【後編】日本唯一の水中専門カメラマン・西川隼矢。転機になった「1枚の写真集」と、五輪への想い
自分にしか撮れない画が必ずある
- やりたいと思っていたことを実行してみて、何を感じましたか。
水泳の楽しみ方を伝える、今までにない企画ができたという手応えはありましたが、これを文化として根付かせるためには継続して開催する必要があると思いました。また、イベント開催にかかる費用は私のポケットマネーから捻出していたので、続けるにはお金が必要でした。それから大会運営費を集めるためにはどうすればいいのかを考えるようになり、仕事をやめて、妻にデザインしてもらった水泳キャップやランニング用品などを販売するアパレル事業を起こしました。
- 奥様はそういったデザイン関係のお仕事をされているのですね。
妻は私と真逆の人間で、運動部に1度も所属したことがない人間でした。でもその2人が科学反応を起こし、スポーツアイテムにはあまり馴染みのないドクロや女性の裸体がプリントされた斬新な意匠のスポーツアイテムを提供していました。
しかし、コネクションも販売ルートも無い状態で起業したので、事業は上手くいかず、うまくいかない状態が続きましたね。
- そのような中で、いつからカメラマンとして活動するようになったのですか。
ちょうどその頃、妻のお父さんから言われたのが「もし娘が妊娠や子育てでデザインが出来なくなったら君1人だけで食べてさせていけるのか」という言葉でした。
それまで考えもしなかったことだったので気付かされましたね。
どのようにしたら自分の力だけで食べさせる事ができるのか、その方法を模索している時に出会ったのが水中写真でした。
機材を集め、自己流で水中写真の撮影方法を模索しながら撮影した写真は思いの外反応が良く、大阪のスイミングクラブで撮影会を開催させて頂きました。そこから少しずつと仕事を依頼されるようになり、これなら私1人でも養っていけるという手応えを感じたので、本格的にやり始めました。
- 陸上での写真は撮られないのでしょうか。
私が現役で泳いでいた間にずっと写真の勉強していた人に今すぐ追いつく事は到底不可能なので、今の自分でも勝てるプールというフィールドにこだわって活動しています。元スイマーの自分にしか撮れない画が必ずあると考えているので、これからも唯一無二のオリジナリティを模索し続けます。
- アートスイムフォトとは具体的にはどのようなものでしょうか。
透明度が高く、多灯ライティング(複数のストロボを使用すること)が可能なプールだからこそ表現できる水中写真の魅力として「浮遊感」「水面の映り込み」「動作の軌道」「衝撃の視覚化」「音の視覚化」の5つがあります。陸上の写真では表現できないこの5つの要素を利用することで誰でもアートの一部になれます。ですから私はスイムフォトに「アート」を付けました。この美しい水中の世界を写真で伝え、水中や水泳に興味を持って頂ける1つのきっかけになってもらいたいと思い、活動しています。
フォトグラファーとしてオリンピックに関わりたい
- 今後の目標を教えて下さい。
オリンピック公式フォトグラファーになるのが目標です。オリンピックを目指して大学まで競泳に打ち込みましたが、アテネオリンピック代表選考会では予選落ちという結果に終わってしまったので、やはりどこかに未練があるのだと思います。
選手として出られないなら、フォトグラファーとしてオリンピックに関わりたいと東京オリンピックの招致が決まった瞬間に強く思いました。
東京オリンピック中に街頭や会場に飾られる水中競技のポスターに私の写真が採用されるようになるには、水中写真なら西川に頼もうと思ってもらえるポジションをあと1、2年のうちに実現する必要があると考えています。
また、オリンピックが終わった後も、競技面以外の部分での楽しみを持てる水泳イベントを企画したいと思っています。競技として真剣に水泳をしていた人はそれが終わると辞めてしまう人が多いので、継続率の向上と、水泳人口の底上げの為にも、誰もが楽しめる水泳イベントを企画したいと思っています。
- 西川さんの水泳、そしてオリンピックへの熱い思いが伝わってきます。
北京オリンピックの時は単身神戸からフェリーで現地に乗り込み、日本から持っていった自転車でいろいろな競技を見てまわりました。そこで感じた現地の空気感はオリンピック独特の雰囲気で、最高に楽しいひとときでした。それを実際に肌身で感じてしまったので、より一層オリンピックに関わりたいという思いが強くなりました。
- ここからは西川さん個人についての質問をしていきます。
- 自分の魅力はどのようなところだと思いますか。
やりたいと思ったことは後先考えずにすぐに実行してしまうところですかね。お金などの問題に関しては後で考えることにして、まずはやってみて可能性があったら広げていく、という行き当たりばったりなやり方です。そのおかげで妻を振り回してたくさん迷惑をかけてきたので、短所でもあります(笑)
例えば最近では5つのカメラを取り付けたフレームを水面に浮かせて、スイマーの泳ぎに合わせて引っ張って撮影するマルチアングル同時動画撮影サービス「GANNET EYE」を開始したのですが、今年の1月に思いついて、3ヶ月後にはマスターズ大会で撮影会を実施していました。
また、「GANNET EYE」で撮影した方の動画にフリーランスインストラクターからのアドバイスを加えて紹介するサイト「SPARTANS ROOM」も同時に立ち上げました。
このスピード感が最大のウリだと思っています。
- 休日は何をして過ごしていますか。
休みはしばらく取れていませんが、基本的に何かしていないと不安になる性格です。妻とデートしているときもいつのまにか仕事の話になっているのでよく怒られます(笑)
妻は自分に持っていないものを持っているので、尊敬しています。自分は1フォトグラファーでいいと思っていたのですが、妻からは1人のアーティストとして責任を持って下を育てていけるようにならないとダメだと気合を入れてもらったこともあります。
- 最後に、読者の方にメッセージをお願いします。
まだ何も成し遂げてないので、恐れ多いですが、堀江貴文氏は「日本人はまず学ぼうとするが、成功するには実践してみることの方が大切」だと言い、スティーブ・ジョブズ氏も「愚かであれ」という言葉を残しているので、今後も僕自身、愚かな事をまずは実施し続けていこうと思います。