなく親密になっていきます。そう考えるとスポーツは本当に素晴らしいなと思いますし、より豊かな世界を実現するためにはスポーツが必要なんです。
そしてデータの本質も同じ。趣味趣向が同じ人たちを近づけていきたいんです。スポーツとデータの力があれば、コミュニケーションをより豊かにすることができるかもしれない。最近はそんなことを思っています」
ここでは割愛したが、他にも横浜DeNA時代の話や川淵三郎氏のリーダーシップなど、話題は多岐に渡った本セミナー。150名の定員に対し、倍以上の応募があったようだが、その人気ぶりに違わぬ充実の内容だった。