アジア得点王は現役慶應生!日本女子フットサル界のホープに迫る

2016.05.13 AZrena編集部

吉林千景

フットサルの男子日本代表がW杯を逃したことは記憶に新しいが、悪いニュースばかりではない。実はJFAは女子のフットサルにも力を入れ始め、着実にレベルは上がってきている。その現状を代表する選手が吉林千景だ。彼女は昨年度のAFCアジア選手権で大会最多の7得点を記録。そして、彼女は現役の大学生。サッカーでも将来を有望視されていた選手でもあり、異色の経歴の持ち主とも言える。

 

サッカー経験を糧に、フットサルの道を歩む

 

-まず、スポーツの経歴からお伺いしていければと思うのですが、元々はサッカーをやっていたんですよね。どういった経緯でサッカーを始めたのでしょうか。

お兄ちゃんがやっていたのもあって、ボールを蹴り始めたのは4歳です。あとは水泳とピアノもやっていました。ピアノはやっていたのですが、本当にサブの立ち位置です(笑)元々千葉に住んでいて、今の町田に引っ越したのが小学校4年生の時なのですが、その頃にピアノを辞めたんです。怖い先生だったので、辞めたいと思っていました。水泳はサッカーより前からやっていたんです。すごくまじめにやっていて、バタフライと平泳ぎの選手コースに通いつつ大会にも出ていました。でも、バタフライって体を反るじゃないですか。それで腰がめちゃくちゃ痛くなって(笑)お医者さんに行ったら『サッカーか水泳か、どちらか一本にしないとダメだ』と言われて、即答でサッカーと選びました。

 

-吉林さんは日テレ・メニーナ(日テレ・ベレーザの下部組織)でやっていたと聞きましたが、フットサルに転向したのはいつごろでしょうか。

高校3年生の最初です。1番のきっかけは大学受験で、元々フットサルに興味はあったんですけど、私が進路を決めるときはなでしこジャパンがW杯で優勝する前。どうしても“女子サッカーだと将来が厳しい”というのがありました。将来を見据えたときに進学先をどうするか悩んで、最終的には大学ではサッカーをやるのではなく、受験して勉強をしたいという思いが勝りました。それで現在も通っている慶応義塾大学の総合政策学部に進学しました。そこでプレーをしながら勉強することは厳しいと思ったので、スパっとサッカーはやめたんです。

ただ、元々興味があったフットサルは練習回数が少ないこともあったので、大学に行きながらでも出来るだろうと思いました。それで、メニーナを辞めたタイミングで、今入っているVEEXというチームの前身であるファンフットサルクラブに入りました。これがフットサルに転向するきっかけです。入った理由は他にもあって、体を動かしたかった、ボールを蹴り続けたかった、知り合いがいて家から近かったというのもあります。

 

-やり始めてすぐに馴染むことが出来ましたか?

いや、1年目は受験がメインで、大学に受かるまでという中でやっていました。なので、入ったけれど週に1回練習に行けるか行けないかという感じでした。練習に行けたとしても、周りは日本トップの選手ばかりだったので、怒られて帰るという日々が続きました。馴染むまでに1年以上かかったと思います。

 

-馴染んだ後の成長は早かったですか?

そうですね。サッカーとフットサルは違いますけど、その差をちょっと理解してきてから、“サッカーをやってきた経験はフットサルにこういう風に活かせるんだ”というのを少しずつ自分の中で整理できるようになってきました。そこからは結構早く順応できたかなと思います。

 

吉林千景

 

得点力を武器にフットサル日本代表で活躍

 

-吉林選手の魅力は得点力だと思うのですが、得点を取るために心がけていることはありますか?

すごく考えてプレーをしているときほど、あまり点を取れないんですよね。例えば大事なアジアの大会において点が入った時って“考えてやっている”よりも“本能でやっている”ことが多くて、気づいたら点が入っている感じです。ただ、シュートを多く打つようにすることは心がけています。

 

-昨年のAFC女子フットサル選手権で得点王(7点)となりましたが、大会が終わりに近づくにしたがって、その地位が見えてきたと思うのですが、意識は変わってきましたか?

