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マツダスタジアムを手がけた上林功が見る、日本の競技場が抱える課題

2018.01.26 山本 一誠

上林功氏

「実はスタジアムはもっと改善の余地があるし、もっと改造していいし、もっとスポーツとともに変化する必要があると思っています。」

(スポーツファシリティ研究所 代表 上林功)

前編では上林氏の実績の中でも最も「大物」と言っても過言ではないマツダスタジアムの建築について語っていただいた。後編となる今回は、もう少し広いテーマで、スポーツと建築というものについて語っていただく。

 

スタジアム・アリーナは土木?建築?

-最近はスタジアム・アリーナ改革によって各地で様々な動きがありますね。

スポーツ施設の設計担当者としては、以前は年に一回ある国体のコンペをいかにとるかが一大イベントでした。逆に言うとスタジアム・アリーナは滅多に設計案件として出てこなかったんです。しかし、今はBリーグが開幕したことで各地域がアリーナを欲しがっている。さらにスポーツ庁発足後、スタジアム・アリーナ改革によるガイドラインに沿ってスタジアム・アリーナを見直そうという自治体の動きによってご相談を受ける機会が増えています。

Jリーグの中でもスタジアムのあり方に関する議論が高まってきています。背景としては秋春制に移行しようという意見もある中で、これまで以上に屋根の重要性が高まっていること。さらにスタジアム・アリーナを地域の核とすべきだという議論がある中で、今のスタジアムを改修したり、新しいものを街中に作ろうとしているのが現状だと思います。

 

-それこそ秋春制の議論でスタジアムの改修という点があがりますが、それは難しいのですか?

何点か問題はあります。まずスタジアムは建築と言うにはものすごく構造が大規模で、どちらかと言うと橋やダムなどの”土木”に近いんです。土木と建築というのは例えば施工をおこなうためのスキームからして全く違います。

何が違うかと言うと、設計基準も違うし積算単価も違う。設計事務所も別途登録が必要ですし、工事の業者そのものも違います。

そうした中で、スタジアムは数ある建築の中でも珍しく、土木と建築がミックスされている建築なんです。例えばスタジアム内に球団事務所があったり、会議室があったりという面では建築ですよね。

 

-そうですね。土木という発想はありませんでした。

ところが、建築の中にものすごく大きいグラウンド・フィールドがある。あのフィールドは多くの場合“土木”の範囲として扱われます。以前、プロ球団のファーム球場の構想をおこなったことがありますが、スタンドなどの建築物とフィールドは別工事として発注を分けるので、図面や積算など別々に作ってくれと要望を頂きました。でもことはそう簡単ではありません。グラウンドの排水は建物の下を通って建築の外部に出ていくんですが、例えば排水管がここからここまでは建築工事だけど、フィールド範囲に入ると土木工事になって、値段や仕様に差が出てくるといった妙なことが起こります。縦割り行政が混在している施設というのがスタジアムの一つの特徴と言えます。

それ故に改修を行うのも非常に難しいところがあります。特に現在対象となる既存のスタジアムは、長年使われてきた古い施設が多い場合があります。昔のスタジアムの多くは土木工事で施工されてきた場合がほとんどなんです。場合によってはスタンド部分も土手を造成したうえに作られた土木構築物、みたいなこともあります。そこが未だに混在していて、整理されていないような状況なのでスタジアムの改修をより難しくしています。

 

屋根をめぐる問題は防災の観点とセット。

-スタジアム・アリーナの改修において後から屋根をかけるというのは大変なのでしょうか?

はい。特に屋内施設化する場合は大きなハードルがあります。屋根を考える上で重要なのは防災の観点です。防災基準からすると、屋内になると火災に関する規定はとても厳しくなります。そして防災基準が厳しくなることでそもそも球場が成り立たなくなるような状況があります。

 

例えば観客席は一定間隔で上下移動できる階段状の縦通路を設けているのですが、縦通路間の席数というのが屋外規定と屋内規定で全然違っていたりします。屋内施設はすぐに逃げられるようにということで席数が少ない。

ところが屋外球場は、ある程度を煙が大気中に発散するということを前提としているので、同じ幅でも座席数を屋内よりも多くできる。つまり、屋根を付けて”屋内化”するとなると逃げられる動線を確保するために縦通路がもっと必要になるのです。しかし新たに縦通路を作ろうにも邪魔なものがあったりして、そもそもそれが成立しない場合が多いです。ですから、屋根は簡単に付けられるものではありません。

その代わり、最初から将来的に屋根をつけることを見越して設計を考えているものも存在しています。

 

-なるほど。屋根と防災が密接に関わっているというのがよくわかりました。

また防災に関して言えば、日本特有の問題もあります。やはり地震が多すぎるんですよね。

一概に海外と同じようにはいかないというところがあって、具体的に言うと柱がとても太い。意識して見ていただくと分かるんですが、日本で一般的なのは60cm角だとか80cm角と言われるようなコンクリート柱ですけれど、海外の空港に行くと大きい屋根を支えている柱が日本と比べて圧倒的に細いんです。逆に言うとそれが海外では当たり前なんですよね。

 

スタジアムに話を戻すと、本来なら日本でも2階席、3階席により多くの観客が入るようにして、なおかつフィールドに近づけたいという話はあるんです。ところが、耐震性を考えると構造的に限界がある。海外と同じことを日本国内でやろうと思うと、かなり特殊な技術を入れないといけないし構造計算も大変になる。その分コストも余計にかかります。そういった意味で、日本と海外では地域特性によって作れるスタジアムが違うということです。

