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アビスパ福岡がデータマーケティング!? プロが手掛けるファン獲得の新戦略の裏側

2017.06.14 / 河合晴香

b→dash×アビスパ福岡

昨年12月、マーケティングプラットフォーム「b→dash」の開発・提供を行う株式会社フロムスクラッチが、サッカー・明治安田生命J2リーグに所属するアビスパ福岡と提携したことを発表した。マーケティングプラットフォーム「b→dash」を活用し、アビスパ福岡のマーケティング活動を全面的にバックアップしていく、というのが今回の提携の概要である。スポーツクラブの運営に、データマーケティングがどこまで貢献していけるのか。株式会社フロムスクラッチ執行役員、及び株式会社TechJIN代表取締役を務め、本事業を担当する、東潟拓朗氏に話を伺った。

 

データマーケティングをスポーツの世界へ

 

−今回、アビスパ福岡さんと提携することになった経緯を教えてください。

昨年2016年夏頃から、「b→dash」の開発やAIをはじめとした技術研究部門およびお客様の「b→dash」利用の支援部門を備えた株式会社TechJINを設立しました。福岡市は国家戦略特区の一つとして様々な規制緩和などにより企業が進出しやすい環境が整っているため、様々なベンチャー企業も進出してきており、良い人材・良いエンジニアも集まってくると考えました。また、代表の安部が福岡出身だったということで親和性もありました。

アビスパさんとは、TechJIN設立前後に縁のあった担当者とお会いする機会があり、そこから話が広がっていったのがきっかけです。弊社の「b→dash」を活用して、データに基づくマーケティングやチーム運営ができることをお話したところ、アビスパ福岡の経営レベルの方々まで興味を持っていただけました。アビスパさんは新しいことにどんどんチャレンジするクラブであり、我々としても、データマーケティング技術を活用して、いろいろな業界を変革したいと考えていたタイミングでしたので、是非ともということで提携に至りました。

 

−結構スムーズに話が進んだのですね。では実際に、アビスパ福岡というプロサッカーチームに「b→dash」が入り込むことによって生まれる、メリットはどういう部分なのでしょうか。

データサイエンスやマーケティングをスポーツチームへ持ち込む形態は種々あります。ゲームを支える表面として監督やコーチへゲーム分析等の情報提供や、選手の補強や育成に係るスカウティング育成システム提供、一方裏側のクラブの経営的な裏側として、スポンサー集めやファンの獲得・エンゲージメントの育成といったスタッフの方々が地道に行う活動の支援などがあります。

今回我々が、とっかかりとして期待されているのは、試合のためのデータ分析ではなく、もう少し基盤の部分である“運営支援”です。

東潟拓朗氏

スポーツでも当然経営というものがあり、あまり表に出てくることはないですが、収益の安定・拡大は至上命題です。テレビの放映料に頼らず、入場者を増やす、グッズを買ってもらう、飲食してもらうことなど安定したクラブ運営の基礎になります。その収益安定とファン獲得とは裏表の関係なのです。

なので、誰がファンなのか、何を求めているのかを把握し、積極的なコミュニケーションを行うことで、ファンを増やす・ファンのエンゲージメントを高める活動をどのクラブにも求められています。

マーケティング的な観点でスポーツ業界を見てみると、「お客さん」の属性・思考も様変わりしてきています。以前は野球に代表されるように、大きな球団で資金と順位、資金と人気の相関が高い時代がありました。でも今は、スポーツファンの方々の楽しみ方は多様化していて、家族で試合を見に行くといった楽しみ方、好きな選手を追いかける楽しみ方、居酒屋代わりに一杯飲みながら・・・など人それぞれです。もちろん純粋に試合を楽しむ!もありますよね。

ここで重要なことは、莫大な資金を投下して選手強化をしなくても、ファンの方々とのより良い関係を築けるようになっており、強さ=人気の構図では必ずしもないということです。

例えば横浜DeNAベイスターズは、たとえ順位が高くても低くてもスタジアムを満席にできるようになっています。まさに、一種の文化としてスポーツチームと地域、もしくはチームと個人がより密着している時代になったと思いませんか。

そこには、インターネットやSNSなど技術やサービスにより、情報発信が手軽になり、イベントなどを含めたオン・オフの双方向コミュニケーションが球場外でもできるようになったことも大きな要因だと考えています。

