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女性選手が長く活躍する方法と、日本女子球界発展に必要なこと。合田智子からの提言

2016.09.22 / 森 大樹

合田智子

女子野球というとまだ馴染みがない人も多いと思うが、その中でも海外で活躍する日本人選手がいる。その1人が合田智子選手。彼女は女子野球・ソフトボール選手として今なお海外でプレーを続けている。

社会人ソフトボールを経て、発足時の女子プロ野球でプロとしてのキャリアをスタートさせた彼女はその後、アメリカ、オーストラリア、オランダなどを渡り歩いてきた。

まだ女性が選手を続けるのは難しい環境の中で、長く選手を続けてきた合田選手が様々な経験の中で感じてきたこと、そして今後の目標について、「女性」という視点を中心に伺った。

 

競技を続けるために環境を選んできた

-まず、野球を始めたきっかけから教えてください。

野球を先に始めた1つ上の幼馴染の男の子が私をキャッチボールに誘うので、それに付き合ったり、試合も毎週観に行くようになったところからです。

父親の影響で巨人戦を観戦する機会もあり、野球に囲まれた環境に自然となっていたんです。それで地元の少年野球チームでプレーし始めました。

私はいつも外で遊んでいる子供で、男の子から場所と時間と人数が書かれているケンカの決闘状をもらうようなおてんばな子でしたから、男の子ばかりのところに入ることに特に抵抗はなかったです(笑)

そのまま私は地元の中学校に進学して、部活で野球を続けようと思っていたのですが、女の子は危ないからと入部を断られてしまいました。

それで元々おてんば娘の私が道を逸れてしまうことを危惧していた父の勧めで私立の中高一貫のお嬢様学校に進学することになりました(笑)

進学した中学、高校ではソフトボールをやることになります。本当は中学では部活禁止だったのですが、私はどうしてもやりたかったので、お願いして高校の練習に混ぜてもらっていました。

高校は体育科があり、実力者が揃っていたので練習は厳しく、先生も怖かったですし、先輩から呼び出されたりすることもありました。

高校を卒業してからは東芝ソフトボール部(岩手東芝エレクトロニクス)に入ったのですが、20歳の時に廃部になってしまいました。他のところからの誘いもありましたが、正直もうソフトボールは十分やったと思えたので、一度完全に競技を辞めることにしました。でもそうしたら急激に太ってしまったんです。食べる量は変わらないのにスポーツをしなくなって、その上様々なストレスも重なり、家に引きこもるような状態になっていたからです。体重は70kgを超え、古い友達とすれ違った時に私だと気づかれなくて、さすがにまずいと思いました。

それでダイエットを始めたわけですが、その過程で関わるようになったスポーツインストラクターに興味を持つようになり、私もそちらの道を目指すことにしたんです。インストラクターの養成学校に通ったり、ピラティスの資格を取って、その後スポーツやスキーのインストラクターをしていました。

 

桑田真澄氏、合田智子

女子プロ野球時代に桑田真澄氏(左)と

第1期生として女子プロ野球入団も…退団してから感じた野球の世界の広さ。

-インストラクターとして働いていたところから、どのようにして女子プロ野球を目指すことになったのでしょうか?

女子プロ野球発足に伴い、選手テストが行われることを当時の上司から聞き、受験を薦められたんです。でもプレーヤーとして10年もブランクがあって自信はありませんでしたし、そもそも女子野球というものが存在することすら知りませんでした。

ただ、1から改めて体を作りなおすにはいい機会だと思ったので、テストに向けて毎日トレーニングや練習をすることにしたんです。テスト受験を決めてから本番までは3〜4ヶ月ほどでした。

 

-準備期間は短かったものの、ドラフトでは1巡目で指名されています。

元々肩も強く、足も速かった方でしたから。あとはキャッチボールや草野球くらいですが、野球に触れるようにしていたというのも良かったのだと思います。

ただ、女子プロ野球に入ったからこそ見えてきたものもあって、いろいろ思うところもあり、結局2年で辞めました。辞めた理由は1つではないです。

プレーヤー自体もそこで辞めようと思っていたのですが、周りの人に止められ、もう少し続けることにしました。

そして私の引退を引き止めた人からの紹介で社会人野球の名門チーム・日本生命の練習に参加することになりました。しかし、私は辞める気でいたので、初めは正直全く身が入りませんでした。

でも行ってみたら、日本生命の選手達の野球に対する姿勢やレベルの高さに驚いたんです。今まで見たことがない世界を目で見て、実際に一緒にプレーすることで体感できて、その日のうちに嫌な気持ちはどこかに行ってしまいました。

