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栃木SCは、ソーシャルメディアで切り開く。えとみほインタビュー【前編】

2020.12.09 / 澤山大輔

明治安田生命J2リーグにおいて、栃木SCはいち早くデジタル化に舵を切ったクラブと言えるだろう。 デジタル化は、コロナ禍を経てさらに加速した感がある。収益面においても、大いに参考になる事例がありそうだ。 “えとみほ”こと江藤美帆氏(同クラブ取締役)に、栃木SCの現状について伺った。

明治安田生命J2リーグにおいて、栃木SCはいち早くデジタル化に舵を切ったクラブと言えるだろう。

例えば社内のやり取りをSlackに統一(現在はHangoutChat)したり、求人にWantedlyを導入したり、入力フォームにformrunを活用したり……FAXが現役という現場もまだまだ多い中、同クラブはSaaSを活用した業務改善に取り組んできた。

こうした取り組みは、コロナ禍を経てさらに加速した感がある。とりわけ最大の懸案事項である収益面においても、大いに参考になる事例がありそうだ。

入社以来、同クラブのデジタル化を推進してきた“えとみほ”こと江藤美帆氏(同クラブ取締役)に、栃木SCの現状について伺った。

(取材日:2020年10月6日 聞き手:澤山モッツァレラ)

 

TikTok運用で得た「衝撃の結果」

―コロナ禍以降、どのJクラブも半ば強制的にオンライン化を強いられています。栃木SCさんはいち早くデジタル化を進めてきたクラブですが、コロナ以降どのような変化があったのでしょうか。

江藤美帆(以下、えとみほ):やはり、広報活動が変わりましたね。チラシを配ったりポスタ―を貼ったりができないので、SNSでの発信が増えました。

 

―コロナ以降、投稿のエンゲージメントも増えている印象です。受け手側も、これまでSNSを使用しなかった層が使い始めているのでしょうか?

えとみほ:それはあるかもしれません。今までは試合会場でイベント告知をすることが多かったんですが、会場に来られない方も多かったんですね。うちのクラブだと、ファンクラブに入ったりシーズンパスを購入する方の約2割は県外在住です。

加えて、コロナの影響で移動できなくなった方々や、イベントへの参加が制限されている医療従事者の方々には、試合会場での告知がそもそも届きません。そういう方々に、ホームページやSNS、メールマガジン等での告知が読まれるようになったのではと思います。

 

―とりわけ流入が多いのは、どのチャネルからですか?

えとみほ:TikTokですね。かなり手応えを感じています。衝撃的だったのは、プレゼントキャンペーンをやったときのこと。あえて他のメディアでは出さないで、TikTok限定でチケットプレゼントをやったんですね。

TikTokからフォームに入力して応募をしてもらった結果、10代の中高生の割合が非常に高いことがわかりました。しかもそのうちの半数近くが、栃木SCの試合を見たことがない人たちだったんです。

 

―すごいですね。

えとみほ:今までSNSってなんだかんだ新規にリーチしないので、あまり注力する気になれなかったんです。けれど、TikTokはうちが弱い若年層の新規、サッカー少年などの子たちにリーチできるSNSだと思って力を入れていますね。

 

―驚きですね。Jリーグの大きな課題である新規獲得が、TikTokによって解決できる可能性があるとは……!

えとみほ:驚きです。Twitterとかインスタにいるのは、主に既存ファンの方々です。TikTokの場合アルゴリズムで「おすすめ」の動画が出てくる仕組みなので、既存のファン(フォロワー)じゃない人にも露出できる。加えて、ユーザー層が圧倒的に若いことも魅力です。

 

―TikTokは、いつ頃から運用開始されたんでしょうか?

