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日本からベルギー・シント=トロイデンへ。DMM流クラブ経営術!

2018.06.20 / AZrena編集部

村中悠介氏

2017年11月、コンテンツ配信サービスなどを手がけるDMMグループが、サッカー・ベルギー1部リーグのSTVV経営権を取得したことを発表しました。

 

ベルギーリーグは近年、川島永嗣選手(現在はフランスリーグのメスに所属)や久保裕也選手(ヘント)など、日本人選手が数多く活躍しており、国内でも注目度が高くなっています。そんなリーグに日本の大手企業の参画が決まり、サッカー界を中心に大きな話題を呼びました。

 

多種多様なコンテンツに着手するDMMはなぜ、海外サッカークラブの経営を始めたのか。ヨーロッパでは発展途上といえるベルギーリーグの小さなクラブに、どのような変化をもたらしていくのか。

 

DMMの代表取締役、そしてSTVVの会長を務める村中悠介氏に、その真相を伺いました。

 

日本の良い部分をベルギーに持ち込みたい

「サッカーチームを海外で持つのはどうか」、というご提案をいただいたことが事業のきっかけです。具体的には、ベルギーやポルトガル、オーストリアのリーグから話がありました。これらのリーグは外国人枠がなく、日本人選手を含め、いろいろな国から選手を連れてこられるという共通のメリットがあります。そこから実際に具体的なチーム名も挙がってきて、最終的には3チームが候補にあった中で、STVVに決まりました。

 

チームの経済状況に関していえば、候補に挙がっていたどのクラブも決して良くはなかったです。それに、候補のチームを1つ1つ調べるとなると、財務状況を全部見なければならず、ものすごく大変な作業になってしまいます。ですので、経営状況と売却条件を検討した上で、収益化を見込めるチームに絞ったという経緯です。

 

とはいえ、ベルギーリーグについて知っていることといえば、(※)久保裕也選手がいることくらいでした。ただ、英語でコミュニケーションが取れるということと、オーナーのドゥシャトレ氏は元スタンダール・リエージュのオーナーなのですが、かつて所属していた小野裕二選手(現・サガン鳥栖)と川島永嗣選手(現・メス)を大絶賛していたんです。日本人は真面目に働くというイメージがあるようで、僕らに対しても真摯な対応をしてくれました。

※久保裕也・・・2013年に京都サンガF.C.からベルギー・ヤング・ボーイズへ移籍。2017年にはヘントにクラブ史上最高額で移籍し、現在はチームのエースストライカーとして活躍している。

 

実は日本でもかなり前にJリーグチームの経営に関する話がありましたが、そこまで具体的には進まなかったんです。スポンサーの話もいただいたものの、我々はIT企業なのでどうしても結果を重視してしまいますし、どれくらいのリターンがあるのかが測りづらい部分もありました。

 

今回は経営という話なので、自分たちでどこを目指して行くのかが分かりやすかった。まずはベルギーリーグでプレーオフ1という上のステージに行くことが目標で、その上にヨーロッパリーグ、チャンピオンズリーグがある。僕自身もサッカーが好きなので、いろいろな国の選手が獲れたり、若い才能が巣立って活躍してくれたりすることは、すごく魅力的に感じていました。

 

若手選手を獲得すると“還付金”が返ってくる!?

最近はベルギーから欧州の主要リーグへ若手選手が飛び立っていくことが多いですが、このリーグでは国籍問わず、25歳以下の選手を獲得するとクラブに(※)還付金が返ってくる制度があります。だからこそ、クラブとしても若手選手を積極的に獲得し、成長させて次のステージに送り出していくというところに力を入れているのだと思います。

※ベルギーリーグでは、25歳以下の選手の人件費が一定数を越えるとクラブに所得税が最大で8割返ってくる。

 

1月にはアピスパ福岡に所属していた冨安健洋選手を獲得しましたが、オランダで活躍している堂安律選手のように、日本も若い世代がどんどん海外に出ていかなければいけないと思います。

 

