スマートスタジアムは誰のため?忘れてはいけないアスリート視点[PR]

2019.03.16 AZrena編集部

アスリートやスポーツマーケティング分野が抱える課題を、指導者・競技団体・研究者・スタートアップ企業などとの交流を通じて、テクノロジーを活用したソリューションの実現やスポーツ分野でのイノベーション創出を目指すプロジェクト、「Athlete Port-D」。

今回のトークセッションでは、昨年4月に引退を表明し、現在富士通陸上競技部でコーチを務める高平慎士氏、陸上100mハードルから競技転向し、現在7人制ラグビー選手の寺田明日香氏、パラ陸上走り幅跳び(T47)日本記録保持者の芦田創氏の3人が登場。「アスリートのためのスマートスタジアム(陸上競技編)」をテーマに、各競技の裏側に迫りながら議論した。

スマートスタジアムは、一般的にICT技術を駆使してファンの感動やエンゲージメントを高める設備を備えたスタジアムを指す。目の前で行われている試合のデータが配信されたり、無料Wi-Fiを導入したり、座席からフードやドリンクを注文してデリバリーを頼むなど、観戦者視点でのサービス導入が海外では進んでいるが、同時に本来スタジアムの“主役”である競技者視点でのメリット・デメリットを論じる必要がある。

Athlete Port-DのHPはこちら

 

アスリートファーストのスマート化を

海外では浸透しつつあるスマートスタジアムだが、日本ではまだ例が少なく、無料Wi-Fiの導入など観戦者向けの施策にとどまっているところがほとんどだ。本イベントでは、“陸上競技”を対象として、競技者とテクノロジーの関係を考えていった。

大会だけでなく、トレーニングの場としても活用されるスタジアム。陸上のコーチング事情を尋ねられた高平氏は口頭一番に陸上界が直面する予算不足を課題に挙げたコーチングにかける人員も限られるのだが、陸上という競技の性質上、選手一人で精度の高い測定を行うことは非常に難しいと高平氏は話す。たとえば一人で速さを測定しようとすると、ストップウォッチを持って走ることになるが、それは不自然なフォームにつながることとなり、アスリートにとってはストレスがかかる。

 

リオパラリンピック男子4×100mリレー銅メダル保持者であり、男子走り幅跳びの日本記録保持者でもある芦田氏も同様の悩みを打ち明けた。距離の目安のマーカーを置くものの、目視での判断にズレは避けられないという。

「一人で練習をすると全部自分のさじ加減になりますよね。スタート地点もあいまいな距離で、40mからスタートしようと思っても39m80cmかもしれないし40m10cmかもしれない。スタートがずれれば、踏切がファールかどうかもわかりません。」

芦田創氏

一方で、指導者のなかにはテクノロジーを敬遠する層もあることを、かつて陸上100mハードルの選手だった寺田氏は指摘した。ハードルまでの距離に足長を合わせて細かく記しをつけていたところ注意を受け、練習でタイムを計ることも禁止されていたと当時を振り返る。このエピソードに対し、高平氏はコーチング視点から「練習でタイムを計ると、データ採取のための練習になってしまうため、よりナチュラルな環境のなかで練習を行いたいというコーチの考えがあったのかもしれない。」と、その意図を推し量ったうえで、こうした考え方があるなかでテクノロジーと共存することの難しさを示唆した。

日本だけでなく海外も同様で、現役時代カール・ルイスを指導したコーチに高平氏が師事した際にも、フォームをビデオで撮る、ストップウォッチでタイムを計る、という基本的なこと以外にデジタル技術は用いられていなかったという。いまだ感覚的な部分に頼ることの多い競技ということがあらためて浮き彫りになったが、予算不足のなか、少ない人員で精度の高い測定を行うために、テクノロジーの入る余地はある。しかしそこにはアスリート自らがパフォーマンスに集中できる環境との両立が絶対条件となる。

 

テクノロジー vs 感覚の落としどころは?