 

消防が強いとは言うけれど…

-再び火災の話になりますが、スタジアム内で火が使えないため、スタジアムグルメの質が落ちてしまうケースもあると聞きました。

私はスタジアム内で火が使えないこと自体が少し異常だと思います。法律上、スタジアムで火を使ってはいけないなんてことはありません。多くのスタジアムは、できるだけ内装のコストを抑えたり、耐火仕様の検討のために「絶対に火を使わない」ことを前提としたスポーツ施設として作られています。その結果、火が使えなくなるケースがあるようです。

火を使う場合、大きく分けて問題は二つあります。一つは建物の耐火性。もう一つは煙の処理です。特に、火災が起きた際に煙を処理する能力について、劇場やオフィスと比べてスタジアム・アリーナは用途規定の関係で排煙に関する法的な規制がかなり緩いです。その基準に合わせて最低限のコストで作ってしまうと、やっぱり火を使いたいと後から言っても難しい場合があります。

よく、スタジアムの改修などで消防の同意がハードルになると言われているのは、消防庁が他の行政庁と全く切り離されたところで”火災を予防する”ことに特化している点にあります。例えば所轄消防局の消防署長さんが「これでは火災を予防できない」と判断したら、市長や県知事でも覆せないんです。

 

-なかなか難しい問題ですね。火が使えるようにするのはやはり難しいのでしょうか?

私は消防と話をする機会も多いんですけど、彼らは極めてロジカルに話をします。その中でちゃんと理由を踏まえたうえで対策を講じ、話を組み立てて伝えれば相手もわかってくれるはずなのに、最初から諦めてしまっているような自治体や企業が多すぎると思っています。「消防がダメって言ってるからダメなんだよ」という声も聞く事がありますが、最初から諦めてしまうのはもったいない。

消防と話をする上では消防法や火災予防条例をはじめとする法律の知識や、スタジアムに関する知識が不可欠です。しかしそれだけではなく、そもそも消防を恐れすぎる必要はなく、ともにスタジアムを核とした地域を盛り上げていくうえで安全のプロとして頼りになる一員であるといったところをアドバイスするのもコンサルタントの役割の一つだと考えています。

 

観客の満足度を支える「臨場感」と「一体感」

-最後になりますが、上林さんの今後の目標を教えてください。

建築の歴史は文献でわかるだけでも2000年以上あると言われています。ところがスタジアムに関しては、ルーツこそ古代ギリシアやローマのコロッセオまで辿れるものの、ローマ帝国の衰退とともに“スタジアム”そのものも冬の時代を迎えたんです。中世のサッカーは基本的に町の広場で行われていてスタンドというものはありませんでしたし、現代的なスタジアムが出てくるのは19世紀後半からです。千数百年のブランクを経て、近代に入りようやく見直されてきました。

そういった意味で、スタジアムやアリーナは他の建築に比べてまだまだ歴史も浅く未成熟なビルディングタイプではないかと思います。実はスタジアムはもっと改善の余地があるし、もっと改造していいし、もっとスポーツとともに変化する必要があると思っています。

 

実際、スタジアムという分野の研究は発展途上だなと実感したこともあります。僕は大学院で博士学位を取る時に、スタジアムの観客席の構成がいかに試合観戦の満足度に影響を及ぼすかという研究をしようとしました。ところが従来の研究ではスポーツ施設が及ぼす影響は極めて小さいとの考えが一般的でした。スポーツ観戦において満足度を決定するのは試合に勝つか負けるか。そして、選手が良いパフォーマンスを見せてくれるかどうかであり、それ以外はただの添え物にすぎない、との考えでした。

 

-意外です。実際のところどうだったのでしょうか?

スタジアム・アリーナの設備環境は実際の満足度には影響を及ぼさないという海外の調査があるんです。よく、椅子にクッションを付けて豪華にしてみたり、チケットごとにシートの質を変えたりしますけど、意味がないという結論が出ているんです。

僕自身も調査してみましたが、観客席のクオリティに対する評価と、試合観戦の満足度の分布を調べると、全く関係性が見出せなかったんです。

 

-最近よく出る論調とは異なりますね。これも意外です。

そこで僕は”臨場感”とか“一体感”など評価構造を分解して調べてみました。すると「観客席がピッチに近い人ほど臨場感の評価が満足につながりやすい」。そして「観客席が後ろの人ほど一体感の評価が満足につながりやすい」という結果が出たんです。

つまり前の席の人は、臨場感が得られるから満足度が高くなる。そして後ろの席の人は、一体感が得られるから満足度が高くなる。すると主な要因は違えど満足度の数字は全体的に平たくなり、どの席でも大きな差は表れにくいというような構造が明らかになりました。一見すると“座席のエリア”と“試合観戦の満足度”は関係ないように見えますが、どんな要素が満足度に寄与しているか、という点で大いに関係があるということを今までの研究では十分に拾えていなかったわけです。

 

-なるほど。スタジアム・アリーナの観戦環境と観戦評価の関係は、まだ解明されていない部分があった訳ですね。

はい。これからも観戦環境と満足度や行動意図といったスポーツ消費者行動の関係を掘り下げていく必要があると思います。そしてそれを設計に反映していくことで、今後のスポーツ施設がより良いものになっていくと思いますし、そうした状況を作る一助になりたいというのが僕の目標ですね。