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セレッソ大阪とニールセンが挑む、課題多き日本のスポンサーシップの変革

2019.11.26 / 竹中 玲央奈

 

スポンサー価値の“証明”の難しさ

プロスポーツクラブが持続していくために必要な柱であるスポンサー収入。

各クラブの営業マンが商材としてこれを企業へ“売り歩く”わけだが、じつはこの世界は色々と複雑だ。

スポンサーとなった企業が取り組むものとして、ユニフォームの胸やスタジアム看板への企業ロゴ露出が挙げられる。これは多くのファンが想像しやすいものであろう。

 

ただ、例えばユニフォームの胸スポンサーが5,000万円で売られているとしても、それに見合う価値があるかの証明は難しい。かつ信用度の高い費用対効果の算出法がないという課題が存在し続けていた。

とはいえ、そういった状況の中でも「地元のクラブを応援したいから」「社会貢献、イメージアップの意味も込めて」「経営者がサッカー好きのため」というような良くも悪くも“見返りを求めない”姿勢でスポンサーとなる企業が居るのも事実であった。

 

後者はある種クラブにとって幸運な側面ではある。

しかし、経営者や方針が変わることによって“スポンサーを降りる”決断をされる可能性も多分に含まれており、この状況は持続的な関係性を築きたいクラブにとってはリスクでもあるのだ。

ニールセンスポーツ(世界的な調査会社であるニールセン傘下の、FIFAやアメリカ4大スポーツをはじめグローバルで評価基準が採用されているスポーツに特化したリサーチ&コンサルティング会社 以下「ニールセン」)はこういった課題に向き合い、日本のプロスポーツ界におけるスポンサーシップのあり方をアップデートしようと奔走している。

セレッソ大阪はニールセンとパートナーを組んで上述したような課題に取り組んでいるJクラブの1つ。今回、両者が取り組むスポンサーシップの取り組みについて、話を聞いた。

 

独自のソフトで“スポンサーの価値”を算出

「もともと費用対効果としてのエビデンスの資料の必要性であったり、スポンサー企業から強い要望があった訳ではありません。でも、広告につけられている値段の根拠は何なんだ?という疑問は常に持っていました。セレッソとして値段をつけて売る際にもそれは言えることで、100万円で売っているものが実際には500万ぐらいの価値があるかもしれない。そういった意味で僕らも値段の根拠を知らなければいけないし、スポンサー企業さんにエビデンスとしてお渡しできるもが必要だったと。そんな中、もともとニールセンさんがJリーグとパートナーを組んでいたこともありって、提携することになりました。」

こう語るのはセレッソの営業グループ長を務める猪原尚登氏。新卒で入社して以降セレッソ一筋の彼が、窓口としてニールセンとの取り組みを進めている。

セレッソ大阪とニールセンが挑む、課題多き日本のスポンサーシップの変革

広告の露出価値を換算するソフトの一画面

ニールセンは独自の基準と指標を元に、当該チームの中継映像において露出される各広告の価値を数値化するソフトを所持している。そこから定期的に各チームの広告価値を換算した資料を提供しており、セレッソにもこれが渡っている。

 

「例えば、シーズン全試合が終わった時点で民放のニュース21番組にどれだけ取り入れられ、どのチームのどの部位が最も露出されたかという資料が私達の手元に来ます。それを元に『このスポンサー企業は◯◯回露出されていて、ニールセンさんの方式だと◯◯円ぐらいの価値。それは売値よりも高いので、効果がありましたよね』という結論に持っていくことができます。ゴール裏の看板はこれだけ露出されて、ユニフォームの袖はこれだけの価値が全体的にありました、ということも記されています。」(猪原氏)

2019年シーズンでいうと、サッカーファンにとどまらず世間から注目を集めた日本代表の久保建英選手が所属していたFC東京は、彼のおかげもあって露出数が高まった。

ゆえにチームのユニフォームスポンサーの価値はそれに比例し、必然的に高くなる。

このように、この資料をベースとしてスポンサー枠の販売額の妥当性ならびにその効果というものが可視化されるのだ。ユニフォームサプライヤーならびにロゴや社名を掲載しているスポンサーに対してはこの数値をベースに説明をすることもあると猪原氏は言う。

 

ニールセンはこういった形で独自の広告価値換算の仕組みを取り入れ各スポーツクラブの営業におけるサポートの一手を担ってきてた。ただ、取り組みはこれだけではない。

看板や広告の金額の妥当性に加えて、セレッソにスポンサーをする企業としては“セレッソサポーター”に対してどれだけ自社のイメージUPができたか、そして製品やサービスの利用や購買をした層はどれだけいるのか、という点も重要になる。

 

「スポンサーさんからのニーズは、単純な“広告価値”から変化してきています。商品がたくさん売れるかどうかという販促的な部分や、ブランド力向上もそうです。

『広告価値って誰がどう作ったの?』と言われることがありますからね。最近はスポンサーさんごとで抱えているニーズが異なってきているので、それをどう答えてあげるかということを考えています。ですから、ニールセンさんにも広告価値換算以外にも関心度調査をお願いしています。スポンサーマッチを行った際に、そこに来た人がスポンサーさんに対して関心を持ったかどうかとか、スポンサーをしたことによって購買に影響したか、などですね。」

猪原氏が語るように、クラブとしてもそういったデータは欲しいもの。後々のスポンサー営業の際にとても効果的な資料になるため、ニールセンはその面のサポートも行っている。