えとみほ:2020年7月ぐらいからです。明本考浩と柳育崇にBTSを踊ってもらったりしていますが(笑)、これからもいろんなものを出していくつもりです。

@tochigisc_official体張ってます。#明本考浩 #柳育崇 #栃木SC #BTS♬ Dynamite - BTS

 

選手が「敗戦後に」SNSを発信できる理由

―いくつか拝見していますが、ソーシャルメディア上の活動で多くの選手から協力を得ているのですね。

えとみほ:そうです。コロナ明けに、クラブの現状についての説明会をしたんですね。

「オフラインの活動ができないので、ファンの皆さんに選手のキャラクターを伝える機会が少ない。そうなると、応援してもらうことが難しくなる。SNSで、皆さんのキャラクターや人柄の部分を出していきたい」と。

特にYoutubeやTikTokなど動画メディアは活用していきたいので、協力をお願いしました。過密スケジュールで大変なんですけど、どうにか理解してもらって現在に至ります。

 

―僕は栃木SCサポーターではないのですが、選手の発信はかなり目に入ってきます。

えとみほ:ありがとうございます。選手には、「自分のメディアを持って発信することは、とても大事ですよ」と伝えています。

 

―ソーシャルメディアのプロであるえとみほさんの講習を受けられるのは、贅沢な環境ですね。その効果もあるのでしょうか、V・ファーレン戦に敗れた後のエスクデロ競飛王選手の発信は印象的でした。

 

ーこういう形で、敗戦後に選手が発信をするのは選手によっては抵抗があるのではと思います。えとみほさんからお願いしたわけではないんですよね?

えとみほ:そうですね、特にお願いはしていないです。発信のほとんどは、自然に任せています。

昨年はJ3降格危機もあり、発信がやりづらい部分もありました。今年は降格がなく、戦い方がハッキリしたこともあって、ファン・サポーターの皆さんに選手の頑張りが伝わっていると思います。

結果、「負けてしまったけど、次も応援してください」という発信が受け入れられやすくなっているのかなと感じます。

 

―選手に、何らかの制限は設けていますか?

えとみほ:「DMは絶対返さないでね」「いいねは平等に」でしょうか。特定の人ばかりやり取りすると「なんであの人だけ?」となって、揉め事の原因になるんですね。

 

―伺っていると、アイドルのSNS運用と近しいですね。

えとみほ:そうですね、ファンの人たちは本当によく見ているので。例えば選手のイラストや写真をアップしてくれる人たちは本当にありがたいんですが、そこで喜んだ選手がついDMに返事したり、偏っていいね!をするとトラブルの原因になる可能性もあります。そこは気をつけてね、とお願いしています。

 

選手のエンゲージメントは「信じられないほど」高い

―去年と比べて、発信の仕方が変わった選手はいますか?

えとみほ:瀬川和樹選手ですね。去年の途中でウチに来た選手なんですけど、コロナの間も自分にできることは何かを考えて「1人スポンサーパーティ」をやってくれたり。

 

―「1人スポンサーパーティ」。すごいですね、こんなことを(笑)。

えとみほ:ユニフォームスポンサーの本社まで走って、記念撮影をして、SNSに上げることを繰り返してくれたんです。

すごいのは、カワチ薬品さんのケース。クラブスポンサーのドラッグストアさんなんですが、本社が宇都宮市から30キロくらい離れているんですね。瀬川選手は、そこまで走ってくれたんです。

 

―とんでもないですね! シーズン中にはできない、自粛期間中かつアスリートだからこそ可能な行動ですね。

えとみほ:もちろん頼んだわけでなく、自発的にスポンサー露出を増やそうとしてくれたんです。彼以外にも、自粛期間中にいろいろ考えてSNSで発信してくれた選手はいます。

例えば、カワチ薬品さんでは栃木SC限定の納豆を売ってもらってるんですね。この納豆も、エスクデロ選手が「食べたことないので、動画であげます」とやってくれたり。

 

―この協力的な姿勢、素晴らしいですね。そして、毎回一定数の反響がありますね。

えとみほ:選手のアナリティクスをキャプチャして送ってもらっているのですが、エンゲージメントがとても高いんですね。

あるとき、公式SNSで「日光カステラ」というスポンサーさんの商品をリツイートしたんです。そうしたら、瀬川選手がわざわざカステラを買ってきて、食べたよって写真を上げてくれたんです。

