2020年の東京の“後”の重要性。オリンピック・レガシーについて考える
2020年、東京で行われるオリンピック/パラリンピックに向けて様々な準備が進められている中、「大会が開催された後に、開催都市や関係した組織団体、社会、生活者などに対して何を残すことができるのか」という議論が起こることも増えてきている。
そんな中、平昌オリンピックを目前に控えた2018年1月22日に都内であるシンポジウムが行われた。テーマは【過去(1964年)と未来(2020年)のオリンピック・レガシー創り 産官学(企業、スポーツ大会統括組織、大学研究機関) それぞれの立場から2020年以降のレガシーについて語る】。組織委員会やスポンサー企業から要人が集まり白熱した議論が展開された。今回はその一部を抜粋してお伝えする。
☆登壇者
松下直樹氏:株式会社アシックス グローバルスポーツマーケティング統括部長兼スポーツマーケティング
高橋オリバー氏:日本コカ・コーラ株式会社 TOKYO2020 ジェネラル・マネージャー
石川貴規氏:公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 アクション&レガシー部長
真田久教授:筑波大学/TIAS アカデミー長
高橋義雄准教授:筑波大学
☆写真提供:TIAS
五輪招致のビジョンにある“復興”の概念
-オリンピックレガシーの重要性と課題、オリンピックレガシーのマネジメント、オリンピックレガシーのプランニング設定、そしてオリンピックレガシーの必要不可欠な要素についてお話したいと思います。まず、真田アカデミー長からオリンピックレガシーの重要性と課題、そしてなぜオリンピックレガシーを創出しなければいけないのかということをお話しいただければと思います。
真田:オリンピックの継続性というのを考える時に、レガシーということ、つまり社会に対してどういうものとしてオリンピック文明を受け入れてもらうかということをIOCが真剣に考えています。
その結果、社会に対する利益をレガシーで示していきたいということが出てきました。そして、それを考えていく上で過去の伝統を受け継いで未来の形に適させていくというのが大事です。それぞれの伝統的な形と今日の課題をどう解決していくのかということを元に考えていく必要があります。
日本の場合オリンピック招致に3回成功しています。(※)40年、64年、2020年ですね。全て復興がビジョンに入っており、もっと言うと“スポーツとしての復興”というものがビジョンとしてあります。
それからホスピタリティ。40年も64年も様々な“おもてなし”の取り組みがポイントとなりました。2020年も、もちろん“おもてなし”です。
(※)1940年の東京五輪は戦争のため実施されなかった。
こういった伝統的な強みを元にしてレガシーとして考えていくものなんだろうと思います。課題としてはこれから迎える高齢社会においてスポーツがどのように社会の活性化に役立つか。こういったことを示していくことが将来のオリンピックムーブメントに貢献していくのだと考えています。
-レガシーをどのように捉えてどのようにマネジメントしていくかということで2020年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の石川様から大会のアクション・レガシー部としてどのようにレガシーを残していくかをお話しください。
石川:2014年の秋にビジョンを策定し、15年の2月にIOCに対しての大会運営計画に織り込みました。そこで書いた通りスポーツには世界と未来を変える力がある。そして、“全員が自己ベスト”、“多様性と調和”、“未来への継承”、これがレガシーにつながると考えています。この3つの基本コンセプトを掲げて、“史上最もイノベーティブな大会”、“世界にポジティブな快感をもたらす大会”にする。これが基本的なビジョン。そして礎になっているものです。
アクション&レガシープランについては、いわゆる大会スポンサー、政府、開催都市、競技都市、全国自治体、スポーツ団体等々、20年に向けて様々な取り組みを検討・実施しています。
-オリンピックレガシーのプランニングにつきまして長年ワールドワイドオリンピックパートナーを勤められ、オリンピックマーケティングの世界ではトップランナーであるコカ・コーラ社・高橋様から御社のオリンピックレガシーのプランニング設計に関してお話いただければと思います。
高橋:1928年からスポンサーをさせていただいてもらって、今年でちょうど90年目を迎えます。
