【前編】子育て、仕事、そして“競技”としての釣り。3つのフィールドで奮闘するアングラーの生き様

2014.09.25 AZrena編集部

佐野ヒロム

本日は複数メーカーのフィールドテスターを務められ、日本国内だけでなく、世界にも足を運びご活躍されているアングラー、佐野ヒロムさんにお話を伺います。佐野さんご自身の釣りとの出会いやスポーツフィッシングの魅力について語って頂きました。

 

様々な場所で釣りを行う

 

-ますは佐野さんが釣りに出会うまでの経緯と釣り経歴を教えてください。

元々は静岡県の芝川町というところにいたんですけど、そこには川や小川が近くに流れていて、鯉を釣ったり、鱒釣り大会みたいなのもあって小さい時はそういうのをやっていました。でもスポーツが好きだったので、野球もやっていました。ただ、中学生の時に富士宮の方に転校したんですね。都会の方に出てきたんでそれから少し釣りからは離れていて、スポーツをしていました。

高校に上がってスポーツではなく、バイクとか車が好きになりました。最初は国産の車を改造とかしてたんですけど、なんかアメ車が好きになっちゃったんですよね。そこからアメリカの古着とか服装とか、ロカビリーやプレスリー、アメリカングラフィティまで遡ってだんだんロックとかになっていき、そこでやっぱりサーフィンが出てくる。それでサーフィンにハマってしまって。スノボも流行る前から今有名になっている人達と一緒にやっていたりしてました。

早いうちから自営業にもなっていたので、仕事を頑張りながら合間を見てスノーボードやサーフィンに没頭していった時にアウトドアに目覚めていったんです。キャンプとか。そこで次に、ルアーフィッシングが来たんですね。ランタンとかテントとか一式揃えて行った時に、精進湖でえさ釣りみたいな竿でスピナーっていうおもちゃみたいなルアーで(魚が)釣れるよって言われて。

 

-元々はルアーで釣りはされていなかったのですか。

僕はそれまでえさ釣りだったんですよね。当然ミミズとか、鱒だったらイクラを付けてという感じで。そこでそんなおもちゃみたいなので釣れるのかな、って思っていたら釣れたんですね。こんなおもちゃみたいなので釣れるってすごいなって思いました。そこから最初は鱒を釣ったんです。それからブラックバスが釣れるってことで田貫湖に行きました。それが20代前半の時です。ダイワのピーナッツっていう古い太っちょの※クランクベイトという種類のルアーがあるんですけど、それで狙っていたらブラックバスが釣れたんですね。45cmの。朝行って、最初は全然釣れていなかったんですけど、夕方暗くなる直前くらいに釣れちゃったんです。

※クランクベイト:小魚のような形状をしていてリップと呼ばれるベロのようなプラスチック板が付いているルアーのこと。

 

-ブラックバスがしっかり釣れたんですね!

オリンピックという竿とピーナッツというのは合っていないんですけどね。糸も太かったりして。でもそのおもちゃみたいなので釣れてすごいな、と思いました。それでバスフィッシングにハマっていろいろなところに釣り行きましたね。※ワームというものを使ったりして。そんな中、ちょっとオシャレなやつで※トップウォーター(ベイトロッド)っていうのに出会ったんです。普通はスピニングとか最先端のもので、バスのトーナメントに出てる人が愛用しているようなので釣るスタイルだったんですけど、アメリカ好きだったので、テンガロンハットを被って釣るのがすごくカッコ良いと思い、バスの競技よりもそっちを好んでするようになりました。

そういうオシャレだと思うものに打ち込んでいる時に今度トラウト(マス釣りのこと)が出てきて、トラウトだと60〜80cmくらいの大きさの魚がたくさん釣れて、またトラウトやってる人達ってすごいオシャレなんです。それでトラウトに入っていきました。

 

-どんどん釣りの種類が変わっていきますね。

まだ終わりませんよ(笑)今度トラウトをやっていくとその先にシーバス(スズキ釣りのこと)があります。川から湖に行って大きな魚を取るようになったんです。この辺だと本栖湖とか、芦ノ湖とかですね。そうなるとまた釣れるまでハマっちゃうんですよ。シーバスもまたカッコいい※ウェイダーを着て、ライフジャケットもカッコいいやつを着て。まぁ自分がカッコいいと思っているだけなんですけどね(笑)

 

佐野ヒロム

 

-釣りの種類に連れて、ご自身も格好良くなっていくと。

そうです!道具にもこだわりだしましたね。釣りのメーカーといえばダイワとかシマノとかが有名じゃないですか。それを持っていくのがカッコいいと思っていたんです。でもそこの人達の道具にはザウルスとか書いてあって、全然有名じゃないじゃんって思っていました。でも実は値段が高いんです。リールは出てないんですけど、竿とかルアーは出ていて、専門のメーカーがあることも知りました。知る人ぞ知るものを使う事も格好いい。そう感じるようになりました。

 

【用語説明】
※ワーム:疑似餌のことでやわらかいソフトルアーの一種。
※トップウォーター:浮力が高い水面に浮くルアーのこと。
※スピニング(リール):軽いルアーを飛ばしやすい事と巻上げ速度が速い事が特徴のリール。
※トゥイッチング:リールを巻きながら「チョンチョン」と小刻みにロッド(釣り竿)をシャクリ続けて、ルアーに不規則なアクションを加えること。
※ウェイダー:水中に入って釣るときに履く腰や胸まである長靴のこと。

 

-ちなみに、おいくつくらいの時ですか。

23歳くらいですね。それでその年の秋にバラムツを釣りに行こうと。シイラにも使える竿と小さな釣り具屋さんでリールを初めて買いました。
そこで本当に大きい20何kgという魚を釣ったんです。30分くらいかかって、もうそのファイトが壮絶で。どうやったら伝わるかな(笑)
深夜の海のすぐ近いところ怪物みたいなのが上がってきた感じです。

 

-ワクワクが伝わってきますね!

