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ピッチ内だけでない。なでしこ・籾木結花が女子サッカーを支える理由

2019.11.27 / 市川 紀珠

「アスリートとしての自覚を持ち、自分がスポーツをやってきて培ってきたことというのを、自分で言語化できる選手を増やしたいですね。自分自身の価値や、女子サッカーの価値を、ちゃんと外に発信できるような選手を増やしていきたいな、と」

 

なでしこリーグで連覇をし続けている日テレ・ベレーザの10番を背負いながら、今春から慶應義塾大学を卒業してスポーツ系ベンチャー企業である株式会社Criacaoに就職した籾木結花選手。

 

女子サッカー選手になることが幼い頃からの夢だった彼女の、ピッチ内での活躍は言うまでもない。2017年から日本代表“なでしこジャパン”に選出されており、先日行われたカナダ代表との国際親善試合でも10番を背負って出場し、ゴールを記録。

 

そんな日本女子サッカー界を代表する選手の1人である彼女は、いちプレーヤーとしてサッカーに打ち込んできただけではない。自身が関わってきた女子サッカーを盛り上げるために何をすべきか、そしてこのフィールドを通じて伝えたいことは何なのかを日々模索してきた。

 

そしてその想いをピッチ上だけでなく、ビジネス側の視点からも表現しようとしている。日テレ・ベレーザで「5,000人満員プロジェクト」といった集客プロジェクトを立ち上げた。

 

オフザピッチでも女子スポーツの価値向上に関ろうとしている彼女が成し遂げたいことは何なのか。

 

小学校から追いかけた、「日本一」の夢

もともとサッカーをやっていた父の影響が大きいです。家では常にボールが転がっていて、物心ついた時にはもうサッカーをして遊んでいました。

 

最初は自分が通っていた小学校で練習をしている地域のサッカーチームに所属していました。ただ、続けていくうちに生意気にも「何か物足りないな」と感じるようになりました。

 

ある日、父が会社のメンバーとフットサルをするということでそれについて行ったんです。会場であるフットサルコートに張り紙があって、地域の少年団がメンバーを募集しているのを知りました。それから早速電話をしたのですが、「男子チームは人数が多いから、女子チームに行ってみては。」と言われて、女子チームへ体験に行きました。

 

たまたまそのチームが全国大会で優勝するような強豪で、必然的に日本一を目指す環境に入った形になります。これまでの環境よりもレベルが高く周りから刺激を受けたことで、「これまで以上に本格的にサッカーに取り組んで、上手くなりたい」と思うようになりましたね。

 

その後、日テレ・ベレーザの下部組織の日テレ・メニーナを経てベレーザに上がって、今に至っています。

女性の社会進出の象徴に

小学校で日本一を目指すようになってから、私はずっと将来は女子サッカー選手になりたいと思っていました。夢を実現した私に今できることは、私がかつて憧れたように、女子サッカー選手という存在が女子から憧れられるような“かっこいい”存在だということを見せることだと思っています。

まずは、その「かっこよさ」を自分のプレーで表現することが目標です。なでしこジャパンの平均身長は海外の代表チームに比べて、かなり低いです。その中でも私は特に背が低い方。なので、おそらく私は世界一小さい選手としてW杯に出場するんだろうなと大会前から思っていました。

 

私のように身体的に小さい選手が、海外の大型選手を相手に戦っている姿を見せたいなと思ったんです。応援してくださる方々にそうやって勇気を与えたいなと。

そうやってピッチ内での自分を見せた上で、なでしこジャパンや女子サッカー選手を、もっと女性の方に応援してもらいたいんです。これは、これまで私がサッカーに関わってきている中で、ずっと感じていることでした。

 

なでしこリーグは13時キックオフの試合が多いので、女子サッカーに本気で取り組んでいる学生や、ビジネスで活躍されている女性の方が来にくいというのが現状です。

 

私たち女子サッカーでは、環境的に恵まれていない中で戦っています。一方、日本のビジネス界はまだまだ男性社会で、女性の社会進出が遅れていると言われることが多々あります。欧米などに比べても、日本で社会で活躍する女性は少ないです。女性が受け入れられるような仕組みが出来上がっていないのが今の日本の文化の特徴なのかなと。

 

サッカーとビジネスとお互い戦っているフィールドは違えど、男性社会の中で生きる上で、同じ女性として共感できる部分も大きいのではないかと思います。私たちがサッカーを通じて強さをアピールして女性の社会進出の象徴のようになることで、お互い応援し合えたらなって。

 

