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シュートボクシングをメジャーに。宍戸大樹は競技への恩返しを誓う

2016.03.30 / 竹中 玲央奈

宍戸大樹

 

今回は前編に引き続き、宍戸大樹選手に現役生活の振り返り、そして引退に当たっての心境について語ってもらった。

 

過酷な練習の先に

 

-有名選手達と戦うにあたって、トレーニングも大変だったと思います。

試合にいたるまでの練習は常にハードなのですが、ブアカーオ戦の前が1番練習をしたというか、させられたというか、体をいじめ抜きましたね。走るの一つ取っても、タイ人のトレーナーから、毎回4kgの(※)ケトルベルを両手で持って走れと言われ、最初は冗談だと思ったんですけど、トレーナーの目がマジだったので、やらなければだめなんだなと(笑)最初は全く手が振れないので前に進まないんですけど、1週間もすればできるようになりました。人間、やればできるもんだなとも思いましたね。

※ダンベルの一種。やかんの形に似ているため、この名前がついた。

 

-ほかにも辛かったトレーニングがあれば教えてください。

ジムの横の公園で50mダッシュをして、折り返してまた戻ってくるというのを繰り返す練習があるのですけど、その時に僕だけグローブを渡されたんです。折り返してターンして戻ってきたら、ミットを持っているコーチに向かってパンチを連打するんですよ。僕が打っている30秒くらいの間、他のみんなは休みです。それで、パンチが終わってまたダッシュの合図があったら、走る。つまり、休憩がないんです(笑)往復なので1回につき100mですよね。100mダッシュを終えてすぐにミット打ちです。それが1日に2本ずつ増えていって、最終的に40本近くやりました。

そういう練習をさせられると、途中から涙が出てくるんですよ。やらなきゃいけないとわかっているのだけど、体が全く動かない。それに対する悔しさ、情けなさで涙が出るんです。練習中に泣いたのはあの時が初めてですね。とにかく、スタミナで負けるなというのがうちのジムの理念としてあるので、もう死に物狂いです。もちろんテクニックの練習もしているのですが、1番は体力がないとすぐにバテるし、スタミナで負けることがあってはいけないと。そういう理念のもとにすごく練習をやり込んでいましたね。

 

宍戸大樹

 

-格闘技は強くなっていけばなっていくほど練習がキツくなっていくイメージです。

でも、今は僕がやったようなダッシュ直後にパンチを打って、またダッシュというトレーニングには賛否両論があると思います。それをやって何が良いの?と思われるのかなと。でも、1番は根性なんですよ。それをやったことで自信にもなるし、「俺はこれだけやってきたから、そんじょそこらのやつには負けることはない」と思えます。でも、今どきの若い子の話になりますけど、『それって効率悪いですよね』『それで何が良くなるんですか?』と理屈から入ってしまう。それを口に出して言うわけではないですけど…。

 

-理不尽に耐えると強くなれますよね。

そうなんですよ。それが自身を強くします。理屈が通用しない世界で過ごしていれば強くなるんです。僕は何を言われても「押忍」と答えていました(笑)こういう練習をすると体にデメリットがあるというのも今だから分かります。もちろん今の時流に乗ったライトなトレーニングというか、ムリをしないで体のパフォーマンスを上げるというようなものにももちろん意味はありますし、大事だとは思います。でも、最初に批判されるような理不尽な練習をやることで、成長することもあるなと。やってみないとわからないこともあるので。

 

試練を乗り越え、芽生えた周囲への感謝の気持ち

 

-選手生活の中で、1番嬉しかったことを教えて下さい。

初めて出たK-1で負けた後に、人生の歯車が狂ってしまいました。日本人だけの日本代表決定トーナメントでも負けてしまい、仕切り直しということで他団体のチャンピオンと戦った時も敗れてしまって。「本当にもう、ダメだな」と思った瞬間があったんです。

ですが、そんな時にちょうど付き合っていた彼女に子どもができたんです。それを会長にジムで報告したのですが、その後に会長室で「いま連敗続きで踏ん張らなきゃいけない時に、結婚もしてない彼女に子供まで作るなんて何を考えてるんだ」と、数時間にわたるお叱りを受けまして…。それからというもの、毎日プレッシャーを感じる日々でした。一生懸命仕事をしても、練習の時にも「そんなんだからお前はダメなんだ」と言われたりもして、鬱になりかけていたほどです。もう次の試合限りで勝っても負けても最後にしようと思っていました。そこで当時、K-1のTATSUJIという選手と試合をする機会をいただいたんです。彼はかなり勢いがあって、僕はすごく落ちている状況という真逆の立ち位置だったので、大方からすれば僕が負けると予想されていたと思います。

ただ、試合の前日の計量が終わって家に帰ったら妻の陣痛が始まったんです。そこであたふたしていたのですが、妻が一人で『大丈夫だから』ということで病院に行ったんです。そして翌日、僕が会場入りした時に産まれたというメールをもらいました。その報告を受けて「これはもう、勝つしか無いな」と腹をくくれました。

