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代表デビューはビーチサッカーW杯本戦!日本不動の守護神が志す、世界最優秀GKへの道

2016.10.13 / AZrena編集部

照喜名辰吾

なでしこジャパンが2011年にW杯を制したが、女子サッカーの他に日本が世界の舞台で継続的に結果を残しているサッカー競技の1つが、ビーチサッカーだ。

ビーチサッカー日本代表はAFCビーチサッカー選手権(アジア選手権)において、第1回大会から決勝に進出し続けており、優勝2回・準優勝5回。2005年から開催されているビーチサッカーW杯には8大会連続で出場している。

その種目の日本代表で正GK(ゴールキーパー)に君臨する照喜名辰吾選手が初めて日の丸を背負ったのは、2006年のブラジルW杯本番だった。

いきなりの大舞台を経験し、その後10年に渡って日本代表のゴースマウスを守り続ける男は現在、来年バハマで開催されるW杯での飛躍と、世界NO.1GKの称号を目指している。

 

W杯本戦で日本代表へ初選出される

-まずは、照喜名さんのスポーツ経歴を教えてください。

小学校から高校まで沖縄でサッカーを続け、その後も沖縄かりゆしFCというクラブチームでプレーしていました。かりゆしFCでは(※)後藤崇介選手ともチームメイトでした。

 

※後藤崇介・・・ビーチサッカーチーム・FUSION所属の日本代表。プロビーチサッカーチーム・INTER JAPAN BSオーナー。選手活動の傍らで、自身が代表を務めるTAKAサッカースクールの運営や、神奈川県川崎市のかわさき産業親善大使としても活躍している。2015AFCビーチサッカー選手権得点王。

 

-ビーチサッカー日本代表には、どのような経緯で選出されたのでしょうか?

2006年に初めてビーチサッカー全国大会が開催され、GKとして県予選に出場しました。その大会では後藤選手が所属していたビーチサッカーチーム、レキオスFCと対戦し0-1と敗れたんですが、強豪チームと良い試合ができたこともあり、そこで代表候補に呼ばれました。

残念ながらその時は候補止まりで本メンバーに選ばれることはありませんでしたが、日本代表がW杯出場のためにブラジルへ出発する数日前に、正GKだった選手が負傷したんです。もう選手たちは現地に到着していたのですが、『来られますか』と僕のところに連絡が来て、すぐにブラジルへ向かいました。その時はたまたまオフでゆっくりしていたのですが(笑) 代表初選出がW杯だったので、驚きましたね。

 

-当時はどのくらいの頻度でビーチサッカーをやっていたのでしょうか?

ビーチサッカー自体は遊びでやっていた程度でした。でもこれをきっかけに運良く代表に定着することができて、今年で10年目になります。

 

ビーチサッカー日本代表

-初めてのW杯での結果はいかがでしたか。

ベスト8に終わりました。グループリーグではアメリカ、ブラジル、ポーランドと同グループだったんですが、初戦のアメリカ戦と2戦目のブラジル戦は途中出場で、いずれも1点取られてすぐに交代という形で悔しい思いをしました。3戦目のポーランド戦も途中出場して負けてしまったのですが、得失点差で決勝トーナメント進出が決まりました。

準々決勝の相手は前回優勝国のフランスでしたが、その試合で初先発して負けはしたものの、2-3という接戦に持ち込めたんです。そこからビーチサッカーが面白くなり、サッカーを辞めて専念することに決めました。

 

-そこから現在も所属しているソーマプライア沖縄へと進んだのですね。

沖縄にはソーマプライアとレキオスの2チームがありましたが、ソーマプライアには、かりゆしFCで同僚だった(※)河原塚毅さんがいました。河原さんとはW杯でも一緒にプレーしたんですが、その時に身近で見ていて、すごさを感じていたので、彼のいるチームに行くことを決めたんです。サッカーの技術は色々な種類がありますが、その中でも僕は反射神経やスローインを得意としていたので、ビーチサッカーのGKは自分に合っていたと思いますね。

 

河原塚毅・・・サッカー選手としてアルビレックス新潟や海外でプレーした後、ビーチサッカーに転向。ビーチサッカー日本代表ではキャプテンを務めたほか、選手兼監督としても活躍した。

 

W杯で活躍を遂げ、世界最優秀GKを目指す

照喜名辰吾

-ソーマプライアは、どのようなチームですか?

