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原田宗彦が語る「スポーツ産業の発展とスポーツ共創」。変化するスポーツと社会の関係

2024.02.19 / AZrena編集部

行政のスポーツ施策の支援やスポンサーシップの仕組みづくりをサポートする株式会社THE SMALL THINGSの創業イベントに、スポーツ×都市づくりの第一人者である大阪体育大学の原田宗彦教授が登壇。「スポーツ共創」について語った講演の一部を抜粋してお届けします。

2023年10月17日、渋谷ヒカリエにて株式会社THE SMALL THINGSの創業イベントが実施され、スポーツ産業に多方面から関わる様々なキーパーソンの講演が実施されました。THE SMALL THINGSは、行政のスポーツ施策の支援や、スポーツチームと企業の間に立ったスポンサーシップの仕組み作りのサポートをしており、特に“スポーツ共創”という分野に力を入れています。AZrenaでも過去に取り上げたこのテーマですが、本イベントではスポーツマネジメントやスポーツ×都市作りの研究における第一人者の原田宗彦・大阪体育大学教授がこのテーマについて講演。今回は一部を抜粋して、お届けいたします。

【過去記事はこちら】「支援」や「広告」以外の価値を作る。スポーツスポンサーシップはパートナーシップの「共創」へ

スポーツ共創が持つ広い意味

スポーツ庁が言う『スポーツ共創』は非常に意味が狭いんです。ここにあるように「する」「みる」「ささえる」そして「つくる」という4つ目のスポーツへの関与の状況を作りました。要は自分たちで新しいスポーツを作って遊ぼうという、ちょっと狭い定義になっています。

その背景には「体育・スポーツ・教育を変えよう」という社会運動的なスローガンがありますし、これまでの伝統的なスポーツからはちょっと逸脱した脱制度化、例えば超人スポーツ協会のようにテクノロジーを活用して"新しいスポーツを作っちゃえ”とういう動きもあります。

最終的には新たな人々を巻き込んで、スポーツ人口を拡大したいという思いがあります。その中で、スポーツ共創イコール"自分たちで自分たちのスポーツを作る→作ったら遊ぶ→共有する” というサイクルを回し、スポーツ参加人口を増やしていくという、いささかちょっと狭い定義になっています。無関心層を刺激したいということで、スポーツ庁らしい目標ですね。

ですが、新しいスポーツを作ることは非常に大事な一方、スポーツ共創にはもっと広い意味があるだろう、と私は思うのです。

“より良い社会と街づくりのためにスポーツを触媒として活用し、新しいスポーツの場と環境を創出するとともに、公益性の高いビジネスになる仕組みを構築する、ボトムアップ型の意思決定による革新的な働きかけ”

少し長いですが、これが私なりのスポーツ共創の定義です。そうなると、スポーツを"作る”だけではなく、スポーツを活用した街づくりに話が及んできます。

なぜこのようなスポーツ共創が可能になってきたのかについて説明します。おそらく、昭和の時代には、このスポーツ共創という考え方は出なかったと思うんです。ではなぜ、現代では可能になったのか。

スポーツ産業の誕生の背景

歴史的に、スポーツ用品、スポーツ施設・空間、スポーツサービス・メディア、という3つの領域がありましたが、1980年までこの3つの領域はバラバラに存在していたんです。つまり、スポーツ産業というまとまりはなかった。私の学生時代にはスポーツ産業論という学問領域もなく、スポーツ用品産業は存在せず、日常生活用品産業に入っていました。ところがこれが大きくなると、新たな複合領域が出てくるのです。

スポーツ関連流通産業でゼビオやスポーツオーソリティのような巨大小売業のチェーン化が出たり、SPAで生産ラインが垂直統合されて、これまで生産、卸、小売と別れていたのが、生産直販のNIKE Townのような形態も出てくるのえす。さらにそのライセンス商品が出てくることで、例えばナイキ1社で4兆円産業ぐらいになります。非常に大きいですよね。

反対に、スポーツ施設・空間とスポーツサービスが一緒になったものがフィットネスクラブです。これも1980年にはゼロでしたが、今は日本に5,000店舗、5,000億円の市場に育っています。レッスンビジネス、施設運営ビジネス、人材派遣と多岐にわたります。

この3つが合わさったところにできるのが、スポーツハイブリッド産業。メガスポーツイベントやプレミアリーグやJリーグなどのプロスポーツが入ってきます。サッカーだと、スタジアムやスパイクやウェア、放送権料。こうやって大きな産業ができるのです。

そして、巨大な放送権ビジネスというのがここで生まれてきます。私は、この状態を“これまでのスポーツ産業”と呼んでいます。“これからのスポーツ産業” にはテクノロジーが入り、新たな産業領域が生まれるでしょう。例えば、スマートウェアラブルデバイス、VR・AR、映像配信・編集、オンラインコーチング、スマートフットウェアからチーム分析、個人分析。