そのような背景を踏まえて、運営側に目線を移すと、多様化するファンのニーズや、多様化するコミュニケーションチャネルに対して、ファンを増やす・エンゲージメントを高めないといけない状況に身を置かれています。

多様化したファンを理解するためには、デジタルデータとして収集できるようになったファンの方々の行動履歴・購買履歴、属性、趣味趣向などの分析・理解が不可避であり、運営側にはマーケティングやシステム、データのリテラシーも当然必要になります。

逆にいうと、多様化した運営に必要なスキルや知識・リテラシーがないと、なかなかクラブ運営が効率良く進まない。そういう背景が出てきた中で、我々がクラブ運営をマーケティング面でお手伝いする意味や意義があるように思っていますね。

 

「b→dash」で出来ることとは

−具体的には、「b→dash」でどのようなことができるのでしょうか。

現状、2つの支援を進めています。1つはファンとのコミュニケーション支援、いわゆるマーケティング支援と、もう1つはスポンサー集めにおける企業様とのコミュニケーション支援です。

ひとつ目のマーケティング支援はまさに「b→dash」の得意技なのですが、まずは”ファン”は誰なのか?を知ることから始めています。

やっぱりサッカークラブとして、どういう方に観に来ていただいているのかという情報は必要ですよね。今ちょうど整理をしているのですが、“ファン” というのもいろいろあるじゃないですか。テレビを見て一生懸命応援してくれる方や、グッズを買ってくれる方、毎試合毎試合、球場に足を運んでくれる方。こういった人たちが、どのぐらいの割合、年代にどういう形で存在しているのかをクラブ側は把握する必要があります。今までは、それが全く分からない状態でした。

おそらく、現状では多くのスポーツチームってそういう状態だと思っています。例えばJリーグの予約システムや、独自でやっているメールの配信システムに登録していただいているメールアドレス、ECサイトでのグッズ販売の販売情報など情報が点在しています。がゆえに、”ファン”に対して断片的なイメージしかなかったり、積極的にコミュニケーションをとりたい”ファン”のターゲット層が不明確な状態ではないかと。

そこで我々はまず、アビスパさんと議論をし、簡単に言うと一般客・ファン・コアファンとセグメントを切って、それぞれのランクを決め、各セグメントの定義付けをし、試合の来場回数やECサイト、メール会員などの「統合したデータ」を用いて、お客さまを振り分けました。

”コアファン”は『年間シートを買ってくれて、高額グッズを買ってくれて、周りに情報を発信してくれる人』と定義すると、コアファンの予備軍の「誰」が明確になり、「何(メッセージ・コンテンツ)」をどのように伝えれば良いいのか、考えるべきお題が明確になります。

 

b→dashが成す機能の一部
b→dashが成す機能の一部(HPより)

 

各セグメントのマスが定義されることで、マスごとにそもそもの母数を増やすという活動をすればいいのか、エンゲージメントを高める活動をすればいいのかなど、やりたいこと・やるべきことが考えられるようになってきます。要するにファンの人にはコアファンになってもらうし、一般の人にはファンになってもらう。どの状態にファンの方々がいるのか可視化したら、コミュニケーションによって次のステージに上がってもらうような活動をやるといったようなことです。

「b→dash」は、この分析とコミュニケーション施策の両方の機能を持ったプラットフォームです。

「b→dash」が通常お客様にサービスとして提供している至極基本的な業務の内容ではありますが、データやテクノロジーを駆使したマーケティングサポートをスポーツ業界に持ってきた、ということです。

ファンを増やしたい、経済的に稼ぎをあげたい、でも何をすればいいのか分からない、だから何もできない。その「何をすればいいのか」という部分は、まず”誰に”を可視化することが基本セオリーですので、そのはじめの一歩を絶賛邁進中です。

次のスポンサー集めも「b→dash」として提供している営業支援的な機能である「マーケティングオートメーション」を利用しています。

クラブの方々が個人個人で管理しているリストに基づいて、アビスパ福岡のスポンサーになるご案内をするところから始まります。スポンサーになりたい企業はたくさんあると思いますが、スポンサーの形態や、自分たちでもスポンサーになれるのかなど情報をこちらから情報を発信する必要があります。

アビスパさんの場合は担当の方が、属人的に活動を行っておりましたので、スポンサー候補のリストを集約し、定期的な連絡や情報のご提供などに「b→dash」のマーケティングオートメーションの機能を利用していきます。

マーケティングオートメーションという言葉になじみがないかもしれませんが、スポンサー候補の方々のリスト管理を行い、対象者のアクションや興味の度合いに応じて提供する情報を変更したり、スポンサーになる確度が高まり、お会いしに行った方が良ければアビスパの担当の方に連絡がいくようなことができます。

 

−実際に東潟さんがスポーツビジネスに関わってみてどう感じますか?