Jリーグのチームがどうやっているのかは想像の範囲でしかないですが、STVVはベルギーの小さな街のクラブで、経営はやや赤字です。現地で何試合か見ましたが、スタッフの人数が少ないので仕方ない部分はあるものの、どこかやりきれていない印象がありました。そう考えると、日本はクラブに関わる人たちの努力によって成り立っているんだと強く感じました。

 

Jリーグは開幕当初にドーンと盛り上がって、それから徐々に人気は薄れてしまったものの、なんとか持ち直して観客も増えていっていることを考えると、そこにはたくさんの方の努力と情熱があったんだと感じさせられます。日本の良い部分はベルギーにも持ち込まないといけないですし、まだまだやれることがある状況に置かれているからこそ、僕らには伸びしろしかないと感じています。

 

村中悠介氏

 

上位6チームと下位10チームには大きな差がある

今の課題は、クラブの全員を“本当のプロ”にすることです。例えば、1年契約だと選手や監督には「明日、俺は切られるかもしれない」というピリピリした感覚があるでしょう。ただ、前体制のコーチは前監督が連れてきたわけではなかったため、当事者意識が希薄な部分もあり、本当の意味でプロフェッショナルとして打ち込んでるかというと少し違った部分もありました。そういった面も含めて、スタッフ全員を本当のプロフェッショナルにすることが課題です。

※2018年5月23日、2018−2019シーズンの新監督とコーチの就任が発表された。

 

メンバーは基本的には買収前の体制と同じで、ベルギー人のスポーツダイレクターを加えたり、CEOに立石敬之さん(元FC東京GM)を入れたりと、ビジネス面のテコ入れは行いました。立石さんは知人の紹介で知り合ったのですが、良い意味で元サッカー選手な感じがしないというか。すごくビジネス的な観点でサッカーチームを見ていて驚きました。当時はサッカー界の人にあまり会ったことがなかったので、僕が抱いていたイメージを覆されましたね。

 

日本でクラブ経営に携わっているメンバーは、アルゼンチンでサッカー経験があったり、アルビレックス新潟シンガポールでインターン経験があったりと、サッカーにゆかりのある人が揃っています。国内ではスポンサー営業などを進めています。

 

DMMがIT企業ということもあり、我々はスタジアムのIT関連の戦略も進めています。ベルギーのスタジアム事情はまだ把握しきれていないですが、セキュリティの面でいえば日本のほうが明らかに整っています。ブルージュに行った時は、チケットをまだ受け取っていないにも関わらず、セキュリティの緩さから、気がついたらスタジアムの中に入れてしまっていた経験もありました。

 

STVVのスタジアムは比較的新しいですが、今後はチケットやフードをの販売を電子化していきたいですし、スタジアムのWi-Fiでしか見られないコンテンツも少しづつ増やしていこうと思っています。

 

ベルギーリーグは、レギュラーシーズンで6位以内になるとプレーオフ1に入れるのですが、リーグの収入の半分をプレーオフ1の6チームで分配していて、もう半分を残りの10チームで分配しています。プレーオフ1の対戦は当然、強いチーム同士なので観客も入りますし、年間チケットとは別にチケットを買わないといけないので、入場料収入も増えます。プレーオフ2は1位にならないとヨーロッパリーグに行ける可能性がないですし、年間チケットでも見られるので、注目度には差がありますね。

 

ベルギーリーグのプレーオフ

※レギュラーシーズン16位は自動降格

 

今の目標はプレーオフ1に最短で入ることで、遅くとも3年以内には入りたいと思っています。ただ、3年以内と現場で言うと「3年目で入れれば良い」と考えてしまうので、最短と伝えてあります(笑)。森岡亮太選手が所属しているアンデルレヒトは強豪なので、対戦すれば観客が1万人は入りますし、やはりプレーオフ1にいるほうが様々な面で有利なんです。

 

今後は、街全体でを盛り上げるような施策をたくさんとっていきたいですね。街中に目を引くようなポスターを貼って一丸となるような雰囲気を作るなど、街全体を巻き込んでいきたい。また、メッセージ性の強いスローガンを打ち出したりすることで「変わる」という決意を周囲に見せたいと思っています。

 