スポーツ施設では、スマートアリーナやスマートスタジアム、高密度Wi-Fi、大型ビジョン、クロスバースアリーナ、ファンエンゲージメント、スポーツホスピタリティ、メタバース観戦、イベント運営、セキュリティビジネス等々ですね。

そして、これからはスポーツがエンターテインメント産業化していきます。eスポーツ、ゲーミフィケーション、街づくりといったところに話が展開していくでしょう。一旦、このようにスポーツ産業が、大きくなってきたんだ、と思っていただけますと嬉しいです。

令和はスポーツ共創の時代

もう一つ、歴史的な観点から見ると、昭和のスポーツ文化も存在しています。企業と行政が主導していた実業団スポーツの時代で、例えば東芝や松下電器のような企業がスポーツをやっていました。そういう時代から平成になり、状況は大きく変わりました。Jリーグが生まれ、地域のプロスポーツクラブに変わっていく。bjリーグ、そしてBリーグができて、地域と消費者が主導する新たな平成のスポーツ文化が誕生しました。このときには、もうスポーツ参加者はスポーツ消費者に変わるわけです。消費者の皆さんは、お金を出しても良いもの、あるいは良い体験をするようになります。

私はこの上に令和のスポーツ文化というものが逆三角形で入ると考えています。

これではあまりにもすわりが良くないので、ここを支えるために、SDGsとスポーツ街づくりの2つが入って、大きな台形ができると考えています。

スポーツ共創が生まれた背景は、多分この令和のスポーツ文化が非常に大きく関与しているんです。スポーツ文化を形成するのは企業と行政、そして地域、各消費者です。これが3つの大きな経済の担い手になるわけですが、平成の終わりから令和にかけてここが大きく変わりました。

例えば、企業と地域の間のコミュニティビジネス。ここでJリーグのクラブができるわけです。でも、億万長者になった人はいないですよね。なぜかというと、これは全て公益的なビジネスであって、地域のためにやるものだからです。いわゆる地域密着型です。あとは企業と行政の間に公民連携の仕組みがあります。ここも大きいです。第3セクター、コンセッションパーク、PFI、共創するチャンスがここでグッと増えるわけです。

さらに1995年に阪神淡路大震災が起きたことで全国からボランティアが集まり、ボランティアに対する印象がガラッと変わったことで、NPO法ができました。そこから皆さんがボトムアップの意思決定の中で、こういったNPOの活動を全国的に展開していくことになります。

さらに社会のDX化によって、シェアリングエコノミーが出てきました。物や空間の共有、スペース、移動、乗り物ですね。モノ、お金、個人のスキルもシェアしましょうという時代になるわけです。この辺りから非常に共創が生まれやすい環境になるというのが、令和の時代の特徴になります。

また、伝統的な経済セクターを補完する新しい経済の担い手が、共創の場を提供してきました。例えば、マッチングであれば、重松さんのスペースマーケット、公共施設のトランスフォーメーションをする公共R不動産など。コワーキングスペースみたいなものも増えるわけです。

これまでの日本は直進する経済でした。より早く、より大きく、よりたくさんのものを、と。ただ、そういう経済でしたが、今は違うだろうと。最近は、迂回する経済、わざと無駄を作る。その無駄こそがいいことなんだよという、無駄が豊かさと発想を生むという風に大きく発想が変わりました。

“住みやすい街ランキング”の指標とは

同時に人の流れの変化もありました。サードプレイスというのが有名になりましたが、今はフォースプレイスという考え方も出てきています。その話に行く前にですね、よく話題になる『住みやすさランキング』についてお話させてください。これは定量的な評価をもとに作られていました。

・大型小売店の店舗面積
・病院の病床数
・新築住宅の着工数
・都市公園の面積

これらが都市の住みやすさランキングの指標だったんです。でも、これは違うだろうと。これで本当に住みやすい都市が測れるのか?という声も上がってきて、その指標は変わりつつあります。

・地域のボランティア活動に参加したか
・カフェやバーで自分だけの時間を楽しめるか
・地元のお酒や料理を楽しむことができる
・手軽にスポーツやエクササイズを楽しむ機会があるか
・それらを一緒に楽しむ友人や仲間がいるか
・一定数のクリエイティブクラスと共創の場があるか

こういう部分が現在の指標となっています。“定量的な指標”から“定性的な指標”に変わっているんです。

ファーストプレイスは自宅、セカンドプレイスは職場や学校。余談ですが、私の父親は、高度経済成長期真っ只中だったので、彼の生活はこの2つしかありませんでした。家か職場。疲れ果てて帰ってきて、家でゴロ寝するみたいな。今は全然違いますよね。そして、サードプレイスが出てきました。お店や施設、行きたいと思える場所。スターバックスのようなカフェが代表的です。

そして今、フォースプレイスという言葉も出てきています。未来に、仲間に、目標に、そして人生に繋がる場所を表します。早稲田大学のスポーツMBA Essenceという講座があります。月曜日の夜に半年間通うことで修了できるもので、今も続いています。私が早稲田で教鞭をとっているときに始めたのですが、6期目、7期目になった今でも人が絶えません。皆さん、月曜日の夜学びに来るわけです。こういったフォースプレイスの中から、人と人の繋がりが生まれ、新たな創造の場になってきています。