一言でいえば「最先端」です。今でこそ僕しかいないですが、以前は代表選手がたくさんいたので、海外へ行って体感したことをそのまま戦術に落とし込んで使えるものは使っていました。2008年の全日本大会決勝の時にはGKの僕が何本もシュートを打っていたんですが、当時はキーパーがシュートを打つ概念がそもそもなかったですし、そういった戦術を先取りする速さは群を抜いていると思います。

チームスタイルは「走り勝つ」です。10回相手の裏に抜けて8回追いつかれたとしても、追い抜いた2回で確実に点を取るイメージですね。

 

-選手の皆さんは、仕事と並行して競技を行っているのでしょうか。

基本的に練習は朝なので、午後からは選手たちは仕事に行ったり、チームのスクールで子供達に指導をしたりしています。ソーマプライアは競技以外でチームメイトと会うことが少ないので、中には何をしているか分からない人もいます(笑)

 

-ビーチサッカーをする上で沖縄という土地柄は有利な環境ですよね。

そうですね。他の都道府県のチームは毎日練習ができる環境を持っているところも少ないですし、ビーチで練習している量は全国一だと思います。それだけに、結果を伴わせないといけないプレッシャーもありますが。

 

-ビーチサッカーの魅力を教えてください。

サッカーではありえないようなアクロバティックなプレーが一番の魅力です。あとは戦術やリズムがサッカーと異なるので、どんなにサッカーが上手い選手とプレーしても、ビーチサッカーなら勝てる自信があります。GKがシュートを決められることも魅力の一つですね。

 

-数あるサッカー競技の中で、日本が世界で結果を残せている種目であることも魅力のように思えます。

そうですね。世界一の座はなでしこジャパンに先を越されてしまいましたが、ビーチサッカーはどちらかといえば小柄な選手のほうが有利なので、日本人に合っていると思います。サッカー人口が多い国なので、もっとビーチサッカーを選ぶ子供が増えてくれると嬉しいですね。ラモス瑠偉さんが2005年に日本代表監督になったことで、知名度はだいぶ上がりましたから。

最近はサッカーを辞めてフットサルを始め、その後にビーチサッカーへ転身する選手が多いですが、最初の選択肢にビーチサッカーが入ってきても良いと思います。ビーチサッカーは相手との間合いやトリッキーなプレーが重要なので、サッカーに活かせる部分もあるんです。

 

ビーチサッカー日本代表

-来年はバハマでのW杯を控えていますが、目標はありますか?

個人的にはW杯で活躍して、GKのバロンドール(世界最優秀賞)を目指そうと思っているので、まずはその賞の候補の3名に残れるよう頑張ります。そのためにはチームとして好成績を残さないと評価されないので、できるだけ上の順位を目指したいです。

 

-照喜名選手は10年間日本代表にいますが、日の丸の重みは感じますか?

僕は重みを感じています。応援してくれる人たちがいるので勝てるだけ勝ちたいですし、最近は特に結果に対しての意識が強くなりました。

 

-競技人生の中で1番嬉しかったことを教えてください。

2010年に初めて全日本大会で優勝したことです。当時はレキオスが3連覇していて、ソーマプライアは毎回決勝で負けていたので、ようやく日本一を獲れて嬉しかったですね。

 

-反対に、一番悔しかったことは何でしょうか。

日本一になる前に、全日本大会の決勝でレキオスに4-8と敗れたことです。レキオスは有名なブラジル人選手がいるチームだったんですが、その年は日本人しかいなくて、それでも負けてしまったことは相当ショックでした。

 

生まれ育った沖縄の魅力と、“店長”や父親としての役割

ビーチサッカー日本代表

-ここからは競技以外の面について伺いたいと思います。幼少期から過ごしている沖縄の魅力を教えてください。

やはり海が綺麗なところですね。ソーマプライアが練習しているサンセットビーチは景色が良く、特に夕陽はいつ見に行っても綺麗です。街の雰囲気が暖かいところも好きですし、沖縄から出ることはないと思います。

 

-お仕事の内容について教えてください。

那覇市の国際通りという有名な繁華街で、お土産屋をやっています。もずくや海ぶどう、ジーマーミ豆腐など、沖縄の名産品を販売していますが、その中でも一番上質なものを仕入れています。僕はお店の看板のような形で店長として働いていて、結果的にビーチサッカーの宣伝もさせてもらっています。

 

-仕事と競技に加え、子育ても両立しているとお聞きしました。

1歳の男の子がいるので、休みの日は子育てに時間を費やしています。サッカーやビーチサッカーをやらせたいとは思わないですし、自分がやりたいことをやってほしいですね。

 

-最後に、読者へのメッセージをお願いします。

サッカーをしている子供にも、もっとビーチサッカーをやってもらいたいですね。ボディバランスやボールコントロールの技術が身につきますし、ビーチで練習する際にはガラスやゴミを片付けないといけないので、環境美化の意識も芽生えると思います。

そしてビーチサッカーを知らない人にはまず、実際に競技を見てほしいです。ビーチサッカーはゴールもたくさん入りますし、見ていて楽しいですよ!

照喜名辰吾