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共に歩むことが価値創造につながる。セレッソ大阪が示す地域活動の意義

2020.05.20 / 竹中 玲央奈


<写真提供 セレッソ大阪>

J1のセレッソ大阪はここ数年、ホームタウン施策に本腰を入れている。森島寛晃社長が就任後に大阪市全24区への表敬訪問も行なったのもその1つだ。地域の人々とクラブの接点を作って、まずホームタウンでのクラブの認知度を高め、さらには親近感を持ってもらうことを目的としている。

クラブ創設25周年を迎えた昨年、セレッソが力を入れたホームタウン活動の内容とは。

地域活動への意識を変えた2019年

「現役時代から、ホームタウン活動の大切さを感じていた森島社長。手始めに、大阪市全区を回るキャラバンをしようということになったんです。大阪市には24の区があるのですが、さすがに全部回ったことはありませんでした。

そこで、2019年1月から活動をスタートさせました。昨年はクラブ25周年でもあり、元日本代表でレジェンドでもある森島が社長に就任したことは「セレッソ大阪」を知ってもらうチャンスだと。最初に大阪市・松井一郎市長のところへ行き、それから4ヶ月半をかけて全24区を回りました。」

こう語るのは“セレッソ歴”20年を越える、事業部ホームタウングループの長谷川顕さん。長谷川さんによると、セレッソがそれまで取り組んできたホームタウン施策はどこか“中途半端”と感じていたそうだ。

「ホームタウン活動は、成果を数字として計りにくい面があります。そのため、どうしても事業全体の中では、優先順位が下になりがちです。それは担当である私たちでさえ、仕方のないことという認識でいました。」

しかし、森島社長就任を機に、クラブはより地域に目を向けることにした。

長谷川さんと同部署で業務に励む伊藤由佳さんは、この2年間の動きは「これまでと全く異なる。」と語る。

「セレッソがホームゲームで集客できる数は年間35万人(2019年実績)なのですが、ホームタウンである大阪市と堺市の人口は、それぞれ280万人と80万人なんです。現場に出ていて感じるのは、セレッソ大阪のことを知らない方のほうが、圧倒的に多いということです。」

興味を持たない層に対して、自分たちの存在と価値を地道に伝えていく。数字では計れないかも知れないが、将来につながる価値を創造していくために動き出したのが2019年だった。

ホームタウン担当の仕事は“地域の課題解決”

「これはおそらくJリーグの観客層と同じなのですが、セレッソの試合に足を運ぶ層で最も多いのが40代。今の小学生に対して何もアプローチをしなかったら、5年後から10年後はすごく怖いことになると思うんです。人口は減少していて、エンターテイメントも年々多様化していく。そういう中で、少しでも多くの方に小学生のときからセレッソを知ってもらおうと。」(長谷川さん)

具体的な施策として挙げられるのが、ランドセルカバーの配布だ。セレッソは大阪府警とともに交通安全啓発運動を推進していたのだが、その中で小学校1年生が事故で亡くなるケースが多いという問題を知ることになった。

「登下校に慣れだした5,6月に、事故に遭ってしまう子が多いんです。そういった課題に対して、やれることはないかと考えました。それこそがホームタウン担当の仕事だと思ったんです。」(長谷川さん)

課題解決として、夜間に光る反射材をつけたランドセルカバーを制作し、市内の公立小学校に入学する新1年生2万2,000人へ配布した。ただ、こういったモノを“配って終わり”ではない。森島社長やマスコットのロビーくんが大阪府警と共に小学校を訪れ「交通事故に遭わないためにはこういうことに気をつけよう」「安全のためにランドセルカバーをきちんとつけよう」といったメッセージを送る啓蒙活動も行なった。

ランドセルカバーの値段は1枚2,000円程度。上述の人数に配るとなれば4,000万ほどのコストとなる。しかし、この地域活動に共感した株式会社モリトク(100円均一商品の企画・製造・販売)が協賛という形でランドセルカバーの費用を負担したことにより、金銭的なコストがかからず地域貢献ができた形となった。

 

https://www.cerezo.jp/news/2019-04-05-7/

セレッソが推進する“読書習慣”

