キーワードは「自走力」。スポーツ界で夢を叶えるキャリアのつくりかたとは

2017.12.25 山本 一誠

「自分の軸として「スポーツを通して社会課題を解決する」とか「スポーツの抱える課題を解決していく」というのがあるので、その自分の軸とスポーツタウン構想はすごくマッチしているなと思っています。それを推進しながら、自分の軸に対してもこれから答えを出して行きたいなと思います」

(DeNA 田上悦史)

2017年は、横浜DeNAベイスターズにとって19年ぶりの日本シリーズ進出を達成するなど飛躍の一年となりました。しかし、DeNAが注目を集めているのは成績だけではありません。「横浜スポーツタウン構想」の発表に始まり、その中核施設である『THE BAYS』をオープンするなど、ベイスターズは街づくりという視点から球界、ひいてはスポーツ産業に新たな風を吹かせています。

田上悦史さんは球団・ベイスターズの親会社であるDeNA本社のスポーツ事業本部社員。こうしたプロジェクトを動かしている担当者の一人です。

田上さんのキャリア形成は、常に自分を冷静に分析し、足りない部分を補うために何ができるかを考えてきた足跡がはっきりと伺えます。そのストイックな姿勢から我々が学べるところも多いのではないでしょうか。今回は、田上さんがどのように人生の選択を行なってきたのかを中心にお話を伺いました。

スポーツする側から支える側に。そして大学で学んだこと

私がDeNAに転職したのは2017年4月のこと。いずれはスポーツ界で働くことを目指していましたが、当時は、すぐに転職するとは思っていませんでした。それまではリクルートという会社で営業をしていたのですが、リクルートでのJDPという研修プログラムを経て、本当の自分が何をしたいのかというのをきちんと見つめ直し、今後どのようなキャリアを積んでいくべきなのか、何をすべきなのかを考えようと思いました。

その可能性を確かめるために色々な会社へ伺い、私がスポーツ業界で仕事をするために、今何をすべきかを明らかにするためにお話を伺っていました。そのような中で伺った会社さんの一つにDeNAがあり、今の上司とも出会い、縁あってお誘いをいただいたという流れになります。

スポーツの経歴で言うと、私は中学から高校までずっとバレーボールをやっていました。高校生の時には有り難いことに、高校では県の大会で準優勝して東海大会に出させていただいたり、県の選抜チームに選出いただいた時には、チームは大分国体で5位を経験させていただきました。

ただ、当時の選抜チームで共に戦った伏見大和選手(東レ)や白石啓丈選手(ヴォレアス北海道)の凄さを肌で感じ、練習試合で浅野博亮選手や深津英臣選手(共に全日本)がいるチームと対戦していく中で、私自身が一流選手になれないと思ってしまいました。

その時に恩師に対して「バレーボール選手になるのではなく、しっかり勉強して社会人になりたい」ということを強く言って、お話を頂戴していたスポーツ推薦を丁重にお断りさせていただき、最終的には「人生を変えてくれたスポーツや恩師に恩返しする」とビジョンを持って、立教大学コミュニティ福祉学部スポーツウエルネス学科に進学しました。

記者会見を見て感じた“矛盾”

大学では、1,2年生のときに車椅子バスケットボールの授業や福祉のリテラシー、考え方などを通して、全ての人がスポーツを通して豊かに生活を営めるかを学びました。
ところが、支える側でビジネスをやりたいという人はあまりいなかったと思います。でも、よく記者会見に出てくる人や球団代表は一流企業に所属されているビジネスマンの方です。そこに私はすごく矛盾を感じていました。

それなら自分はビジネス側に回ってスポーツに貢献したいと、大学1年生の時に思ったんです。自分の周りの他の人が選手やトレーナーになるのであれば、ビジネスサイドからサポートできる立場を目指す方が良いんじゃないかな、と。

ゼミでは、スポーツとそれを取り巻く様々な問題を社会学的に検討する、スポーツ社会学の松尾哲矢先生に師事しました。ここではスポーツが抱える課題や、社会の中でスポーツがどうあるべきか、ということを深く学びました。それらを通して、自分の軸として「スポーツを通して社会課題を解決する」あるいは「スポーツが抱える課題を解決できる」というビジネスマンに成長しないといけないのではないか、と思うようになったんです。

感銘を受けた書籍の著者の元へインターンに。

私の卒論のテーマは、総合型地域スポーツクラブ(以下、総合型)を題材にコミュニティデザインの視点で可能性を検討するというものでした。大学3年時にSports Policy for Japan(編集部注:笹川スポーツ財団が主宰する大学生のスポーツ政策立案コンテスト)という政策コンテンツに出場したのですが、総合型をテーマにして、その可能性について研究していました。そしてこの研究の中で、山崎亮さんが書かれた『コミュニティデザイン−人がつながるしくみをつくる』という本に出会います。これを読んで、間違いなくコミュニティデザインによる課題解決はスポーツが抱えている課題の解決につながると感じました。

その後、 コミュニティデザインの考え方を習得したいと思い、京都造形大学の大学院への進学も含めて山崎亮さんに会いに行きました。講演会に行って終わった後の名刺交換で、「大学院の進学も検討しており、インターンさせていただけないでしょうか」と伝えました。

そして、山崎亮さんから連絡が来て、大阪の事務所で1か月近くインターンさせていただくことが出来ました。後に卒論に登場する泉佐野丘陵緑地も直接行けましたし、そこに「パークレンジャー」という、憩いの場を作っていく市民の方々がいるのですが、その公園を創っている方々に話を聞きながら、街が創られていく過程を実感しました。

まちづくりではこれまでハードの議論がすごく多かったかなと思うのですが、山崎さんは、施設整備によるコミュニティの組成や住民参加での施設整備といったコミュニティデザインの考え方の後、ハード設備を前提としないコミュニティデザインを提起されていました。ただ建物を建てるのではなくて、人と人との関係性をデザインしていく。それが街に貢献していく、という考え方をお持ちになっています。私自身、インターンを通じて、これはスポーツにも生きてくるんじゃないかなと考えるようになりました。

その後、東京に戻る際にお世話になったstudio-Lの方に「田上くんの考え方に近いかもしれない」とソーシャルデザインプロジェクトissue+designをご紹介いただきました。筧裕介さんをはじめとする「社会課題をデザインの力で解決する」集団で、東京に戻ってからは本当にお世話になりました。この時も同じく講演会終わりに「インターンさせてください!なんでもやります!」と突撃しました(笑)。
ここではリサーチャーとして、様々な社会課題解決の親子の関係を見直した「親子健康手帳」や「コミュニティトラベルガイド」、「人口減少×デザイン」、「ストレスマウンテン」など多くのプロジェクトを担当させていただき、地域で住まう人々が抱える社会の不を解決することが、まちづくりにつながっていくことを学びました。