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“所属しない”働き方。安部未知子が改革する、市民クラブの経営戦略

2019.03.12 / 小田 菜南子

安部未知子氏

「経営者にいいクラブをつくってもらいたい。成績だけじゃない夢を追い求めてほしいんです。それが市民クラブの醍醐味だと思うから」

(安部未知子)

 

安部未知子氏は、1993年のJリーグ開幕を機にサッカーをはじめたサッカー少女でした。大学院に進学し、スポーツマネジメントを専攻しながら東京ヴェルディやガイナーレ鳥取でのインターンシップを経験。卒業後は東京ヴェルディや京都サンガF.C.でスポンサー営業やチケット販売に従事するなかで、クラブチームが安定した収益を確保する難しさを痛感します。その経験から、現在は独立して、複数のクラブの新規事業の創出に奔走する日々を送る安部氏。どのクラブにも所属せずに全国を飛び回る、安部未知子氏の働き方を伺いました。

 

Jクラブの収益確保は難しい

大学卒業と同時に、それまで続けていたサッカーを辞め大学院に進学しました。そこでスポーツマネジメントを専攻し、現在の東京ヴェルディ、ガイナーレ鳥取でインターンシップを経験。卒業前に東京ヴェルディからオファーをもらい、新卒で入社し、そこでスポンサー営業やチケット販売の事業に5年間携わりました。その後出身地である京都に戻って、現在の京都サンガF.C.に入社し、同じようにスポンサー営業やイベント企画などを担当しました。

このようにずっと営業としてキャリアを積んできたのですが、ただユニフォームやトレーニングウェアに名前を入れるといった既存の広告商品を売るというよりは、スポンサー企業と一緒にゼロから企画を生み出していくのが得意でしたね。サッカーボールに企業名を入れてみたり、電車の外装とつり革にロゴを入れてジャックしたり。そうしてチームとお客様の両方の利益になることを探していました。ガイナーレ鳥取、東京ヴェルディ、京都サンガF.C.と、ロケーションも置かれる環境もばらばらのチームで営業を経験してきたのですが、そこでチームごとの違いも見えてきましたね。

たとえば東京ヴェルディは知名度も高いので、大体の企業に電話をすればアポをもらえるんですよ。一方で京都サンガでは、地元企業との関係性を第一に考えた動きが必要でした。スポンサーも京都に本社がある名だたる会社ばかりですし、「あいつが言うなら」と、人情で回る商習慣もある。人脈をうまく活用しつつ、ときに気を遣いながら新しい取引先を増やしていきました。今もお手伝いしているガイナーレ鳥取は地場産業をサポートするという役割が明確です。クラブごとに異なる立場や方針を都度理解しながら営業をした経験が、独立後に様々なクラブ、一般企業と仕事をするなかで役立っています。

 

安部未知子氏

クラブチームの社員として働いた感想は、とにかく収益確保が難しいということ。2012年から導入されたクラブライセンス制度により、競技・施設・人事組織・法務・財務の5分野の審査基準項目が設けられ、安定した収入源の確保が求められています。しかし、収入の半分を占める広告収入において、クラブ名に企業名を入れられないという制約があるので、親会社の広告メリットが少ないというジレンマもある。スタジアムはJ3でも5000席以上の席数が求められ、スタジアム使用・管理費の高騰が経営を圧迫しています。そうした中、人口減少・経済縮小が進む地方クラブでは、既存の収入源だけに頼ってはいられない状況にあるのです。

スポンサー企業に対する営業でも、昔のように「とりあえずユニフォームに名前入れてくれたらいいよ」という会社はありません。企業の課題をヒヤリングした上で媒体選定やアクティベーションを選定したり、時にはクライアントと一緒に作り上げ、課題解決につながる提案をしなければ成立しません。

 

採用コストをかけられないクラブの悩み

そうしたクラブの経営の厳しさを知っていたからこそ、結婚を機に京都から東京へ移り、一度はスポーツを離れて一般企業への就職を選びました。結婚をして、以前のように朝から晩までという働き方が難しくなってきたときに、クラブに貢献したいのに全力を尽くしきれないもどかしさを感じていたんです。クラブの利益のためには私より、経験が浅くてもフルコミットできる人材が必要だと判断しました。

産後、株式会社BNGパートナーズへ転職しました。ベンチャー企業の幹部人材のマッチングを専門に行う人材会社で、コンサルタントやイベントの企画・運営を担当していたのですが、その会社がスポーツクラブの人材採用支援にも手を広げることになり、またもスポーツ界との接点が増えるようになりました。ただ、一般企業とスポーツクラブでは人材に対する考え方がまるで違う。

事業拡大や新規事業を立ち上げるにあたりベンチャー企業では人材に投資をするのですが、スポーツクラブにはビジネスサイドの人材に投資するところはまだまだ少ない状況です。そんなことを思ううちに、クラブの安定的な収益のために、外部の人間である私が新しい収入源となる新規事業を生み出すことができないかと考え、独立しました。

安部未知子氏

 