 

“感覚値”をデータで示す必要性がある

「露出価値はスポンサーメリットを示すための説得材料として、非常にわかりやすい指標です。ただ、企業がスポンサーをする目的は、当然露出だけではなく、企業のマーケティング活動(例えば、ブランディング、ホスピタリティ、インナーマーケティング等)に活かすためでもあります。私は前職でオリンピックとJクラブそれぞれにスポンサーをしている企業にいたのですが、『スポンサーをすることの効果を、きちんとデータで示せているのだろうか』と疑問に感じていました。

 

そのような課題意識は今の立場でも大切にしています。露出価値だけではなくアクティベーションで得られる効果をデータで示すことで、企業が納得感を持ってクラブにスポンサー投資をしてくれるはずだ。スポンサー企業が自分たちのマーケティング課題に対して、スポンサーシップを活用することが有効だということをデータで示すサポートを行っています。セレッソ大阪様とも、今シーズンそのような取り組みをご一緒させていただいています」

こう語るのはニールセンでセレッソを担当している乾聡大郎氏。セレッソ大阪のスポンサーが行使する権利活用のサポートや、冠試合などの効果測定の支援を行っている。

 

セレッソ大阪のスポンサーシップアクティビティを担当する乾氏

 

セレッソのスポンサーの1つである食品メーカA社には「新商品をファンに認知させたい」という目的がありました。A社冠試合の当日、セレッソバルで新商品を販売したり、PRブースを設置し、新商品の認知獲得を目的としたアクティベーションを複数実施しました。アクティベーションの効果をデータで示すため、ニールセンはWEB上でセレッソサポーターの意識調査を行った。すると「アクティベーション参加者のなかで、『商品を買うときにスポンサー企業の商品を優先的に選ぶ』と答えた人が、非参加者と比べて13ポイント高い結果が出た」(乾氏)という。この結果は、企業の商品認知に、アクティベーションを活用することが有効だということを示す1つのデータとなります。

 

新たにユニフォームスポンサーとなったB社はセレッソのホームである長居スタジアムの近くに本社を構えているのだが、この企業についてもニールセンは調査を行った結果、興味深い成果が出た。

 

「地元企業であることに対する親近感を持っている人が多くいたこと、インタビュー中にもその場で『自分は携帯もB社さんのを使ってますよ』と見せくれる方もいました。セレッソのスポンサー企業に対して、ファンの方からのエンゲージメントが高いことを感じられる機会でした。例えば、ニールセンのスポンサーインパクト調査の結果では、スポンサーに対するイメージ10項目において、一般層よりファン層の方がスポンサーに対してポジティブな結果が出ています。

 

ファンがスポンサー企業に愛着があることは感覚的に分かるものの、それをデータで示してあげるということは今後必要となってくる。企業がスポンサー投資を決断するときに感覚では決断できないですよね。いくら『セレッソにはスポンサー企業に親密なファンが多いんですよ』と言われてもその数が実際どれぐらいあって、どのぐらいのインパクトがあるのかをデータで示していかなければいけない。そういった取り組みを今年はできたんじゃないかなと思います」(乾氏)

 

ニールセンからセレッソに渡される施策結果の資料

 

プロスポーツクラブは“活用できるもの”

冠試合の実施や試合時の商品配布などのアクティビティを行っているスポンサー企業は多い。しかし、企業としてスポンサーをする目的を明確にした上で、課題を解決するために投資をしてスポンサーシップを活用し、効果測定を実施して次のビジネスにつなげているというケースはそこまで多くないのが現状である。

 

「企業が自分たちのマーケティング課題の中から、スポーツを活用して解決できる領域と目的を設定して、その課題に取り組むためにアクティベーションを設計する。その後の評価まで検証するケースは、実は日本ではほとんどないんです。

なんとなく『スタンプラリーをやりましょう』『グッズを配りましょう』という話だけがあってそれ自体の評価はしないというのはもったいない。

企業がスポンサーシップを活用するという意識を持つことで、大きなリターンがあるということ、スポーツクラブはスポンサー企業にとって活用できるプラットフォームなんだという事例をデータで示していきたいなと思っています。」(乾氏)


試合会場ではスポンサーがブースなどを出展しアクティベーションを実施

セレッソとしてはこの取り組みをもっと発展させて営業力を強化したいと考えている。

「こういった調査から来るデータは、自分たちのポジショニングを知る上でもとても大きいです。仮に思っていたものとは異なるような、あまり良い数字や結果が出てこなかったとした場合に、『ではどうすれば良いのか』ということを考えるきっかけになります。自分たちの価値を上げるという意味でも重要ですね。

それと、資料があるとないとでは違います。社内を説得するとき、決裁をあげる時に利用できる。関心度の部分の調査は今年初めてやったのですが、これは営業ツールとして使っていきたいですね」と猪原氏は今後の思いを口にした。

 

こういったデータの蓄積ならびにスポンサーシップの考えがクラブに浸透し、彼等が実践できる環境が整えば、より多くの企業へのアプローチが可能になるだろう。

そこまで到達するにはまだ時間がかかるかもしれない。だが、“スポーツ界へ投資する理由と効果”を具体化&可視化しようとしているこういった取り組みは、スポーツ界の価値を高めるという点で考えても、非常に大きな意味がある。