選手、選手会、研究者。3つの視点で考えるアスリート像とテクノロジー[PR]
(左から)川村慎氏、中町公祐氏、佐藤文平氏
アスリートやスポーツマーケティング分野が抱える課題を、指導者・競技団体・研究者・スタートアップ企業などとの交流を通じて、テクノロジーを活用したソリューションの実現やスポーツ分野でのイノベーション創出を目指すプロジェクト「Athlete Port-D」。
近年、スポーツの現場では様々なテクノロジーが活用されており、2020年には東京五輪の開催が控えているが、五輪はスポーツの祭典であるとともに、“テクノロジーの祭典”としても大いに注目が集まる。
第3回では、NECグリーンロケッツ(ラグビー)の川村慎氏と、※横浜F・マリノス(サッカー)の中町公祐氏、そしてプロテニスプレーヤーの佐藤文平氏の3人が「アスリートが考える良い環境」をテーマに、各競技におけるテクノロジーの活用法などについて議論を交わした。
※イベント時の所属。2018年をもってチームを退団
GPSデバイスの利便性と今後の課題
3選手が活躍している各競技の現場では、どのようなテクノロジーが導入されているのだろうか。まずラグビーだが、この競技はプロとアマチュアの選手が混同していることが前提として挙げられる。川村氏が所属するNECグリーンロケッツでは、朝に練習をして会社に行って、仕事後に午後練習という流れが基本となっている。
仕事と競技の両立による疲労が懸念されるが、選手のコンディションを把握するために、「ONE TAP SPORTS」というツールをチームで導入しているとのことだ。このツールは、選手の今の体調や、トレーニングの記録、怪我の履歴を一括管理するためのものである。ラグビー日本代表も活用しており、2015年のW杯で3勝を上げる歴史的快挙にも一役を買った。
トレーニングはONE TAP SPORTSのデータを基に強度が決められ、トレーニング中もGPSデバイスを付けたり、心拍数を測ったり、ドローンで撮影したりと、様々なテクノロジーが用いられている。サッカーでも同様に、トレーニングでGPSデバイスを用いて様々なデータを取得しており、中町氏が所属していた横浜F・マリノスでも実践されていたという。
一方で、テニスはラグビーやサッカーに比べるとテクノロジーが浸透していないのかもしれない。佐藤氏は「選手がより感覚的に動いているので、スポーツ科学を取り入れる機会を失ってしまっている気がする」と語っている。また、その原因として考えられる要素を次のように挙げている。
「テニスは道具を使うスポーツなので、ラケットの進化に伴って技術も変わってきているんです。その過去の技術を教わってきた方々が、今の指導者の中で重鎮となられていて、昔からの技術をアップデートしないままの方ももちろんいます」
球技の中でも、ラケットなどのボール以外の道具を用いるか否かで、テクノロジーの活用事情も変わってくるようだ。
川村慎氏
Jクラブで推進される、スタジアムのテーマパーク化
近年、サッカー界では「スマートスタジアム化」が各クラブで推進されている。スマートスタジアムとは一般的に、ICT(情報通信)技術を駆使してファンの感動やエンゲージメントを高める設備を備えたスタジアムを指す。スマートスタジアム化を推進しているクラブはいくつか存在するが、中町氏は日本における専用スタジアムの少なさを危惧している。
「スタジアムに関してはもう政治の話で、自治体はいろいろな競技ができるスタジアムで話を進めています。もちろんサッカー界はそれを変えていこうとしていますが...」
中町公祐氏
日産スタジアムは、国内最多の7万人超を収容できるスタジアムである。しかし、横浜F・マリノスの2018年の平均観客数は2万人強で、最も観客が入った試合でも4万人強となっている。Jリーグではガンバ大阪が、市立吹田サッカースタジアムという“自前”のスタジアムを2015年に建設した。このように自前のスタジアムを建設することができれば、キャパオーバー問題やスマートスタジアム化など、様々な課題を解決しやすくなる。