ガイナーレ鳥取×カニ

こういうことをします!したいです!と、仕事で出会う人誰彼かまわず言っていると、不思議と実現されるもので、早速声をかけてくださったのが、インターンでお世話になっていたガイナーレ鳥取でした。社長の塚野真樹さんから、「地元鳥取県産のカニをプロモーションしている」ということを聞き、プロモーションのお手伝いを志願しました。それが今進めている、鳥取の名産品である紅ズワイガニをPRする『サッカニ』というプロジェクトです。

紅ズワイガニという鳥取の名産品があるのですが、安価で買えて、地元ではおやつになるほど親しまれている食材です。しかし以前は、多くの水揚げがありつつ管理方法が整備されていなかったため、日本の有名市場に流通していなかった。現在では品質管理が徹底され、加工品としてではなく、カニ丸々1枚の姿モノとして日本全国に流通できるようになったんです。私は基本的に東京でのプロモーション活動を行い、イベントなども開催しながらBtoBの取引を増やしています。最近は海外へと販路を拡大しようとしているところです。こうした仕事は、基本的に歩合制で、固定給はいただかずに私の活動を通じて売れた分にだけプロモーションフィーを頂戴している形です。クラブへの負担をかけずに、私の利益も出せるいい関係だと思います。

 

Jリーグクラブ×花屋

クラブチームの社員として働いていたときは、何事も笑顔とガッツで乗り切っていましたが、今はスポーツクラブでの営業経験と、その後の人材会社で培った経営者とのネットワークが私の武器になりました。現在、とあるJリーグクラブと進めている、球場のデッドスペースを花の集荷場に、という取り組みにも、まさにそれが生かされました。相談をくれたのは、株式会社hananeという会社の石動力さんです。今まで茎が曲がっていたり、サイズが小さいなどを理由に規格外として捨てられてきた切花の販路を見出したいという思いから、B級品の花の取引を行うプラットフォームを生み出そうとしていました。

そこで必要になるのが、生産農家から送られてきた商品を集約し、配送するための集荷場です。一方、自社でスタジアムや練習場を管理しているスポーツクラブチームは、その広い敷地を試合以外でも生かせないかと考えている。そこをマッチングできないかと考えました。とあるJリーグクラブに提案をしたところ、地元の生産農家を助けるという考えに共感してくださり、これから事業を展開していく中で近々クラブ名も公にできる予定です。

安部未知子氏

 

経営者にいいクラブをつくってもらいたい

私は幼い時からずっとサッカーが好きで、大学までサッカーを続け、仕事もサッカーの現場を選びました。「サッカー界に貢献したい」、もっとダイレクトに言うなら「経営者にいいクラブをつくってほしい」。そのために、サッカーが儲かる仕組みを生み出していくことが私の役割です。「スポーツで世の中を良くしたい」という想いを強くもつ経営者と接していると、その役割を一層意識します。

最近はビッグネームの企業がJリーグチームのスポンサーになったり、資金力を生かして海外のスター選手を獲得することがよくニュースになっています。ですがより目を向けていきたいのは、小さなクラブがどう生き残るかという点。下部リーグに所属し、有名選手もいないけれど、地元に愛されるクラブをつくることで地域に貢献したいと考えている経営者はたくさんいます。一般企業のなかにも、多額の支援は難しいけれど、スポーツと結びついて何かをしたいと考えているところも多い。その両者を結び付けるために、様々な協業の形を模索し、スポーツへの参入障壁を下げることが必要だと思います。

 

ある意味私の働き方自体がそれを体現しているのかもしれません。クラブ側からすれば、正社員として雇用の担保はせずに、私が出した利益の中から何%かを給料として支払えばいいので、収支は圧迫しない。私は子どももいて頻繁にはクラブハウスに顔を出せないものの、その分新たなビジネスを生み出し、サッカークラブに貢献できる。双方に無理のないスキームが組めていますよね。

ビジネスなのでやはり利益の話が多くなってしまいますが、それはあくまで両者を結び付ける要素の一つでしかないと考えています。単純な営利目的ではなく、同じ想いを持つパートナーという関係性が理想です。そのパートナーシップをできる限り長く続けるために必要なものが利益かなと。そう考える私の根本には、サッカー選手時代に感じていた「一致団結」へのこだわりがあります。

 

大学サッカーって、レギュラ―選手、ベンチ、メンバー外の応援団、プロになりたい人、そうでない人、とモチベーションがバラバラなんです。でも色々なモチベーションの選手たちが目指すのは、目の前の勝利ただ一つ。クラブチームも企業も、立場は違えど「地元を盛り上げたい」という目的は同じ。ならば、その目的を達成するために、一致団結できるはずだし、そうしやすい環境をつくるのが私の役目かなと。同じことをママ友同士の間でもやってしまうんですよね。「子どもたちのために、親が力を合わせなあかんやろ!」って(笑)。

最初は驚かれますけど、言い続けていると共感してくれる人が増えてくる。ビジネスも同じだと思いますが、やはり自社の利益に目が向きがちで一筋縄ではいかないときもある。そんなとき、クラブと企業のどちらの人間でもない私だからこそ「一致団結」を生み出せるのではないかと思います。