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北海道と沖縄のスタジアム・アリーナから見る日本スポーツ界の現在地

2019.09.13 / 山本 一誠

7月1日。東京都千代田区の日経ホールにおいてスポーツビジネスカンファレンスが行われた。

「B.LEAGUEの挑戦」〜バスケ界のさらなる発展を目指して〜と銘打たれた今回のイベントは、Bリーグ関係者のみならず、プロ野球チームの経営者やスポンサー企業からもパネラーを招き、白熱した議論を展開した。

その中でも今回は、第3クオーターのテーマとして提起されたアリーナ論「なぜ新アリーナ/新スタジアムをつくるのか?」に焦点を当て、講演内容を一部抜粋して紹介する。

 

バスケと野球。最北端と最南端で進むプロジェクトの現在地

北海道日本ハムファイターズの新球場、いわゆる「ボールパーク構想」は2015年にプロジェクトが始動した。2018年3月には当該計画の推進を図り、株式会社北海道ボールパークを立ち上げるなど勢力的な動きを見せている。

北海道日本ハムファイターズの取締役であり、ボールパーク構想において中心的な役割を果たしている前沢賢氏は、プロジェクトの進捗について「球場の近隣にどれだけ賑わいを作れるか、という所はさておき、ボールパークそのものは計画の大幅な見直しもなく、2023年の開業に向けて今のところ順調に進んでいます。」と自信を覗かせる。

 

一方、琉球ゴールデンキングスの代表取締役社長である木村達郎氏も「最近は『ダクトの関係上、計画していた天井高が3000mmから2500mmまで下がる』であるや『観客席の椅子を選定する』といった具体的かつ詳細な話をするフェーズにきています。」と、2020年9月の供用を目指す10000人規模のアリーナ計画が詰めの段階にあることを説明した。

 

前例が無いことをやる。リーダーに求められる突破力

話題はプロジェクトの進捗から、計画を進めていく上での苦労話に。

前沢氏は「やはり前例のないことをやるときは、様々なリスクを指摘され、反対されるものだと思います。今となっては円滑に進んでいますが、プロジェクトを立ち上げた当初は非常に苦労しました。」と打ち明ける。

また、新球場建設に伴って、北海道日本ハムファイターズは北広島市に新たな本拠地を構える。このことを「札幌市から出ていく」というニュアンスで伝えるメディアにも悩まされたといい、本拠地移転に反発するファンからは脅迫や誹謗中傷の手紙も届いたという。

「私だけでなく家族にまで身の危険が及ばないかという心配は常にありました。」と、当時の気苦労を語った。やはりプロ野球は注目度の高さ故に、様々な反響が起こったり、時には軋轢が生まれてしまったりする一面もあるようだ。

 一方、木村氏は前沢氏と少し違った視点でプロジェクト始動当初の苦労を述べた。

「関係各所にアリーナ計画を説明をする上で、“アリーナ”という言葉がそもそも通じない。そしてアリーナが少しわかる人がいても、体育館との区別がつかない。

体育館なら既存の施設がたくさんあるじゃないか、ということを言われ、体育館ではなくアリーナが必要なんだということをわかりやすく説明することに骨を折りました。」

アリーナを作る目的、既存の施設との違い、どんなアリーナを作るのか、というところをどれだけ具体的にイメージさせていくかというところが大事だったようだ。

また、プロジェクトを形にしていく上では地方自治体のみならず、設計・建築のプロとの緻密なコミュニケーションも不可欠である。前沢氏はゼネコン、設計事務所と4時間にわたる打ち合わせを毎月のようにしていたことを明かしながら、お互いの常識をすり合わせる難しさについて次のように語った。

 「私は野球のことはわかっても、球場もアリーナも1回も作ったことがありません。一方ゼネコンや設計事務所はそういったものを建てた経験値があるわけですが、意外とスポーツに対する知見が無いなと感じたこともあります。

例えば、アメリカではとにかく前の席が良いとされているんですけど、日本人にとっては通路側の席が人気だったり、同じ球場をつくるのにも文化や国民性の違いがあるんです。そういったことも含めて、話題は多岐に渡りました。」

 