「大阪は、児童虐待件数が多かったり、全国で行なわれる小学生の学力テストや体力テストも低位安定傾向だったりと、様々な問題を抱えています。

一つのトライアルとして、大阪市立図書館とともに2018年に行ったのが、読書手帳の作成です。手帳と言ってもA3サイズに印刷されたものを自身で折りたたんで手帳の形状にしてもらうものなのですが、夏休みのキャンペーンとして決まった冊数の本を読んだらステッカーやノートなどをプレゼントしたり、セレッソのホームゲームに抽選でご招待したりといった特典をつけました。期間は1~2ヶ月だったのですが、大きな反響がありました。」(伊藤さん)

翌2019年は同活動に賛同するスポンサー企業がつき、前年度から一変して本格的な冊子とシールを作成。それをなんと、大阪市内すべての小学生約12万人に配ることができた。本を1冊読む毎に手帳にシールを貼り、1冊、25冊、50冊とシールがたまった冊子を図書館に持っていくことでそれぞれの特典であるステッカーやノートなどがもらえる、という仕組みだ。

この取組みについては、製本やデザイン、シールの製作にもスポンサー企業の協力があった。

「純粋に子ども達に本を読んでほしいという大阪市立図書館と、地域の子どもたちの役に立ちたいというクラブの思いが合致して企画したのですが、そこに価値が生まれ、スポンサーがついてくれました。」と長谷川さんは言う。

読書手帳には選手やスポンサーのおすすめ書籍も載っており、子どもたちの読書促進に繋がっている。「『うちの子は本を読むのが嫌いだったけど、柿谷選手のオススメなら読みたいと言ってきて、さらに試合に行きたいから、と言って50冊頑張って読みました』というお手紙もいただきました。」と伊藤さん。もともとセレッソファンの小学生が読書をするきっかけにもなっている。

ただ、アイディアをすぐに実行に移せた訳ではない。日頃から、図書館やや教育委員会との関係構築を地道に行なってきたからこその成果である。「(実施まで)5年以上はかかった」と長谷川さんは言う。こういった施策を具体的に実施するまでには、やはりパートナーとの密なコミュニケーションと対面の時間を取ることが重要だ。そして、この取り組みを広く広報することで社会的な価値を高め、クラブの営業チームと連携を図ったことが、スポンサー企業の理解と獲得に繋がった。

“目先の集客”ではなく、10年後のファンづくりを

行政や公共施設と普段から密に連絡を取り、連携し、チームのブランドと資産を利用してもらうことで、地域が抱える課題解決の手伝いをすることだ。それにより、地域住民の中で“セレッソ大阪”というクラブの存在が高まることを期待している。

「10年後、今の小学生が20歳前後になる。そのとき『小学生の時にこういうことがあったな』と思いだしてもらったら、スタジアムに来るきっかけになるかもしれない。

今は、少しでもホームタウンの子どもたちの心が豊かになったり、地域の人々と温かいコミュニケーションがとれればいいという気持ちで取り組んでいます。そうすることで、自分の住む街のチームとしてセレッソを誇りに思ってくれる人がいつの間にか増えていてくれればうれしい。それがホームタウングループが担うファンづくりだと考えています。」

集客や売上といったクラブとしての「利益」ももちろん考えなければならないのだが、最優先事項ではない。まずは、自分たちの活動拠点を支える地域に対し、サッカーやスポーツに分野を限定することなく、持てる資産をフル活用して貢献する。それが地域に溶け込み、「この街にセレッソが居て良かった」と思ってもらえる土壌づくりなのだ。

「時々、自分がサッカークラブに勤めているのかどうかがわからなくなりますよね(笑)」(伊藤さん)

「僕らは練習場にもほとんど行かないですから。図書館や学校、教育委員会に顔を出すほうが多いかもしれません(笑)。本当に何屋かわからないですね」(長谷川さん)

ホームタウン担当は、決して派手な仕事ではない。しかし、最もピッチから遠いところで動いている彼らこそ、社会におけるスポーツクラブの新たな価値を創造するという大役を担っている。