桐渕絵理(アイスホッケー)は、なぜ異国でプレーを続けるのか?
男女ともに平昌五輪への可能性を残す、アイスホッケー日本代表。日本の五輪への出場権獲得と合わせて、夢の舞台を目指す選手達が選考に勝ち残るため、国内外でしのぎを削っている。
その中の一人、桐渕絵理選手は長野五輪を観て以来、憧れ続けてきた夢の舞台に立つため、現在はフィンランドトップリーグでプレーを続けている。昨年夏の日本代表合宿にも招集された、実力者の1人である。
アイスホッケー大国であるチェコに移住
――まずは今までの桐渕さんのスポーツ経歴を教えてください。
父がプロのスキーインストラクターだった影響で3歳から私もやり始めました。もはやしっかり歩けるようになる前からスキーをしていた感じです。アイスホッケーに切り替えるまではずっとスキーを滑っていました。だから小さい頃からスキーでトップ選手になりたいと思っていましたね。
それに関連して、オフシーズンにはインラインスケートでトレーニングをするようになり、スラロームをやったりしていた時期もあります。
――アイスホッケーとはどのようにして出会ったのでしょうか?
まずはインラインホッケーから入りました。インラインスケートでスラロームをやっていた時に行った岐阜の大会でたまたまインラインホッケーも行われていて、面白そうだったので、スティックを買って帰ったんです。それでやっていたら地元の子供達が集まってきて、チームを作ることになり、関西でも有数の大きな組織になっていきました。その中にアイスホッケー出身者の人も入ってくるようになり、そこで初めて競技の存在を知りました。まだその時点でアイスホッケーは体験会に参加するくらいで、あくまでメインはスキーとインラインホッケーです。
ちょうどその頃にたまたま1998年長野五輪が行われて、観に行くことになったんです。アイスホッケーの試合を観る予定だったので、せっかくだからということで応援ジャージを買いに行くことになりました。しかし、唯一知っていた強豪国・カナダのものは売り切れていて、余っていたチェコ代表のジャージを仕方なく買って帰りました。
チケットの料金自体も男子だとかなり高額だったので、結局女子の試合や弱い国同士の対戦だけを観ました。当然男子の準決勝ともなると値段が高いのでテレビ観戦していたところ、なんと強豪・カナダをチェコが破ったんですよ。そこで「これ、私が持ってるジャージの国やん!」と気がついたわけです。「もしかしたらカナダファンがファイナルのチケットを安く譲ってくれるかもしれない…」そう考え、長野駅まで行き、“チケット譲ってください”と書かれた札を持っていたところ、本当にチケットを手に入れることができたんです。
それで生でチェコが優勝する瞬間を観て、感動し、自分もやりたいと考えるようになりました。でもスキーとアイスホッケー、両方ウインタースポーツなので両立はできません。私は迷わずアイスホッケーを選択しました。それで今まで何でも一緒にやってきた兄と同じ時期に2人でアイスホッケーを始めることになります。
うちは何をするにも“やるなら世界一を目指す”という方針の家でした。これはスキーの時から変わらず、今回のアイスホッケーの場合も同様で、家族で世界一の国・チェコに移住することになりました。
しかし、チェコでは女子がアイスホッケーをやっているケースは少なく、レベルも高くありませんでした。それで高校からはカナダに留学に行き、そのまま現地の大学でも4年間プレーを続け、(この前にアメリカのNCAAのDIV.1の大学からまずリクルートされ1年プレーしてます)卒業後にフィンランドのチームからお誘いがあって、今に至ります。
今所属しているフィンランドのチームは女子のトップリーグに属しており、私は助っ人という形で入っています。スポンサーにも付いてもらっているので、いろいろなサポートがある状態です。そうでない選手はプロリーグではないので、いわゆるクラブチームと同じように活動費を払い、各々仕事や学業をしながら選手を続けています。
――ゴールテンダー(ゴールキーパー)というポジションを選んだ理由は?
長野五輪の決勝戦はチェコがロシアに1-0で勝ち、金メダルを獲得しています。特にハシェック選手の活躍が光り、あんなにゴールテンダーが試合を左右するのかと思い、自分もそのポジションをやりたいと考えました。
――桐渕さんが今まで競技で一番嬉しかったことを教えてください。
自分がプレーしている時に試合で結果が残せたり、うまくなっている感覚を感じたりすることができた時は嬉しいですよね。
あとは私が長野五輪のチェコ代表から受けたように、自分も誰かに影響を与えられる選手になりたいと思っています。今は子供に教えることもあるのですが、その子達が試合を観に来てくれたり、私の写真を家で飾ってくれているなんて話を聞いたりしたら、めっちゃ嬉しいです!
――逆に辛かったことは何ですか?
辛いことはよくありますよ。試合で負ければ辛いですし、悔しいですから。
でも特に今年は辛かったかもしれません。私自身、一生懸命プレーはしていますし、調子も良い方なのですが、それが結果に結び付いてきていないんです。今季はタフなシーズンでした。
――よくビデオでプレーの分析をしているそうですが、それは相手チームではなく、自分の映像を見るんですか?
