× AZrena編集部

レナチーニョを「5部」へ移籍させた男が描く、サッカー・移籍金ビジネスの未来

かつてJリーグ・川崎フロンターレに所属し強烈なアタッカーとしてファンに強いインパクトを残したブラジル人選手・レナチーニョが、日本に戻ってきた。Jリーグを見るものにとってはそれだけでニュース性が高いのだが、驚きなのはそのカテゴリだ。新天地として彼が選んだのはJ1やJ2ではなく、なんと関東リーグ1部のVONDS市原。なぜ、地域リーグへの決断をしたのか。今回、彼のこの移籍を実現させた代理人であり、Footbank株式会社の代表取締役である竹内一朗氏に話を伺った。今回のこの移籍の真相と、その先に描くストーリーとは。

 

レナチーニョは日本に戻りたがっていた

 

-まずは今回、レナチーニョ選手が来た経緯を教えて下さい。

僕は彼が川崎フロンターレにいた時から色々とサポートしていたんです。その後、彼が移籍をする中でも連絡は取り続けていました。彼は長いこと『日本に戻りたい』と言っていたんですよ。実はフロンターレさんを退団したのも本人の意向じゃない部分もあり、助っ人外国人選手として志半ばで退団してしまったという経緯も影響していました。今回、VONDSさんに移籍するタイミングでもブラジルのクラブから2つ、ポルトガルのクラブから1つ、ウクライナから1つ、アジアのタイのクラブからも1つ。計5つのオファーを頂いていたんです。条件は実際、それらのクラブのほうが良かったんですよね。

ただ、『日本からのオファーはないのか?』と彼に言われたんです。JリーグがDAZNさんと契約して、日本代表も安定した成績を残している。日本サッカーがこれからもう1段階上に行くというタイミングで日本に戻れるのであれば、クラブのビジョンさえあればどのカテゴリでも良いから話をくれ、という話をレナチーニョ本人からされたんです。ただ、それを話していたのが1月に入ってからでした。他のブラジルのクラブから『早く答えがほしい』『早くサインしてほしい』とも言われていて、板挟みじゃないですけどそういう感じでした。その中で、彼の気持ちが真意だというのも何年もずっと長い付き合いからわかっていたので、日本行きを手伝おうと思ったんです。

 

−VONDS市原との繋がりはどういった形があったのでしょうか?

2014年までJ3の相模原で監督をやられていた木村哲昌さんがVONDSのゼネラルマネージャーに就かれているのですが、僕がJFLのアルテ高崎でプレーをしていたときにトップチームのキャプテンをされていて、その頃から可愛がっていただいていたんです。それもあって木村さんとは常々情報交換をさせて頂いていたのですが、VONDSへ実際に足を運ぶ機会が何回かある中、施設やそれを取り巻く環境に惹かれました。もともと市原市はジェフ千葉の本拠地があったのでスタジアムが整っていて、そこにVONDS市原というトレーニング施設というハード面を持ったクラブができたと。J1のクラブとも遜色ないんじゃないか、と驚くほどの施設だったんです。木村さんとの縁があったとは言え、このクラブには上に行ってほしいと正直に思いました。

そこからVONDSとは繋がりがあったのですが、レナチーニョの話をした際『ウチに来てくれないの?』と言われまして。レナチーニョ本人もカテゴリにこだわらないと言っていたので、聞いてみたんです。クラブの施設の写真や理念を含めた資料を全部送ったのですが、クラブのビジョンについてすごく共感してくれたんです。ハード面やスタジアムが備わっていて、カテゴリを上げていく地盤が出来ていると。そこに貢献をしたいと思ってくれたんです。ちなみに施設については『これ、フロンターレよりいいんじゃないの!?』と驚いていました。彼が知っているのはフロンターレさんはクラブハウスを改修する前のものだったので(笑)。

 

 

-カテゴリに対しては全く気にしていなかったとはいえ、驚きですね。

最初は地域リーグと説明してもわからないので、「ここは5部だよ」と説明もしました。ただ、それでも『全然。行くでしょ』みたいな感じでしたね。他クラブからもっと良い話、倍以上の条件も提示されていたんですよ。僕としても彼が日本に戻りたいというのはずっと聞いていましたしその気持ちはわかったのですが、信じられなかったところはあります。ただ、彼は本気で『話をまとめてくれ』と言ってきたので、契約までまとめました。

 

−先程おっしゃっていましたが、レナチーニョが日本を出る時は本意ではなかったんですね。クラブの移籍金の問題なのでしょうか。

 タイトルも獲れなかったというのが心残りだったのかなと。フロンターレにはちょうどジュニーニョ選手やチョンテセ選手がいて良いサッカーができていたのですが、それでも勝てなかった。外国人というのは“タイトルを獲ってこその助っ人”という意識があるんですよ。彼の中でそれを達成できていないもやもや感があったようです。ブラジル人、レナチーニョだけじゃないかもしれないですけど『俺が入ってタイトル獲る』『昇格させる』という考え方を持っている人は多いですね。かつて柏レイソルにいたフランサもチームがJ2に降格しながらもそのまま残った。あの時も実は彼に色々な話があったのですが、『降格したのに移籍はできない』と。私が携わったブラジル人選手たちからはそういうメンタリティーをすごく感じましたね。

 

−レナチーニョ選手がVONDSをJの舞台まで上げていくと言うのももちろん良いと思うのですが、仮にJ1や J2のクラブからオファーが来た時にしっかりクラブに移籍金を残していくというモデルの確立をしたい、というところも考えていると聞きました。

レナチーニョは今回VONDS市原にとって初めてのプロ契約選手。つまりプロ契約選手という事は他球団から話があったときには移籍金が発生する選手になるんです。

サッカークラブの収入というと、放映権料と入場料を含めたグッズ収入、スポンサー料に加えもう一つが移籍金ビジネスというものです。スポンサー営業に関してはクラブの努力があって成り立っている部分があるんですけど、この”移籍金ビジネス”という、どういう選手を獲得してどういうサッカーをさせていくか、そしてその先に何があるのかという部分を考えるというのは非常に重要だと思うんです。ここにクラブの色が1番出るのかなとも考えています。放映権料はリーグ主導ですし、グッズもリーグ主導なところが日本にはある。移籍金ビジネスを作っていくことで、クラブとして獲得した選手の費用対効果をしっかり数字としてわかりやすく出せる。選手にお金を費やして成績も残らなかったら残るものはほとんど無いですが、成績が残らなくても個人の成績さえ評価されて他クラブから獲得されれば、収入源になる。そういうことをするクラブが出てきても良いのかなと。