ソフトドリンクという分野のビジネスをしている以上、どこかのタイミングでオリンピックのスポンサーシップをビジネスに結びつけなければならないと考えています。
レガシーを作っていく中で、1番重要なのは“レガシー=ビジネスオブジェクティブではない”ということです。2020年東京オリンピックのレガシーというのは2030年、40年になった時に「今、我々のビジネスがあるのはあの時にこれをやったからだ」と。そう言えるのがレガシーだということを間違えないというのが大きなポイントかなと思います。
その中でも成功を収めるであろうアイディアをリストアップしています。まず、今まで考えていなかったような斬新な考えであること。またそれが長きにわたって追いかけることのできるものであること。そしてホストシティになっている東京だけでなく日本全体で取り組めること、これは我々の大きな課題でもあります。“東京2020”ではなくて“JAPAN2020”というアプローチをしたい。それからやはり社員誰もが覚えやすく、社内を歩いた時に誰もが答えられるレガシーであることや、コカ・コーラにとってユニークというのが非常に重要です。これを聞いてコカ・コーラにいて一緒にオリンピックを戦える、オリンピックのチームに入りたいと思えるのが最適であると考えています。
長いプロセスを経て決定した2020年のレガシーが、そのまま2年、3年続くとは考えていません。例えば、1年経ってこれちょっとこういう風に変えた方が良いんじゃないの?という意見が出ることは大歓迎ですね、どんどん変わっていくものだと考えています。
-コカ・コーラ社がビジネスオブジェクティブではなく長期的なインパクトを考えた取り組みにどう思うのかというところと構築のステップの感想をアシックス社としてお聞かせください。
松下:アシックスは権利が日本限定ですが、初めてゴールドパートナーとして参加します。
もう少し近々の2020年にパンチとして効いてくれるようなものを求めたいと考えています。それは規模によっても違うと思いますし、将来的な大きな目標としての2020年をどう捉えるのかというのは大きなポイントです。
我々はスポーツメーカーですので“スポーツと健康”、“スポーツのさらなる発展と理解”。“する”、“見る”、“支える”のスポーツ参加率の拡大と大きな目標を掲げています。
必要不可欠な要素としましてはモノと事と人と金に尽きるのではないかなと。誰がどれだけお金を使って、どのようなことをモノを作るかというのがレガシーの最終的な目標の一つの大きな目標になります。その上でも人材育成は我々にとっても大きな要素ですね。日本を代表して国を背負う人材、そのような人材の育成や世界とつながりの深い方々の採用というのもこのタイミングに、と考えております。
-真田先生はオリンピック教育のコアな部分を作られていると思います。また、現在様々な要請に応えなければいけない立場だと思いますが、これまで見えてきたものやどうやってレガシーとして残していくのでしょうか?
真田:レガシーという観点から大学における人材育成になるのかなと思います。
レガシー全体の枠組みを捉えた上で過去の伝統的な強みを元にして課題解決を図っていくというのがレガシーにつながっていくのではないでしょうか。こうした出自を持つ人材を養成していくということがオリンピック教育のこれからの方向性の1つになるのかなと。
その国における伝統的な強みと課題はなんなのか。都市における強みと課題はなんなのか。あるいは大学における強みと課題はなんなのか。またそれぞれの会社、パートナー企業のパートナー企業としての伝統的な強みは何でこれからの課題は何なのかというのを考えていくことでレガシーというのがいろんな形で出てくるのかなと。そうしたものを合わせていくと組織委員会も提示している、8つのアクション&レガシープランのどこかに収まってくるのだと思います。今後、日本でレガシーが語られ、示せるのではないでしょうか。そういう視線での人材育成ではないかと。
ビジネスとしていかにオリンピックを利用するか
-ビジネスオブジェクティブ、そしてレガシーのオブジェクティブは2本の柱で考えるという意見があったと思います。一方でレガシープロジェクトに対しては、投資を行う以上、社内に成果を示さないといけない。KPIをどのように定めるべきなのか、具体的に教えていただければと思います。
高橋:我々はスポンサーシップという大きな資金を投入しています。それと共にアクティベーションを同等くらいの金額投入しているわけで、ビジネスの結果なくしてオリンピックの成功というのは語れないと考えています。残念ながらどういう風にROIを試算してきたというのは実は社内でもないんです。
