アスリートこそ、社会課題解決の鍵を握る。日本財団がスポーツを活用する理由
社会課題にあらゆる角度から取り組む日本財団が、「スポーツ」に着目する理由とは?「HEROs」に立ち上げから関わっている経営企画広報部部長・長谷川隆治(はせがわ・りゅうじ)氏に伺いました。
本企画はスポーツの力を活用して社会貢献活動を推進する日本財団のプロジェクト「HEROs」と共同で実施している特集企画です。
HEROsではアスリートや非営利団体に対して活動支援(資金提供)も行っています。詳細はHEROsのHPで!
あなたは、現役Jリーガーの小池純輝選手(東京ヴェルディ所属)が現役アスリートでありながら、児童養護施設で生活する子どもたちの支援活動を行なっていることを知っているでしょうか?
あるいは、元サッカー女子日本代表“なでしこジャパン”の近賀ゆかり選手が、日本で女子サッカーを文化にするべく「なでしこケア」という選手向けのプラットフォームに理事として参加していることを知っていますか?
スポーツチームやアスリートが競技以外の場所で活躍している事例は多く存在します。にも関わらずあまり知られていない現状を変えるべく、今回HEROsとAZrenaが特集企画をスタートします。
<HEROsとは?>
「スポーツの力」を活用して社会課題に対する関心を高め、社会貢献活動の輪を広げることで社会課題の解決を目指す。これが、日本財団が立ち上げた「HEROs」の目的です。具体的には3つの活動を柱として、さまざまな形で社会貢献活動に取り組むアスリートを支援しています。
・「HEROs AWARD」
社会と繋がり活動を自ら行なっているアスリートを讃え、支えていく活動です。2017年より毎年、アスリートやチーム・リーグが行なう社会貢献活動を表彰。他のアスリートの社会貢献活動を後押しし、その輪が広がっていくことを目指しています。
・「HEROs ACTION」
アスリートが、競技「外」で活動の場を持てる、また活動の幅を広げられる環境作りに取り組んでいます。具体的には、活動支援制度(資金提供)や日本財団が行なう社会貢献事業への体験機会提供が挙げられます。
・「HEROs ACADEMY」
「何か活動を始めたいけど、何をすればいいのかわからない」「自分に何ができるのかわからない」スポーツを通して得られた経験や能力を、競技「外」でどのように活かすことができるのか。その問いに向き合う機会を提供します。
アスリートやチームが競技以外の場で活動している事例は、近年より注目されるようになってきました。社会課題にあらゆる角度から取り組み続けている日本財団が、なぜ「スポーツ」に着目しているのでしょうか?
「HEROs」の立ち上げから第一線で事業に関わっている経営企画広報部部長・長谷川隆治(はせがわ・りゅうじ)氏に、事業の意義やアスリートへの思いについてお伺いしました。
(取材日:2021年8月18日)
アスリートだから伝えられる社会課題が、きっとある
そもそもなぜ日本財団がスポーツに目を向け「HEROs」を立ち上げたのか、その経緯と背景からお伝えできればと思います。ずっと、日本財団として社会貢献活動事業を進めていく中でNPOに対して感じていた課題がありました。社会課題を解決するためには、当然資金力でも影響力でもひとつのNPOでは立ち打ちできず、世間の注目を集めて周りを巻き込む必要があります。まずは社会問題を「課題だ」と認識してもらい、一人ひとりができるアクションを伝えて巻き込んでいくことが求められています。
ただ、そういった発信力は勝手についてくるものではありません。どのようにして注目を集めていけば良いのかは常に悩んでいるところでした。
最初は資金集めの観点から考えて、チャリティー活動に着目していました。海外では、ロンドンマラソンが一日で約100億円の寄付を集めるイベントになっています。日本でもスポーツイベントをチャリティ化していき、まずは資金力をつけていくのも手かなと。
スポーツに目を向け始めていたその頃、たまたま元サッカー日本代表の中田英寿さんから相談がありました。「アスリートで社会貢献活動をしている人が増えてきた。ただまだまだその価値や意義が日本では注目されていなくて、活動の幅が広がらない」と。
ここ数年徐々に増えてきた感覚はありますが、メディアでも取り上げていただく機会は少なかったです。メディア露出が少なければ企業から注目されることもなく、結果アスリートの社会貢献活動をサポートしていただける企業も出てこない。思いがあって自らのポケットマネーで活動を始めるものの限界があり、活動が広がらないし継続できない...。「この負の循環をどうにかしよう」という思いが一致しました。