とはいえ、そういった象徴になることはすごく難しいことだとは思います。でも、世界一という結果を残して、勇気と感動を与えたなでしこジャパンだからこそできることだとも思います。

 

むしろ自分たちがそうならなければならないことに対して責任は感じますし、一女子サッカー選手として目指していきたいところです。日本中から注目されるW杯でこそ、そういう存在でありたいですね。

 

なでしこは、「特別」な存在ではなかった

日本の女子サッカーが初めて世界的にも注目されるようになったのは、2011年のW杯の時でした。

 

東日本大震災の直後でもあったのですが、東北出身の選手や東北でプレーしたことのある選手もなでしこジャパンに選ばれていました。彼女たち自身が被災者である中で、被災地に元気を届けるために戦っている、という伝わりやすいストーリーがありました。

 

自分たちが世界一になるという目標と同時に、誰かのために勝ちたいという思いが、強く重なった大会でしたね。「なでしこジャパンから、何か勇気をもらいたい。」見る側の思いと、プレーする側の思いが重なっていたからこそ、あの大会で優勝した後の“なでしこフィーバー”は起きたんだと思います。

 

2011年のW杯とは違って、逆境を乗り越えるというストーリーがない中で迎えた今大会でいうと、皆さんにとって、なでしこジャパンは“特別な存在”ではなかったんです。

もちろん、女子サッカー好きの人にとってはすごく楽しめる大会だったと思います。でも、ファン以外の方にとっては、別にワールドカップの前後で生活が変わったりするわけでもなくて。なでしこジャパンへの関心が低くなっているのを、今回の注目度合いから見てもわかりますし、プレーをしていても感じましたね。

 

一人の“女子サッカー選手”としての自覚

海外の女子サッカー選手は、プロリーグでプレーしている選手が多いです。だからこそ、一人ひとりが女子サッカー選手として、プロとしての自覚をすごく強く持っているのだなと感じます。

 

なでしこリーグはプロリーグではないので、良い結果に対して何か対価が払われたり、価値を認めてもらえるという環境がありません。

 

サッカー選手としての能力の評価によって、自分が食べていけるかどうかが決まるというシビアな環境に女子は置かれていません。海外の選手がそういう環境で常に危機感を持って取り組んでいる一方、私たちにはそこまでの自覚がなかった。この一人ひとりの日頃の女子サッカー選手としての意識の差を、あのW杯という舞台に立った時に実力差として感じました。

 

女子サッカーの実質プロクラブは日本ではINAC神戸以外にありません。プロ選手のように、自分自身のパフォーマンスと生活が直結しているという物理的な危機感がない中でも、アスリートとしての自覚を持って取り組んでいく必要があるんです。

“社会への影響力”の必要性

W杯以外でも、選手自身をもっと変えていきたいと思うきっかけがありました。

 

昨年から、「5,000人満員プロジェクト」という企画をベレーザのホームゲームで実施させてもらいました。現在のなでしこリーグでは、観客が集まらないという大きな課題があります。その中でどういう試みをすれば、より多くのファンの方に注目してもらえるか、と常々考えていました。

昨年のプロジェクトの一環として、2つの企画を実行しました。選手入場見送りや選手との写真撮影といった特典付きのプレミアムシートの設置と、ベレーザの選手を2チームに分けてオリジナルタオルをデザインし、試合当日どちらが早く売り切れるか勝負するというものです。

 

結果として、プレミアムシートは試合3週間前には完売し、タオルも好評でした。でもそれ以上に、4,663人で埋め尽くされたスタジアムの雰囲気は最高に楽しかったですし、今までにない経験でした。

 

このプロジェクトを通じて、「5,000人の人が見たいと思うような中身を、自分たちは本当に作ることができているのか」ということを改めて考えるきっかけになりました。中身がしっかりしていないとどれだけ外に出しても結局意味がないし、何も伝えらえれないんだと感じましたね。

 

さらに、伝えるためには影響力が必要だと感じたんです。社会への影響力を高めるためにも、選手自身の価値を高めなければいけないなと。スポーツをやってきて培ってきたことを言語化し、かつ自分自身の価値や女子サッカーの価値をちゃんと外に発信できるような選手を増やしていきたいと、強く思っています。

 

今後挑戦してみたいプロジェクトとしては、チームや一人ひとりの選手を取り上げたドキュメンタリーの作成が挙げられます。

 

今回のW杯でなでしこはベスト16という結果に終わらいました。報道を通じて結果だけを見たら、「あ、もうなでしこって強くないんだな」と多くの方が感じたと思うんです。

 