しかし、そのためには建設費や運用費、借地権などのハードルをクリアしなければならない。ほとんどのJクラブは自治体が所有する公共のスタジアムを使用しているが、スタジアムのテーマパーク化に向けて、どのように取り組んでいくのだろうか。
選手会はどのような役割を果たしていくのか
佐藤氏は、プロテニスプレーヤーとして活躍する傍らで、日本体育大学大学院でスポーツバイオメカニクス(スポーツにおける身体の動きを解明する分野)の研究を行なっている。また「人生100年時代」と言われている中で、いかに人々のQOLを高く保つか、という課題にも取り組んでいる。
「(※)2025年問題に向けて体育が重要な立ち位置になると考えています。高齢者の方々がQOLを高く保つための趣味や地域とのコミュニケーションには、大学の研究機関や民間企業との産官学連携が必要不可欠だと思っています」
※2025年問題・・・団塊の世代が2025年ごろまでに後期高齢者(75歳以上)となることによって、介護・医療費などの社会保障費の急増が懸念されている
佐藤文平氏
佐藤氏が高齢者に向けた取り組みを語った一方で、中町氏はアスリートとして子どもたちの模範となることの重要性を訴えた。
「僕らは子供たちが目指すべきプロアスリートであるべきだし、そういったところで選手会をやっています。そこで、選手の地位向上のために僕が常に言うのが、給料が500万円だとか5000万円だとかという話ではなくて、プロアスリートが一般人として何をしているかが重要だと話しています」
プロサッカー選手の社会的地位を向上させるために、サッカー界には「日本プロサッカー選手会」が存在する。同選手会は2006年に設立されたが、その10年後の2016年に、ラグビー界では「日本ラグビーフットボール選手会」が発足した。その選手会において、発足当時から理事として活動しているのが川村氏である。
ラグビー選手は現役を終えると、上場企業に勤める割合が大きいという。しかし、川村氏曰く「骨抜き」の状態で仕事をしてしまうことがあるようだ。
「『ラグビー人生が終わったけれど、この企業にいればなんとかなる。でも仕事は分からないし、給料はもらっているけれど、ここにいる意味はあるのかな』みたいな。それって企業にとってもパワーにならないですし、その人にとってもつらいと思うんです。だから、こういうことに興味があって、こういう仕事をしたいというのを、ラグビーが終わった瞬間から言えるような選手を育てたいです。選手会から企業へアプローチをすることも今後はやっていければと思っています」
選手会が選手の社会的地位を向上させるだけでなく、選手をセカンドキャリアに導く一手段となれば、今以上に有意義な団体となり得るだろう。
「島国の日本でしかできないこともある」
スポーツをよりビジネスとして拡げていくには、テクノロジーで選手のパフォーマンスを向上させることはもちろん、観客の満足度を上げていくことも必要不可欠だ。
今回の議論では、スタジアムを盛り上げる要素として「音」がキーワードに上がった。佐藤氏は、中国オープンでブレイクポイント時に会場中に表示が流れたり、チャレンジを使う時に鼓動音が流れたりしたことを例に挙げ、「音と視覚の演出は分かりやすくて良い」と意見を述べた。
サンウルブズ(ラグビー日本代表)の試合では、クラップ(拍手)をスタジアムのモニターで観客に煽ることがある。川村氏は、このようにモニターなどを活用して、応援を分かりやすく教える演出も重要ではないかと訴えている。テクノロジーの力を借りながら、スポーツ界全体の価値をどのように上げていくのか。もちろん海外の事例を参考にしていくことも必要だが、中町氏は「島国の日本でしかできないこともある」と語っている。
幸いにも、日本では2019年にラグビーW杯、2020年に東京五輪・パラリンピック、2021年にワールドマスターズゲームズと、1年ごとに世界的なビッグイベントが控えている。これらは単なるスポーツの祭典ではなく、日本のテクノロジーを世界に魅せる格好の機会でもある。その大舞台の先で、日本のスポーツ界の進化が明らかになるだろう。