“弱い紐帯が生む共創”についてもお話できればと思います。強い紐帯は、家族や皆さんもお馴染みの業界人の繋がりとかです。それらの繋がりはライフスタイルや価値観があまりにも類似しているので、新鮮な情報が入手しにくいですよね。だから会社の中でも横断型の組織を作ることがありますが、一番良いのは、こういうやる気のある繋がりたい人が集まって、弱い紐帯の中で新しいものを生んでいくことだと思っています。

コワーキングスペースの意味として、“異業種交流と新たな知の共創” “クリエイティブワーカー”の台頭と書いています。この写真は神戸三宮阪急ビルの最上階にあるANCHOR KOBEという場所です。つい先日、コベルコ神戸スティーラーズやヴィッセル神戸、西宮ストークス、ヴィクトリーナ姫路などの社長さんを集めて、ここでなにかスポーツ街づくりをできないかという、クリエイティブな会を開催しました。神戸大学のMBAの学生が4人来たり、業界の方も集まったりして、非常に良い共創の場ができたなと思いました。弱い紐帯は重要だと、再確認できましたね。

それからもう一つ、やはり街づくりを考えていかないと、ある意味スポーツ共創は立腐れするんじゃないのかなと思っています。では、どういう街であれば共創が生まれやすいのか。

多様性が共創を生む

一つは多様性があること。リチャード・フロリダの「クリエイティブ都市論」の中にありますけど、例えばミュージシャン、デザイナー、アーティストの割合を示すボヘミアン指数の高さや、ゲイ指数やLGBTの人の割合、メルティングポット指数、外国生まれの人の割合が高いところは、非常に多様性があり、共創が生まれやすいのです。

さらに、地域の多彩なアクターの存在が必要であるということで、例えば、橋渡しを自治体が行い、総合型地区まちづくり協議会を設立した事例もあります。これは同志社大学の中嶋(大輔)先生が示していたのが、行政が橋渡しをして、まちづくり協議会の終わりに、PTA、老人会、アーツ、自治会ボランティア組織が集まる、こういうところがですね、多様性があり、共創が生まれやすいという論文なんかもあります。

私はクリエイティブクラスというのが非常に重要だと思っています。その説明もいたします。

リチャード・フロリダは「クリエイティブ資本論」の中で、こういう3つの住民のまとめをしています。

飲食、公園管理、事務員等の低賃金で自立性の低い職業がサービスクラスで、人口の半分位はここに所属します。サービスクラスがいるから、色んなことを維持していけるんです。そして、一番コアにいるのが、スーパークリエイティブコア。科学者、技術者、大学教授、詩人、小説家...色々と書いてますけど、現代社会の思潮をリードする人です。ノンフィクション作家とか編集者、文化人、シンクタンク研究員、アナリスト、オピニオンリーダー等々も入ります。

その周りにこれを支える、ハイテク、金融、法律、医療、企業経営などの、様々な知識集約型産業の方々がいると。これをクリエイティブプロフェッショナルと呼んでいます。まさに今回の会場であるヒカリエと渋谷周辺がまさにスーパークリエイティブコアだと考えているのですが、これを地方に持っていったときに大事なのは、多様な人材をそこに集められるかどうか、です。共創は人がやるものですから、核になる人材が集まるだけの魅力ある場所にならないといけません。

2つ目に大事なのが、拠点です。これは株式会社ブックマークスによる定義ですが

・モチベーションを高めて未来に繋がる
・互いに切磋琢磨できる仲間に繋がる
・個人の目標達成に繋がる、新しい価値観に触れて人生に繋がる

こういった共創の場を、ブックマークスさんは全国で展開してます。まさにこういった拠点、さっき言ったコワーキングスペースも、ただあるだけではなく、そこにコーディネーターが1人いて、来た人をどんどん繋いであげる拠点があると、非常に共創が進みやすいというお話です。

『アクティブシティ』が共創を加速させる

私が執筆中の本にも記されている『アクティブシティ』という概念がいま、世界で広がっています。私が考えるアクティブシティは色んなナッジがあって、自然と正しい行動をしてしまう。空き地や場所があれば、そこで誰かがプレスメイキングをして、コト作りをする。空間も人が動きやすいデザインに持っていき、楽しいゲーミフィケーション的なイベントが時々あると。それがアクティブシティです。

さらに、人が動く。観光でも来る、ビジネスでも来る、移住もある、訪問もある。こういったアクティブシティを作っていくといいなと考えています。ダウマンさんという方は、アクティブな移動手段とスポーツ実施が高いレベルでできるアクティブライフスタイルの条件を満たした街と定義しています。

人が動き、遊び、交わり、語り、知識と経験を共創できるエコシステムを創造する。こういう場所が共創にとってはより大事になってくると、私は考えています。