九州大学サッカーで、年間約100人の学生審判が誕生する理由。
サッカーの試合運営において、大きな課題である審判不足。そんな中、九州の大学サッカーが進める画期的な取り組みが注目を集めています。年間約100人の学生審判を育成した秘策について、九州保健福祉大サッカー部の山本監督に聞きました。
日本全国で行なわれるサッカーの試合運営において、審判の人員不足は大きな課題となっています。そんな中、九州で展開されている画期的な取り組みが注目されています。
九州地方で開催される育成年代を対象とした非公式戦が多く行われる大会を、審判資格取得の場として活用しているのです。これにより九州各県の大学に、一定数の審判員を偏りなく所属させることを実現しました。
<AZrenaでは、これらの大会を企画・運営している代田洸輔さんにも取材しています>
大学・高校サッカー合同トライアウトの裏側。リトルコンシェル・代田洸輔
それらの取り組みを中心となってまとめているのが、九州保健福祉大学サッカー部 山本順之(やまもと・じゅんじ)監督です。北は福岡から南は鹿児島まで…広範囲にわたる九州地方で、画期的な取り組みをどのように実現させたのか。活動の背景から、学生審判員の増加がもたらす未来について語っていただきました。
自分たちの力で、リーグを運営できる強み
ーまずはこの取り組みの背景を教えていただけますか?
九州のリーグに所属する大学が増えたことで試合数も増加し、審判が足りなくなってしまったことが背景にあります。
以前は九州大学サッカー連盟に所属しているチームには、3級の帯同審判(チームに登録されている審判)がいたのですが、いつの間にか規則がなくなってしまっていたんです。
当然、試合があるのは大学生だけではないので、土日に活動できる審判の数はかなり厳しくなっていきます。そこで、九州の大学生自身に3級審判の資格を取ってもらう機会をつくればいいのではと考えたのです。審判委員会から派遣する数を抑えることができますし、試合数が増えても自分たちでリーグ運営することができますからね。
ただ、審判の資格を取るためだけに県外へ出向くことは現実的ではありません。ですから、今回のような大会と紐付けることにしました。関東では学連が中心となって3級審判の講習会を実施していると聞いたので、「九州でもできるだろう」と。
選手を指導する山本順之監督
ー九州全域を巻き込むのには大変な部分もあったのではないでしょうか?
そうですね。もともとは各県が独自で実施している部分なので、資格取得の仕組みも異なります。例えば、4級の資格を取った次の日から3級に挑戦できる県もあれば、4級を取得してから1年間活動しなければ次のステップに進めない県もあります。各県の関係者の方とコミュニケーションを取りながら協力して進めています。
ー現状としては、各県何人ほどの審判が登録されているのでしょうか?
高いレベルになればなるほど少ないのが現状です。1級審判であれば、福岡は9人ほどいますが、熊本は2人、宮崎は2人、県によってはひとりもいなかったこともあります。結局、1級やそれ以上のレベルに達すると、Jリーグに引き抜かれてしまうんですよね。
課題は多くとも、着実に積み上がる成果
ーそういった背景も、審判育成に力を入れるようになった理由なのですね。これまで何回ほど実施しているのでしょうか?
昨年は島原で2回、大津で1回実施することができました。県ごとの偏りがなくなるように、各チームから決まった人数を出してもらうように決めています。
ーそれぞれ何人くらい参加するのでしょうか?
各大会20〜30人ほど、合計で80人程度を育成することができました。それぞれのリーグに所属する大学が審判を出しあって対応する形は、かなり浸透してきたかなと思います。トーナメント形式の大会でも、学生のアシスタントレフェリーが担当する数はかなり増えています。
ー講習会へ参加するのにかかる費用は、誰が負担しているのでしょうか?
九州学連が支援するようにしています。今回のようなイベントでは、九州各地から熊本まで移動する必要があるわけで、それにかかる交通費をチーム負担にしてしまうと平等性に欠けてしまいますからね。
もともと審判に支払う予定だった謝礼を巻き取って代わりに学連が担当したり、できるだけ安い宿を探したりしながら、参加者に「経済的な負担はかけないので開催させてください」と交渉しています。
費用面のほかに、インストラクターの確保という問題もあります。ほとんどのインストラクターは、平日は働いていますから。各県の審判委員長に相談をしながら理解してもらったうえで、やっと実現することができました。当然、インストラクターの参加費用も九州学連が負担しています。
九州各地のインストラクターが集まって講習会を担当する
ー実際、3級の資格を取得するのはどれくらいの難易度なのでしょうか?
3級まではベーシックという認識です。大学までサッカーを続けている選手であれば、ルールや審判の動きなどはある程度理解していますし、体力測定も免除してもらうなど特別な措置もあります。筆記試験に関しても、学生は大学の試験で慣れている部分もありますからね。試験というより、研修会という位置づけです。
九州から全国へ、審判の育成を広げていく
ー九州の学生サッカーにとっても、大きな変化が生まれますね。
現在、九州学連ではリーグを3部制にする議論がなされているのですが、そこでも審判不足が問題にあがります。今回の取り組みは、そういった課題をクリアすることにも繋がると期待しています。
例えば、台風などで延期になった試合を平日に実施するとき、学生自身が審判をすることができるのは大きなことです。現在は各大学5人の育成を目標にしています。審判の育成は、サッカーに関わる我々にとって大切なこと。3級で経験を積んだ学生が、2級、1級と、さらに高いレベルを目指すようになったらいいなとも思っています。実際そういった人材がどれくらいいるかといえば、我々もそこまで多くはないと認識しています。それでも、この講習会をきっかけに、そういった学生が1人でも誕生してくれたらいいなと思っています。
真剣な表情で講習を受ける選手たち
ー部活動などでレフェリーを担当することを嫌がる学生も少なくありませんからね。
そうですね。ただ、学生のほうが向いていると感じる部分もあります。実際に自分もプレーしているので、判定に対して文句を言われても知らん顔をしているんです。逆に審判に意義を唱えるチームメイトに「そんなこと言うなよ」という声も聞きます。ルールを厳密に理解することは、選手としてのプレーにもいい影響があると思います。
ー選手と審判、お互いのコミュニケーションも大切な要素ですね。
そうですね。レベルが上がっていくとルールの理解や技術はそこまで変わらないので、選手やベンチといかにコミュニケーションを取ることができるか、という部分を見ることが多いです。
ー平日の試合開催は会場だけではなく、審判の問題があるのですね。
逆に会場はいくらでもあるんですよね。大学のグラウンドもありますし。より深刻な課題となっている、審判問題を解決する手段になると期待しています。大学そして審判委員会が、お互いに負担を掛け合うことなく運営を進められるのがメリットです。
ー現在は審判も若い人材が増えたと感じます。
選手として活躍するとなれば才能がなければ難しい部分もありますが、たとえ才能がなくても努力でトップレベルまで上り詰めることができますからね。レフェリーとして突き詰めることができれば安定した収入を得ることもできます。
ー最後に、審判の育成について今後の展望を聞かせてください。
まずは九州サッカー全体の審判不足という課題を解決するために、この取り組みを継続することが大切です。今は九州という括りで開催していますが、今後は全国に広げていければいいなと思います。そのうえで審判の育成という部分を考えると、学生の金銭的な負担を軽減してあげる仕組みができればいいなと思います。そのためには審判委員会側も支援を続けていこうと考えています。