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6万枚の告知物配布、TikTok毎日更新...サンフレッチェ広島レジーナが示した「女子スポーツで2万人集客」の方程式

2025.06.05 / AZrena編集部

2025年3月8日、広島のエディオンピースウイング広島で開催されたWEリーグ戦で、サンフレッチェ広島レジーナが前代未聞の快挙を成し遂げた。「自由すぎる女王の大祭典」と銘打った1万人の集客施策を3ヶ月超続けてきた結果、目標を大幅に上回る2万156人がスタジアムに詰めかけたのだ。日本の女子スポーツ界において5桁の観客動員は極めて珍しく、まさに歴史的瞬間となった。これは、WEリーグの単独開催における歴代最高の観客数※ である。

※5月6日に国立競技場で行われたWEリーグのジェフユナイテッド市原・千葉レディース対大宮アルディージャVENTUSの試合でWEリーグ史上最多となる2万6605人が集まったが、Jリーグとの同時開催だったため

この成功の裏には、マーケティング担当者と選手が一体となって展開した緻密な戦略があった。「自由すぎる女王」というキーワードの設定、選手による6万枚のチラシ配布、毎日途切れることのないSNS発信、チケット販売のロードマップづくり...。結果として全体の8割を有料チケットで構成した。単発のイベントに終わらせず、持続可能な集客基盤の構築を目指した取り組みは、スポーツマーケティングの新たな可能性を示している。プロジェクトを牽引した石井奏大氏に、成功までの道のりを聞いた。

諦めムードを打破した「1万人」という明確な目標設定

――このプロジェクトはどのような経緯でスタートしたのでしょうか。

石井: 2024年の夏頃にクリエイティブ制作会社と話していた中で、「1万人集めよう」という話が出ました。その後9月に入って選手と率直な意見交換を行ったところ、選手たちにも「お客さんにもっと来てほしい」「レジーナをもっと残していきたい」という強い思いがあることが分かったんです。

そこから本格的に1万人プロジェクトを開始しようと決めました。とにかくレジーナを認知させたい、盛り上げたい。何か強いインパクトを作りたいという思いで、1万人という明確な目標を設定したんです。そこから選手への落とし込みを開始し、「なぜ1万人を目指すのか」「レジーナはどういうチームなのか」といったことを、キャプテンと副キャプテンを中心に認識を合わせていく作業を進めました。

――石井さんはこれまでレジーナの担当をされていたのですか?

石井: 男女両チームのチケッティングやプロモーション全体を担当していましたが、今回プロジェクトリーダーに任命されるまで、女子チームの練習場に行ったことすらありませんでした。選手と会話したこともなく、まずは練習場に通い始めて、選手の雰囲気や性格を把握するところからスタートしたんです。

話し合いを重ねる中で、選手たちは「もっと見てほしい」という思いを強く持っていることが分かりました。女子サッカーが日本でなかなか人気が出ないことに対する課題感も強く、認知が足りないという問題意識をみんなが共有していました。ただ、どうしたらいいのか分からない空気感もありました。そこを変えていくことが重要だったんです。

――女子チームの現場には、ある種の諦めムードのようなものはあったのでしょうか。

石井: 以前のスタジアム(広島広域公園第一球技場)でプレーしていた時期は確かにありましたね。「頑張ってもそんなに認知度や人気は上がらないだろう」という雰囲気はありました。アクセスも良くなく、1,000人入れば良いレベルでしたから。ただ、街なかにスタジアムができたことで希望が見えてきたんです。

アクセスも良くなり、潜在的なファンがいることが分かってきました。前のスタジアムにはコアファンしか来ていませんでしたが、場所が良くなって多くの人が来やすくなった。男子の試合チケットが取れないから女子の試合を見に行こうという人も現れ始めました。「女子も面白い」「選手が親しみやすい」という評価も広がっていきました。

広島県には何百万人もの人口がいる中で、これまで数千人しか来場していなかったので、可能性は十分にあると感じていました。

「自由すぎる女王」──チームアイデンティティの明文化

――1万人を目指すと選手に伝えた時の反応はいかがでしたか?