議題はアスリートが考える理想のテクノロジーへと移る。高平氏はここでもコーチング視点でのテクノロジー活用を提案。一人のコーチに5~10人の選手がつくこともある陸上界では、大会などで選手が各地に散らばった際に限られた選手にしか帯同することができない。そうした課題を解決するために、競技場にカメラを設置することで遠隔のコーチングが可能になるのではないかという。

寺田氏によると、実際にこのような設備はスタンフォード大学に導入されているようで、コーチがカメラを遠隔で動かし、モニター越しに選手と会話ができるという。遠隔コーチングの技術がすでに実現されていたことに、「さぼれなくなっちゃいますね」と高平氏が会場を笑わせた。

高平慎士氏

ここで一度、会場に座るスポーツ関係者へとマイクが向けられた。Jリーグの北海道コンサドーレ札幌の関係者によると、同チームはけが予防のために心拍数やGPSを使って移動距離を測定している。実際に効果は出ているようで、同様のシステムが大学生、高校生の年代にも導入され始めているという。こうしたデータをサッカーの練習に取り入れる手法は、FCバルセロナが戦術的ピリオダイゼーションとして取り入れ、チーム強化に成功したことでも知られている。

一方野球関係者は、日本のNPBとメジャーリーグではテクノロジー活用に大きく差があると話した。日本では、データ活用は試合データや血液や尿の採取くらいにしか活用されておらず、その計測器ですら価格の高さから高校、大学レベルには普及していないという。

実際にテクノロジーを導入した結果、不便さにつながってしまったというケースもある。寺田氏は、かつてフォースプレート(圧力版)を使って測定した靴を作ったものの、履き心地がしっくりこなかったという。また、その靴を履いての測定では、ジャンプはできても速く走れるわけではなかったようで、本番で実力を発揮できるものでないと意味がないと語気を強めた。

 

陸上競技の魅力発信へのICT技術の応用が期待される

ここから議題は未来へと視点を移す。陸上競技は、今後テクノロジーとともにどのように変化していくべきなのだろうか。「テクノロジーがいくら進化しようとも、競技者のメンタル面は動かせないもの」というのが、今日の議論を経た高平氏の考えだ。そのうえで、テクノロジーを駆使する人材と、陸上界の人材の歩み寄りによって、陸上競技というローテクの世界に何かが生まれるのでは、という期待もにじませた。

運営面の改善を挙げたのは寺田氏だ。「陸上はラグビーに比べてボランティアの方がすごく多い」というラグビーから陸上競技に転向した寺田氏ならではの発見から、ボランティアへの負担の大きさを逆説的に感じたという。すでにやりやハンマーをラジコンが運ぶ例もあるといい、そうした準備面でのテクノロジーのサポートを歓迎した。

寺田明日香氏

また、競技者と観戦者の関係についても課題がある。陸上競技場に足を運んだことがあるか、という会場への質問に対し、あると答えたのは4人。そのなかで楽しかったという感想を持ったのはわずか1名という結果だった。その理由として高平氏は、競技の見にくさを指摘した。同じフィールドのなかで同時に4,5種目同時に開催されるため、観戦者は1つの競技に集中することができない。また、観戦者は上から眺める構図になるため、棒高跳びなどの競技ではどれほど高く飛んだかというのが伝わりにくく、競技の魅力発信のうえでも難しい環境にあるという。

さらに、観戦の敷居が高く感じられていることも挙げた。たとえば競技を見ながらビールを飲む、といった光景はサッカーや野球観戦ではおなじみだが、陸上競技ではそもそもお酒を飲んでいいのかわからないという人も多いようで、エンタメというよりは体育=教育現場という印象が強いのではないかとイメージ改善の必要性を訴えた。

 

ここで参加者からも、身近なところで陸上競技の魅力を伝えるエキシビジョンなどの取り組みはないのか、という質問が挙がった。高平氏は「可能性はゼロではない」としながらも、エキシビジョンのパフォーマンスに向けて大会と同様のコンディショニングの調整が必要になるため、ハードルは高いとし、陸上の魅力発信の手法に制限がかかりやすいもどかしさを感じさせた。

陸上への理解・認知促進と、既存ファンとの関係を縮めることにも、まだまだテクノロジーが介入する余地がありそうだ。過去には、東京・丸の内で“ストリート陸上”を行った例もあり、プロモーションの工夫次第で人々の目に触れる機会を増やしていくことが求められる。アスリートとファン両者のインタラクティブなコミュニケーション量を増やした先に、双方が求めるスマートスタジアムの構想が見えてくる。