menu

嬉野市が女子野球と進めるまちづくり。ロールモデルを発信し、女性が活躍できる社会へ

2023.02.02 / AZrena編集部

佐賀県嬉野市は、全日本女子野球連盟と連携したプロジェクト『HAPPY TOGETHER PROJECT』をスタート。スポーツを通じた女性活躍のロールモデルを発信する取り組みを行なっています。街づくりにおいてスポーツが果たす役割とは?

2020年12月に佐賀県嬉野市は、「女性が輝くまちづくり〜HAPPY TOGETHER PROJECT〜」をスタートさせ、女性の目線や意見を取り入れたまちづくりを推進しています。

この活動の背景には、市が抱えていた課題がありました。嬉野市では若い女性の市外への流出が年々高まり、それに伴い出産率も低下。全体的な人口減少が深刻な問題でした。

これを解決すべく、 “スポーツを通じた女性活躍のロールモデルを発信する”“女性目線の意見交換の場を作る” アクションを打ち出していったのが、2018年に35歳の若さで当選した村上大祐(むらかみ・だいすけ)市長です。

全日本女子野球連盟との提携を進め、全国に12ある「女子野球タウン」のうちの自治体の第一号として認定を受け、市民と選手が未来のまちづくりについて語り合うワークショップも開催。また、積極的な女子スポーツの合宿誘致をしています。

まちが抱える課題に、スポーツがどういった役割を果たすのか。そして、嬉野市の取り組みの狙いやその未来とは。

 

スポーツは感動を生み出し、一体感を醸成できる

ーまちづくりにおいてスポーツを軸にするという考えは、いつ頃から生まれたのでしょうか。

就任当初から考えていました。というのも、以前から嬉野市はスポーツがすごく盛んな地域だったんです。プロ野球のキャンプ地に選ばれたり、バレーボールやテニス、卓球など多くのジュニアチームが全国大会に出場したり。記者時代にそれらを取材した経験もありました。

市役所の職員がJリーグ・サガン鳥栖のウエアを着て仕事をしていたこともあります(笑)。「佐賀や鳥栖なら分かるけど、どうして嬉野がこんなに応援してくれるのか?」と驚くほど、街全体のスポーツ熱は高いものがありました。この地域特性を活かさない理由はないだろう、と。

ー村上市長は地元出身者ではなく、新聞記者から市長になったのですよね。珍しい経歴に思えます。

出身は広島県尾道市なのですが、新卒で佐賀新聞に入社し、初めて佐賀にやってきました。記者時代は、県内さまざまなエリアの取材をしたり、農林水産や大学、高等教育などの分野も担当しました。

そして35歳のとき、地元の皆さまの後押しもあり市長選に立候補し、一度目のチャレンジで就任することができました。いま一緒に仕事をしている市役所職員さんたちの中には、記者時代から知っている方も多くいます。


ーちなみに、ご自身とスポーツの関係は?

完全に「見るスポ派」ですね。スポーツ新聞を隅々まで見るのが好きで、競技と関係のないどうでもいい話題まで情報を集めていました(笑)。

私自身、アスリートの素晴らしいプレーで心を揺さぶられてきましたし、スポーツの持つ力を肌で感じてきたつもりです。

まちづくりを進めるにあたって、理屈だけではどうにもならない部分があるんです。最後は情念、情熱という強い力で押さないと動かないことも少なくありません。感動を生み出し、一体感を醸成できる「スポーツ」というキーワードを掲げることで、街全体を大きく動かすきっかけになればいいなと思っています。

 

野球=男子というイメージが子どもたちの可能性を奪う

日本に3つしかない女子野球タウンに認定されましたが、そもそもこういった活動も嬉野市の課題解決のために打った一手なのですよね。

女性人口、とくに若い女性の人口が減っていることが嬉野市の課題でした。2006年に合併した合併したときには人口が3万人で、今は2万5千人になっています。その中でも、若い女性の人口が減るということは、人口の再生産が行なわれないことを意味します。「女性は子どもを産むべきだ!」という話ではありません。現実問題として、若い女性が外に出れば人口減少は加速するのは当たり前です。

市としても、人口減少を食い止めるためになんとかしなければいけない。女性が地域で活躍できる環境を作る必要がある。

そう思っていたなかで、女子野球連盟との出会いがありました。もともと、私が市長に就任する前から、嬉野市の女子野球チームが全国大会に出場したり、オランダ代表が合宿を行なったりと縁があったんです。

その流れで連盟の方ともお話させていただき、「女子野球界も改革の機運が高まっている」ということを聞きました。選手も活発な方が多く、「この元気を街に取り込んでいきたい」と思わされました。

男性がプレーするイメージの強い野球という競技で活躍する女性を応援することによって、多くの女性が地域の中での自分の姿と重ね合わせて、「男性社会の中でも躊躇しなくて活動して良いんだ」と思ってもらえるのかな、と。また、応援の延長線上に自分の目指すべきロールモデル、理想の人物像が浮かび上がってくると思います。

市民の皆さんには、選手と自分の姿を重ね合わせながら、地域の中でためらうことなく存在感を発揮してほしいと考えています。

ーいまお話にあったように、競技によっては自然と特定の性別をイメージしてしまう部分はありますね。そこも変えていきたいという思いはありますか?