石井: 最初はみんな「え、いけるの?」という反応でした。単純に普段の3倍の人数を集めることになりますから。前年度の最終戦で6,305人を集めたのですが、それも相当頑張った結果だったので、そこからさらに4,000人増やすのかという不安はあったと思います。

ただ、最終的に選手たちは「やるならやろう」という前向きな姿勢で、良い意味で軽い感じで取り組んでくれました。

――「自由すぎる女王」というキーワードはどこから生まれたのですか?

石井: レジーナはどういうチームかと聞かれても、私たちも選手も明確に答えられない状況でした。このプロジェクトをきっかけに「レジーナはこういうチームです」と言えるキーワードを作ることが重要だと考えました。

レジーナの選手は個性が強く、その個性が非常に輝いています。自由なプレースタイルが個性と魅力を生んでいる。それに「レジーナ」本来の意味である「女王」を合わせて「自由すぎる女王」というテーマ・キャラクターでアピールしていこうと提案しました。選手たちも「めっちゃいいですね」と、非常にしっくりきてくれました。

――ビジネスサイドのプロモーション協力依頼に現場サイドが難色を示すことはよく聞きますが、理解を得るのは大変でしたか?

石井: 現場サイドとは相当話し合いました。多少の議論にはなりましたが、最終的にはレジーナの歴史を作るため、今後のためにもこの活動が必要だという思いをしっかりと伝え、理解してもらいました。

シンプルに1万人という数字は、これまで達成したことのない数字です。これを達成すれば選手にとっても成功体験になり、キャリア的にもプラスになる。それによって話題性ができて、お客さんも入ってくるようになる。これを起点にしてチームが強くなれば、お客さんが増えていく良いサイクルが描けるという話をしました。

チケット販売は、最初の3日間が勝負

――12月の告知動画はかなり凝った作りでしたね。

石井: 選手から素材をたくさん集めて、アーセナルなど海外クラブを参考にした動画を作りたいと相談しました。選手にイメージを見せて「こういうのを作りたい!」と伝え、プライベートも含めた写真を提供してもらいました。

――告知開始から試合当日まで、どのようなタイムラインで進めたのですか?

石井: 告知開始が12月1日で、チケット販売開始が2月8日。この2ヶ月間は、ほぼ毎日何らかの話題を提供し続けました。何もやらなければ忘れられてしまいますから。とにかく話題を作り、認知を取る。情報を一気に出さずに小出しにして、お客さんが情報に触れない日を作らないよう意識しました。空白期間を作らないことを強く意識したんです。

また、2月8、9、10日の3日間でチケットをある程度売って、1万人を確定させたいと考えていました。

――その開始3日間にこだわった理由は?

石井: 感覚的なものですが、その3日で売れなかったら終わりだなと思っていました。初日が会員先行、2日目が一般先行、3日目で誰でも買える状態になります。男子も同じ形で3日間で売り切れるのを見てきたので、最初の3日が重要だと判断しました。

この3日間の売上と、試合日までの期間、そして事前にパートナー企業や地域団体への案内、社員が連れてくる人などを合わせて、最終的にどれくらいになるかは計算していました。

地上戦の重要性──6万枚の手配りと団体営業

――団体や企業への営業はどの程度見込んでいたのですか?

石井: 団体営業で1,000人くらいと予想していました。ただ、実際は4,000〜5,000人くらい申し込みがあると担当から報告を受けた時に、「結構手応えがある」と感じました。広島市の特定区民向けに案内を送ったり、パートナー企業や労働組合にも精力的に案内した結果、5,000に到達したことも大きかったです。そうなると、初動3日で3,000枚が売れれば、残り2,000枚は自然に積み上げられると。

重要だったのは、しっかりとお金を払って来てもらうことです。結果的に無料招待は全体の2割程度に抑えました。「無料招待でしょ」と思われたくなかったし、無料で来る人はリピーターになりにくい。わずかでもお金を払って"購買体験"をしてもらった上でファンになってほしかったんです。

――選手個人のSNS発信も非常に積極的でしたが、指示されたのですか?