頭ではわかっていましたが、ロマンだけでは飯は食っていけないですね。

思った以上にビジネスセンス・マーケティングセンスも問われるし、実行に移したときにやり切るための足腰も必要だと思っています。

クラブによって、お金のある/ないの差はあると思いますが、なければないで、どうやって効率的にファンとの関係性を築くか多面的に施策を考えないといけない。でも、出来ていない状態だと思っています。イベントの企画をしたり、選手の独自取材をHPに掲載するとか、グッズの企画をするとか、やりたいことのお話は伺うものの、具体的な実行が追い付いてない現状があります。

 

−クラブスタッフもひたすら作業に追われている、という状況なのかなと。

そうですね。とにかくルーティン作業でいっぱいいっぱいな感はあります。本当は目の前の作業効率化を検討したり、視点を上げて今の人・モノ・金・情報の中で、そもそも何をやるのがいいのか戦略的な部分の検討が必要だと思うんですよね。

「b→dash」のコンセプトの1つに、「マーケターを作業員から戦略家へ」という想いがああります。世の中のマーケターあるある何ですが、データを集めてくっつけて、一生懸命グラフを作って…、レポート用にきれいな見た目にして、、、というところまでで力尽きちゃうということが多いんですよ。そこから先の分析結果から戦略を練ることがとても重要なのに、そこまでで使える工数の8割か9割になってしまっている。

なので、「b→dash」でその比率を逆転させて、まず2割の作業で概況などの整理をして、残りの8割の作業で、ここから何をやっていくかを一生懸命考える、というようにしたいと思っています。そうなればもっともっと日本のスポーツビジネスは変わります。システムで代替できることはどんどん代替していき、人間は人間にしかできない仕事をやることで、新しいことにチャレンジしていく素地が出来上がっていくと感じています。

 

ITでスポーツの世界に変革を起こせる

−東潟さん自身は元々、何かスポーツはやっていらっしゃったのでしょうか。

少年野球をやっていたので、野球は昔からずっと好きです。高校からラグビーをやっていて、今も現役でちょっと試合をしたりしています。あとはOBチームと現役のバックアップみたいなこともやっていて、今はOBチームの広報をやっています。スポーツをやるのも好きだし、支えるのも結構興味あります。

 

−まさか、御社に入ってこういう形でスポーツに携わると思っていましたか?

思ってないです。そういう意味だと、今回はすごく良い機会だと思っていますし、やっぱり今、単純に楽しいんですよね。この気持ちってやっぱり「俺がこのチームを変えてやる」みたいな(笑)、なんとか力にならねば!っていう、いわゆる一つのファン心理的なものだと思うんですよ。

それって、アビスパの各担当の方の苦労や努力というチームの裏側を知っていて、自分もチーム作りに関わっているっていう感覚を持っているからだと思います。裏方さんの苦労に共感して応援したくなったり、『このチームのこと、こんなに深く知っているんだぜ』というちょっとした優越感を感じてもらったり、試合の作戦を理解してもらってにわか監督になってもらったり、支えている喜び、帰属してる喜び、ファンとしての喜びをみんなにも味わってもらいたい。

この感覚って、より多くの情報の発信やファンの方との接触など、「きっかけ作り」が必要だと思っているので、いろいろお手伝いさせていただきたいです。

 

東潟拓朗氏

 

−アビスパとの提携についてプレスリリースが昨年末に出て、半年ほど経ちました。提携の期間はどのくらいを目安にしているのでしょうか。

アビスパの方たちも開幕前後が最も忙しくて、それが過ぎれば、、、みたいなことをおっしゃっていましたが、謙遜だとわかりました(笑)。常に忙しそう。現状は、担当の方の状況に合わせてデータの収集と統合を進めている段階ですので、成果を出していくのには中長期的な取り組みになりそうです。

 

−今年の4月、メルカリさんが鹿島アントラーズと提携したことが話題になりました。最近、徐々にIT×スポーツでやっていこう、というような流れはいろいろなところで見られますよね。

そうですね。スポーツだけでなく、マーケティングもITによる変化がいろいろ起きてるんですよ。一昔前までは、コミュニケーションとしての広告はTVや新聞、雑誌、交通広告などオフラインが中心だったんですよね。それが、インターネットやスマホの登場により広告メディアのデジタルシフトが進み、お金の流れが変わり、情報が蓄積できるようになり、プレイヤーが変わり、など激変が起こってます。

 

参考記事:鹿島アントラーズ×メルカリが生む、スポーツ界のデジタルイノベーションとは?