そういったイメージが子どもたちの可能性を奪っているのではないか、とずっと感じていました。野球のほかに、サッカーやラグビーも男性のスポーツというイメージがありますよね。

ただ、嬉野市初のオリンピアンが女子ラグビーから誕生したという前例もあります(※)。どんなスポーツでも思う存分プレーできる環境を整えることで、子どもたちの可能性を広げていけるはず。まずは、女子野球を応援するという旗を立てて、具体的にどんな動きができるかを考えていきたいと思っています。

※堤 ほの花選手:7人制ラグビー女子日本代表として、東京オリンピック2020に出場

 

「スポーツの生み出す熱狂が、街全体の結束に繋がる」

ー現在は具体的にどのようなアクションをしているのでしょうか?

例えば、市の職員と女子野球選手、嬉野市内で活動する女性を交えて開催したワークショップです。フューチャーセッションズさんに間に入ってもらいながら、スポーツだけでなく商業や工業、農業といったさまざまな視点から、未来のまちづくりについて前向きな議論ができました。

ワークショップでの集合写真。女子野球選手の皆さんと

ワークショップでの様子

<フューチャーセッションズについての記事はこちら>
「支援」や「広告」以外の価値を作る。スポーツスポンサーシップはパートナーシップの「共創」へ

行政と住民が向き合ったときに、ともすれば「やってくれ」という要望の嵐になることも少なくありません。しかし、今回のワークショップでは「こういうことをやりたいから、一緒に進めようよ」と、お互い未来像を共有して進んでいける関係性を築くことができました。すごく意義深い話し合いができたと思います。


嬉野市にある朝日I&Rドーム

嬉野市で実施された野球イベントの様子

ー取り組みの成果はどのように感じますか?

合宿の誘致にあたってチーム関係者の方が視察にいらっしゃるのですが、そこでさまざまな問題点が浮き彫りになりました。それを受けて、アスリートファーストの施設づくりを進められているのは大きな成果です。

トイレの設備やグラウンドの状態など、ほとんどの公共施設が昭和につくられたものなので、競技者が女性であることを想定していないんですよね。誰もが安心安全に使用するためには、施設環境の改善が急務であることに気づかされました。


改修前の球場内トイレの様子。女性用トイレが設置されていなかった

例えば、「土のグラウンドだとイレギュラーバウンドで顔にボールが当たり、怪我をしてしまう可能性がある」と意見をいただいた施設があります。しかし先日、女子スポーツ振興の動きに共感してくださった隣町の企業さんが施設の命名権を取得して、グラウンドを全面人工芝に張り替えることができました。

これまで考えたこともなかった課題に、新たな視点を呼び込むことで気づけたこと。さらに女子スポーツ振興への共感をきっかけに、アスリートファーストの施設づくりに着手できたのはこれ以上ない成果です。

ー隠れていた課題が明確になり、解決に向かっているのは良い流れが生まれていますね。

実際、バブルの時代に建設された数多くのスポーツ施設が老朽化し、維持管理費が増えていました。改修しようと思っても財源的にも応えられないし、「じゃあ、どこからやるの?」と優先順位さえもつけられない状況が続いていました。

そんな中、スポーツをテコに施設をあるべき姿に変えることができました。今後も付加価値をつけた発信をすることで、スポーツ施設に対する投資を呼び込めるのではないかと期待しています。

ーまちづくりにおいてスポーツが果たす役割については、どのように感じていますか?

スポーツの生み出す熱狂が、街全体の結束に繋がると思っています。嬉野市のイメージアップだけでなく、民間、公共の投資を呼び込むなど、スポーツを一つの軸として街に大きな活力を与えてくれると信じています。

ー最後に、今後の嬉野市が目指す姿を聞かせてください。

スポーツによって、意識の共有を図っていけたらいいなと考えています。その第一歩として、女子野球と共に女性活躍のロールモデルを発信していけたらなと。

女性は出産や子育てなどを機に、急激にスポーツをする機会から遠ざかってしまったり、競技生活を断念したりする人も少なくありません。そうなると健康寿命が一気に縮まってしまう可能性がありますよね。

女性が活躍できない社会では、大きな損失が発生することは間違いありません。男女共同参画を進めて、女性もスポーツを楽しめる環境にするなど、多様なライフスタイルに合った環境づくりをしていく必要があります。

女性アスリートを応援するという旗を掲げることで、共感してくれた人たちが嬉野に集まってくれるといいなと思います。スポーツを通じて社会課題を解決することが、私たちの最大の目標です。

 

2月12日(日)に嬉野でシンポジウム開催!お申し込みはこちらから

嬉野市では、「スポーツフューチャーセンター」を開設することになりました。市民・自治体・非営利など多様な団体と、アスリートやスポーツの組織とともに、嬉野のまちづくりに女性目線を取り入れ、ともに取り組みを考える機能として実現に向けて動いています。2月12日の日曜日に、スポーツフューチャーセンターについて発表し、概念の啓蒙・啓発及び理解の醸成を行うべく、シンポジウムを開催します。

連携している有識者の方々をはじめ、全日本女子野球連盟山田専務理事、嬉野市長村上大祐、共感してくださったアスリートの登壇を予定しています。詳細は下記にフォームに記載しておりますので、ぜひチェックしてみてください!

https://forms.gle/wyJS4AyQ1P9QqLqe7