石井: 強制はしていませんが、できる限りやってほしいとは伝えました。ただ、これは選手主体で積極的に取り組んでくれたので本当に助かりました。TikTok運営チームのリーダーである瀧澤千聖選手が中心になって周りを巻き込んでくれて、彼女には非常に感謝しています。

選手たちは楽しんで取り組んでくれていました。極端な話、集客はどうでもいいから自分たちが楽しんでやろうという気持ちで取り組んでくれて、結果としてそれが良かったのかなと思います。

▼選手たちの取り組み迫ったインタビューはこちら
「レジーナを知ってほしい」一心で。2万人の大観衆を呼んだ選手主導プロジェクトの裏側【左山桃子×瀧澤千聖×古賀花野】
https://www.beautynation.jp/interview-regina/

――とはいえSNSでは限界があるかなと。地上戦も重要だったのではないでしょうか。

石井: それがなかったら絶対に達成できなかったですね。選手総動員で企業を回りました。ハガキサイズのクーポン付き告知物を作って、選手のキャッチコピーを載せて、選手3人ずつで9種類ほど作成。自分の分を自分で配ってもらい、「私が出るから来てください」と直接伝える。これで6万枚配りました。

既存のスポンサー企業や学校が配布先でした。マツダさんの工場では、勤務している方の退勤時に待って告知物を配ったり、小学校では放課後に配ったり。出張授業でフットベースボールに参加した際にも告知しました。

――中嶋淑乃選手や上野真実選手ら現役なでしこジャパンの選手もいましたが、そこは押し出さなかったのですか?

石井: 意外とそこは関係なかったというのが正直なところです。本人たちも特にそこをアピールしていませんでしたし、クラブとしても押し出しませんでした。とにかく全員で、レジーナの選手一人一人の個性を知ってもらおうと考えていました。

――こういった配布活動は練習後にやるのですよね。選手の体への負担も相当あったのかなと。

石井:皇后杯で負けた後の1、2月がフリーな時期だったので、現場も「今は試合もないから」と協力してくれました。毎日3人ぐらいがどこかしらへ訪問して告知物を配る。3チーム合計9人が配りに行くということもありました。車で1時間かけて行くこともありましたね。

成功体験が生み出した選手の意識変化

――選手にとってこのような経験は非常に価値があるのではないでしょうか?

石井: どんな経験でも成功体験があれば、今後のやる気につながります。プレーだけでなく集客という面でも、自分が貢献して1万人達成に関われたと言えますからね。プロジェクト終了後も、選手から「こんなことをしたい」と自発的に提案してくるようになりました。意識が変わったんです。

――特に効果的だった施策は何でしょうか。

石井: 1万人来場者へのハッピのプレゼントは良かったですね。それを一番最初に発表したのですが、SNSでの反応が非常に良くてバズりました。「女子で本気で1万人を集めようとしている」というクラブの本気度が伝わったのかなと。また、ゲストを呼んだのも大きかったです。なでしこJAPANのレジェンド選手をはじめ多くのゲストを呼びましたが、そういう人たちが来るという事実を作ることで、すごいイベントになるというイメージをお客さんに与えられました。

――こういったイベントでゲスト目当てで来る人はどの程度いるのかと、気になっています。

石井: ゲストを見るために来るという人は、正直あまりいなかったと思います。ただ、そういう人たちが来るという事実によって、本当にすごいイベントになるんだというイメージを与える効果がありました。

あとは緻密にスケジュールを練ったことも大きかったです。どういう順番で情報を出すかは相当考えました。ハッピを一番に発表したのは、一番バズりそうだったからです(笑)。これは完全に感覚ですね。

――日々、プレッシャーとの戦いだったのではないでしょうか。

石井: ずっとありました。常に隣り合わせでしたね。ただ、徐々に不安も取り除かれていきました。団体営業で1,000人くらいと予想していたものが、実際は販売開始3日で3,000枚ほど売れて、選手には「8,500人は売れている」と伝えました。選手もかなり喜んで盛り上がっていました。目標にはあと1,500人足りないんですけど(笑)ただ、「レジーナ史上一番人が入るのは間違いない」と。選手もSNSの反応から、1万人はいけると思っていたようです

――そこから最終的に1万2,000人を積み上げるのは、凄いですよね。

石井: 途中経過を見ても、普段は1日50枚程度の売上が、200〜300枚が普通に売れていました。急激な伸びはありませんでしたが、日々の積み上げ数が普段より多い状態が続きました。これは情報発信を切らさなかったからだと思います。

――チケット発売から試合まで、最後の1ヶ月はどのように過ごされましたか?