日本生命は強豪ですから練習時間も長く、とてもきついはずなのに、内面的にもプレー面においても自分が成長していると実感でき、毎日楽しくてしょうがなかったです。

周りの意識の高さに引っ張られ、私自身の成長を感じられた時に初めて、「あの時辞めなくてよかった」と思えました。

同時に自分の知らない世界がもっとあると分かったので、そこをもっと知りたいと考えるようになり、海外に興味を持つようになったわけです。

ちょうどそのタイミングでアメリカの野球アカデミーから話が来ました。

合田智子

知らなかった野球の世界の広がりを、自分の目で確かめる

-海外に出てみて、一番よかったと感じた部分はどこでしたか?

私の中でのアメリカの選手は自由で、練習しなくてもうまいというイメージでした。でも初めてアメリカの男子チームの選手を見た時にそんなことは決してないと分かりました。メジャーリーガーになりたいという気持ちを選手達は持ってやっているので意識が高いんです。

そこのチームに私も参加したのですが、宿舎は寮のようになっていて、部屋やトイレには鍵がありません。そんな環境に1人で入っていって、本当に大丈夫なのか初めは心配になりましたが、そもそも意識が高いところにあるので他の選手は私のことなんか全然気にしていないんです。様々な国籍の人がいるからか、むしろ仲間の1人として見てくれました。

もちろん初めは『女なのに何でここにいるんだ?』というリアクションもありましたが、試合でヒットを打ち、自主練習を黙々と続けていくうちに向こうから声をかけてくれるようになっていったんです。

海外だと練習時間が短いようなイメージもありますが、全体練習の時間が短く区切られているだけであとは自主練習していますし、食事に関しても気を遣い自分で調理しているんです。それまでの外国人選手のイメージが一気に覆されました。

合田智子

-様々な国でプレーされていますが、その中でも環境や選手達の意識の面で一番良かったのはどこでしょう?

もちろんアメリカの環境はいいです。でもオランダもこんなところでやっていいのかと思うくらい施設やグラウンド状況はいいです。特にクラブハウスはアメリカよりオランダの方がいいくらいですね。

オランダもスポーツ大国なので、野球やソフトボールだけでなく、他の競技のグラウンドも近くに同じような設備で綺麗に作られています。ちなみにこの前は元楽天の上園投手が隣のグラウンドでプレーしていて、わざわざ私達のところまで挨拶に来てくださりました。

もちろんリーグレベルが低くなったりすると草野球と変わらないくらいのグラウンドで、女子だと下手したら日本よりも状況が悪いところもありますが、それでも大会になればマイナーリーグで使用するような綺麗な球場で試合ができます。

一方で女子選手のトレーニングの環境は日本より全然悪いです。今の日本の選手から『環境が悪い』という不満を聞くことがありますが、海外を知っている私からすると何が不自由なのか、と思ってしまいます(笑)

 

-日本に戻ってくる予定はあるのでしょうか?

野球・ソフトボールが東京五輪から競技に復帰するので、2020年に向けて何か携わりたいと思っています。それまでに世界各国と繋がりを作っておけば、どこからか声がかかる可能性もありますし。私自身がプレーヤーであるからこそ、伝えられるものもあるとも考えています。

 

女子プロ野球

女性としての体の変化について、もっと理解してほしい

-今までプレーをしてきた中で辛かったことを教えてください。

女性としての体の変化という部分は大変でした。女性は年齢に応じてホルモンバランスが変わってくるんです。私の場合は20代後半で1度あって、30代を過ぎてまた変わってきました。

変化に対応・準備しようとする意識は働くのですが、自分の意思とは反対に作用してしまうこともあり、その一方で選手としては他の人と同じように試合や練習をこなす必要があるわけです。毎回違う自分でも見えない部分での多くの肉体的、精神的変化と対面して、その問題をどう乗り越えていけばいいのか、悩みました。

では、そういう時に他のアスリートはどのように対処しているのか。女子選手であればすごく気になると思うんです。

今後女性としての体の変化が起きる年齢に差しかかったとしても、競技を続けたいと思う選手は増えていくと思います。そういう人に向けて、私の経験を伝えていけたらいいですね。

私以上に長く現役生活を続けてきた女性アスリートもたくさんいます。クルム伊達公子さんや有森裕子さん、澤穂希さんなどの有名な方に私がインタビューさせて頂き、自分と照らしあわせてまとめたものを作ってみたいとは思っています。

あとは以前中学生の指導をしている方から、女子選手の体の変化について、どう対処していいか分からないと相談を受けたこともありました。そういう意味では女性だけでなく、女子選手を指導する男性にも知ってもらいたい問題です。そうすれば様々な誤解を解くことができるかもしれません。

特に若い女の子は体の変化について隠そうとします。だからこそ何か異変を感じた時は一声気遣ってあげるだけでも理解があると感じて、女子選手は安心できますし、それが信頼にも繋がると思います。

 

女子プロ野球

選手でいるうちにつくる、繋がりの大切さを姉が教えてくれた

-逆に嬉しかったことは?

