選手の引退後のキャリア問題。なぜ業界全体の課題として捉えるべきなのか。

2017.06.09 森 大樹

競技によって違いはあるが、例えばプロ野球で引退する選手(戦力外含む)の平均年齢は29.6歳(2016年)、Jリーグではさらに下がって25〜26歳と言われている。日本人の平均寿命が80歳を越えていることを考えると、アスリートは現役生活を終えてからの人生の方が圧倒的に長い。そして引退後もずっと競技に関わっていけるのは、現役中に活躍したほんの一握りだけだ。

競技だけをやり続けてきたことには変わりなくとも、シビアな世界において結果が出なかった選手はその後の人生を考えなくてはならない。しかし、そこには課題が山積している。

その課題をスポーツ業界全体の問題として捉え、解決していくために日本最大級のスポーツビジネス求人情報サービスを展開するスポーツジョブネットワークが「アスリートの競技生活とその後に続くキャリア」というセミナーイベントを開催したので、その様子をお届けする。

業界としてアスリートのキャリアを考える

選手のキャリアを業界全体の課題として捉えるべき理由

イベントの第1部ではまず、実際にアスリートのキャリアのサポートを行う仕事をしている2名のスピーカーが登壇した。

1人目は菊池康平さん(写真左)。これまで16ヶ国でサッカーに挑戦し、ボリビアでプロ契約を結んだ選手でもある菊池さんは現在人材派遣会社・パソナが運営する、選手が競技生活と仕事を両立できるようにする仕組み「パソナスポーツメイト」の支援を行っている。

もう1人は株式会社山愛に務める藤井頼子さん(写真右)で、アスリートのキャリアサポート事業に携わっている。趣味は世界の野球を見に行くこと。プロ野球は生粋の阪神ファンで、毎年春季キャンプに足を運ぶほどだ。

アスリートのキャリアについて元々関心は高かったという藤井さんだが、実際に本格的に関わることを決意したきっかけは(※)伊良部秀輝氏の自殺だった。

「今も新聞で小さく元プロ野球選手逮捕といった記事を見つけると心が痛みますが、大好きな野球で、私の大好きな野球選手が引退後に自ら命を絶ってしまったことが非常にショックでした。私は伊良部選手に対して何もできなかった、間に合わなかったという思いから今の仕事に就いて選手のキャリアサポート業務を行っています。」

※故・伊良部秀輝:元プロ野球選手。1987年ドラフト1位でロッテに入団。1997年からはアメリカに渡り、ヤンキースなどで活躍した。阪神で日本球界復帰を果たし、2004年限りで現役引退。その後は実業家への転身を経て、2009年に現役復帰し、日米の独立リーグでプレーした。2010年1月に再び引退。2011年7月にアメリカの自宅で自殺しているのが発見された。将来に対する不安などから精神的に追い詰められていたことが理由として挙げられている。

3年前から始まった株式会社山愛のアスリートキャリア支援事業ではJリーグ、Bリーグの選手研修と、引退選手へのキャリアカウンセリングを通した企業紹介を行っている。現在、アスリートキャリアパートナーと呼ばれる元選手へのカウンセリングを通した就職支援サービスには現在450名ほどの選手が登録している。

業界全体としてアスリートの引退後のキャリアを考えるべき理由について、藤井さんは元選手が路頭に迷い、貧困に陥ったり、犯罪に手を染めたりして話題になることがスポーツの価値低下に繋がってしまうからだと語る。選手自身の問題だから自己責任という意見もあるが、それだけでは済まないのだ。

「このようなことが起きてしまうと、社会側が“やっぱりサッカー選手は幸せになれない”“野球選手は野球しかできない”という認識になり、スポーツのブランドが低下してしまいます。そこから子どもには選手になってほしくない、スポーツを辞めさせるといった親の意識が生まれてしまうと普及や強化の阻害要因となり、スポーツ市場の縮小に繋がります。こうなると選手個人の責任では片づけることのできないスポーツ全体の問題になってくるでしょう。」

仕事を紹介するだけがキャリアサポートではない

引退した選手向けのキャリアサポートといってもすぐに就職先となる企業を紹介するわけではない。人のキャリアトランジション(過渡期・転換期)における3段階のプロセスを大切にしている。

「まず、プロスポーツ選手という職業が終わるときの喪失感を乗り越える必要があります。次に、次のステップを踏み出すためのニュートラルゾーン。そして最後に実際に次のキャリアを歩み出すというような形があって、個人によってそれぞれの期間は変わってきます。私たちは面談を通して時間をかけて一緒に気持ちの整理をし、次に進む準備をしていく。他の選択肢もある中で、もし企業で働きたいという結論になれば仕事を紹介していくという形をとります。」

選手が就職先を探す上ではスポーツ選手という経験から何を得たのかを、伝えられるようになる必要があるという。本来は現役中からスポーツ選手という職業に向き合い、考えるべきことだが、それをするためには思考力や基礎学力も大切になる。“文武両道”であるべき理由の1つはそこにあると言えるのではないだろうか。

「私たちはキャリアサポートを通じていい循環を作りたいと考えます。スポーツは教育、人材育成に大きく影響を与えます。スポーツで育った人が社会で活躍する状態を作ることができれば、その力があるという認識が広まり、社会でのアスリートのステータスが上がります。そしてスポーツ観戦に訪れた人が落としたお金でまた選手へのキャリア教育を行うことができるような、いい循環を作りたいと思います。」

引退した選手にとって、今はまだ再就職先を見つけるには厳しい環境と言えるだろう。しかし、企業に入った元選手が仕事で活躍し、スポーツで培った力が社会でも役に立つということを証明していけば、今後同じように引退して仕事を探す選手にとって就職しやすい環境が整っていくはずなのだ。

そういう意味でアスリートに寄り添い、それぞれに合う就職先をしっかりと見つけていく取り組みはスポーツの、選手の、社会的価値を高めることに繋がっていると言える。