今までレガシーというのは開催国、もしくは開催都市、つまり東京のレガシーです。これをもう少しグローバル化することはできないのかという話を社内で議論をしています。オリンピックだと全部で80カ国から100カ国くらいの国のオリンピックというアセプトをアクティベーションします。やはり、その100カ国に対してオリンピックというものがもたらしてくれる何か起爆剤的なものをどうやってオリンピックイヤーだけではなくてその先にも続けていくかということですね。我々がアセプトとしてやらせていただいているW杯というプロパティを絡めて、この2年のサイクルでどういう風につなげていくかということが大きなポイントとなってくると思います。
石川:会社で言えば、社内のムーブメントをあげる際にどう社員のモチベーションを上げているのでしょうか。
高橋:コカ・コーラという会社は非常に現場の意見を尊重、重んじる風習があります。コカ・コーラシステムということで全体で大体5万くらいの社員がいますが、どういう風にオリンピックというアセプトを使って、他のスポンサーではやっていないプログラムを社員に還元するか。そういったことによってモチベーションを上げようと考えています。
例えば、オリンピックの現地に社内の数名を行かせ、体感させるというプログラムを取り入れています。コカ・コーラがどれだけそのオリンピックに、貢献しているかということを肌で感じることができると思うんですね。
体感した彼らが日本におけるスポークスパーソンになってどんどん広めていく。このような取り組みから誰もが参加したいというような雰囲気を作ることがコカ・コーラは非常にうまいのかなと。そのシステム、仕組みが出来上がると2020年に向けて一致団結していくような流れができてくると思います。
オリンピックに関わる全ての人材にレガシーを
-長い目で見てのレガシーといったときに、オリンピックのパートナーであったということが会社にとってのブランドであったり、人を集める際の吸引力であったりだとかするのでしょうか。
合わせて、オリンピックに関わりたい、ボランティアしたいという人が大量にいます。 ただ、どうやって携わることができるかという道筋がなかなか見えていないようです。オリンピックに関わることは誇りだと、プライドに関わる事業、国家事業という感じになってきていることをパートナーとしてどういう風に利用するのか、そういったプライドをくすぐるような大会にどうしていくのでしょうか?
高橋:日本コカ・コーラとしてはもう20年ぐらい新卒と言いますか、採用をしていません。
オリンピックというプラットホーム、やっぱりオリンピックの話をして嫌がる人ってあんまりそうそういないんですね。皆さんおっしゃるとおりどんな形でもいいから関わりたい。そういう話を受けて、どういう風に社内にコミュニケーションして、社内で応募するか。社員の多くが興味を持っていることは間違いないので、コカ・コーラ内にできる55人のオリンピックチームを次世代の日本コカ・コーラを担っていく人材育成の場として使っていこうとしています。
やはりオリンピックという大きなプロジェクトに携わると、当然大会が近くなればなるほど非常に忙しくなりますし、やってることとしても非常に大きいです。それも踏まえてオリンピックチームの中にもやはり新しい血を入れてくることによってもうちょっと活気が湧くだろうと。その流れで20年ぶりに新卒採用というような流れが出てきてもよいのではと思っています。
松下:当社はメーカーですので、特にモノ作りの観点に近いところを求められている方が多いなと感じています。特にサプライする商品を通じて世界が驚くようないわゆる機能、例えば暑さ対策、速乾吸汗、臭いを止めるなどもろもろの機能、プラスそれを驚くべき価格で実現し、驚くべきデザインで供給できるような社員になりたいと。
弊社としては次のチャンスを見つける大切な機会だという風に感じています。コカ・コーラさんと違ってオリンピック競技に直結しているメーカーであるというのが我々の立場の違いだというように思います。
石川:東京大会には約9万人くらいボランティアが必要です。様々な立ち位置からどういう形でボランティアに入っていただくかというのを考えていかければなりません。大会そのものの数万人の運営マネジメントが本当に大変だと思いますし、日本というのはボランティアの仕組み自体がないです。当然この大会でのボランティアのノウハウ、情報を蓄積していく必要があると考えています。それが結果としてのレガシーになると。様々な観点から考えていかなければいけないなと感じています。