両親に反対されながら選んだ道。竹田誠志が闘うデスマッチの世界とは

2016.03.17 森 大樹

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プロレスの中で最も危険なジャンルである、デスマッチ。過激な競技だが、実際にそれをやっているレスラーはどんなことを感じ、考え、試合を行っているのだろうか。

今回は総合格闘技を経て幼少期にあこがれたデスマッチの世界へ飛び込んだ竹田誠志選手にお話を伺った。総合格闘技団体・U-FILE CAMP出身で、現在はフリーで活躍する竹田選手にその舞台裏まで大いに語ってもらった。

デスマッチ:ルールをより危険かつ過激にして行われるプロレス。蛍光灯、強化ガラス、カミソリなどの凶器を用い、それらを使用した特殊リング上で戦う。

 

両親に反対されながらも、プロレスの道を歩み続けた学生時代

 

-まず、竹田選手はいつ頃からデスマッチに興味を持ったのか聞かせてください。

中学3年生のときからです。もともとプロレスが好きだったのですが、ある日友達がレンタルビデオ屋でデスマッチの映像を見つけてきて、「エグいのあった!みんなで観ようぜ」と持ってきたんです。それが今、自分が出ている大日本プロレスのもので、スキンヘッドのおじさん達が血だらけになりながら殴り合っていて、衝撃を受けました。まだその時点では具体的な話にはなりませんでしたが、なぜか自分もやってみたいと興味を持つようになりました(笑)

 

-それまでは別のことに興味があったということですか?

中学3年まで野球をやっていました。でも才能がないことに気が付いて、その後は元々好きだったお笑いを始めることにしたんです(笑)うちの兄貴は今も役者をやっているのですが、その頃からオーディションを受けたりしていて、自分もやってみたいと思ったわけです。同級生3人と一緒にやっていたのですが、アンジャッシュさんが来ていたオーディション大会に出た時にスベって、友達が「もうやってらんねぇよ…」となって結局辞めました(笑)

それで次は何をやろうか考えていた時にデスマッチのことを思い出したんです。いろいろ調べていると大抵プロレスラーになる人は柔道やレスリングをやっていたので、まずは自分も格闘技を始めようと思い、レスリング部のある高校に進学しました。そこで国体にも出場しています。競技で大学に行く話もありましたが、デスマッチしか見えていなかったので断りました。

 

-高校卒業後は専門学校に進学していますが、それはなぜですか?

進路相談のための三者面談があったのですが、担任がたまたまプロレスマニアでした。それで「僕、デスマッチやりたいんで、大日本プロレスに就職したいです」と正直に話したら、『お前、バカじゃねぇのか?給料も安いし、親も悲しむから辞めておけ』と一蹴されました。でも最終的には熱意が伝わったようで、認めてくれたんです。

ただ、選手を辞めた時やダメだった時に困らないように資格だけは取っておくことを勧められました。だから1年間調理師免許を取るために専門学校に通うことにしたんです。元々料理をするのは好きでしたし、今も自炊しています。引退後もそういった道に進みたいと考えています。

 

-デスマッチをやりたいと言ったら、親御さんは反対しそうですね。

両親とも反対していましたね。説得するためにわざわざデスマッチの映像まで観させたことがあります。結局その時点ではとりあえず専門学校に1年間通う、ということまでしか決まりませんでしたけど。学校に通うとしても1年何もトレーニングしないままでいるわけにはいかないので、練習場所を探していたところ、U-FILE CAMPという道場を見つけたので、入ることにしました。親にはあくまで趣味ということで通していましたね。

レスリング出身ということで総合格闘技にもすんなり入っていくことができました。大会にも出るようになり、そのうち調理師学校に通いながらジムの管理をしたり、先輩の付き人をしたりするようになっていきました。

初めはDEEPの若手選手の大会に出て、そこで菊野克紀さん(総合格闘家・過去インタビューリンク)とも試合をしています。その後はパンクラスやZSTにも呼んで頂いて、出場しました。

 

-でもやはりデスマッチをやりたかったんですね。

正直初めの2年くらいはプロレスのことを半ば諦めていました。でもU-FILE CAMP内にもプロレスをやりたい人の団体・STYLE-Eとして活動している方がいました。そこに自分も誘って頂くことができ、約1年後にプロレスのデビュー戦をすることになったという流れです。

プロレスの様々な大会に出ていくうちに大日本プロレスの選手が出ている試合にも出場するようになったので、そこで自分を売り込んでいきました。そしてテストマッチを受けることになりました。

だから総合格闘技とプロレスが少し被っている時期もあります。でも両立するには限界があって、元々やりたかったプロレスに徐々にシフトしていました。

 

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痛みを厭わないデスマッチの世界

 

-デスマッチと一口に言ってもいろいろな試合方式がありますよね。竹田さんが嫌な試合方式は何ですか?