そうですね。自分のスキル面でのミスを見つけ、分析し、練習で改善に取り組んでいます。
――アイスホッケーの魅力はどこにあると思いますか?
まずはスピード感があって、展開が速いこと。プレー側としてもそれは面白いです。そして、スピードを含めた様々なスポーツの要素がアイスホッケーには詰まっていると思いますよ。
――昨年の夏には日本代表合宿にも招集されています。代表に入って感じたことはありますか。
カナダの大学に在学中にユニバーシアード日本代表として世界選手権にも呼ばれたことはあったんですけど、その時と比べてみても日本のレベルは上がっていると感じました。
反面、今の日本に足りない部分も見えてきました。日本人は真面目であるがゆえに、指示されたシステム通りにプレーをします。でも実際の試合ではその局面に応じて、自分達の知識を活かし、アジャストしてプレーすることが求められます。そこの力がまだ日本人には足りないのかな、とは思いました。逆に言えばそこはもっと伸びしろがあるということにもなりますね。
あとはもっとガツガツ行ってほしいです。むやみに乱暴なプレーをするべきだとは思いませんが日本人の性格は優しすぎるところはあると思います。
一方で外国人はラフ過ぎて困ることもありますが、そこをうまく活かして、自分のメンタリティをベストな状態まで持ってくることを彼らはしています。そこは日本人も見習うべきところだと思います。
――桐渕さんは試合前に緊張するタイプですか?
基本的にはしないですね。大学時代にはメンタルコーチに付いてもらっていて、ベストなパフォーマンスを出せる自分の精神状態を見つけ、そこまで持っていけるようにルーティーンを組んで行っています。
試合前に聞く音楽やビデオ、話し相手、スティックテープをどのタイミングで巻くか、など細かい部分に分かれた内容のルーティーンを持っています。ちなみに私はそこまでテンションは上げず、いつも通りという感じで試合に臨みます。
最近の試合前はFUNKY MONKEY BABYSの「悲しみなんて笑い飛ばせ」を聴いています。曲の歌詞の中に好きなフレーズがあって、そこまでは必ず聴きますね。
――海外生活で困ったことはありますか?
たまたま私は語学の才能だけには恵まれていたようで、言葉に関してはどこでも割と早く話せるようになりましたし、性格も1人が寂しいと思うタイプではないので、家族と離れていても特に問題はなかったです。こちらで手に入るもので日本食を作ったりもしていましたし、料理自体も好きなので食べ物に関しても苦労はなかったです。それでもやはり日本の方が食に関しては恵まれているとは思いますよ。魚介類も簡単に手に入りますし。
競技を始めるきっかけとなった五輪の舞台へ
――桐渕さんの今後の目標を教えてください。
五輪をきっかけにアイスホッケーを始めたので、自分もその舞台に行きたいです。それを必ず実現させてからキャリアを終わらせたいと思います。そのプロセスの中でより多くの人に影響を与え続け、世界でトップのゴールテンダーになりたいです。
――ありがとうございます。競技面から少し離れて、桐渕さんのプライベート面についてもお聞きしていきます。オフの時間にやっている趣味はありますか?
私、トレーニングが好きなんです。だから大抵自主トレしています(笑)あとは栄養学の勉強をしたり、自分の映像分析をしたり…アイスホッケーに関わることばかりやっていますね。
――シーズンが終わると日本にも来るとお聞きしました。
そうですね。祖父母が日本にいて、特に祖母は介護が必要なので、たまに戻った時には孝行したいと思っています。
――ブログの一問一答に「嫌いな食べ物:冷凍にんじん」とありましたが、それはどういうことですか(笑)
冷凍食品でミックスベジタブルというのがあるんですけど、分かりますか? あの中に入っているにんじんだけがとにかくダメなんですよ。スポンジっぽくなるあの食感と味の変化が許せなくて絶対に無理です!普通に煮物に入っていたりする分には大丈夫です。それ以外は基本的に何でも食べます。
――逆に好きな食べ物は?
やっぱり日本食になりますかね。おでんや豚の角煮、ナスの揚げ浸しなどが好きです。でも脂っこくなってしまうんですよね。本当はお酒も好きなんですけど、あまり飲まないようにしています。
――大切にしている言葉はありますか。
私は元々運動神経が鈍く、才能には恵まれていなかったので、今までひたすら努力してきました。なので、“努力は裏切らない(Hard work pays off)”です。
――桐渕さんには恩師と呼べる方がいるそうですね。
若林弘紀さんという方で、今はNHLのアリゾナ・フェニックスのジュニアチームのコーチを務めています。元々は大阪の人で、たまに日本でクリニックを開いたりもしています。
私の母と若林さんがたまたま知り合いで、チェコに来るというタイミングで練習を約1ヶ月間見てもらえることになって以来の繋がりです。
――最後に読者の方にメッセージをお願いします。
スポーツを通してみんなに夢を持ってほしいです。同時にスポーツは人を成長させてくれますし、学べることがたくさんあります。だからより多くの人に関わってほしいですし、それがアイスホッケーだったらさらに嬉しいですね。