Jリーグや欧州CLから学ぶ、スタジアム観戦の目的作り

僕は川崎フロンターレの試合をよく見に行くのですが、正直、子どもってそこまで試合を見ていないじゃないですか。それでも近くに出店があったりして、楽しんでいますよね。あの感覚がすごく重要だと思っていて、行く目的が遊びの延長でも良いと思っているんです。STVVは子どもが多く見に来るクラブではないですけど、ベルギー人はとにかくお酒を飲むことが好きなので、スタジアムに飲みに来てくれれば良いかなと。

 

今も試合が終わったら宴会状態で、スタジアムで深夜1時くらいまで飲んでいて、最後のお客さんが帰るまでビールを出し続けているんですよ。飲んで騒ぎに来るのが目的でも良いと思います。

 

日本人は細やかな配慮ができるので、世界屈指の運営クオリティを持っていると思います。ただ、日本の場合スタジアムに関しては、自治体が管理していることが多いので、飲食や物販などの面でクラブが自由に管理・運営できてない部分があります。僕らの場合は、何かを変えたければ自分で変えて、すべて自分たちの収益にできます。だからこそ、僕らがやらないといけないという責任もあります。そういった違いはあるものの、スタジアムに行く目的がいろいろな角度から作れているJリーグは、純粋にすごいと思いますよね。

 

もちろん、ヨーロッパの他の国から学ぶこともあります。先日、ドイツのアリアンツ・アレーナにチャンピオンズリーグを見に行った時に、理にかなっていると思うことがありました。スタジアムの飲食は基本的に、並ばないといけないじゃないですか。サッカーの試合はハーフタイムを含め2時間しかないのに、並ぶのは嫌だなと思っていたら、階段のデットスペースを使ってビールを販売しているブースがありました。ずっとビールを注いでるお兄さんがいて、カードでピッと決済すれば一瞬で買えるんです。日本人ならそこまで飲まないので問題ないですが、ベルギーやドイツの人は日本人の倍ぐらい早く飲むので、あれは効率が良いなと。

 

あの観客動員数でほとんど並ばずにスタジアムに入れて、席までもスムーズに行けて、飲食物もすぐに買えます。帰りもスムーズに帰れましたし、何もストレスがありませんでした。日本ではクラブW杯を見に行った時に人混みに巻き込まれましたけど、アリアンツ・アレーナはスタジアムに行くまでに何本も道があって、人が分散するんですよね。そのあたりもしっかりと考えて作られています。

 

パリやモナコの成功の要因にある“ベース”

今後は、日本人にも海外に行けるチャンスを与えていきたいと思っています。もちろん日本人に限らず、いろいろ国の選手にチャンスを与えていきたいですし、入場者数も含めて、クラブがより良くなるためのベースを作っていきたいと考えています。ファンは僕らにそういうところを求めているので、地道にやっていくしかありません。

 

もし仮に名将と言われる監督を連れて来られたとしても、成功のために必要なステップは別にあると思っています。まだ僕らはその段階にはいないですし、徐々にクラブを改善していかなければいけないんです。お金を費やしたから強くなるわけではないですし、パリ・サンジェルマンやモナコも、お金が入ってきても受け入れられるベースがあったからこそ成功したわけで、ベースのない状態でやっても長くは続かないと思います。

 

ただ、監督は重要な存在です。クラブが1年間ずっと良い状態で進んでいけるはずはないですし、選手がそれぞれ違った考えを持った中で、全員を意思統一させて同じ方向に持っていくのがボスですよね。監督にボス感があるかないかはすごく重要で、どっしりと構えられる人じゃないと、選手にも迷いが生じてしまいます。若い選手も多いので、監督によってチームもガラッと変わってしまいます。

 

今はビジネス面でのマネージャーも探していますし、今後は提携クラブやスポンサーも増えていくはずです。その度に人の重要性が増すので、少ない人数でやっているからこそ個々の質を上げて、どのようなことにも対応できるような状況にしていかないといけません。

 

DMMっぽいですけど、「サッカークラブもやっているけど、他のこともやっているよね」と思われるような状況があっても良いと思います。予定調和はつまらないので、あまり常識にとらわれず徐々に色を出していきたいですね。