やった人にしか分からないと思うのですが…僕が嫌なのはガラスですね。強化ガラスをコーナーに2枚立て掛けて、そこに向かって相手選手を投げたりするわけです。蛍光灯は割れても破片が小さいので、切れても深い傷にはなりません。でもガラスの場合は破片が大きく、鋭利なので皮膚がえぐれるんです。だから治りも遅いですし、出血量も多いです。

あとは画鋲ですね。いくらアドレナリンが出ていて、痛みに鈍くなっているとはいえ、手や足に刺さると神経が通っているので我に戻ります(笑)

ただ、我々は感覚がマヒしているので、試合前の控え室での会話はおかしいものですよ。「今日は蛍光灯?楽だね!」みたいな感じで(笑)もう意味分かんないですよね。

 

-アドレナリンが切れた試合の後はさらに痛そうですよね。

試合でテンションが上がれば、たくさん無茶をしてしまいますよね。当然試合後はシャワーを浴びて帰るわけですが、その時が一番痛いです!熱いのも冷たいもダメなので、ぬるま湯がちょうどいいんです。しかし、会場によってはシャワーがないところもあって、そうなると団体で持参したホースを水道に繋いで、外で水浴びをするしかなくなります。それもできないところはタオルで拭くしかありません。

 

-試合の形式については事前に相談、報告があるんですか?

形式は団体が勝手に発表しています。タイトルマッチなどの特別な試合であれば、双方でどういう形式にするか提案・相談があったりするのですが、基本的には自由です。例えば蛍光灯マッチに画びょうを持参しても大丈夫です。

ちなみに試合で使用される蛍光灯は全て使用済みのものです。新しいものを使うと硬くて、割れた時に破片が粉々にならないんです。

 

-竹田さんはどんな試合形式がやりやすいですか?

テンションが上がるのはカミソリ(マッチ)ですね。こんなこと言う人はほとんどいないと思いますけど(笑)カミソリの刃だけを発砲スチロールに刺してボンドで固定します。そこに投げたりするとスパッと切れて血がたくさん出るんです。基本的に僕は血がたくさん出た方がテンション上がりますから。あとは蛍光灯も好きですね。…好きですね、というのもおかしな話ですが(笑)

ただ、僕の方からカミソリ形式を提案することはないです。というのも、アイテムにはそれぞれ特定の選手のイメージが付いているものだからです。カミソリの試合形式は僕が憧れていた(※)葛西純選手が初めて用いたものなので、自分から出すとパクっていると思われてしまいます。

同様に選手には各々のカラーがあって、僕の場合はヒールではないんですけど黒です。“気狂で痛いことが好き”というキャラクターを全面に出しています。痛いの気持ちいい、的なことです(笑)確かにテンションは上がりますね。例えば有刺鉄線ボードを用いる時は本来、刃はその下にいる選手に向けるものです。しかし、僕は意図的に覆いかぶさる自分の方に刃を向けて使ったりします(笑)蛍光灯でスピアー(タックル技の一種)をしすぎて、肩が傷だらけだったりもします。

※葛西純選手:プロレスリングFREEDOMS所属。カミソリ十字架ボードデスマッチを代名詞とし、竹田選手とも度々対戦しているが、トレーナーも務めている。

 

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-毎試合たくさん傷をつくることになると思いますが、治るまで試合をしないわけにはいきませんよね。

だいたい月に平均10試合はあるので、週に2~3試合はやることになります。地方開催の場合もあるので、そうなると1週間連続でデスマッチなんてこともあります。当然前の試合の怪我は治らないままやることになるので、絆創膏を貼ったりはします。傷口から菌が入ったら困りますからね。でもどうしても血が止まらないとか、傷口が塞がりそうにない場合以外はめったに縫うことはないです。とにかくテープで付けて、あとは時を待つという感じです(笑)でも治りきらないまま、また傷になるとケロイドのように膨れてきてしまうんですよね。

 

-傷の重症度についての医療的な判断をする人はいるのでしょうか?

基本的にはいません。大日本プロレスには一応いるんですけど、産婦人科医なんです(笑)縫うのはうまいですが、専門的ではないということです。だからだいたい自己判断です。

 

 

【後編へ続く】