 木村氏も、設計や建築のフェーズを重視する前沢氏の意見に同意し、公共で整備する上での困難やハードルの高さを強調した。

日本にこれまでないものを作っていく上での課題は、スポーツ施設に対する理解が低いことです。そのため、リクエストと全く違うものができてしまう可能性もあります。これは日本のスポーツ界が絶対通らなければならないフェーズなのかなと感じています。」

一方でゴールデンキングスが恵まれていた点は、設計の段階で『設計監修アドバイザー業務』を沖縄市から業務委託されたことだ。これによりゴールデンキングスは設計会議に全て同席参加し、アリーナに意見を反映しやすくなった。

木村氏はこういった沖縄市の配慮に感謝の意を表するとともに、設計や建築のフェーズの重要性を訴えた。

 前沢氏も木村氏の意見に賛同し、“発注者と使用者の思いがシンクロしないこと”、“それ故に施設の細部までこだわりを持てないこと”を日本のスポーツ施設における典型的な課題だとして問題提起するとともに、ゴールデンキングスのアリーナや、ファイターズのボールパークは細部に対するこだわりを持てたことが他の施設との違いだと訴えた。

 

スタジアム・アリーナと地方自治体

 講演も後半に差し掛かり、話題はスタジアムアリーナのプロフィットセンター化と、民設民営のスタジアム・アリーナについてに。クラブと地方自治体がどのような協力関係を結ぶべきかという点において議論が交わされた。

近年「民設民営」という言葉が様々なメディアで躍り、地方自治体に依存しないスポーツ施設のあり方が注目されている。

しかし木村氏は「真の意味で純粋な民設民営は存在しません。何らかの形で必ず行政とは関わっていきます。」と釘を刺す。

 前沢氏もこれに同調し「我々の球場も約600億円の総工費を民間から集めているわけですけど、だからといって完全に民設民営かというと全くそうではないと思っています。」と述べる。

前沢氏は続けて「たとえ球場だけが民設民営だとしても、球場に足を運んでいただくための道路や鉄道、あるいは上下水道、電力といったインフラに関して行政の方々と話し合っていかなければなりません。上下水道インフラは市のお金でやっていただいたり、道路も道庁の方にやっていただいたりしています。そういった意味で、純粋な民設民営なんかはあり得ないと思います。」と述べ、行政と協力関係を結ぶ意義を唱えた。

また前沢氏は、球団自体も「半官半民のように見られることがある」と言う。

プロ野球チームが地域に与える影響の大きさや、行政との密接な関わりによって、自分たちも公共性も期待されているという意識が前沢氏にはあるようだ。

そういった中で、新球場を建設する意義について前沢氏は「当然、球団価値を上げることが第一の目的です。ただ、その上で地域創生にも影響は波及していくと思っています。」と自信を覗かせた。

一方、ゴールデンキングスのアリーナプロジェクトについて木村氏は「クラブの成長というのも当然ありますが、アリーナがあることでバスケットボール以外のコンテンツが沖縄にきて、喜び、楽しみ、エンターテインメントというのを創り出していけるということが私たちの筋書きです。」と発言し、スポーツを超えたより大きなムーブメントに期待を滲ませた。

また木村氏は「キングスのためのアリーナではなくて、みんなのためのアリーナ。そこを大切にしています。」とも強調した。

 

スタジアム・アリーナに欠かせないクラブの哲学

講演もいよいよ最終盤を迎え、前沢・木村両氏から一言ずつコメントを頂くことに。

前沢氏は球場づくりの真髄を「空間づくり」だと語る。

「私たちは、球場内の回遊性がどういう論拠でできているのか、トイレの適正な数は揃っているか、そして野球の観戦に最適化された配置になっているかというところを非常に気にしています。我々は美術作品を求めているのではなく、常日頃使われるような実用品を作りたい。そしてそういった実用品の中にいかに“非日常”を入れていくかが大事だと思っています。」

一方、木村氏は「アリーナは収益性も大事ですが、収益性のために計画していくと、商売施設になりすぎてしまい、人がどうやって楽しんでもらうかという純粋な思いが見えにくくなってしまう。そういった意味でも、アリーナプロジェクトの中にクラブの哲学みたいなものを失ってはいけないと思っています。」と語り、締めくくった。