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FC東京&横浜DeNAベイスターズの「史上最多」を更新するデータ戦略

2020.01.17 / AZrena編集部

 

2019年11月21日、東京都港区のANAインターコンチネンタルホテル東京にて、(データマーケティングプラットフォーム「b→dash」の開発、提供を行っている)フロムスクラッチ主催の、国内最大のマーケティングカンファレンス「MiXER」が行われた。

フロムスクラッチ https://f-scratch.co.jp/

データマーケティングプラットフォーム「b→dash」https://bdash-marketing.com/

 

多くの業界において、“データ”は未来を作る新たなエネルギーとして新しい体験の創造に寄与している。今回のイベントでは数多くのマーケターが登壇し、データを活用したマーケティング戦略について議論を展開した。

 

スポーツ部門では、「“次の顧客体験の創造へ”データの力でスタジアムを満員にする」をテーマに、FC東京でマネジメントダイレクター兼マーケティング統括部長を務める川崎渉氏と、横浜DeNAベイスターズでブランド統括本部長を務める林裕幸氏がパネルディスカッションに登壇。株式会社Jリーグデジタル・コミュニケーション戦略部部長の杉本渉氏がモデレーターとなり、「最強の顧客体験」について語り合った。

 

FC東京はJを代表して若年層を狙う

2019シーズン、FC東京では味の素スタジアム(以下「味スタ」)における史上最多の平均観客数を記録した。日本代表の武藤嘉紀(現ニューカッスル)が所属した2015年を超え、31,540人が平均してスタジアムに詰めかけた。

 

スタジアムの稼働率は100%ではないものの、クラブとしては稼働率100%を目指すのではなく、25,000人を下回る“お客さんが入らない試合”を減らすことを目標としている。「25,000人以下の試合を2、3試合に抑えられているのは良いことの一つだと思います」と川崎氏も手応えを感じている。

 

「スポーツマーケティングでは新規顧客の呼び込みに焦点が当たりがちですが、FC東京は既存のお客様や、味スタに戻ってくださった“旧民”のお客様に目を向けたこと、そして効果が大きかったと思います」と川崎氏は話す。

 

チームの好成績もある中で、シーズンチケット購入者の来場率が2018シーズンの65%から70〜80%に増加した。固定顧客の来訪は平均観客数を必然的に伸ばしているのだ。

 

多くの聴衆が会場に集まった

 

FC東京のターゲット設定は既存層と新規層に分かれており、既存は"試合観戦が習慣化している30~40代の男性・家族"となっている。2019シーズンこそ既存層をメインターゲットにしたが、それ以降は新規の"休日を仲間と思い切り楽しみたい10~20代の若者"の獲得にシフトするようだ。

 

Jリーグ全体の課題として、10~20代のファンベースが薄いことは課題に挙げられており、クラブによっては地域の若年層におけるクラブ認知度が3割を下回るケースもあるという。1993年の開幕当初からJリーグを知る年齢層が中心となったため、ファンの年齢層も26年をかけて上がっているからだ。「若者の人口が多い東京にあるクラブとして、Jリーグを代表してFC東京が獲得しなければいけない責任もあります」と川崎氏は強く意気込んだ

 

今回のイベントのキーワードである“データ”に関して、「まだまだ使い切れていない」と川崎氏は語るものの、クラブで集計している会員数の分析を昨年からスタート。その結果、2018年に比べて、2019年の取得ID数は2.3倍に激増していることが分かった。

 

その理由はチケット販売の理念を変えたことにある。従来はコンビニなど、どこにでもFC東京のチケットを置くというスタンスであったため、クラブの目が届かないチャネルで販売されることも少なくなかった。「きっかけがあって来場してくれたにもかかわらず、その後のコミュニケーションが全くできない」(川崎氏)ことはクラブにとって良い傾向ではなかったのだ。

 

クラブが購買者情報を把握できるチケットチャネルを増加させると、販売比率は昨年の20%から60%に増加。会員数の増加にも大きく寄与している。

 

横浜DeNAベイスターズのホーム大入り率は100%

 

横浜DeNAベイスターズも、今季のホームゲームにおける年間入場者数は228.3万人と、こちらも史上最多を更新。DeNAが経営権を取得した2012年シーズンからの8年間で、シーズンあたりの総観客数をそれ以前の倍に伸ばした。2017年にはスタジアムの稼働率が95%を超え、ファンもチケットが取りづらい状況が頻発している。

 

