スポーツ嫌いな少女の人生を変えたのは、入院中に見た日韓W杯

2016.08.23 竹中 玲央奈

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自分でも、なんでこんなに体が動くんだろうと思いました。もともと体力もなかったですし、体育会系で育ったわけでもないのに、ほんのわずかでもチャンスがあると思ったら、それを絶対に取りに行くんです。気付いたら向かっていっていました。“構えている”だけではダメなのかなと思います。(FC岐阜 内藤実香)

 

近年、スポーツ業界への就職を夢見る人は多くなってきました。なかなか市場が広がっているとは言えませんが、求人も目にするようになったことを考えれば、現在は一昔前よりもスポーツ界に”入りやすい”時代かもしれません。とはいえ、まだまだそのルートが確立されているとは言えず、人によって入り方は様々。では、どうすれば業界に入れるのか?こういった疑問に答え出し、かつ業界人がこの世界に入るまでのストーリーを紹介する本特集も第5回を迎えました。今回紹介するのは、明治安田生命J2リーグに属するFC岐阜の職員を務める内藤実香さんです。彼女がサッカーに魅了され、現在の仕事に着くまでのストーリーは、ものすごく素敵でした。

 

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入院中に見た日本代表戦

私がこの世界を目指し始めたのは12、3歳の頃です。実は私は先天性の病気を持っていて、今こうして、サッカー界で働くことができるようになるなんて考えられないほど、小さい頃は身体もか細くて病弱でした。今は健康なのですが、根治手術も受け、運動に制限がかかっていた時もありました。小学生の頃ってスポーツが出来る子が人気者なのに、自分は運動ができないこと、遊びのドッジボールですら参加ができないことが本当に悔しくて、どんどんスポーツが嫌いになっていきました。そんな中、サッカーに目覚めたのが入院中に見た日本代表の試合でした。当時の代表で活躍していた宮本恒靖選手を見て「カッコいい!」と思って、興味を持つようになり、その後しばらくして、ガンバ大阪の試合を観るために万博(万博記念競技場)に連れていってもらえることになったんです。忘れもしない2008年の7月26日。今でも日付を覚えています(笑)

その会場で、選手のサインが入ったタオルマフラーを落としてしまったんです。そして、その一人で落し物を探し回っていた中学生の私を見て、スタッフの人が声をかけてくれました。その方は運営担当で、スーツを来た男性でした。

しかも、『もうすぐキックオフだから一緒に探そう!』と言ってくれたんです。もしそのとき『落とし物だったらインフォメーションに行けばあると思うよ』とだけ言われたら、おそらくサッカー界で働きたいと思っていなかった。

そのとき、2万人入るスタジアムの中でも、1人1人のお客さんをちゃんと見ていてくれている運営の方はカッコいいなと幼心に思いました。それが、今の仕事を目指すようになったきっかけですね。そこからは試合を見に行っても、運営スタッフばかりに目が行くようになっていました。

目標が決まった後は、JリーグだけでなくJFLやJユースの試合に足を運びました。しかし、どうすればこの世界に携わることができるのかわからないままで。そんな高校時代のある日、1つのターニングポイントがありました。

高校の体育の先生が、関東大学サッカーリーグで活躍していた方だったのですが、彼に私の将来の夢について話した時、『学連』という存在を教えてくれました。 学連とは大学サッカーリーグの運営をする組織なのですが、そこで経験を積めば、なにもしないよりはるかに夢に近づける、と確信しました。

高校卒業後は、服飾系の女子大に進学しました。入学前は、リーグに所属する大学のマネージャーの体験に行ったり、※東海学連の会議に行かせてもらって幹事になりたいと相談してみたり・・・今考えればフットワーク軽くどこでも行っていましたね(笑)その初めて参加した学連の会議で東海学連内に広報がいないということを聞き、自分としてその役職に興味があったので、組織に入ることにしました。

学連を通じて、各県のサッカー協会さんと仕事をさせていただく機会があったり、色々なパイプもできたりと、数年前の自分では想像できないほどこの世界にのめり込んでいました。

※東海学生サッカー連盟の略称。東海4県の大学サッカーリーグを運営する組織。

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大学サッカーの活動を通じて得たJクラブのインターンの機会

東海学連での仕事はとても充実していました。2年生になり、私がメインで広報をやることになり、新しいブログを立ち上げて閲覧数を追ったり、試合結果はその日中に絶対に全試合分更新したり、広報以外の仕事にも取り組みました。そういった活動が認められ、大学2年生の冬に役員の先生方から、『来年は幹事長をやってみないか』と誘われ、大学3年、4年と2年間幹事長を務めました。東海学生サッカーリーグに所属しない、外部の女子大から入ってきた人間が幹事長をやるというのは初めてだったみたいです。

ただ、大学3年の末から4年にかけては、就活の時期ということもあり、様々な葛藤がありました。大学の友人がアパレルメーカーを中心に着々と内定をもらっていく中、私自身焦りもあり、スポーツアパレルメーカーの説明会に行ったりもしました。

縁あって、サッカークラブでのインターンも経験させていただきましたが、その中で言われたのは「1回社会に出てからサッカー界に戻ってきたほうが、長く続けられるよ」ということでした。

それもあって1回社会に出ようと思っていたのですが、2014年度のデンソーカップチャレンジサッカー広島大会で東海学生選抜の主務を経験したあと、より一層サッカークラブで働きたいという想いが強くなったんです。

学連ではリーグ運営を担う組織なので公平な立場を心がけていましたが、選抜チームの主務として大会に参加したとき、自分が心から『このチームで勝ちたい』と感じることができ、“サッカー界で働くという夢を諦めたくない”という思いに拍車をかけました。

インターンに関しては学連の活動中に色々とご縁があり、複数のサッカークラブでお世話になりました。関西・関東で開催される全国大会の運営に足を運び、Jクラブのスタッフの方とお話しする機会を得ることもありました。とにかく、その“場所”までいかないとチャンスは来ないんです。常にいろいろな場所に顔を出していましたし、「インターンでもいいので一度お話を聞いていただけませんか」とその場で出会ったクラブの方に話しかけ、そこからインターンに繋がったこともありました。

FC岐阜では2度インターンを受け入れてもらい、1回目は大学3年の秋で、2回目はその1年後。クラブの地域密着という姿勢に惹かれ、そういう場所で経験を積みたいと話をしました。

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正式に働けるというお話を頂いたのはFC岐阜での2回目のインターンの後です。インターン期間の終盤に、就職について聞かれ、そこからタイミングが合ったこともあり正式に内定をいただきました。

ホームゲームの運営がやる気の源

今はまだまだ仕事を覚えることも多いのですが、主にファンクラブを担当しています。

平日は事務作業やキャンペーンの企画を練ったり、週末が近づくとホームゲームのイベント準備をしたりと、仕事内容は多岐にわたっています。

試合当日は、※ワンタッチパスの準備とファンクラブのブースでのお客様対応が主です。あと、うちのクラブではスタジアムのピッチをスタッフが作っているので、試合前日にはピッチのライン引きやスタジアムのバナー出しをやります。クラブスタッフがフル稼働で試合の準備をするのですが、だからこそ「自分たちで作り上げている」という感覚も強いですし、私はホームゲームの日が一番大好きです。それまでにどんな嫌なことがあったとしても、準備がどれだけ大変でも、その日にふっとんでしまうくらい。それくらい好きです。やる気の源は週末のホームゲームです。

※スタジアムのゲートにおいてお客様ごとの観戦履歴を自動的に記録・データベース化するJリーグが導入しているシステム

 

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ワンタッチパスの端末を設置する内藤さん

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