世界を旅する野球写真家が、ファインダー越しに見た中米野球の風景

2016.11.17 森 大樹

独特の野球文化の発展と野球愛を感じるキューバ

キューバのグラウンド

次に向かったのはキューバ。ここでまず目に入ったのはその特徴的な色だったという。たしかにこの上下真っ赤なユニフォームもなかなか日本では見かけない色使いだ。

ソフトボールのピッチャー

今まで見たことがないお面を着けたソフトボールのピッチャー。
社会主義で長くアメリカと国交断絶状態が続いていた影響で独自の文化が発達しているということなのだろうか。

キューバの野球場

一見静かで綺麗に見えるキューバの球場。しかし、中に入るために入口でチップを渡した門番が、早く出ていってくれとうるさかったのだとか。

キューバ

この人々は一体何をしているように見えるだろうか?
実は彼らは1日中ずっと野球の話をしている。キューバは社会主義で、労働しなくとも給与が支給されるため、働かなくなる。ここはハバナという街にある、人々が一日中野球について語り合っている、有名な場所なのだそうだ。若杉氏は迷わず飛び込み、その中にいたかろうじて英語が通じる人物を通して、日本人であることを伝えた。

「俺は日本人だ。野球のことなら俺に任せろ!といった感じで。向こうはスペイン語なので、何を言っているかよく分かりませんでしたが、言葉の中に時々“アベ”(阿部慎之助)とか、“マツザカ”(松坂大輔)とか、選手の名前が聞こえてくるのが面白くて(笑)
キューバ人からは『日本人はどうして1塁まであんなに速く走れるんだ?』と聞かれました。考えたこともない質問でしたが、僕はユーモアたっぷりに“親が忍者だから”と答えてやりました。その時の半分信じている人と、ジョークだと分かっている人の顔といったらおかしくてたまらなかったですよ(笑)」

未だに忍者がいることを信じていることは驚きだが、我々が比較的キューバが安全な国であることを知らないように、彼らもまた日本について、野球以外の情報はあまり入ってこないのかもしれない。

草野球場でスコアをつける人

草野球場でスコアをつける人物を移した一枚。

若杉さんが彼にスコアを取る理由を尋ねると返ってきたのは『好きだから』という言葉。記入を誰に頼まれたわけでもなく、その気持ちだけで書いているのだ。日本でもたまにスタンドで書いている人を見かけるが、世界でも野球の魅力の1つに“スコアをつける”という角度があることを象徴するエピソードであろう。

 

そんなキューバで若杉さんがタクシーに乗った時のことだ。
「試しに後ろから突然“マツザカ”とだけ運転手に声をかけてみたら、車が止まりました。キューバにとってマツザカは因縁の相手なんです。スペイン語は分からないと言っているのに、そこから動かなくなるほど野球の話をされました」

松坂大輔は2006、2009年のWBCでキューバと対戦して、いずれも勝ち星を挙げ、2試合通して計1失点に抑えている。その時のピッチャーを記憶しているあたり、キューバでどれだけ野球が浸透しているのかがよく分かる。

 

自分ならではの野球の切り取り方。旅はこれからも続いていく。

ベネズエラの野球ファン

どこまでも自国の応援に駆けつけるベネズエラの人々

 

若杉氏が次に入国したのはプエルトリコ。そこでここまでの旅の振り返りをした際に、あることに気づいた。

「そもそもなぜわざわざ中米の野球を観に来たのか、とふと思ったんですよ。それで振り返って気づいたのは、自分は現地の野球ファンを見に来ていたのだと。選手よりもファンの写真の方が断然多かったんです」
選手自体を撮影するいわゆるカメラマンと呼ばれる人々との違いに若杉さん自身が気づいた瞬間だった。

 

プエルトリコの都市・サンフアンでは2013年WBC第1ラウンドC組(ドミニカ共和国、プエルトリコ、ベネズエラ、スペイン)の試合が行われていた。
まず若杉さんが驚いたのはベネズエラ人の多さだった。ベネズエラは裕福な国ではなく、国民にとってプエルトリコ行きの航空券も安くはない。でも、ベネズエラ人が多かった。どうやらベネズエラ人はどこまでも野球を観に行くことで有名なのだとか。

北中米の野球観戦をする上での懸念点は無事にホテルに戻れるか、という怖さにあると若杉さんは言う。試合中も8回あたりから、落ち着きがなくなるのだとか。そして実際にプエルトリコで危険な目に遭っている。

「その日は観戦が終わった後、人の流れに沿って歩いて行きました。すると、駅には着いたのですが、そこからみんなそれぞれの車で帰っていくんです。その場に残ったのはドミニカ人、プエルトリコ人、ベネズエラ人らに自分を含め6人。そこで一緒にタクシーを拾うことになり、最後にわしが乗ろうとしたら、『お前だけはアジア人だから乗れない』と。中国人でもないし、乗せてくれと言っていたら銃を出してきてカチャ、と来まして…。慌てて、謝って車を行かせましたよ」

実はたどり着いたのは予め行かないように言われていた危険な駅だった。結局後から来た別の人間とタクシーに乗り込み、事なきを得たが、”肝を冷やす”以上の体験であった。

 

若杉氏はその後、メジャーリーグ全球団の球場を巡る旅も行っているが、それはまた別の機会に伺うことにしたい。
次の旅の目的地はドミニカを予定している。中米の野球が盛んな国の中で唯一足を踏み入れていない場所だ。既にどの球場を周るか、スケジュールも立てている。

昨シーズンオフに横浜DeNAの筒香嘉智選手がドミニカのウィンターリーグに参加し、今シーズンの飛躍に繋げている。また、2016年開幕時点のドミニカ出身のメジャーリーガーはアメリカ人に次いで2番目に多い。世界の野球を語る上で見逃せない国であることは間違いなく、若杉さんの期待も膨らむ。
そして、前回に試合を観ることができなかったキューバにももう一度行きたいという。

 

これまで若杉氏は世界の野球をまわり写真を撮影してきたが、これからはパンダの着ぐるみを着て海外をまわるそうだ。これは現地の人々と言語を超えた交流するための接点づくりと、パンダを通して、世界の野球の存在を知り、観戦に行くきっかけになればという目的がある。

カープファンの子どもたち

広島のマツダスタジアムにてカープのファンと。
LGツインズのファン

韓国・ソウルのコチョクドームにて。プレーオフに進出したLGツインズのファンと。

 

まだバスケットボールやサッカーなどと比べると野球は世界的な競技人口は少ないが、今回聞いた中米だけでも独自の文化がそれぞれの国で発展していることがお分かり頂けただろう。そして、そこから政治的な要素や国民性をも学ぶことが出来る。
そんなまだ見ぬ野球の楽しさを追い求めて、若杉雅也の旅は続く。

若杉氏は来年3月に行われる「WBC」をテーマにした展示会を2017年2月もしくは3月に東京にて開催予定。今後の詳細については若杉氏の各種SNSアカウントでご確認ください!