そこから、海専門みたいな感じになりました。最初は駿河湾で太刀魚や鰹も挑戦しました。更には、遠征でカンパチという魚を釣りに行こうということになりました。その魚がいる場所が、金洲とか銭洲と名前なんですよ。

 

-凄く響きが魅力的ですね。

もう響きだけでどんなところなんだろうって思うでしょ。船で4時間くらいかけて行くと、銭洲っていう海のど真ん中に孤島があるんです。

 

-魚もどんどん大きくなっていきます。

次はマグロです。大島にマグロが入ったという情報を聞き、イワシのようなルアーを投げて、30〜50kgとかのマグロを釣りに通うようになりました。そこから九州でクロマグロが釣れると聞いて通ったり、大間の隣に竜飛というところがあって、そこに行き仲間もできて毎年釣るようになったりしました。

 

-飛び回っているわけですね。

そうなんですが、そうなると次は海外。となるわけです(笑)今度アメリカにすごいところがあるんだ、という話になりました。ノースカロライナですごいのが釣れると。160kgの魚を釣ったこともあります。去年は200kgのがかかったんですけど、途中最後の20mでリールがハネっちゃってダメでした。その前は竿が折れたり、針が伸びたりしました。そんな失敗もありながら、今も好きで様々な場所で釣りをしています。

 

-本当に大好きなんですね。

はい。釣るだけでなく、大物を釣るための釣り具の開発なんかのお手伝もしていますよ(笑)振り返ると精進湖でこんな小さなピーナッツで釣っていたのに、今はアメリカでマグロかって今でも毎回思います。

-ピーナッツとの出会いに感謝ですね(笑)

佐野ヒロム

 

釣りにこだわる理由

 

-飾ってあるルアーに日付が入っていますね。

釣った思い出の日付が入っています。一応データとかもあるので。

 

-やっぱり最後はマグロですか。

うーん・・・いや、自分の中でターゲットがあって、そのうちの1つがマグロですね。先月釣ったカジキマグロはスタンディングで座らずに、ハーネスを付けないでスピニングリールと、専用の竿で釣りました。

 

-釣るものによって持って行く道具も全然違うというわけですね。

全然違います。船に13人乗っているときもあって、そこは激戦区なんです。その中で魚を釣らないといけない。だから長い竿、細いリールで正確にルアーを飛ばして、70〜80m先の先頭を狙って落としていったりとか。
進行方向が変わればそちらに行って一瞬のうちに変えるんです。だから僕は右も左も両方同じ距離と精度で投げることができます。練習したので。

 

-そこが1つのポイントになるわけですね。

そうです。あとはタックルバランスです。

※タックルバランス:竿から鈎までを含めた仕掛けの強度的なつり合いのこと。

 

-経験値がそこで問われるわけですか。

はい。でも合うときもあれば、全然合わない時もあります。

 

-やはり先に他の人に釣られると悔しいですか。

前は悔しいから、闘争本能みたいなものが出ましたが、今はメーカーの方がスポンサーに付いてくれていたりするので大人しめです。それがプレッシャーでもあります。だから最後まで諦められません。最後までダメな時ももちろんありますが、そういうことは減ってきましたね。

 

-技術や精度が上がってきているんですね。佐野さんが釣りにこだわる理由を教えてください。 

僕実はC型肝炎だったんです。17歳のときにバイクで事故起こして輸血していたのですが、30歳のとき、本栖湖で釣りをしていたら、突然気持ち悪くなって、動悸がしたんです。最初は胃潰瘍かなと思って病院に行ったらC型肝炎です、って言われて。血液製剤が原因だったので、一応(国を)訴えようとなってその裁判のチームにも入っていましたが、インターフェロンという新しい薬が出るということで、そちらにお金をかけることにしました。治る確率は30%だったのですが、治ったんです。それまでは治療をしながら釣りに通っていました。毎日夕方になると37.5度くらいの熱が副作用で出るんです。そんな中、ロキソニンを飲みながらずっと釣りをしていました。

 

-釣りに賭ける想いが伝わってきます。

なぜそこまでして行っていたのかというと、生まれていた小さい子供に小さい家を残してやりたかったのと、お父さんがハーレー乗っていたり、アメ車に乗っていたのを覚えてほしかったんです。結構早く死ぬんだと思っていたんですね。僕お酒飲まないのに肝臓の数値が高かったので。あと、なぜかでっかいマグロを釣った写真を残したいと思っていたんです(笑)それで大島に通っていたんです。あまりに死に物狂いでやっているものだから、僕の大好きなメーカーの人が一緒に(船に)乗っている時に向こうからテストの依頼が来たんです。僕から売り込んだわけではなかったんですよ。

 

-スカウトされたということですね。

今までスポーツでも何でも全力でやってきて、一生懸命やるっていいなとその時思いました。でも最初の頃、サポートメーカーが1社のときはすごいプレッシャーでしたね。今では糸のメーカー、リールのチューニングパーツのメーカー、針のメーカー、ロッド、ルアーのメーカーのスポンサーについてもらっていろいろ釣りに行かせてもらっています。