横浜公園の中にある横浜スタジアムでは、都市公園法における建ぺい率の影響で、これ以上の増改築は困難であるとされていた。しかし、横浜において一定の存在感を持ったことと、五輪のメイン会場に選ばれたことで、市議会が条例を異例のスピードで改正。約3,500席の増席を行い、2019年の観客数を大きく伸ばした。

 

2020年もさらなる増席を予定している。林氏は「五輪の影響もあって、横浜スタジアムでできる試合数が減ってしまうが、2021年には240万人の観客数をターゲットにしている」と今後を見据える。

 

プロ野球は平日にも試合が行われる中で、対戦カードや天候は観客数に大きく影響する。動員減少が予想されるカードに大きなイベントをブッキングするなど、FC東京とは異なり、“満員の観客数を目指す”ことに注力した。結果、スタジアムの稼働率が9割を超える“大入り率”は100%と驚異的な数値を記録。

 

また、基本的には招待や優待の施策は行っていないが、幼稚園や小学生などに野球に触れてもらう機会を増やすための招待は定期的に行っている。野球へのタッチポイントを作ることはもちろん、中学生になって一度観戦から離れたとしても、年齢に余暇時間が増える大学生や社会人のタイミングでの再来訪も狙いだ。林氏は「目先の動員にもつながるし、中・長期的にも帰ってきてもらえる仕掛けを打っている」と語った。

 

これを聞いた川崎氏は「Jリーグはホームゲームが17試合くらいしかなくて、ほとんど土日に行われています。野球は70数試合の大半が平日の夜に行われている中で、FC東京では平日には1万人ぐらい観客数が減ってしまって…。そんな状況でこの数字を達成できているのは本当にすごいです」と感銘を受けていた。

 

違いは「試合以外」の過ごし方

今回のパネルディスカッションで両者の違いが最も明確に生まれたのは、スタジアムでの“過ごし方”にあった。

 

横浜DeNAベイスターズは、仕事が終わってから飲みに出たり、休日もアウトドアに動き回る20代後半〜30代のサラリーマン層を“アクティブサラリーマン”と命名し、重要なターゲットにしている。しかし、FC東京の川崎氏は「野球はアクティブサラリーマンの方々が、平日のナイターを飲み会に近い感覚で“たまに野球を見る”ということを楽しんでいます。でも、サッカーは難しいと思っています。基本的にずっとサッカーを見なくてはいけないので、"飲み会の感覚でサッカーを見る"という考えにはならないと思いますね」と正直な悩みを明かした。

 

横浜DeNAベイスターズは、横浜スタジアムをグループ会社化したことによって、飲食物の収入もグループ内に入っていく仕組みを持つ。しかし、FC東京はスタジアムを所有していないため、飲食物の売り上げがクラブに還元される割合は多くない。そういった点には競技の性質以上に大きな違いがあるようだ。

 

一方、FC東京では独自の施策として、スポンサーの協力のもと「青赤パーク」と呼ばれるテーマパークを開設。スタジアム横の広場を使って、試合前後や試合中でも子どもが遊べるエリアを設けた。

 

同施策の効果は定量的にはまだ未知数であるものの、試合を重ねるごとにその満足度は向上中で、川崎氏も手応えを感じている。2020シーズン以降は「青赤パークを経験した子どもたちが、青赤パークに行っていない人と比べてどれだけ再来訪率が上がるのかを計測していきたいです」(川崎氏)と目標を定めた。

 

スポーツデータ領域は今が旬

モデレーターの杉本氏は最後に、「川崎さんはこれまで色々なクラブを経験され、過去に所属していた名古屋グランパスでも成長して、現在のFC東京もグイグイ伸ばしています。選手獲得以外でこういった方が動いて、クラブが強くなっていく方針は、とても良い傾向だと思いました」とJリーグの職員としてコメント。

 

その上で、横浜DeNAベイスターズについては「もはやMLBにも負けていないです。戦略を比べても一緒のレベルだし、これからの施策にうまくデータが噛み合っていくと『横浜DeNAベイスターズはどこまで行ってしまうのかな』と思います」と取り組みを評価した。

 

最後に、杉本氏は「スポーツではデータの分野が一番ホットになっていて、今後数年が面白い。私はファン化のプロセスは数年のうちに解決すると思っていて、これにはデータの力がとても重要になります。なので、それをぶん回せる力技を持つ人が必要ですし、飛び込むには面白い時期です。チャンスがあれば是非飛び込んでいただきたいと思います」と会場へ投げかけ、議論を締めくくった。