少しは意識していたのですが、それよりもチームとしての優勝というのが本当に大事だったので、特に決勝は得点王のことは何も考えていなかったんです。あの大会はマレーシアの選手と得点数は同点だったものの、アシスト数で負けてしまったため、盾が貰えませんでした。でも、目標として得点王というのは常に、どの大会でも狙っています。

 

-話が前後するのですが、フットサルの日本代表に選ばれるまでにかかった時間はどれくらいなのでしょうか。

始めてから1年半くらいだと思います。

 

-馴染んだと思ったら代表と。それも凄いですね。

そうかもしれませね。でも、代表に入った時にフットサル選手になりきれていたかと言われると全然、そうではなかったと思います。若さもあって、期待されて呼ばれたのかなと思います。

 

-サッカー選手時代に世代別の代表経験はあるのでしょうか。

U-17の日本代表候補ですね。U-17のW杯の大枠の候補くらいまでは入っていたのですが、本戦はいけませんでした。なので、サッカーは中途半端だったんですよ。そして改めて周りがスーパーだったんだなと。

 

-とはいえ、サッカーとフットサル両方で日の丸を背負える人もなかなかいません。

あの時にU-17W杯に行けなかったというのが大きかったかなと。行けていたらサッカーをやっていたかもしれないので…落ちてよかったという訳ではないですけど、あの時に味わった悔しさがあるから今、頑張れるというのはあります。今はフットサル日本代表に選んでもらっていますが、選出されない悔しさも私は味わったことがあるので、そういう意味ではいい経験だったかなと思います。

 

吉林千景

 

-スペインに留学しようと思った経緯を教えて下さい。

大学でフットサルを始めた時は海外に行くことなんて考えていませんでした。その時はただ”ボールを蹴りたい”としか思っていなかったんです。でも、代表に入る前の大学1年生のころ、本格的にフットサルをするようになった時に、『日本代表を目指しなよ』といろいろな人に言われるようになって、世界を考えるようになりました。

学生のうちだからできることもあるだろうとも思いました。スペインやブラジルにはフットサルの文化があるし、代表チームも強い。そういう国に行ってみたいとちょっとずつですが思うようになっていきました。

そんな時、たまたま男子の代表監督のミゲル・ロドリゴさん(当時)の友人であるスペインの指導者の方が中心となって、向こう(スペイン)で行う合宿があったんです。そこで『日本から何人か参加しないか』と声をかけてもらいました。その時はただの合宿だと思っていったんですけど、これがセレクションというか、トライアウトみたいな感じだったんです。色々な指導者が見に来ていて。それでアリカンテ大学というチームから話が来て、留学するという流れになりました。

 

-聞いた話だと、スペインでは子どもでもアマチュアの試合でも街同士の戦いですごく盛り上がって、みんなが白熱して見るそうですね。フットサルもそうなのでしょうか。

私がいたのは大学のチームだったので、そこまで地域に根付いたというものはありませんでした。ただ、地域に根付いたチームとアウェイで対戦すると、相手の応援が大きいということはありました。あとは、自分の試合ではないのですが、私の住んでいたところの近くに、ムルシアという地域があって、そこにあるエルポゾというチームが凄いんです。スペインの有名なフットサルチームなんですけど、そことバルセロナが試合をする時の応援は迫力と盛り上がりがすごくて、「文化が違うな」と思いました。

 

-それを実際に見ることで刺激を受けませんか?

そうですね。日本にいる時は映像でしか見られないスペイン代表の選手が目の前でプレーをしていて、ブラジル代表もいると。映像で見るのと現地で見るのはやっぱり違うなと思いました。

 

-とても良い経験ですよね。それで、2年目から国費留学生となったと。

そうです。それは官民共同プロジェクト“トビタテ留学ジャパン”という文科省がやっているものがあるのですが、協賛している企業が対象の学生にお金を出すという形です。対象者の中には理系に強い人とか、アジア地域を盛り上げていきたい人とか、色々な枠があるのですが、その中で私は芸術・スポーツの枠で行かせてもらいました。渡航費や生活費を自ら出さなくて良くて、補助を貰えるんです。それに加えて、留学に行く前と行った後にはセミナー形式のブラッシュアップの機会も設けてもらいました。この経験も良かったなと思っています。若いスポーツ選手というのはあまり他の分野と繋がることがあまりないなと感じていたのですが、そこで日本でも勉強でトップにいる学生達と同じ時間を共有することができて、今でも交友関係が続いています。そういう人達も、今までフットサルというスポーツに興味がなかったけど、知り合ったことで私のやるイベントにみんなで来てくれるようになりました。