そこから1年間、2020年のオリンピックに向けて、選手一人ひとりがどういう思いで取り組み、オリンピックで戦うのか。また、どういうトレーニングを積んで世界一を掴みに行くのか。「なでしこジャパン」として、何を伝えたいのか。そういうことを、1年間ドキュメンタリーにしたら面白いのではないかと思っています。

 

より深いところでのサッカーに対する思いやストーリーを発信することで、より多くの人に女子サッカーをちゃんと知ってもらいたいという思いが、根底にあります。

 

女子サッカー選手の選択肢を広げたい

今春から、アスリートのキャリアサポート事業などを中心に行なっている株式会社Criacaoに就職し、“支える”側としてもスポーツに関わり始めました。

 

大学在学中から、サッカー以外の時間はすごく多いなと感じていました。プロサッカー選手もそうだと思います。今の自分の選手としての価値を高めるだけでなく、今後の日本の女子サッカー界に貢献するためにもこの時間を有効に使える方法って何なんだろう、と考えた結果です。

 

自分のためだけではなくて、何か大きいものに対して貢献できるようなことをしたい、と思ったんです。狭い女子サッカー界の中で、自分が何かを初めて成し遂げる人でありたいなと。自分が新しいことを始めることで、今後の女子サッカー選手の選択肢を広げるきっかけになれば良いなと思っています。

 

Criacaoとの出会いは、大学3年生の時にトレーニングをお願いしていたスプリントコーチの方からの紹介がきっかけです。自分の大学での研究や卒業後にやりたいことを話した時に、「スポーツビジネス界で活躍されている人を紹介してあげるよ」と言っていただいて。

 

そこで会ったのが今の会社の社長さんだったんですよ。彼と連絡をとって、1人でオフィスに足を運んで、話をさせていただいて…という流れです。

 

Criacaoが運営しているアスリート向けのキャリアイベントに参加させていただいたりしているうちに、会社との繋がりがだんだん強くなっていって。そこで学んだことを女子サッカー界に取り入れたら、日本の女子サッカーは変わっていけるんじゃないかと考えるようになりました。

 

同時に、Criacaoのスポーツに対する考え方や、企業の理念に強く共感しました。Criacaoのメンバーは自分がスポーツに対して考えていることをうまく言語化して整理できていて、とても刺激を受けました。そうしているうちに「ここで働きたい」と感じて、入社を決意しました。

 

 

大学体育会女子サッカー改革を

今私が関わっている事業は、大学の体育会に所属している女子サッカー選手のキャリアサポートです。彼女たちは、男子ほどプロか就活かという究極の選択にならなくて、サッカーをやりたいと思えば、チームを探せばやれる環境はあるんです。おそらく続けたいと思った95%の選手が競技を続けられるとは思います。

 

ただ、大学の女子サッカー選手の中には、選択肢がないからなんとなくサッカーを続けるという選択をする選手が多いのは、プロという環境がないからこそ起きている問題だと感じています。

 

大学で女子サッカーをしている子たちに、「自分がなぜサッカーをしているのか」や、「なぜここまで続けてきたのか」という問いに今一度向き合ってもらいたいです。

 

これらを考えた上で、今後もやろうという決断をしたのであれば続けて欲しいですし、サッカーを辞めて社会に出る学生には、女子サッカーを通じて培ってきた力を社会にアピールして欲しいと思っています。そして、そういう存在を増やす一手を担いたいですね。

 

そういった人材が増えれば、彼女たちが競技でサッカー自体を続けなくても、社会での女子サッカーそのもののイメージが良くなると思っています。彼女たちのサポートをすることで、これまで自分が関わってきた女子サッカーに貢献したいなと。

 

Criacaoでは、大学体育会生が「自分らしく」キャリアを切り拓けるように、セミナーを通じて一人ひとりがこれまで関わってきたスポーツと今後のキャリアを見つめ直す機会を提供しています。ここでの考え方やフレームワークをまずは大学女子サッカー界にうまく浸透させて、それが体育会生にとってスタンダードになるようにしていきたいです。

 

大学には他のスポーツもたくさんあります。ラクロスなど、大学から始める人が多い大学特有のスポーツも多い中で、様々なスポーツの競技を超えた関わりを作りたいという思いもあります。女子サッカー以外のスポーツをしている人と交流して情報交換することで、これまでは気づかなかったような新しい考え方を知ることにもなります。女子サッカーという世界を、もっと開放的にしていきたいですね。