竹中 玲央奈

「言葉を訳す仕事は全体の0.5%」阪神タイガースの元通訳が語る、スポーツビジネスの難しさとは。

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つまり自分は片方の選手と4時まで飲んで、その5時間後にもう片方の選手と原爆ドームに行かないといけない(笑)あとは家族が球場にほぼ全試合見に来るけど、その席を手配することもしました。(株式会社RIGHT STUFF 取締役 河島徳基)


スポーツ系企業に入る過程の中には、一般的な企業の採用試験と同じように書類選考や面接などがあります。ただ、その採用の窓口を見つけるのは、常に当該企業の情報をチェックするなどしなければならず、労力がかかるものです。
そんなスポーツ界を志望する人がチェックするべき情報サイトがSPORTS JOB NETWORK。日本最大級のスポーツ求人情報を扱っています。今回はその運営を行う株式会社RIGHT STUFF取締役の河島徳基さんにお話を伺いました。前編では河島さんがスポーツ界で務めた通訳と営業という異なる2業種について語って頂きました。

トレーナーから通訳への転身

私はもともと野球をやっていて、怪我をする中でいいお医者さんに会えなかったんです。それも30年ほど前なので、今思うと非科学的トレーニングが多かった。大学は経済学部に進学したのですが、フィットネスクラブで1年生からアルバイトをして、色々とトレーニングについて勉強をし始めました。そこで立花龍司さんという、当時近鉄バファローズに所属をしていた野茂英雄選手のトレーニングを見ていた方の特集をスポーツニュースで見たんです。

そこで、アスリートにトレーニングを教える仕事があるいうことを初めて知り、調べてみると、アメリカがその分野ですごく進んでいると。当時日本にはパーソナルトレーニングという言葉もなかったのですが、調べる中で選手にトレーニングを教える仕事がアメリカにはあるということを知り、渡米を決意しました。

大学卒業後にアメリカの大学院にいって、生理学、解剖学、トレーニング理論を勉強しました。その後、アスリート専用のトレーニングジムで働いていたのですが、2年経った頃に家庭の事情で帰国をしなければならなくなったんです。そして、帰国をした後もパーソナルトレーナーを東京で続けていたのですが、ここで転機がありました。たまたま2002年に阪神タイガースで外国人選手の通訳を公募しているのを発見し、応募をしたら運良く通ったんです。

実は、最初の面接で落ちたんですけど、繰り上がりで自分が受かりました。チームは2月1日からのキャンプに入ったのですが、2月13日、急に電話がかかってきて『今からキャンプに来られないか』と言われたんです。どういうことかというと、受かった人が前の職を辞められなかったと。ただ、阪神としては今すぐにでも来てもらわないと困るから、その人を切って、次点だった自分に連絡をくれたという話だったんです。2月13日に電話がかかってきて、2月15日に飛行機でキャンプ地に近い高知空港に降り立ったのですが、窓の外も暗くなった高知空港を見て「俺はここで何をしているんだろう」と思いました (笑)

だからこそ、阪神に入れなかった人にどこかで会ってみたいなという気持ちもあります。その人が普通に前職を辞められていたら自分はここにいられなかったし、全然違う人生が待っていたわけですから。ちなみに後から聞いたのは、その時の応募には履歴書は90通ほど来て、面接をした人は6人とのことでした。

言葉を訳す仕事は全業務の中で0.5%

いざ始めてみた通訳の仕事ですが、言葉を伝える仕事に関しては0.5%くらいなんです。20%くらいのことは野球にまつわることで、残りの80%は本人と家族の世話なんですよ。外国人の方は家族を大切にしていて、家族が幸せであれば自分も幸せにプレーできるけど、逆になるとプレーできないみたいな感じがあって。それで僕らの仕事はいかに気持ちよくプレーしてもらえる環境を作るかということのほうが、ウェイトが高い。

例えば最初に外国人選手が日本に来た時は、買い物に付き合って歯磨き粉がどれなのかとか、子供の学校をどうすればよいか、とか。子供が熱を出したと夜中の12時くらいに電話がかかってきたこともありました。その場でまずトレーナーに連絡して、病院を紹介してもらって、一緒に行きましたね。深夜1時くらいに病院に行って、また明日の9時に来てくださいと言われましたよ(笑) 楽しいけど、時間的にはかなりしんどかったです。