 

吉林千景

 

スポーツ界にも社会全体にも貢献できるような人材に

 

-では、吉林さんが思うフットサルの魅力は。

それは…ありすぎて。サッカーをやっている時は若かったから分からかったですけど、今はフットサルをやっていて生まれる人との繋がりが楽しいんです。選手もそうですし、サポーターも。あとは全然知らなくてもフットサルを通じて知り合える人がたくさんいます。それが楽しくて嬉しいですね。

 

-日本は文武両道の選手が少ないと思います。ただ、吉林選手はしっかり勉強もされてきています。そうなったのは親御さんの影響なのか、それとも自発的になのでしょうか。

勉強しろと言われたことは今まで、一言も言われたことはないです。

 

-それこそ(※)SFCというのは、スポーツをずっとやっていたけど怪我でその道が終わってしまって、起業しようみたいな人が行ったりもすると思います。起業志向の人が多いと思うのですが、SFCを選んだ理由はどういうものだったのでしょうか。

将来を考えていろいろな大学を調べていた中で、どこも似たり寄ったりの学校が多いなと思ったんです。そこで自分は何をやりたいんだろうと考えたんです。元々私自身が弁護士だったおじいちゃんに憧れていて、自分もなりたいなと思ったことはあります。ただ、普通の弁護士にはなりたくないなと。そこで色々と調べていく中で知ったのがSFCで、法律やスポーツなど色々なものを掛けあわせて勉強できる環境がそこにはあるという風に感じました。変わった人がたくさん集まる大学だということも聞いて、面白そうだなと思ったんです。

※SFC:慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスの通称。吉林さんが通う総合政策学部もそこにある。

 

-そこからの勉強は大変じゃなかったでしょうか?

そうですね。ちんぷんかんぷんでした。一応高校時代に勉強はしていたのですが、SFCに入ったのはAO入試です。学校の成績をはじめ、色々と組み合わせた評価で、ということですね。

試験は面接と、小論文でした。志望理由書を2000字くらい書かなければいけなくて。それが小論文の代わりになるという感じです。

 

-ちなみにその小論文では何を書いたのでしょうか。

その時は日本には優れた選手が全国各地にいるのに、それを拾い出すネットワークができていないということをテーマに書きました。そういう選手のネットワークを自ら作っていきたい、という内容ですね。でも、あまり実現ができていないなと(笑)

 

-サッカーとフットサルを両方やってきた中で、今までで1番嬉しかった瞬間と辛かった瞬間を教えてください。

嬉しかった瞬間は日本で代表戦ができたことです。2013年に、最初に代々木体育館でやった時ですね。日本の選抜チームと女子日本代表が国内で初めて対戦した試合でした。外国で日本代表のユニフォームを着てプレーするのと、国内でそれを着てプレーするのではやっぱり違うなと思いました。

 

-日本国内で代表のユニフォームを着られたというのが良かったと。 いろいろな人が観てくれている中でのプレー、ということもありますもんね。

そうですね。親も1番嬉しく思っていたとは思います。サッカーをやめたときに最もショックを受けていたのは親だったので。頑張ればなでしこも目指せない位置ではないのに『あなた、サッカーしかしてこなかったのに辞めるの?』と。止められはしなかったけど、そういう風に思っていたというのは後から聞かされました。

 

-逆に、辛かったことや大変だったことはありますか?

肉体的に辛かったことはたくさんあります。メニーナのときの走りは大変でした。いちばん辛かったのは、終わりの見えないフィジカルメニューですね。それと、グラウンドの端から校歌を歌わされたときは結構キツかったです。すごい体育会系なんですよ。それまでエリート扱いされていたというのもあると思うのですが、声が出ていないと言われて、全員がグラウンドの端っこに並ばせられて校歌を歌わされました。もちろんクラブチームだから全員、校歌が違うので、それもあって印象深いです(笑)

あとは、スペインにいたときはキツかったですね。言葉はある程度話せるようになるけど、言い返せるまでの能力はなかったので。外国は自分の意見を発信して初めて、周りがようやく認めてくれるというところがありました。例えばミーティングとか試合中の話し合いで、言っていることはなんとなくわかるのだけど、思っていることは言えないから、自分のプレーを上手く出せない。その辺りがうまくいかなかったので、大変でしたね。

 

-スペインで歯痒い思いをしたことによって、帰ってきてから変わった部分はありますか?