最終的に試合もダウンを奪って勝つことができました。先にも言いましたが、この試合の前にはどんな結果になろうとも、勝っても負けても自分は精一杯これまでやってきたのだから、終わりにしようと思っていたんです。ただ、試合が終わったあとに本部席にいる会長に挨拶をしに行ったら『お前、これまで頑張ってきて本当に良かったな』と言われながら肩を叩かれて。その瞬間に涙がすごく出てきて、会長の親心を感じたんです。こんなに自分を気にかけてきてくれたからこそ、あれだけ厳しく指導をしてくれていたんだなと。そこから、もうちょっと頑張ろうかなと思ったんです。しかも、試合後の関係者を呼んだフェアウェルパーティーで会長が『宍戸に無事、子どもが生まれました!皆さんでお祝いしましょう』とも言ってくれて。その瞬間はすごく嬉しかったというか、印象的だったことですね。

 

宍戸大樹

 

迫る引退の時ー。垣間見せた父親としての顔。

 

-そしていよいよ、4/3に引退を迎えます。心境はいかがでしょう。

まだ試合前ですし、感慨にふけってはいけないのですが、ポスターを持って選手として得意先のお店や関係者の方々に挨拶をするのが最後だと思うと心にくるものはありますよね。

 

-シュートボクシング一色の生活をしてきたわけですが、その他に趣味はありますか?

料理です。娘が3人いるのですが、休日しか子どもたちと触れ合う時間がないので、日曜大工ならぬ日曜シェフみたいなことをやっています。子どもたちがパンケーキやらデザートやらを作ることを求めてくるので、それに応えています。得意なのはフレンチトーストです。子どもたちのリクエストが多すぎて、何十回も作っているうちに得意になりました。僕は調理師の学校でも中華を専門としていたので本当は中華が得意なんですけど(笑)でも中華を作ることはほとんどなくて、その場にある材料を使って何かを作るということをやっていますね。

 

-でも、そういうありあわせのものから作れる人こそ本当に料理が上手い人かなと思います。

たまに家でも妻と軽く晩酌をすることがあるのですが、家に帰ってから冷蔵庫にある材料で適当におつまみを作るということをやっているうちに、得意になったんです。今では材料を見るとパッと数品のおつまみが頭に思い浮かびます(笑)その時はジムのこととか格闘技のことが頭から離れるので、すごく良い気分転換になりますね。夫婦関係も円滑になります(笑)

 

-お子さんには格闘技をやらせているのでしょうか?

『私もシュートボクシングをやりたい』と言ってくることもあります。ただ、僕としても練習が厳しいし、痛い思いもするから、ほかの習い事にしたほうが良いよとも伝えました。でも、娘が本気でやりたいというのであれば、サポートをしてあげたいとは思います。おすすめはしないですけどね。フィットネスでやるには最高の運動ですけど、勝負を争うということになると、教え方も変わってきますから。格闘技として、競技としてもですが、僕はフィットネスという分野でも一般の方々にシュートボクシングを広めていきたいと思っています。

 

-シュートボクシングの魅力とはどういったところにあるでしょう?

通常のパンチ、キックだけではなく、投げもあるし極めても絞めてもいい。寝技のない、立った状態での全ての技術が有効な競技なので、膠着が少なくスリリングな攻防が展開される、激しく爽快な格闘スポーツというところですね。

 

-引退なさってからの目標を教えて下さい。

お世話になったこの協会に残らせて頂けるのであれば、恩返しという意味でも、競技や団体のプラスになるようなことをお手伝いできれば良いなと思っています。シュートボクシングがメジャーになるために何かできることがあれば、と日々考えています。指導がメインになると思うのですが、指導員を育てることができたら、僕も外に出ることができて色々なことができると思います。例えば協賛していただいている企業様の会社に出向いて、シュートボクシングのエクササイズを出張で教えることもできますし。そうすれば認知度も広がっていきますからね。いろいろ漠然とは考えていますけど、とりあえず、今は最後の試合に集中したいです。

 

宍戸大樹

 

-最後になりますが、自身を育ててくれた格闘技の魅力について語って頂ければと思います。

個人競技については共通することだと思うのですが、僕はシュートボクシングを長年やってきて、頑張った分だけ、それは全て自分に返ってくるということを感じました。上手くなるのも下手になるのも自分が原因なんですが、逆にそこが個人競技の素晴らしい所だと思います。

あとは、試合に臨むまでに色々な方々のサポートを実感できました。会長自身が周囲の方々への感謝を忘れるなと常に説いてくれますし、自分自身も感謝の気持ちがないと成長ができないと思うんです。“自分がそこにいるのが当たり前”“それができているのが当たり前”と思っている人間に、周囲の人は誰も力を貸してくれません。そうなると、自分自身の成長も止まってしまうと思うんです。そういう理念を持つ会長の元でシュートボクシングをやらせてもらえたことで、人生の指針を教えてもらったと思いますし、ものすごく感謝をしています。

 

前編はこちら