被災地を勇気づけたチームの存在。3.11を転機にスポーツの世界へ

2017.03.09 AZrena編集部

 

「全くの異業種から法人営業未経験での転職でしたが、成し遂げたいものがあり、クラブの理念に共感したからこそ突き進んでいけています」

 

NPO法人スポーツ業界おしごとラボ(通称・すごラボ)の理事長・小村大樹氏をホスト役として行われている「すごトーク」。今回のゲストはJ3・藤枝MYFCの経営企画部に務める高橋純一さんです。
東北で生まれ育った高橋さんは一橋大学を卒業後、大手企業に入社。もともとスポーツに対して強い関心を持っており、いつかはその世界で働きたいと思っていました。そんな思いを加速させたのが、2011年のある出来事。そこから縁があり、現職にたどり着きました。地域の決して大きくないクラブに身を置くことで得られるやりがいと、ビジョンとは?そして、スポーツ界で働くにあたって求められる普遍的な能力についても語って頂きました。

 

スポーツへの思いに火がついた「3.11」

私はサッカーでトッププレーヤーとして慣れ親しんできたわけではありません。中学は陸上部で高校からサッカーを始めたのですが、なかなかスタメンになることはできず、大学ではアメフト部に入部しました。ただ、その中でスポーツには非常に強い想いは持ってました。

大学卒業後は縁あって東京電力に入社しました。結果的には3年9ヶ月で今の会社である藤枝MYFCへと移るのですが、東日本大震災というのは1つ、考えが変わるきっかけになりました。私の実家は宮城県仙台市なのですが、特に大きな被害はありませんでした。しかし、被災した東北の地域の方々はたくさんいて、その状況で東北楽天ゴールデンイーグルスやベガルタ仙台がテレビ越しから被災地を勇気付けているのを見て、スポーツの力というのは非常に大きな存在だと改めて考えさせられたんです。そこから、自分も直接スポーツの世界に携わることができないかと考え始めました。

 

震災当時は電気工事店の受付をやっていました。“あの日”から電話対応もしていて、とんでもない苦情にももちろん応対させて頂きました。正直、何ヶ月かは何も考えられなかったというのが正直なところ。応対にいっぱいいっぱいでした。当時、東京電力は福島に女子サッカーチームを持っていたのですが、そのチームも当然廃部。私は会社のアメフト部にも入っていたのですが、あのときに全て無くなりました。

 

 震災から半年後の夏、2011年の8月くらいにスポーツ業界の仕事を探しているところで、偶然にも藤枝MYFCが当時、J1から数えると5部相当の東海リーグで戦っている時に、法人セールスの募集中をしており、応募をしました。静岡は縁もゆかりもない地域でしたが、代表と会って話したときにその人柄とビジョンに惹かれて「ここに行きたい!」と強く思いました。

 面接をしたときに代表のコンセプトや理念、ビジョンが非常に私の中で思い描いていたプロスポーツクラブ像と全く違っていたんです。私の中では、ベガルタや楽天が地域に密着しながら人々のコミュニティやハブになる、という考えだったのですが、その発想とはまた異なっていたんです。地域リーグというカテゴリでしたけど、この中でやっていく中で広がりが見出せるんじゃないかと思い、2012年1月に藤枝へ引っ越しました。

 

 私が入社したのはリーグに参入して4シーズン目に入るところで、東海リーグからJFLに昇格し、より法人営業を強化していくタイミングでした。私たちの大きな柱として、キッズスポーツスクール事業があります。これは私のやりたいことの一つにもつながってくるのですが、キッズスポーツスクールを全国・世界へ展開していきながら、プロスポーツクラブを全国に展開ということが構想にあるんです。

 東京にスクールパートナーというキッズスポーツスクールの本社があるのですが、サッカー、野球、チアダンスの会員が合計1万人います。現在は11都府県+ベトナムでスクールを展開しているのですが、キッズスポーツスクールを基盤にしながらプロスポーツクラブを全国に展開していき、スポーツを通じて地域をより良くしていく形を作りたいという想いがこのクラブにはあったんです。

 

チームが禁じている、レッドカードよりも処罰が重いモノとは

チームは“咲かせようスマイル つなげようスポーツ”という理念を持っているのですが、“地域を変えて日本を変える”ということを推しています。その中で行動規範というのも改めて問い直しました。最初は元Jリーガーをたくさん獲得していったのですが、当時はなかなかサッカーに対して詰めが甘い部分がありました。その中で、“茶髪・長髪・ヒゲ・ピアス禁止”というルールを決めて、かつ“走り負けないサッカー”、“子供達の模範になるようなひたむきなサッカー”というのを3年目からチームスタイルとして明確に打ち出しました。

私たちがいる静岡には清水エスパルスとジュビロ磐田があり、サッカーの質では劣ってしまう。そこだけで単純比較すると負けてしまうので、”真摯さ”というところに繋がっていったんです。子供達の模範になる、というところで見た目から入るというのはありました。

 

そして、もう1つ。審判に異議を申し立ててイエローをもらうというシーンはサッカーにおいてあると思うんですけど、私達のチームでそれをやると、チーム規約で3試合出場停止というのがあります。単純に言うと、レッドカードより重いんです。本当に、生真面目なくらいに、本当にひたむきに泥臭く、とにかく走りきって諦めない。そういうところを突き詰めています。