もともと日本財団では、笹川スポーツ財団、パラリンピックサポートセンター、スポーツボランティアネットワークなど、スポーツ支援事業は行なっていました。でも今回の話は新しいチャンスだと感じました。アスリートが持っている影響力を直接活かせるのは、非常に大きなことだなと。社会貢献活動事業の発信力の低さを克服できるのではないかという期待と、アスリートの活動に光を当てたいという思いが重なって「HEROs」が誕生しました。
“HERO”から、社会貢献活動の輪を広げたい
アスリートの社会貢献活動を活性化させるために、考えられる手段はたくさんあると思います。ジュニア世代から社会課題についての教育を行なっていく、など。
ただどれも、実際の変化を起こすまで時間がかかるんですよね。「トップを引き上げる」のが一番早いのではないかという話になりました。まずは全体を盛り上げていくために、先陣切って活動しているアスリートに注目を集めようと始まったのが「HEROs AWARD」です。2017年より「HEROs賞」「HEROs OF THE YEAR賞」として毎年複数のアスリートの方に活動奨励金を授与し、その後も継続的な支援をさせていただいています。
加えて、日本財団がせっかく社会貢献活動の現場やリソースをたくさん持っているのなら、それを活かした活動もしたいなと。これまでのアスリートとの関わりから、「何か活動をしてみたいけど、何をしたらいいのかわからない」「やりたいことはあるけど、何から始めたらいいのかわからない」といった声も多くいただいていました。
彼ら彼女らをサポートする仕組みとして、「HEROs ACTION」「HEROs ACADEMY」を発足しました。具体的には、社会貢献活動の現場を紹介したり、実際に一緒に社会貢献活動をしたりしています。
「HEROs AWARD」で表彰されている方々は、すでに素晴らしい活動実績を残している方ばかりです。でも現状、受賞者の中には自前で資金を準備していることも少なくありません。私たちが光を当てることで、“応援者”としてファンやスポンサーが増えていって欲しいです。
受賞者であるアスリート自身に、活動を広げるリーダーとして活躍してくれることも期待しています。社会貢献活動に取り組んでいる理由や活動をする中で感じている価値など、どんどん若い世代に伝えて欲しいです。自分の活動に他のアスリートを巻き込む動きもみたいですね。
実際「HEROs AWARD」の表彰式に出席されたアスリートの方で、表彰者の方の話に感銘を受けて自分で活動を始めた方もいます。「自分にも何かできるのではないか」と、すぐに仲間に連絡をして支援活動をスタートしてくれました。
スポーツ界全体で社会貢献活動を推進していく役割を担うアスリートこそが、「HERO」です。こうして少しずつ我々の活動が広まっていけば嬉しいです。
スポーツの教育的価値は「ないといけないもの」
「アスリートが社会貢献活動をする」ことに対して、少しネガティブな風潮が日本に残っているのも事実です。「売名行為だ」と叩かれたり、いわゆる「陰徳の美」の考え方があって表立って発信することを憚ってしまうアスリートがいたり。だからこれまで社会に対して素晴らしい活動をしているアスリートがいたとしても、なかなか世間に知られることがなかったのかなと。
ここ数年で、ようやくこの風潮が変わってきていると感じています。SNSを通じて誰もが自分で発信できるようになりましたし、「自分から伝える」ことが当たり前の時代になってきました。
日本財団としても、しっかりと名前を出して活動して欲しいということは伝えています。その方が、結果的に良い方向に転がるのだと少しずつ理解していただけているかと思います。応援しやすくなると思うんです。
少し大きな話になりますが、スポーツの捉え方自体、まだまだ課題を感じている部分もあります。「なくても良いもの」としてみられたり、「やって楽しい、観て楽しい」で終わってしまっていることが多いように感じます。スポーツの活用方法を広げる意識が、日本ではまだ低いんですよね。
「HEROs」の取り組みもそうですが、もっとスポーツが持つ教育的価値を認識し活用することが重要かなと。人とのコミュニケーションや認知能力など培える能力もたくさんありますし、スポーツ独特のゲーム性を活かして交流を深めることもできます。
今回の東京2020オリンピックで改めて、スポーツの価値や活用の多様性が感じられたかと思います。この流れを、さらなる活動の広がりに繋げていきたいですね。
アスリート自らがリーダーとなって、社会課題を牽引していく。アスリート自身も、自分がスポーツから得たものをどう活かしていくことができるのかを考えていく。「HEROs」が、単なるボランティアではなく、それぞれのキャリアに活きる経験を創り出す場となることを願っています。