三木田龍元。北大卒の左腕は、なぜ新球団の職員になったのか?

2020.05.19 竹中 玲央奈


 
「ワイルドラプターズの1年目を経験できるのは、そのときしかなかったんです。自分自身がお世話になったBCリーグに恩返しができますし、少人数だからこそ何でもできるところもあります」
 
(福井ワイルドラプターズ球団広報 三木田龍元)
 
2019年に解散した福井ミラクルエレファンツを引き継ぎ、2020年から新チームとして船出を切ったルートインBCリーグ(プロ野球の独立リーグ)の福井ワイルドラプターズ。そのチームを支える球団広報は、BCリーグで3年間プレーし、2019年に引退した三木田龍元さんです。ピッチャーとしてNPBを目指していた彼はなぜ、新球団のスタッフに就任したのでしょうか。
 

大学院に合格も、後悔しないために野球の道へ

 
私は学生時代から、地元の北海道で野球に親しんできました。高校では甲子園を目標としていましたが、最後の夏は南北海道大会の初戦で敗退。大学では1部リーグでプレーして、六大学中4位が最高成績でした。個人としてもチームとしても、輝かしい結果は残せていません。
 
大学には5年間いました。私には重度の知的障がいを持つ兄がいて、小さい頃から医療が身近にあったので、作業療法士を目指して勉強していました。4年生になると、その実習が4カ月くらいあります。しかも、大学の近所とは限らず、遠くに飛ばされることもあって。普通に進級してしまうと、最後の年なのにリーグ戦に出られないんです。
 
最後までやりきりたかったですし、私の代にはピッチャーが自分しかいない。作業療法士という進路に疑問を感じていたこともあって、3年の前期が終わった時点で休学しました。
 
3年の後期からは部活に専念していました。そして4年前期までにリーグ戦を終えて、後期から復学。ただ、復学した後に社会人チームから誘いを受けたんです。最初は実習があるので断っていたものの、すごく熱心に誘っていただいて、ウイン北広島というチームに加入しました。
 
休学中には、ふらっと立ち寄った本屋で気象予報士に興味を持って、参考書を買って本気で勉強していました。医療と気象を絡めた生気象学という分野を学びたくなり、北海道大学の大学院に進んで、権威ある先生のもとで研究しようと。そうして、試験勉強と実習と野球を同時進行していました。
 
しかし、実習中にその先生から異動の連絡がきたんです。その頃には、大学院はどこも願書を締め切っていました。作業療法士になるか、調べ直して他の大学院に行くしかない。そう考えていたときに、社会人チームの先輩から独立リーグに挑戦すると聞きました。
 
その方に独立リーグについて教わるうちに、次は野球の道に興味を持ち始めました。新たに志願した大学院試験を受けましたが、その翌日には大阪でトライアウトに参加し、幸運にもどちらも合格という結果でした。どちらを選ぶか考えましたが、大学院は30歳や40歳になっても行けますよね。スポーツ選手は寿命が短いので、後悔しないために野球の道を選びました。
 

引退後、リーグの代表に“直談判”

 
独立リーグでは3年間プレーしました。1年目は香川オリーブガイナーズ、2年目の後半は徳島インディゴソックスと、いずれも四国アイランドリーグのチーム。3年目はBCリーグの新潟アルビレックスBCに行きました。そして26歳で引退しています。
 

 

 
金銭面では苦しかったですが、活躍すればNPBに行けるチャンスもあったので続けられました。1シーズン目と2シーズン目は良い兆しがあって、3年目が勝負というか。ただ、思うような結果は出ませんでしたね。
 
年齢を重ねるにつれて、求められるレベルも上がります。その中で上に行くには圧倒的な成績を残さないといけません。それなのに結果が伴わなくて、NPBを目指すモチベーションを失いかけていました。このままでは周りの選手にも失礼ですし、十分やりきった感覚もあり、引退を決意しました。
 
引退後、まずはお世話になった方々に連絡をしました。その中でも特に感謝したかったのが、BCリーグの代表を務める村山哲二さん。私の人間性の部分を評価していただいていて、進路も気にかけてもらっていたので、東京にあるリーグの事務局で直接会ってお話しました。
 
当時は、知り合いの多さとビジネスの活発さから、東京での就職を考えていました。しばらく東京に居座って、就活しようかなと。ただ、泊まる宛はあっても生活費がなかったんです。働きたいけど、ただのアルバイトは…と思っていたところで、村山さんに「事務局でインターンとして働けないか」とお願いしました。
 
そのときはシーズンオフということもあって、事務局では仕事がありませんでした。ただ、当時事務局にいた小松原さんがワイルドラプターズの立ち上げに動いていて、かなり忙しいと。その手伝いで、リーグの有給インターンとして、新球団の立ち上げに参画しました。
 
その仕事はすごく楽しかったです。立ち上げのプロセスに関わることで、経営やビジネスについて学べますからね。就活も並行していましたが、球団社長を務めることになった小松原さんからのお誘いもあって、この球団のスタッフとして働くことを決めました。
 

福井にはスポーツが根付いていない

 
ワイルドラプターズは、ミラクルエレファンツの後継として、2020年からリーグに加盟しました。4月には女性の社員を迎え入れましたが、それまでは私と小松原鉄平社長の2人体制。私は登記簿を税務署から持ってきたり、社会保険に加入したりと、事務的な仕事も担っていました。
 
