竹中 玲央奈

日本最大級のスポーツ業界求人情報サイトはなぜ、そしてどのように出来上がったのか?

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僕は先輩トレーナーに『何を知っているかより誰を知っているかだ』という言葉を頂いたのですが、これは今も変わらないと思います。ただ、今は誰を知っているかというのもそうだし、何ができるかも求められる時代になってきていると感じています(株式会社RIGHT STUFF 取締役 河島徳基)

 

前回記事ではプロ野球球団での通訳・営業で体感したこと、痛感したスポーツビジネスの難しさについて語って頂きました。後編の今回は現在、河島さんが取締役を務める株式会社RIGHT STUFFが運営する日本最大級のスポーツ業界求人情報サービス”SPORTS JOB NETWORK”はどのようにして出来上がったのか。そしてスポーツを目指す人が持つべきマインドなどについて語って頂きました。
 

プロのビジネスパーソンをスポーツ界へ送る必要性

 

阪神を辞めたのは2005年のオフです。ちょうど球界再編があり、近鉄バファローズがなくなり、ストライキもあった。そこで世の中が「スポーツをビジネスとしてちゃんとやっていかないとまずい」というような感じになったんですよ。正確に言うと2003年以降のことです。

だけど、素人集団がスポーツビジネスをやるのは大丈夫かな?という不安もありました。そういう危機感があった中で東北楽天ゴールデンイーグルスができました。その時、楽天は営業部員の公募を行ったのですが、8,000人が応募をしてきた。8,000人の人がやりたいと思っている仕事である一方で、それをそこまでやる気のない親会社の出向の社員さんがやっている現状があると。

でも今、世の中がスポーツを、ビジネスをちゃんとやろうという気運になってきている。そういう状況を見たときに、スポーツビジネスの世界もプロの人達でやらなければダメだよね、と思ったんです。8,000人の中から面白い人達を見つけ出して積極的にスポーツ業界で働かせたほうが、業界としては面白くなる。そういう想いもあり、2005年のオフにタイガースをやめて、今の代表の福田と一緒にスポーツジョブネットワークを中心とした、スポーツに特化した人材ビジネスをやろうと決断し、起業をしました。

 

代表の福田と初めて会ったのは僕がアメリカにいたときです。大学院を卒業する際に就職活動をしていて、僕が入ったジムを受けた際に『うちに日本人がいるから電話をしてみろ』と言われて。そこで電話をした先が福田でした。福田は筑波大学の大学院でトレーニングの勉強をしていて、彼はアメフトをプレーしていました。

また、当時ジャパンエナジーというバスケットボールチームがあったのですが、彼はそこでストレングスコーチをしていたんです。アメフトをプレーしながらバスケットボールのチームを見ていたということですね。福田のいたチームにはアメリカ人選手が数人いたのですが 、そのうちの1人がアメリカに帰って、選手専用のトレーニングジムを立ち上げて、そこに福田を呼んだと。そして、そのジムの採用試験を受けようとしていた僕、という形です。だからアメリカ人コミュニティの中になぜか日本人が2人いる、という状況でした。その後は別れたのですが、阪神にいる間も色々とコミュニケーションもとっていました。

 

“誰を知っているか”というのも重要だが…

僕らは両方ともトレーナーをやっていたわけですが、その中で思ったのが“誰を知っているか”というのは非常に重要だということです。ある選手がトレーナーを探すというようになったときに、知り合いから繋がっていく。これが良いのか悪いのかは置いておいて、トレーナーという仕事はオープンになっていないわけです。人を多く知っている人がその世界で強くなっていき、技術や実力で決まらないという実情もあるんです。

だから、スポーツという仕事をもっとオープンにして、色々な人にチャレンジをしてもらえる環境を作れば、色々な人がやってきて、業界が多種多様になって活性化していくんじゃないかなと考えています。現場もフロントも全部オープンにしていき、誰でもチャレンジができて、様々なバックグラウンドを持った人が入ってくることで業界を活性化させようということで、スポーツに特化した求人情報サイトであるSPORTS JOB NETWORKを2005年に立ち上げたんです。