 

プレイヤーで言うと、一昔前までは企業の広告部と広告代理店だったところから、現在ではシステム・データを扱うことが無視できなくなり、WEB制作会社やシステム会社、ITコンサル会社など様々なプレイヤーがマーケティングに関わるようになりました。

あとは、データ蓄積の影響がとても大きくて、今まで感覚値だった広告効果とか、マーケティング施策効果も数値としてみることができるようになっています。そうなると段々と科学的アプローチが主流になってきて、なぜうまくいったのか?に対しての原因分析と、それを再現するにはどうするべきか?みたいなところが考え方として必要となってきています。

そういう観点で、ITとスポーツも同じだと思っていて、スポーツもアーティスティックで感覚の世界から、強いチームの要素分析みたいなところが進んできたと思ってますが、さらにデータ活用やテクノロジーとの融合で、全く新しい考え方やアプローチが生まれるんじゃないかと。

そういう意味で異業種・異文化の人たちが、スポーツにそれぞれの強みを持ち込むことってとても意義があることだと思います。特にテクノロジーを知っている人がスポーツに関わっていく流れが増えているのは喜ばしいなと思いますね。

 

アビスパの経営を安定化させ、強豪クラブにする

−サッカー用語でいうオンザピッチのところのデータではなく裏側の、そもそもお客さんを増やさないといけないという点に目をつけているところはまだ少ないのではないでしょうか。

そうですよね。もともと私の出自がコンサル業界だったり、今で言うと会社のボードメンバーだったりと、全体的に会社を見たり、裏側から見たりというところもあると思いますが、どんな業界や商材・サービスであれオペレーションをいかに効率よくやるかとか、マーケティング・ブランディング的な観点って必要だと思ってます。

新卒で僕はフューチャーアーキテクトという会社に入社しました。あそこはスカウティングシステムを2003年ぐらいから出していて。それを導入したチームが、かなり結果を残すようになっていたんです。それを見て、システムやデータ活用とスポーツクラブの親和性を実感はしていました。

お客さんを増やさないとクラブ経営が成り立たない、良いチームができないっていうのは、最近だと横浜DeNAベイスターズのスポーツマーケティングの話が有名ですが、徹底的にお客様のことを知って、球場を作り替えたりイベントやったりしている裏側にデータやシステムの力が大きく関わってます。

 

−なかなか表に出てこないところですよね。

まあそうですよね。スポーツやエンターテイメントの世界ってどうしても舞台に立つ人が日の目を見ますよね。改めて僕は裏方が好きだというのを感じましたね。

 

−今の仕事の中で、そういった裏方のやりがいみたいなところはどのような部分になりますか?また、どういう世界を作っていきたいかという点も重ねて教えてください。

正直これから、ですね。スポーツ業界はまだ、データとかマーケティングの観点を深く持っている人が少数派な世界だと思うんです。だからこそ、そこにすごく介在価値があると思っています。

これは“知ってるか知らないか”の世界じゃないですか。お客さまをクラスターに分けて、それぞれにメッセージを分けて、コミュニケーションを変えて、頻度を変えて…という基本的な構造を、実現した時に大きな成果や違いがでると思います。これは「b→dash」を導入していただいている他の企業・業界でもそうでした。なのでスポーツ業界に「b→dash」を持ち込んでも、良い成果が出るだろうなと思っていますし、その成果を見られることが今は楽しみです。

僕もいちビジネスマンとしてスポーツクラブを見たときに、「稼ぐ」という基盤の安定というのは本当に生命線だと思っています。お金がなくて潰れるところなんていくらでもある。ですから、「b→dash」を通じてアビスパの経営を安定させ、そこから強豪クラブにしていくというロマンとソロバンの両立する世界作りに寄与できたらな、と思っています。