石井: 引き続き選手と一緒に地域に出て、SNSも継続。YouTubeなども活用しました。最後の追い込みではとにかく話題作りを意識し、チケット販売の導線を作って購入してもらう。そして、とにかく煽る。最後にコンテンツを出し続けるということですね。

「選手が頑張っている空気」が最強の集客ツール

――様々な施策の中で、最も集客に寄与したのは何だと考えますか?

石井: 「選手がやっているという空気」をちゃんと醸成できたことが、結果的には一番大きかったと思います。その活動を見る・知ることで共感や応援の心が生まれる。選手が頑張っているなら応援してあげようかなと。そういう共感が応援を生む連鎖が重要でした。

――広報活動はクラブの業務の中でもコストセンターと見られがちだと思います。ただ、この回は明確な収益貢献につながることを証明できたように感じます。

石井: そうですね。それは大きかったです。選手が自分で撮影・編集している様子をアピールしていたので、メディアにも取り上げてもらえて、ネタにもなりました。それは「自由すぎる女王」のコンセプトにも合っていたのかなと思います。これだけ発信を続けて多くの人の目に触れることは、チケット販売・集客につながると。

ーーちなみに地方都市だと地元メディアの発信がかなり影響してくると聞きますが、そこはいかがでしたか?

石井:地元メディアにもかなりお願いして、結果として好意的に見てもらえました。練習場にも撮影に来てもらい、選手同士が打ち合わせしている様子なども長時間かけて撮影・放送してもらったのですが、これも大きな効果を生んだと思います。

ーーただ当日、1つしかないゲートに2万人が集まったことで、スムーズに裁けずスタジアム外に行列ができてファンの不満が生まれキックオフに少し間に合わないお客さんもいたというトラブルがありました。

石井: シンプルに見込みを見誤りました。実は来場者数は1万5000人を見込んでいたんです。発券枚数のうち何%が実際に来場するかを考慮し、当日の天候なども踏まえて1万5000〜6000人程度と予想していました。

――思いのほか多くの方が来場されたということですね。

石井: はい。1万5000人程度ならギリギリ1ゲートでさばけるので、ハッピもそこでしか用意していませんでした。急遽もう1つゲートを開けてハッピを移動させることもできないので、そのまま1つで対応しました。2万人来場のシミュレーションができていればよかったのですが、そこは反省点ですね。

とはいえ、それだけ集まるポテンシャルが女子にもあることが分かったのは大きな収穫でした。

――日本の女子スポーツクラブで5桁を集められるチームはほぼありませんね。女子スポーツ史においてもかなり大きな出来事だったのかなと。ただ、これをどう継続し、どうファンを繋ぎ止めるかが重要ですよね。最後に、今後の展望についても聞かせてください。

石井: まさにその通りです。これ限りで終わらせないという思いは私たちにも選手にも強くあります。今回やった活動を継続的にできることをやっていくという話を選手ともしています。今回配ったハッピを次の試合に着てくる人もたくさんいますし、あの試合を見てリピーターになった人もいると思います。

今回立ち上げた「自由すぎる女王」というキャラクターをどう広めていくかが重要なのかなと。まだまだ認知されていない言葉なので、これをどう浸透させるかを考えなければなりません。

効果的だった企業や学校、地域訪問も、今までシーズン中は全然やっていませんでしたが、最低週1回でも選手と一緒に行くようにしています。そういう活動をとにかく続けていくしかないと思っています。これを続けることで、いろいろな方の「応援したい」という気持ちが生まれてくるのかなと。ここを怠ると、来場数も平気で下がってくると思います。

危機感は常にあるので、新シーズンに向けて長期的に考えていかなければなりませんし、応援・共感を呼ぶということを常にトライしていきたいと思います。