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SNS投稿を、売る。名古屋グランパスのデジタル・スポンサーシップ戦略

2020.10.29 / 竹中 玲央奈

近年、多くのプロスポーツクラブはスポンサー企業に対し、協賛費に対してどういった“見返り”を渡せるかという部分に工夫を凝らすようになった。

 

娯楽も多様化したことでプロクラブからすれば協賛を争う“ライバル”も増え、企業側も定量的な効果(いわゆる費用対効果)を求めるようになったことが背景として挙げられる。

 

ただ、ネガティブな側面だけでなく、プロクラブが持つ資産の幅と提供できる価値も増えている。その1つが“デジタルの露出”だ。

 

デジタル分野の中でもSNSを利用してスポンサー※の満足度向上に取り組んでいるクラブの1つが明治安田生命J1リーグの名古屋グランパス(以下 グランパス)だ。

※グランパスは「パートナー」と呼称、位置づけている。

 

スポンサー企業の広告露出価値についての検証・数値化を行ない競技問わず多くのプロスポーツクラブを支援しているニールセンスポーツと共に、時代に即したスポンサーメリット(パートナーメリット)の創出に奔走している。

 

グランパスくんを活用した施策

 

グランパスの親会社はトヨタであり、言うまでもなく日本を代表する企業である。傍から見れば「大企業がバックに居るから安定的だろう」と思われがちだ。ただ、クラブ内では“親に頼る” ことの危機意識は大きく、ここ数年で外から資本を取ってくること、より地域の様々な企業と協力関係を作っていくことに力を入れ始めた。

 

2018年3月にグランパスの営業部の一員となった青野聡氏は言う。「グランパスは東海地域にあるJ1唯一のクラブですし、愛知県名古屋市にある唯一のクラブ。そういった点では恵まれています。開拓の余地はあるし、営業はもっと外向けに力を入れていかないといけません。様々な企業の特徴とクラブのリソースを活用して何ができるかというところを意識して取り組めば、できることは無数にあると思います。」

参考:グランパスくんが売れっ子になるまで。マスコットビジネス成功秘話

 

青野氏が入社後1ヶ月で獲得してきたスポンサーが、宅配クリーニングサービス『リアクア』を展開する株式会社喜久屋だ。64年の歴史を持つこの企業は、単なるスポンサーではなく、初の“グランパスくんファミリー”の応援パートナーになった。グランパスだけでなく多くのサポーターからの人気を誇るマスコット・グランパスくんとその家族を活用したPR展開ができる権利を持てるものだ。

 

サービスのターゲットである主婦層に届けるためにはクラブ公式よりも愛くるしさがあるマスコットを活用したほうが届きやすい。そういう考えのもとこの提携が実現したが、その中でグランパスくんのtwitterを活用し、プレンゼントキャンペーンを展開した。多くのサポーターがキャンペーンに参加し、高い満足度が得られたと言う。

 

これを機にグランパス内でも公式アカウントならびにグランパスくんアカウントを活用したスポンサー企業のPRが加速し、実際に“セールスポイント”となっている。

 

青野氏はSNSを活用したスポンサー露出のメリットについて、「HPに載せるよりも、スマートフォンで開いてさっと見られるSNS、特にtwitterは情報伝達のスピードが速いですし、パートナーの情報を出すにはtwitterの拡散力は強いですね」と言う。

 

そして、彼と同じく営業部で活動する大内田勇貴氏は冒頭に記した旧来型のスポンサーセールスの難しさと、SNSの強みについてこう口にした。

 

「スタジアムの看板は、来場者とDAZNの視聴者にリーチができます。そういった看板を出して社名を露出したいというニーズに加え、ダイレクトかつアクティブに企業のことを伝える手段を好むパートナー様も出てきました。そういう意味ではSNSは強いですね」

 

元々想定していなかった施策をSNSで代替することにより、企業側の高い満足度を得られた例もある。

「しるこサンド」で有名な松永製菓もグランパスのサポート企業の1つだが、かなりのインプレッション(ユーザーへの表示回数)を獲得した上記のツイートは、補填的なものだった。

「本来はスタジアムでグランパスくんファミリーがグリーティングする際、マスコットからのサンプリングをするという権利を販売していました。ただ、今年のコロナ禍でマスコットが直接グリーティングできなくなり、他の案を探さなければいけなくなりました。そこを相談して、グランパスくんの入場動画に入れ込みました。松永製菓さんからもかなり喜んでもらえました」(大内田氏)

そして、この動画の“バズ”を見て、他の企業からの問い合わせも増えたという。コロナ禍でリアルの現場での露出や施策が制限される中の、思わぬ産物だったと言えよう。

 

 

企業の好意的なリアクションと満足度が担保されることがある程度肌感覚でも得られた中、今後はこれを計画的に“売っていく”ことが求められてくる。

「プライスレスでの販売はせず、しっかりと値付けをして売っていきたい」実際にSNSを動かす広報担当の遠藤賢氏は言うが、まさに今のグランパスはこのフェーズで動いているところだ。