それまでもチームメイトとうまく付き合えなかったではないですけど、“ライバル”と思ってしまっていました。それは今でも変わらないのですが、距離を置いていたんです。必要最低限しか関わらない、と。でもスペインでチームメイトと学校で出来た友達しか周りにいない環境で、みんなに助けてもらいました。なので、今は日本に帰ってきて、スペインで色々な人に助けてもらった分、自分も周りの人を助けなければなと感じています。だから私も色々な選手に声をかけたり、チームプレーの面でも周りを引っ張っていかないといけないなと思いました。

 

-サッカーやフットサルのプレーの面では最後の質問なのですが、今の目標を教えて下さい。

今の1番の目標は、監督であるオスカー(眞境名オスカー)の言うフットサルが体現できる選手になりたいというのがあります。ブラジルのフットサルを教えてくれるのですが、基本的なことしか言いません。今はスペインを始め色々なスタイルのフットサルが入ってきていて、新しい動きも入ってきているのですが、それでもオスカーは基本的なことしか言わないんです。世界大会に行ったことで私がすごく感じたのは、どう考えてもブラジルが一番強いし、基本的なプレーをしている選手が1番うまいなと。なので、オスカーの言うことを信じて、基本的なことに忠実に。あとはずる賢く、という選手になりたいなと思っています。具体的な目標というと、近々アジア大会があるかもしれないという噂があるので、もし開催されるのであれば優勝と得点王を取りたいですし、あわよくばMVPを取りたいです。

 

-ありがとうございます。ここからはプライベートの質問を聞ければと思っているのですが、好きな漫画はありますか?

ファンタジスタですね。最初のシリーズで止まっています。30回くらいは読みましたね。めっちゃ好きですよ。

 

-スポーツをしていない時の過ごし方を教えて下さい。

外に出かけるのが好きです。買い物にも行くし、図書館にもよく行きます。読むこともそうですけど、本自体が好きです。周りにおじいちゃんしかいないのですが、今では週3くらいで図書館に行っています(笑)大学の課題が多かったりもするので、スポーツ系の文献を読んだりしますし、新書も読みますね。

 

吉林千景

 

-好きな異性のタイプは ?

友達とその話をするのですが、”わからないよね”という結論になります(笑)タイプとか言っていても、実際付き合ったらそれとは違うとか。でも、何か趣味を持っている人がいいですね。あとは、あえてフットサルをやっていない人のほうが良いかなとかも思います。自分とは違う分野の人の方が、良いかもしれません。『え、フットサルって何人でやるスポーツ?』くらいのレベルが良いかもです(笑)

 

-これからスポーツに打ち込みたいという若い人、吉林さんより下の世代の人に向けて一言頂ければと思います。

小学校、中学校に通っている子達だと思いますが、もしかしたらやりたいスポーツがあっても先が見えないとか、そういう気持ちが強いかもしれません。でも、将来的に自分がどういう風になりたいかを描いて、逆算してその人生プランを作っていくと、あまり後悔はしないかなと思います。私自身も自分が将来どうなりたいかを逆算して過ごすタイプなので。今だけを見るのではなくて、もうちょっと先のことを考えて行動できたら良いのではないでしょうか。

 

吉林千景

 

-吉林さん自身は将来、どうなりたいと思っていますか?

最終的には普通に子どもがほしいとかありますけど、その前に何かスポーツに関わる仕事はしたいです。ただ、がっつりスポーツ業界で働きたいわけではないです。“スポーツ×◯◯”という世界で働きたいなと思っています。でも今はがっつり関わっているので、その中で色々と学んで、将来は違う角度から切り込んでいって、スポーツ界にも社会全体にも貢献できるような人材になりたいなと思います。