今もそうですが、野球やソフトボールをやる上でいろいろな人と出会うことができ、繋がれたのが嬉しいです。私の知らない世界を皆さん持っていて、それを知ることができるのが楽しくて仕方ないです。

私なんか野球しか知らなかったですから、こういった出会いの中で社会勉強させてもらえるのはありがたいことです。そう思えているのは姉のおかげかもしれません。

実は姉は数年前に亡くなっています。姉もスポーツが好きで、五輪を目指して柔道をやっており、谷亮子さんともやったことがあったそうです。ただ、膝を怪我してしまい、手術をしてから壮絶なリハビリ生活に耐えていました。とにかく努力するタイプだったので、痛みに耐えるために泣きわめきながらリハビリに臨んでいたんです。しかし、最終的にはドクターストップがかかりました。

姉は突然夢への道を絶たれたことによって精神的にも肉体的にも異変が起き、結果的にそれが原因で亡くなりました。

私はそういう姉の姿を見ていたので、アスリートとしてプレーを続けながらも、万が一突然辞めざるを得なくなった時に何も残らないという状態にならないように、今のうちから次に繋がるようなことをしておこうと思っています。

 

合田智子

女性選手がもっと活躍できるように!合田智子からの提言。

-今の合田さんの目標は何ですか?

今は選手としてとにかく長くプレーを続けることですかね。日本だとだいたい30歳くらいになるとどんなにいい選手でも結婚とかして辞めていくんです。それって本当にもったいないと思います。海外では結婚しようが、子供を生もうが、自分のやりたいことをやるんです。世界一になった選手が首から金メダルを下げ、その脇に子供を抱いているような姿を見ると格好いいですし、それを支える旦那さんも素敵だな、と思います。お互いに支えあって獲った金メダルという感じがします。

私は日本の女性がそうなっても良いと思います。ただ、きっとそれができる環境になっていないんでしょうね。日本の社会が女性の結婚というのを引退させるための口実に使っていたり、そこに追い込むような方向に持っていく側面があります。『そろそろいい年齢だし、引退して結婚しないの? 』と実際に私も言われたことがありました。でもそんなの大きなお世話で、私が決めることです。

まだまだ日本はそういう面ですごく残念だと思います。これからトップを目指して競技を続けていく子供達がいる中で、そこは絶対に変えていかなければなりません。

もちろん指導者としての道もあるとは思いますが、それぞれの選手寿命を預かる立場になるわけですから、そう簡単にできることではないです。少なくともそれをやるなら指導者になるための努力をまた別にして、引き出しを多く持った状態でないとできないです。絶対そんなに甘いものじゃないと思いますから。

 

-今後日本の女子野球をより発展させていくためにはどのようなことが必要だと思いますか?

NPB球団の傘下に女子プロ野球チームを創設するというのは一時期考えていました。

あとは女性としての武器を活かすことで知名度を上げていくのも私はありだと思っています。(※)プリティ・リーグのようなユニフォームを着てプレーをすれば話題にもなって、いろいろなメディアが取り上げてくれるようになると思うんです。

海外の女子野球のレベルも上げていかないといけません。今は世界大会をやっても日本が優勝して当たり前の状態です。それだけ海外にはプレーの環境がないということですから、そこの整備をやっていく必要があります。

ニュージーランドでは次のW杯に向けて女子野球チーム発足の話が出ており、そこからコーチとして誘われたりもしています。選手兼任という選択肢もあるのですが、そうなると日本国籍を捨てなければならなくて。それはそれで面白そうではありますけど。

 

-それでは最後に女子野球の魅力と、今野球が好きで練習に取り組んでいる子供達に向けてメッセージをお願いします。

男子と比べたらスピードやパワーの面ではやはり劣りますが、そこを越えるくらいのレベルを目指してやっている人もいます。女子なりの元気さや一生懸命さというのがあって、それは魅力だと思います。

子供達はその好きな気持ちを思う存分プレーに表して、がむしゃらにやってもらいたいです。よく先のことを考えなさいといいますが、将来何が起きるか分からないですから、今を大切にしてほしいです。

合田智子