ユニフォームのデザイン案や、球団の理念を考えたりもしましたが、メインは広報。TwitterやYouTubeの運用など、オンラインでの企画を常に考えています。リーグは残念ながら、新型コロナウイルスの影響で開幕できていない状況ですが、普段であれば試合に向けた運営も行なっていきます。
 
福井は北陸地方の中で人口が最も少なく、スポーツも盛んとは言えません。富山はB1リーグの富山グラウジーズ、石川はJ2リーグのツエーゲン金沢があって、新潟はサッカー、野球、バスケットボールなどのチームがあります。
 
過去にはサウルコス福井というサッカー北信越リーグ1部のクラブがありましたが、2018年をもって解散。2019年からは福井ユナイテッドとして活動しています。
 
ミラクルエレファンツは、2010年には経営難に陥りました。福井県民球団が経営を引き継いで、チーム名を変えずに活動していましたが、2019年をもって解散しました。福井にはなかなかスポーツが根付かないんです。
 

地域面や社会面で取り上げられる活動を

 
ワイルドラプターズは、野球YouTubeチャンネル「トクサンTV」にサポートしていただいています。そのもとでYouTubeチャンネルの「ワイラプTV」Twitterに力を入れています。オンラインだと県外にも情報を発信できて、新たなファン層を増やしていけるメリットがあります。
 
ただ実際に生で見てもらうのは県内の方が中心です。前身のミラクルエレファンツを運営していた福井県民球団は、福井新聞がバックアップしており、アナログ配信が強かったんです。しかし運営会社が変わって、スポーツ面での露出は減ってしまいました。その中で私たちが急に入ってきてデジタルを強化していくと、違和感を覚えてしまうファンの方もいると思います。
 
しかも、コロナウイルスの影響で試合ができないとなると、なおさらオンラインに頼らざるを得ません。本来であれば、選手とともにビラ配りなどもしたかったんですが、それもできない状況です。その中で、どのような形で従来の層にも情報を届けていくのか。ギャップをどう埋めていくのかを日々考えています。
 
私がクラブを運営する上で参考にしているのは、川崎フロンターレで広報を務めていた天野春果さんです。天野さんの出した2冊の本をバイブルとしています。その中で印象に残っているのは、企画を考える上では地域性や社会性が大事だということ。
 
私たちは野球チームなので、新聞ではスポーツ面に取り上げられます。ただ、試合も練習もないとなると、取り上げられにくいですよね。それならば、地域面や社会面で取り上げられないかと。オンラインでの取り組みに社会性や教育性を持たせたり、選手がマスク作りに取り組めば、その可能性は広がります。
 
取り組み自体はオンラインで完結してしまうかもしれませんが、それをどうオフラインでも配信していくか。スポーツクラブでは成功体験があまり共有されていないものの、自分で情報を取りに行って、策を考えています。
 

 

1年目を経験できるのは今しかない

 
正直、野球に関わった仕事がしたいとは考えていましたが、 入社した当初は「今じゃない」と思っていました。独立リーグでプレーし、自分が見ている世界は狭いと感じていたので。まずはサラリーマンとして野球以外のビジネスに身を置いて、その後に球界に戻ってくれば、刺激を与えられるのではないかと。
 
それでも、ワイルドラプターズの“1年目”を経験できるのは、今しかなかった。自分自身がお世話になったBCリーグに恩返しができますし、少人数だからこそ何でもできるところもあります。
 
独立リーグのチームは、サッカーやバスケットボールのように昇格がないので、上のステージに行くことはできません。ただ、地域に存在していること自体に意義はあります。北陸に住んでいると、NPBの試合に触れる機会は少ないですが、ファンファースト、地域ファーストで興行できる存在として重要なんです。
 
新潟時代には本拠地がなかったので、様々な球場で試合をしました。中にはスタンドと選手の距離が近いところもあって、ブルペンの横で待機していると、子どもたちが話しかけてくるんです。その試合の時にしか来られない子どももいるので、私はその場をいかに楽しんでもらうかを考えていました。
 
これもリーグの一つの価値だと思いますし、楽しんでもらえる場所をなくしたくはないですよね。だからこそ、福井にスポーツが根付いていない現状をなんとか打開したい。試合だけでなく、野球教室や地域活動を積極的にやることも、スポーツ界にとって大きな意義があると思います。
 
私は村山さんのおかげで今の仕事を掴みましたが、自分で切り開いたという自負はあります。現役時代からTwitterで積極的に発信していたので、それが村山さんや小松原社長の目に留まった部分もあると思います。直接会ったことはほとんどなかったですからね。そもそも、村山さんに話を聞きに行ったのも自分からでした。
 
知的好奇心のある人が集まると、活発な議論ができて、革新的な企画ができます。待っていても仕事は来ないですし、コロナウイルスの影響で在宅勤務の時間が増えると、それは特に感じます。
 
スポーツ業界の仕事は、求人サイトに載っていないことが多いです。4月から入った女性は新卒採用ですが、BCリーグの事務局とBCリーグほとんどの球団に履歴書を送ったと聞いています。そうやって採用につながる例もあるので、発信力や行動力は大事です。この業界で働くためには、ときには強引さも必要だと考えています。

 ※写真:本人提供