従来型の“看板”以外の露出や効果が求められる時代に

 

欧米ではSNSの権益化がスタンダード

 

「自分たちがいくらのモノを売っているのか、という価値を分かっていなければ、正直売りづらい。グランパスというブランドがあり、SNSの投稿がどれくらいの価値があるのを分かった上でセールスをしていかないと、広い目で見てスポーツ界に対して良質かつ正当な価値のあるお金が入ってきません。そういう意味では、まず自分たちの価値を知るというのが出発点にあり、それを知る前にゴールまでの道筋を計画していかないといけません。そこでの連携をお手伝いさせていただいてます」

 

こう話すのは、主に新規のセールスに従事しているニールセンスポーツのビジネスデベロップメント部シニアマネージャーの五十嵐貴治氏だ。グランパスのデジタル戦略についてのサポートは2019年度から始まり、SNS投稿の価値や実際の投稿の効果測定を行なっている。世界規模で展開する同社の強みは、欧米のスポーツチームの事例とその効果という厚いデータベースを所持している点だ。

 


ニールセンのグローバル資料より。企業との親和性や協賛目的に合わせたマネタイズのアプローチについて

 

もともとデジタル施策のパッケージ販売やこのツールを使ったスポンサーPRというのは、欧州のクラブと先進事例を作っていた背景もあり、ここを1つの参考に取り組み支援を行なっている形である。

 

「ファン拡大のツールとしてだけでなく、広告のプラットフォームとしてSNSを活用すべく、5年以上前からプレミアリーグやラ・リーガを中心に、マネタイズ支援を行ってきました。」50を超えるライツホルダー(リーグやクラブ、協会など)のマネジメントを担う、クライアントサービス部マネージャーの荒木哲朗氏は言う。

広告の露出価値を数値として出して、改善点や拡大施策についての話し合いを行なっているのだが、数値面含めたサポートについて大内田氏はそのメリットについてこう話す。

「世界的なデータを持っているニールセンスポーツさんが指標をしっかり出てくれるので、そこを出せるのは強いです。出した数値をクライアントさんがどう捉えるかというのはありますけど、自分がやったことが数値として現れるのはとてもありがたいことで、営業に欠かせない部分にもなります。」

数値として証明がしにくいモノを売る仕事なだけに、権威と実績ある調査会社の査定による数値が出ることは営業面に置いてプラスである。

 

ただ、良い点ばかりでもないことは付け加えておきたい。

 

「活用できるツールなので使ってはいきたいですが、クラブ全体としては整理が必要かなと。よりお金を出していただいている企業には彼ら彼女らをメインに打ち出さなければいけません。SNSをやる場合はそこの調整も必要なのかなと思います。正直、SNSを通じた企画は “やりやすい企業さん” とやっている面もあり、そうではないパートナーさんに返せていない部分もあります」

 

青野氏の指摘はごもっともだ。直接消費者に届けられるtoCの企業と、そうではないtoBの企業では打ち出し方も難しくなり効果も異なってくる。ここは課題の1つだ。

 

デジタルでのPR領域は、伸びしろがある

 

ニールセンスポーツの両氏はデジタルを使った“面”をスポンサーセールスで活用していく重要性と課題感についてこう語る。

 

「新型コロナウイルスの流行、そして解決策が見えない中、リアルの施策に制限がかかっています。そういう意味でも、今はデジタルにシフトしていく機会でもあります。 クラブが大きくなる、事業拡大の上でSNSを始めとしたデジタルは欠かせない部分になっていくと思います。まだデジタルの活用に置いて投資ができないクラブも多いですが、そこはどういう意味があってどういうビジネス的なメリットがあるのかを理解しながらやっていく難しさがあるからかなと。そこについて、我々もサポートしていければ良いなと考えています。

 

もちろん、各クラブによって進んでいるフェーズが違うと思います。価格設定まできているところもあれば、どういう計画でどこまでファンを増やせばいつから売れるようになる、という長い目でみた計画が必要なところもあります。

 

そして、営業と広報、toC向けなのかtoB向けなのかと言うところのすり合わせもしていないといけないクラブも多い。そこの全体戦略や一体感は今後必要になってきます。クラブによって課題感や取れる施策は異なると思いますが、少しでも事業拡大に繋げられるよう支援していきたいと思っています。」

 

全てのスポーツクラブに対して「デジタルの施策は有益だからやるべきだ」とは言い切れない。両氏が語る通り段階的なものであり、各クラブが取り組むべき部分はそれぞれ異なる。

しかし、クラブに利を生むツールとして無視できないことも明白だ。然るべきに備え、“売りものになる” デジタル面の施策について種を巻いておくことは、全てのスポーツチームにとって必要である。