瀬川選手のフォロワー数は、2,000フォロワーくらい。でも、私のTwitter(5万フォロワー以上)よりエンゲージメント率が高い。フォロワー数から考えると、いいねやリツイートが信じられないほどつくんです。

ローカル企業では、インフルエンサーマーケとやSNSマーケを打つ上で苦労しているところが多いです。Jクラブは、選手を通じてそうした企業課題を解決できるのではと思います。

Jリーガーは、ローカルマーケの担い手になりうる

―伺っていると、プロサッカークラブの新しい可能性を感じます。

えとみほ:例えば、サッカー日本代表選手のSNSには大きな広告価値があります。一方J2・J3の選手は、当人がSNSで発信することに価値を感じていないんですね。

でも、実はフォロワーに地元のファン・サポーターがいるので、ローカルへのマーケティングではすごくいいインフルエンサーになり得るんです。

 

―これこそ「正しいインフルエンサー・マーケティング」と感じます。ネット上でただ有名というわけではなく、しっかりした基盤を持っている。

えとみほ:そうなんです、フォロワーがギュッとしているというか。私のフォロワーは分散しているので、栃木の話をしても興味を持たれずエンゲージメントが下がってしまうんですよ。

これが例えば栃木に10年いる選手だと、フォロワーがかなりの割合で栃木の人なんですよね。そこで地元の商品やお店をPRすれば、大きな効果があります。

 

―伺っていて、Jリーガーが新しいビジネスを生む可能性は十分あるなと感じました。

えとみほ:そうですね。今までクラブはあくまでスタジアムに人を集め、入場数に応じてお金をもらっていたと思います。しかし現在は、ひょっとしたら来年いっぱい入場規制が解除されないかもしれない。

そういう状況では、いかにスタジアム外での注目度を高めるか、選手の広告媒体としての価値を上げていくかが大事です。そこに振り切りたいと思います。

 

―伺った事例はいずれもtoCの商品だと思いますが、toBでも相性は良いのですか?

えとみほ:toBでも「こういう取り組みをやっています」というPRは可能です。

以前、ダスキンの代理店さんがお掃除動画を作っていたので、それを拡散するお手伝いをやったことがあります。「こういう社会貢献的な活動をしているよ」ということを、選手を絡めてPRできるんですね。

 

―アテンション獲得において、Jリーガーはかなり寄与できるわけですね。

えとみほ:加えて、今まで栃木でこういう活動をしても届かなかったんですよ。そもそもネットを見ている人が少なかったし、未だにキャリアメールで申し込んでくる方も多いので。

例えば「zoom居酒屋をやります」と言っても、コロナ以前はほとんど反応がなかったんです。オンラインへの移行が進んだことで、「QRからフォーム入力してください」「電子版を見てください」といったお願いがしやすくなりました。以前なら、ありえなかったことです。

 

―栃木在住の方も、オンライン化がかなり進んでいるんですね。

えとみほ:そうですね。一般企業でも、以前はzoomなんて知らなかったと思います。今は訪問すること自体ができないので、「オンラインミーティングで」と伝えればだいたい通用します。

 

―地方は、東京に比べコロナへの嫌悪感が強いと聞きます。そういう部分も後押しになっているのでしょうか。

えとみほ:それはありますね。例えば今度、ビジター席を解禁するのですが、それによって何百人という人が県外から来る可能性があります。そこに嫌悪感や恐怖心を持っている人は、一定数いらっしゃいます。

 

―そうした恐怖心があるからこそ、オンライン化が進みやすかった面はありそうですね。

えとみほ:地方のほうが、周囲の目を気にされるんです。緊急事態宣言明けに試合を再開したとき、お客さんが想像よりも全然来なかったんですね。理由を聞いたら、「行きたいけど、周囲の目が気になって」という声が多くて。

スポンサーさん向け招待券でも、企業側の福利厚生として配っていたものを現在は配布していないとか。そのあたり、東京などに比べると皆さん気にしていらっしゃる印象はあります。

 

後編に続く>