新しいバスケ選手像を作りたい。岡田麻央が目指す、「かっこいい女性」像とは

2017.04.19 森 大樹

選手のセカンドキャリアと聞くと指導者や飲食店開業、あるいは再就職といった道を思い浮かべる人が多いはず。しかし、プロ野球やJリーグのトップで活躍した選手以外の引退後についてはそもそも知られる機会が少ない。

その中でバスケットボール選手の引退後の新たなキャリアを示すべく、挑戦を始めた1人の元選手に話を伺う。国内女子トップリーグ・Wリーグのトヨタ紡織で活躍した岡田麻央氏。2015-16シーズン限りで引退した彼女は現在、バスケットボールの魅力の発信はもちろんのこと、音楽やファッションを通した新たな引退後の選手像をつくるべく、タレント活動を始めている。

競技で道が拓かれていった人生。辞めてからどうするのか。

-岡田さんはいつからバスケットボールを始めたのですか?

小学4年の時に誘われて学校の部活でバスケを始めたのですが、そこがめちゃくちゃきついところだったんです。人生で一番辛い練習を聞かれたら小学生の時だと思います。とにかく走らせる、水も飲めない。それでも何故か楽しくて、辞めたいと思ったことは一度もなかったんですよね。

愛知県はバスケが盛んで、いい指導者の方とも出会えたことで、競技を続けていく中で進路もどんどん決まっていきました。トヨタ紡織に入ることすらも自分で決めたことがなかったんです(笑)

 

-そんな経歴を歩んできた中でなかなか辞める決断はできないですよね。

女子選手は一部のうまい選手を除いて、30歳前後でやめる人が多いです。私は26歳で辞めているのですが、いつまでもワクワクする人生を歩みたいと思っていて、次にやってみたいことが音楽やファッションに関わることだったので、先を考えると早い方がいいと思いました。

 

-選手を引退してからも会社で働くという選択肢はなかったのでしょうか。

少し悩みはしました。でも、心は結局決まっていました。トヨタ紡織は仕事と競技を両立させているところだったので、引退してから残れるというのもあって、それで入る選手もいるんです。だから周りには、大きい企業にいられるんだし、もったいないから会社まで辞めない方がいいよ、と言われていました。

でも私の思う幸せは、ここにいるだけじゃ掴めないと思っていました。一度きりの人生で、出来るだけ色んな経験をしたい、知らないことを知りたい、自分しかできないことを仕事にしたいという願望が強かったんです。

そうやって自分の好きなことを頑張ることが、結果的に誰かの力になっていたり、何かの役に立てていたりする。そんな仕事がしたかったんです。

現役の時は、そういう意味で本当にいい職業だと思っていました。自分の好きなことを追求できて、色んな場所へ行けて、自分のプレーを見て喜んでくれる人がいて。その感じが、私の性に合うんです。でも現役を引退して、その感覚がなくなってしまうのは嫌でした。本当に何の根拠もないんですが、私にしかできないことは必ずあるという変な使命感を勝手に感じて、愛知から東京へ出てきました。

選手が発信する重要性。まずは自らが実践する。

-選手時代と現在で考え方や意識に違いはありますか?

私がバスケットボール選手になった時はプロ意識なんて、ほとんどありませんでした。バスケが好きで、続けられるからチームに入った感じです。女子リーグの選手はそういう人も多いと思います。

でも本来はそこの意識を持って、SNSなどでいろいろ発信すべき立場にあるはずなんです。

入ってから色んな方が応援してくださって、日本のトップリーグというとてもいい環境で私はバスケが出来ているんだなと気付きはしましたが、リーグの中でも本当にトップの選手ならまだしも、自分なんかが発信して気取っていると思われるのも嫌だし、私自身も現役時代はなんか逆にカッコつけてというか、やりたいとも思っていませんでした。

まだ世間からも、選手からもそういう発信がやりやすい立ち位置にバスケがなっていないという部分もあります。

男子はBリーグもできて、変わっていっているところもあると思いますが、まだ女子はその波に乗れていないですし。

強化は女子もできていますが、メディアに出ていくようなことはあまりやれていませんよね。

だから引退した今私は発信するということを、音楽やファッションなどのバスケだけでない違う方面からもしていきたいのです。バスケは競技を好きな人しか観に来ないと感じているのですが、その一方でストリート系のファッションとも合うし、海外では音楽との繋がりも深いです。なので、そちらの方面からも私を知ってもらって、バスケに興味を持つキッカケになれたらなと。

現役の選手たちにも、もっともっと世間に自分をアピールしていって欲しいとは思いますけどね。

日本人の特性上、恥ずかしがったり、主張しないのが美学みたいなところがありますし、そもそも選手はまず自分がどれだけいいパフォーマンスが出来るかだけを考えていますから、実際そういった事を考えて行動するのは、なかなか難しいとは思います。

でも今は日本もかなり欧米化していて、自分の意見を主張したり、スポーツもエンターテイメント性を重視するように段々なって来ていると思います。そんな時代のスピード感にバスケットも置いていかれないように、むしろ本当は最先端でいって欲しいと思ってます。

そのためにと言っては少し大袈裟なんですが、自分のできることを探しに、2015—16シーズン限りで引退して、東京に出ることにしました。春に引退して、夏頃までは会社に残り、愛知から東京に通いでモデルやボイスレッスンを受けていたのですが、ちょうど家も出ないといけなくなったので、昨年の4月に東京に出てきました。