岩政大樹も重要視する「失敗力」。失敗を恐れず挑戦し続ける意義とは。

2017.10.24 AZrena編集部

 

慶應義塾大学鈴木寛研究会が主催する「KEIO Future Sports Conference」の第1回が都内で9月21日(木)に開催された。

本プロジェクトは、鈴木寛ゼミ所属の体育会ソッカー部の選手が中心となって企画運営を行った。慶應スポーツにスポットライトを当てており、これからの体育会のあり方と可能性を学生たちが主体となって模索することが、本プロジェクトの狙いである。プロジェクトにはリーダーである現在社会人の会田直浩氏(昨年度鈴木寛ゼミ長)や体育会でない学生も関わっており、初回のカンファレンスは、運営メンバーと関わりの深いサッカーが題材となった。

このイベントでは、サッカー日本代表経験もある岩政大樹選手をはじめとした、スピーカー3人によるトークセッションが行われた。

トークセッションのテーマは「失敗力 〜体育会が学ぶ失敗力 なぜ今、失敗が求められるのか?〜」。慶應義塾大学体育会ソッカー部に所属しながら一般社団法人ユニサカで理事を務める原田圭氏をモデレーターに、スピーカーそれぞれが自身の経験も交えつつ、熱い議論を交わした。失敗することは悪なのか、失敗から何を学ぶのか。

今回の記事では、その白熱したトークセッションの模様を抜粋してお伝えしたい。

☆登壇者
岩政大樹(プロサッカー選手・東京ユナイテッドFC所属)
人見秀司(慶應義塾体育会ソッカー部コーチ/東京ユナイテッドFC共同代表)
須田芳正(慶應義塾大学体育会ソッカー部監督)

 

その場面で何があったのかを放っておかない

-今回のテーマである「失敗力」について伺います。岩政選手にとっての大きな失敗はどういったものだったのでしょうか?また、失敗経験はその後にどう生かされましたか?

岩政:失敗というか、挫折という点で言うと、大学2年生の頃に怪我をしました。それから2、3ヶ月、サッカーが出来なかったことが1番印象に残っています。サッカーをやっていてそれ以外での大きな失敗はあまりないです。

なぜかというと、失敗というものはサッカーをする上で毎日たくさん起こるものだと思っているからです。僕が大事にしていたのは、大きな失敗よりも毎日の小さな失敗をどう捉えるか。2時間の練習をすれば、少なくとも10個は失敗が出てきます。失点した、しないというような結果ではなく、どこかに甘さがあったのに、それを流してしまったということ。

僕はちょっとしたことを、なぜ失敗したのだろう、自分がどこに立っていれば良かったのか、他の選手はどこに動かしたら良かったのか、どういう声をかけてあげれば良かったのか。そういう小さな失敗をどこまでも掘り下げていくみたいなことは、結構やっていますよ。大きな失敗や挫折があったから次に向かえるというよりも、毎日のちょっとしたことを大事にしています。

 

-プロの世界でも、小さな失敗を振り返るかどうかで差は生まれますか?
岩政:全然違いますね。むしろ、そこでしか差はつかない気がします。同じ現象でも、どう捉えているかはサッカーにおいて人それぞれです。

でも、まず掘り下げる作業をしないといけない。それによってどこまで目が向けられるかが全然変わってきます。高校、大学の時にプロのレベルで考える必要はないですけど、考える習慣、原因を探る習慣をつけておかないといけないですね。

幸運にも僕はその場面で何があったのかを僕は放っておかないタイプだったのですが、伸びていく人はみんなそういうタイプなのかなと思います。

 

-人見さんはいかがでしょうか?
人見:僕は1年生の時に大きな怪我をして、結局復帰できずに学生コーチになったんです。挫折ではありますが、あまり失敗だとは思っていないです。

学生時代に、もっと色々とやっておけば良かったという失敗、後悔はあります。練習がオフの時は他の部と交流をするとか、ゼミに入って勉強して、自身の視野広げるとか、サッカー以外余計なことをしない方が良いと勘違いしてました。サッカー以外で学ぶ機会はたくさんありますし、学生の特権だと思います。

 

-須田さんは、監督という立場になりますが、どういったものを失敗と感じるのでしょうか?
須田:まずサッカー自体がミスのスポーツです。ミスがなければバスケットボールのように50点とか100点が入るので、そのスポーツを指導している人間なので、ミスは死ぬほどあります。

それでも周りの人が助けてくれたんだと感謝しています。物事には失敗や挫折はつきものだし、その半生の教訓を生かして成功につなげていけば良いのであって、失敗というのは大したことないんですよ。人生を変えるような失敗はまずいかもしれないけど、ちょっとした失敗は全く問題ないのではないかと。その失敗をした後に反省して、改善して、成功につなげていくことを考えるほうが重要ではないかと思います。

サッカーではハーフタイムの監督の言葉や振る舞いで、後半のプレーが全く違ったものになることもあると思っています。
ある試合で守備から入ろう、前半はゼロでいこうと言って、選手たちを送り出したんです。そうしたら0対2で戻ってきたんですよ。プレー自体もひどくて、守りの意識もなかったんですね。それでひどく怒ってしまって。選手たちは萎縮して、おそらくパニック状態になったと思うんです。「負けたら承知しないぞ」というようなことを言って後半に送り出したら、0対6です。後半に4点を入れられました。それで終わった後は、やりすぎたな、失敗したなと思いました。

 

岩政:指導者から受ける影響は良いもの悪いものもあります。
サッカーはたくさんのことを考え、判断するスポーツじゃないですか。

失敗で何を学ぶかというと、判断することを学ぶんです。失敗した時に、良い失敗と悪い失敗は何が違うかと考えるんですけど、その時に判断があったかどうかだと思うんです。
例えば今の須田さんの話なら、その時に怒るという選択肢しかなかったことが問題だと思うんです。怒ることが問題ではなくて、“怒るor怒らない”という選択肢を自分の中に持って、自分で判断すれば伝わるんだと思います。それが1つの状態になっている時は、相手に伝わらないんですよ。そうじゃない選択肢を含めて2個持たないと判断することにはならないですから。
選手の立場からすると『俺はこういう人間だからこうだぞ』と接せられるとすごく嫌なんですよ。でも、厳しくことを言われてもそれが奥行きのある人の言葉であれば、「あえて僕のためにしてくれているんだな」とは感じられます。向こうのやり方を押し付けられると、逆に反発が生まれてしまいます。レフェリーもそうですよね(笑)。そこの幅を持っていることはすごく大事だなと思います。